18. 紙
本が好きなみなさんならきっとわかってくれると思うのですが、紙が好きです。
先日、読んでいた文庫本の紙質がよかった話をしていたら、ある人が「マニアックですね」と言ったんです。ただね、そう言った本人は「質より匂いの方が好きです」って。そっちのほうがよほどマニアックだと思ったのは私だけでしょうか……。
でもその話で軽く盛り上がりました。厚い本の方が匂いが濃いとか、古い本の匂いがいいとか、だから図書館や古本屋の匂いがいいとか。わかります? わかりますよね? はい、わかってくれると信じています!
ただね~、これってなかなかわかってもらえなかった苦い経験がありまして。就職活動の時のことなんですけどね。
当時、私、あまり就職する気がなくてですね。というのもですね、卒業後、劇団を立ち上げる話がありまして。さすがにそれで食べていこうなんて甘い考えはなかったですけど、芝居を生活のメインにするためには長期休暇をとれる仕事じゃないとダメ! って、頑なに思っていて。
就活中の面接でも休暇がとれるか聞いてしまう馬鹿者でした。もしかしたら今はそれって正当な権利として認められていて、面接で確認することもおかしなことじゃないのかもしれませんが、当時はそんなこと聞いたらサボり癖があると思われたでしょうねぇ……。
ただそんな私でも、心惹かれる業界がありまして。アルバイトと正社員の違いに拘らないくらいだったので、会社の規模も気にしていなかったんです。で、小さな製紙会社の面接を受けたんです。当時から紙が大好きだったので。
もし紙という好みがピンポイントすぎてわからないという方は、本とか文房具とか雑貨と置き換えてみてください。なんかよくわかんないけど無条件にわくわくしちゃいませんか? そんな感じなんです。ノートだろうが、折り紙だろうが、ティッシュペーパーだろうが、とりあえず紙ならそれだけでよかったんです。
だからね、面接でお決まりの質問にもすんなり答えられました。
「なぜこの業界を希望するのですか?」
「はい。紙が好きだからです」
――鼻で笑われましたよ。
うまく説明できなくて残念なのですが、お決まりの返事をしたから笑ったっていうんじゃないんですよ。こいつなに言ってんの? みたいな笑いなんです。
こっちはその反応にびっくりですよ。う、嘘でしょ!? って思いました。
まあねぇ、これがほかの業種の人ならそれでもいいですよ。でも製紙会社の社員が「紙が好きです」って言葉を笑うか!?
もちろん、みんながみんな好きでその仕事をしていると思うほど純粋ではありませんでしたが、紙を好きな人種がいるってことは理解されていると思っていたんです。いやあ、びっくりでしたね。
今思えば、当時よくあった圧迫面接だったのかもしれません。でも私はそれでひるんだわけじゃなくて、バカバカしくなっちゃったんです。だって、こんなに魅力的な紙というものに関わる仕事をしていながら、その反応!? って思っちゃって。その後の質問はすべてハイとイイエで適当に済ませました。
当然落ちました。惜しくないわ。誰が行くもんか。
それからも何社かの面接を受けました。業種として紙を扱っていなくても、「事務職ならまあいいか、書類とかは紙だし」と思って受けたり。ところが、採用の連絡もらったと思ったら営業職だっりして。当然謹んでお断りです。私は紙に触れたいんじゃあ!
なぜ希望していない営業職かというと、なんでも入社試験で受けた適正検査の結果がかなり営業・接客向きと出たらしく。複数の会社でそんなことがあったので、よほどそっち向きの結果だったのでしょう。人見知りするし、社交的じゃないし、気が利かないし、人と接する仕事は向いていないと思うんだけどなぁ。まあどこも営業さんはたくさんほしかったんでしょうね。就職氷河期といえども営業職は希望者が少なかったのかもしれません。
で、最終的に私が就職したのはおっきな会社の印刷室に入っている小さな印刷会社。私が退職した数年後に倒産しましたけどね。そのくらいちっちゃい会社です。
でもね、そこに約十年勤めましたよ。今思えばかなりブラックですが、いいところもあったので相殺ですね。
で、そこの面接の時、やっぱり定番の質問があるわけですよ。
「なぜこの会社を希望するのですか?」
私は懲りずに答えました。
「はい。紙が好きだからです」
だって、そこ、大事だもん。だから素直に答えたんです。そしたら……
「それならうちにぴったりですね」
と、まあ、これですよ。待っていたよ、その言葉!
いつの間にやら面接中に仕事の説明が始まって、帰りには入社に関する書類を手渡されていました。会社とも縁ってあるんですね。
希望通り、もういやって言うほど紙に埋もれて仕事しました。私は作業現場ではなく、納品・発送業務だったのでひたすらデスクワークなのですが、印刷したすべての紙が最終的に集まる部署なので、ほんともう文字通り紙に埋もれていました。
年度末の最悪の時なんて処理が追いつかなくて、未作業の印刷物の置き場がなくなって、会議室に詰め込まれ、そこの机の上に高さ50cmほどの山がいくつもでで~んと並べられ、机が見えなくなるという状態でした。いやぁ、壮観でした……。問い合わせがあって該当の書類を探すために机上の紙の山によじ登って発掘していましたよ……。
うん、あれはすごかった。そして燃えるよね! これでもかってほど仕事があると、しかもそれが紙の山だとテンション上がりすぎて笑いが止まらなくなります。
「あははー。ちっとも終わりが見えないよー! 今月、もう残業100時間超えたしー」
こんな私に誰も近づいてきませんでしたね。今思えばちょっと怖いですね。
おや。いつの間にやらなかなかの文字数……。
うん、紙の話というより、就職の話になってしまいましたね。
でもほら、人生の中でもそれなりに重要な局面にもかかわらず紙に執着したエピソード……ということでよろしいですよね? ねっ!?