96 さくら vs 勇者
さくらと勇者の戦いが始まります。どうやらさくらは余裕の構えのようですが・・・・・・
シゲキは元哉と橘が後ろに下がるのを黙って見つめていた。いや、実はそうではない。さくらから発せられる殺気に動きを封じられていた。
目の前に立っている少女には見覚えがある。彼女は3000頭の馬を操って、戦場で教国軍を蹂躙した。
それだけではない、ほんの僅かな射線を見つけて自分を狙撃した。あの時死を覚悟したが、偶然自分の前に立った兵士が身代わりとなって何とか命拾いをした。
その相手が今目の前に立っている。その目は完全に自分を敵として見ている事がいやがうえにもわかる。おそらくは戦場で戦ったあの能力者と同等の強さなのだろう。
だが、負けるわけにはいかない。天使と称する者を吸収して自らの力は大きくなった。あのときの借りを返す時がやって来たのだと思い直す。
それにしても小柄な少女から漂う殺気は尋常ではない。過去にどれだけの修羅場を潜ってきたのか聞いてみたい気がする。恐らく自分の想像も付かない命の遣り取りを繰り返してきたのだろうとしか思えない。
腰に差したエクスカリバーの柄を握る手に思わず力が入る。もうここまできたら後には引けない、気を引き締めて最初の攻撃の準備を始めるシゲキだった。
勇者を正面から見据えてさくらは微動だにしない。彼女はようやくやって来た思いっきり暴れる機会を前にして、どう楽しもうか考えている。
『まずはちょっと殺気でも出してビビらせてやろうかな!』
さくらはホンのちょっとだけ殺気を放出した。騎士学校で散々に新兵たちに浴びせた殺気に毛が生えた程度だ。その効果はどうかなと勇者の方を見る。
『あれー! この程度でビビッているよ! あんまり大した事ないのかな?』
さくらはここで大きな勘違いをしていた。彼女は騎士学校でやったときと同じつもりだったのだが、その後彼女は成長して獣神になっていたために、その威力が大きく増していたのだ。わかりやすく言えば当社比10倍くらいにはなっている。
さくらの殺気を浴びて後ろに控えていたソフィアとフィオレーヌが意識を失っていた。彼女たちはまだ不慣れなため、いきなり襲い掛かった殺気に目を回した。さすがにロージーやディーナは慣れているのでどこ吹く風といった表情をしている。
橘が慌ててシールドを展開する。これは主にさくらの攻撃の余波を受けないための措置だ。
「まったく、さくらちゃんは自分の攻撃力が上がっている自覚があるのかしら?」
橘は呆れたようにつぶやいているが、その横でディーナは意識を失った二人を介抱しながら『うんうん』と頷く。
同時に後ろを振り返ると、ルトの民の兵士たちも半分くらい気を失っていた。これではディーナの護衛以前の問題だ、彼女は『だから言わんこっちゃない』と心の中でつぶやく。
橘は慌てて気付けの魔法を掛けと、彼らは目を覚まして再び立ち上がる。一体何が起きたのかはわかっていないらしい、それを理解する前に恐怖のあまり意識が飛んだようだ。
シールドの中までは殺気はやってこないので、これで安心して二人の戦いを観戦出来る環境が整った。それにしても元哉といいさくらといい、殺気だけで十分戦える正真正銘の化け物だ。
『ビビらせたお詫びに最初の一発は撃たせてやろうかな』
自分の後方で騒ぎが起きている事に気が付かないまま、さくらはそんなことを考えている。勇者の攻撃は元哉との対戦で上から見ていたので、ある程度対処法はわかっている。だからさくらは余裕の態度を取っていられるのだ。相手の力量がわからなければ、さくらの性格上とっくに先制攻撃を敢行している。
シゲキは動きを見せない相手に対して先手を取ることを決心する。聖剣を引き抜いて魔力を込めるとそのまま一気に振りぬいた。
さくらはその動きに対して右の拳を僅かに引いて高速で突き出す。もちろん放たれた勇者の魔法を迎撃するつもりだった。だが・・・・・・
「ありゃ! ちょっとタイミングが早かったよ!」
さくらの言葉通りに拳から放たれた衝撃波が剣を最後まで振りぬく前に勇者に襲い掛かった。攻撃態勢で重心が前にかかった状態でシゲキはまともにその衝撃波をカウンターで浴びてしまい、その結果後ろに転がっていく。
「いやー、悪いね! 先に撃たせてあげるつもりだったんだけど、あんまり剣速が遅くってタイミングがずれちゃったよ!」
頭を掻きながら地面に転がっている勇者に謝っているさくら、後方でその様子を見ていたディーナはさくらの拳のあまりの速さに呆れ返っている。
「ロージーさん、今の見ました?! さくらちゃんの攻撃絶対に早くなっていますよ! これから訓練のたびにあれを受けないといけないんですよ!」
ディーナは涙目になっている。それは同じようにさくらの理不尽な攻撃を目撃したロージーもだった。
「どうしようディーナちゃん! あんなの受けたら死んじゃうよー!」
二人して涙する様子を近くで見ている兵士たちは、あんな攻撃を受ける事を前提に話をしている二人にどう突っ込んでいいのかわからない。ともかく彼らの常識を超えていることだけは間違いなさそうだ。
二人の様子を笑って見ている元哉は心の中で『時々俺でも受け損ねるから頑張れよ』と声援を送っている。これを声に出すと彼女たちに更なる絶望を与えることがわかっているためだ。
同様に橘も『しばらくさくらちゃんとは模擬戦はやらない!』と固く誓っている。これも声にすると二人を絶望のどん底に突き落とすのであえて口にはしない。
「私たちは肉体労働タイプでなくてよかったですね」
ソフィアとフィオレーヌは二人で抱き合って喜び合うのだった。
さくらの攻撃で後方に3回転半して地面に転がされたシゲキは屈辱に塗れている。体の何処にも異常が無い事を確認して立ち上がって剣を構える。
自分の方が先に攻撃を仕掛けたはずだった。少女の手が動くのは剣を振り切る直前だった。それでも軍配は敵に上がった。その恐ろしいほどの攻撃の速度に今更驚愕する。
だが驚いているばかりでは何も出来ない。何か突破口を見つけないと勝つ事など覚束ない。必死で頭を回転させて考えている時に少女が動き出す。
「さあて、今度はこっちからいっちゃおうかなー♪」
さくらは左手の魔力擲弾筒を構える。試しに1発目は単発で発射すると、勇者は魔力でシールドを展開して防いだ。
「ほう、中々丈夫なシールドを張れるみたいだね! じゃあこれはどうかな?」
さくらは連射で勇者のシールドの同じ部分を攻撃する。勇者のシールドは3発まではさくらの攻撃を耐えたが、『パリン』と音を立てて呆気無く割れてしまう。慌てて再度シールドを張る勇者だが、さくらの攻撃を受け止めることが出来なくて次第に焦りを覚える。
『このままでは不味い。どうやら相手は遠距離攻撃が得意のようだ。ここは思い切って前に出て、接近戦を挑むしかない』
彼はシールドを展開しながら剣を振り上げて前進を開始する。何枚も重ねて展開したシールドをさくらに破られながらも、何とか剣の届く範囲まで到達する。
『うほほー! 鴨がネギを背負ってやって来たよ!』
さくらはそろそろ接近戦を挑もうかと思っていた矢先に、勇者の方から遣って来てくれた事を心の中で歓迎する。クラッカーを盛大に鳴らしてやりたい気分だ。
「あーあ、勇者はこれで終わりですね」
ディーナはその状況を見てため息混じりにつぶやく。さくらの近接戦闘の恐ろしさを誰よりも知っているのは彼女に他ならない。
「そうとも限らないぞ。現に勇者はここまでまだ2本の足で立っているからな」
元哉は冗談交じりにディーナに答える。だが彼も恐らくこれで勝敗は決するものと考えている。
「さあて、ここからが本番だよ!」
擲弾筒での射撃を止めて拳をひとつ『ポン』と叩いて勇者の接近を待ち構えるさくら、今まではただの牽制でここから本当のさくらの恐怖が始まるのだった。
「ヤッホー! さくらだよ! 今勇者と戦っている最中です。実況してもいいんだけどさすがに相手に失礼なので自重します。次の投稿で完全決着をするかな? それとも楽しいから少し引き延ばそうかな? うーん・・・・・・迷うところだね。次回の投稿は土曜日の予定です。感想、評価、ブックマークお待ちしています」




