95 勇者との邂逅再び
お待たせしました。ついに元哉達は勇者と再び激突します。
勇者シゲキは鳳凰宮を破壊してからミロニカルパレスの街中を悠然と歩いていた。
彼を拘束して戦争に負けた責任を取らせるために処刑しようとした鳳凰宮の連中は粗方殺してやった。
彼らに対する気持ちを一言で言い表すならば『ザマーみろ!』に尽きる。そんな卑怯者たちに一時とはいえ心を許し信頼を寄せていた自分がどれだけ愚かだったかと思うと、今でも口の中に苦い物が込み上げてくる。
ただその卑怯者たちも鳳凰宮と共に焼け落ちてもうこの世にはいない。次第に彼らに対する怒りはただの記憶の一部になって心の奥に埋もれていくだろう。
だが、シゲキにはそれ以上に心の中に燻ぶり続けている感情があった。それは怒りでも憎しみでもない。最早そのような次元を通り越して彼の心に黒い影を落としているあの出来事・・・・・・
戦場の最後の場面でシゲキを軽くあしらい、それこそゴブリン以下の存在のように打ち負かしたあの能力者に対する感情は今でもシゲキの中で少しずつ大きくなっている。
『あいつに勝つためだったらどんな事もしてやる』
暗い炎がチリチリと身を焦がすように深い闇のような感情に身を任せながらも彼の頭の中はわりと冷静に物事を考えている。
『やつを倒すためには強い相手と戦って、俺自身がもっと力をつけなくてはだめだ』
この時点でシゲキのレベルは70を超えた程度だった。勇者としてのレベルをさらに上げないとあの能力者に絶対に勝てないことを承知している、
シゲキはより強い相手と戦うためにミロニカルパレスを出ることを決意した。
この国に来た頃に最初に受けたレクチャーでは西には小国家群があって教国と友好関係が築かれており、平和が保たれていると聞いていた。
一方東に向かうと、そこは人族の敵の魔族の国があり敵対関係にある上に、その先には魔境と呼ばれるとんでもなく強力な魔物が住む大森林があるらしい。
シゲキは迷わずに東に向かうことを選択する。自分はまだ人族を守る切り札としての勇者と呼べるのかなど今更知ったことではないが、人間の敵である魔族を殺すことに一切の躊躇はない。
そこに魔族がいるのならば自分が強くなるための糧になってもらうだけのことだ。彼の目には魔族もそこらへんにいる魔物も同じように映っている。
東に向かって歩き出す彼の旅は順調だった。鳳凰宮が崩壊したために追手はもう来ない。目立つ白銀の鎧はアイテムボックスにしまいこんで、普通の冒険者のような服装で幾つもの街を通過していった。
時には魔物や夜盗に狙われることがあったが、その尽くを返り討ちにしてひたすら東に向けて進む。そしてついに彼は国境のガザル砦にやって来た。
「この先は魔族たちの土地だぞ」
砦を守る兵士たちは彼が勇者とは知らずにシゲキの身を心配して先に進む事を諦めるように説得したが、すべてが徒労に終わった。彼は兵士たちの制止を振り切って砦の門から魔族の地に足を踏み入れる。
『ここから先が魔族の国か、それにしてもずいぶん荒れ果てている土地だな』
シゲキの感想は偶然にも初めて魔族の地に足を踏み入れた橘が漏らした感想と同じだった。荒野と呼ぶに相応しい草木が殆ど無い大地を一歩ずつ踏みしめて歩き出すシゲキの姿が、砦から見ていた兵士の視界から徐々に消え去っていった。
元哉たちがガラリエの街に到着してから3日目の昼過ぎに街の外で狼煙が上がる。その狼煙は勇者の接近を告げる合図だった。
すぐに門番から町長の館に連絡がもたらされる。
慌てて駆け込んできた兵士に安心するように言葉を掛けながらディーナは元哉の方に向き直る。
「それでは出迎えの準備をするとしよう。さくら、慌てるな!」
元哉は至って落ち着いた様子で全員に出発を告げる。その左手は勇者の到着を聞いて飛び出そうとしたさくらの襟首を捉まえていた。
「兄ちゃん、早く行こうよ!」
さくらは自分の出番が待ちきれなくて飛び出そうとしたのだが元哉に捕まってジタバタしている。
「相手は逃げはしないから少し落ち着け!」
逸るさくらを宥めながら元哉は町長にうなずく。打ち合わせ通りに館の門の前には馬車は用意されており、素早く乗り込む一同。馬車は彼らを乗せて勇者が迫っている門に向かう。
「門の外で迎え撃つぞ!」
元哉の号令で門が開け放たれて、元哉たち一行と50人ほどの兵士が外に出る。最初元哉は自分たちだけで迎え撃つことを主張したのだが、ディーナの身を案じた町長がどうしてもと言って護衛の兵士をつけた。
さくらを先頭に門から歩き出す元哉たちの後について、兵士たちも手に武器を構えて進む。その表情は全員が『一命に代えても姫様を守る』と強い決意を表している。
元哉たちからすれば安全な所にいて欲しかったのだが、仕方なく彼らの意思を尊重した。自分に忠誠を尽くしてくれる彼らの存在はディーナにとっては頼もしいものの、この場は素直に引いてもらった方が簡単に解決することがわかっているので彼女は苦笑いをしている。
門から3キロほど歩いたところで、さくらの視界に前方からやってくる白銀の鎧がかすかに映る。
「兄ちゃん、来たよ!」
元哉の目にはまだその存在は確認できていなかったのだが、さくらの目に映ったのなら間違いは無いと判断する。
さくらの声を聞きつけた兵士たちはディーナを守るために武器を構えて一斉に前に出ようとした。
「下がっていろ!」
その時元哉の鋭い声が飛ぶ。その声には誰も逆らえない圧倒的な迫力が込められている。前に出ようとしていた兵士たちはその場で一瞬硬直してどうしようか迷っていたが、ディーナが目で合図をしたので後ろに戻って控える。
「ディーナたちも下がっていろ!」
元哉はさくらと橘を前に残して残りの者を50メートル後ろに下がらせる。彼女たちは元哉の指示に素直に従って兵士たちと一緒に後方に待機する。
その頃には勇者の姿は誰の目にもはっきりと映っていた。
「あれが勇者か!」
その姿を目にした兵士たちの間に動揺が走る。遠くから見るだけでも彼らの目にはその圧倒的な存在感が感じられた。いや、それだけではない。勇者がルトの民にとってこれほどまでに危険な存在とは想像もしていなかった。今この場にいる50人では、とても太刀打ちできないことが明らかだ。
「皆さん、恐れる必要はありません。私たちは静かにこれから起こる戦いを見守りましょう」
ディーナの一言は動揺しかけた兵士たちを一瞬で黙らせる。近づいてくる勇者の姿から視線を外さない姫の姿を見習って彼らは黙って勇者を見つめた。そして彼らはディーナの姿に『姫様は大きくなられた』と心から感心するのだった。
「さくらちゃん、叩きのめすのは構わないけど、殺さないでおいてね」
橘は近づいてくる勇者を見てその様子に変化があることを感じ取っている。
「えー! ひと思いにやっちゃった方が面倒くさく無いじゃん!」
さくらが不満の声を上げるが橘は取り合わない。
「よく見なさい、あの中に何かが潜んでいるわ。あれはおそらくは私の敵ね。始末する前に勇者を殺すと後が面倒になるからお願いね」
橘はさくらが勝つ前提で話をしている。むしろ彼女が負ける事などこれっぽっちも想像していない。
「うーん・・・・・・言われてみればなんか姿が2重に見えなくも無いね。出来るだけはなちゃんのリクエストに応える事にしよう」
さくらはバカとはいえ神様だ。その目には勇者の本質が見えているのだろう。それにしても彼女も自分が勝つ前提で話をしている。
「さくら、油断だけはするなよ」
元哉はそんな二人の様子に一抹の不安を抱いてあえて注意をする。もっとも元哉の目にもさくらが負けるシーンなど有り得ない事がはっきりと映っている。
魔族の姿を求めて歩くシゲキの目に遠くに人影が映る。先ほど後方で狼煙が上がった事を見た彼は、魔族が待ち伏せを仕掛けてきたと考えた。
だが、近づくにつれて彼の目に次第にはっきりと移るその姿を見て『まさか!』という思いが込み上げてくる。
自分の目の前にあの能力者たちが立ちはだかっている。一瞬の躊躇の後に彼は迷わすに前進を続ける。どうせいつかは当たる相手、それが今になっただけの事だと考え直したのだった。
「こんなところで出会うとは思わなかったぞ」
シゲキは元哉たちの前に立って声を張り上げる。今は復讐のための千載一遇のチャンスがやってきたと思うようにしていた。
「俺たちの姿を見て逃げ出さなかった勇気だけは褒めてやろう。そこから回れ右をして来た道を戻るならば、この場は見逃してやる」
相変わらず上から目線でしゃべるやつだとシゲキは感じた。
それに彼の後ろには魔族の兵士たちが並んでこちらを見ている。この能力者は魔族に直接力を貸している事は明白だ。自分から見れば人類の敵とも呼べる存在に相違ない。
「断る、俺は勇者だ! 魔族を倒すのは宿命、立ちはだかる者は切り捨てる!」
力強く宣言して腰の剣を抜くシゲキ、その姿を見て元哉は説得は無駄と判断する。
「さくら、後は任せるぞ」
そう一言残して元哉と橘はディーナたちが控える場所まで下がっていった。
「こんにちはディーナです。このコーナーはしばらくお休みが続いてますが、作者の話によると本編の3倍時間がかかるそうです。これからは何か大きく話が動いた時に私たちの感想をお話しするコーナーにしていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。評価とブックマークありがとうございました。次の投稿は木曜日の予定で、いよいよさくらちゃんの戦い振りになる予定です」




