94 新ヘブル王国
お待たせしました。いよいよ一行はディーナの国に入ります。
「それにしても随分荒れた土地ね」
橘は自分が踏みしめている大地を見ながらつぶやく。
魔境を一気にドラゴンの背に乗って飛び越えてやって来たその地は、ほとんど緑が無い荒れ果てた土地で、風が吹けば埃が巻き上がるそんな大地が魔境の先には続いていた。
「この辺は雨が少なくて、どこもこんな感じです。だからみんな食べるのに精一杯で、貧しい暮らしを余儀なくされています」
ディーナが悲しげに話す。だからこそ彼女の父親は国民の暮らしを向上させるために心を砕いていたのだ。だがその事が強硬派の謀反を招き、幽閉されるという悲劇を引き起こした。
一行は無言で街を目指す。時折乾燥地帯に生息するトカゲやサソリの魔物が出てくるが、ソフィアやフィオレーヌの格好の標的となった。
すでに街の位置は上空から視認しているので、コンパスの指し示す方向に歩いていけば間違いは無い。彼らが歩き出してから2時間もすると城壁に囲まれた街の姿がおぼろげに映ってくる。
「あれがガラリエの街です」
ディーナの声が懐かしそうに響く。彼女にとっては何十年振りに戻ってきた故国だ。その街の姿はディーナの記憶そのままに蜃気楼の彼方に佇んでいる。
遠い昔に造られたその城壁は長い年月の中で所々に崩れた箇所があるが、補修も間々為らない程に疲弊したその国力が伺える。
「さあ街に行きましょう」
ディーナは一刻も早く自分の国に足を踏み入れたい様子だが、そんな彼女を元哉が止める。
「ディーナ、ここで焦るんじゃない。下手をするとお前は命を狙われる可能性があるんだから慎重に進め」
元哉の言葉にハッとするディーナ、彼女は懐かしさの余り自分が幽閉されていた経緯をうっかり見過ごしていた。
「すみません、忘れていました。でも街の様子は落ち着いているみたいなので、勇者はまだ来ていないと判断していいでしょうか」
確かに彼女の言う通り、門は開かれており出入りする人々の姿が見て取れる。その表情は差し迫った危機の事など全く知らないように映る。
「正確なことはここでは判断できないが、恐らくディーナの言う通りだろう。何とか間に合ったな」
元哉の言葉に胸を撫で下ろすディーナ、彼女は改めてさくらにお礼をしている。
「さくらちゃんのおかげで、勇者よりも先にここまでやって来ることが出来ました。本当にありがとうございます」
頭を下げるディーナに対してさくらは全く安心した表情はせずに告げる。
「ディナちゃん、お礼を言うのはディナちゃんが無事にこの国に入って、勇者を倒してからだよ!」
さくらは時々物事の本質を見抜いて鋭いことを言う。彼女の直感が感じるままに話しているだけなのだが、その野性の本能は本物だ。
「さくらちゃんに言われるのはなんか悔しい気もしますが、その通りですね。まだ油断するのは早いと肝に銘じます」
元哉はともかくさくらにまで言われたとあれば油断する訳にはいかない。ディーナは改めて気を引き締めてゆっくりと門に向かって歩き出す。
門番をしている兵士は遠くから元哉たちの姿を発見していた。見たことが無い連中が近づいてきたと警戒を強めていたが、近づいてくるその姿が人族だと確認するや否や、大勢の番兵を集めて門を閉じる。
手に槍や剣を持ってこちらを睨み付ける兵士たちの前にディーナが一歩進み出て、胸を張って彼らに告げる。
「兵たちよ、私の顔を忘れてしまいましたか?」
穏やかな微笑を浮かべて彼らの前に立つその姿を兵士たちは繁々と見つめる。兵士たちはいずれも若かったが、寿命の長い彼らは200年くらいは生きており、その顔はかつて記憶の中に刻み込まれた唯一の君主の姫だった。
「まさか・・・・・・」
「姫様・・・・・・・」
「オンデーヌ姫が戻って・・・・・・」
口々にその存在を認めて呆然とする兵士たち、まさかいなくなった姫がこの場にひょっこりと戻ってきたという事が中々理解できない。
「みなさん、オンディーヌ=ルト=エイブレッセが戻ってきました。皆さんは私のことを認めてくれますか?」
姫の言葉に雷に打たれたように武器をしまい跪く兵士たち。彼らの表情は驚きと喜びに溢れている。
「姫様とは知らずに大変失礼いたしました。我々は姫様がご無事と聞いてそのお帰りを今か今かと待ち望んでおりました」
兵士の隊長なのだろうか、一同を代表して一人の男が話し出す。彼らもどうやらディーナが生きているという話を耳にしていたらしい。
「皆さんの忠誠は受け取りました。顔を上げて立ち上がってください。ここにいらっしゃる皆さんは私を助けてここまで連れてきてくれた恩人です。ルトの民のために力を貸してくださる方々ですので安心してください」
ディーナの話で元哉たちの素性も理解して表情をさらに緩める兵士たち、大事な姫様の恩人ということは彼らにとっても恩人に当たるらしい。
元哉たちも交えてその場で情報交換が行われる。ここガラリエの街はディーナの無事が伝えられて以降、全員一致で彼女に味方することをすでに決めており安全である事や、王都の直属の兵士以外は今の王に忠誠を誓う者がいない事などを聞き出せた。
一先ずはこれで安心して街に入ることが出来るが、まだなるべく人目につかないようにしたいと言う元哉の意見で門まで馬車を回してもらうことにする。
兵士は大急ぎで馬車の手配や街の責任者への連絡などを行い、しばらくすると彼らを乗せる馬車がやってくる。
だが、それは『馬車』とは呼べないものだった。普通馬車は馬が引いているが、この国では馬を育てる余裕が無いので、砂漠トカゲを捕まえて馬の替わりにしている。砂漠トカゲは大人しい性格で人の言う事をよく聞く上に餌もその辺の枯草などで十分なため、貧しいこの国では非常に重宝な動物だ。
ディーナを先頭に元哉たちはトカゲが引く車に乗り込み、町長の館に向かう。この国には街を支配する貴族は存在しない。その代わりに国王に任命された町長が街の政治を取り仕切っている。そしてこの街の町長は元々ディーナの父親の部下だった。
車窓から見える街並みは古惚けており、歩く人の表情も俯きがちだ。ディーナはそんな姿を見て心を痛めているが、今はまだ彼らに救いの手を差し伸べる力が無いことは彼女自身自覚している。自分の無力さを噛み締めながら、心の中でいつか絶対に彼らを幸せにしたいと決心する。
「姫様、お戻りになる日を心待ちにしておりました」
町長の館の玄関で跪いてディーナを出迎える男がいた。彼は以前遭遇したメルドスの腹心でディーナも面識のある人物だった。
「まあ! ゼノス・・・・・・あなたがこの街の町長だったんですね」
懐かしそうに彼の手を取って軽く口付けをするディーナ、ゼノスはもう感激でいっぱいの様子だ。彼はディーナが戻ってきたという報告を聞いて、ずっとこの場でその到着を待っていた。
「姫様、良くぞお戻りになられました、このゼノス望外の喜びにございます。こんな所では人目につきますので中にお入りください。皆さんもどうぞ中に」
彼の案内で応接室に通される一同、この国ではかなり贅沢品のお茶が出されて歓迎される。
「ゼノス、早速ですが大事な話があります。私が急にこの国に戻ってきたのは、勇者がここに向かっているためです」
ディーナは限られた時間を有効に使うためにいきなり本題に入る。まずはこの問題を片付ける事が第一の目的なのだ。
「なんと! 勇者とは・・・・・・伝説上の存在ではなかったのですか」
確かにこの国にはかつて勇者が引き起こした災厄の記録が残っているが、まさかそれが現実のものになろうとは彼は思ってもみなかった。大変な事が起こったとその表情が蒼褪める。
「ですが安心してください。私たちはすでに勇者に一度勝っています。ここにいる元哉さん、さくらちゃん、橘様は勇者よりもはるかにお強い方々です」
勇者よりも強い存在と聞いて驚きを隠せないゼノス。それにしてもディーナの3人に対する敬称がバラバラなのはなぜだろう?
「その上ここにおられる橘様は『大魔王』の称号をお持ちです」
ディーナの言葉にゼノスはさらに目を丸くする。勇者が伝説の話ならば、大魔王などというのは神話の存在だ。目の前に座っている小柄な少女が本当に大魔王とは信じられない。
「おっちゃん! 今回は私が勇者の相手をするから安心していいよ!!」
さくらは元哉が取り出したクッキーを齧りながら余裕の表情をしている。獣神に成長したにも拘らず中身はさっぱりだ。
そんなさくらを見ながらゼノスは目で『この人何者?』とディーナに問いかけている。
「さくらちゃんはちょっと特別な存在です。頭は悪いですが、呆れるほど強いですから大丈夫です」
ディーナの太鼓判にゼノスは不審な目でさくらを見る。当のさくらはクッキーに夢中で彼の視線もディーナの失礼な言葉も全く気にしていない。
さすがにこの場で『さくらは神様です』といっても信じてもらえないので言葉を濁したが、その実力は本番で発揮してもらえれば問題は無い。
「ところで勇者の件だが、街の人たちには知らせないで欲しい。いたずらに不安を煽るだけだからな」
元哉の提案でこの件に関してはここにいる者と門の番をする者だけが情報を共有することになった。
「あと3日ぐらいで勇者がこの街に現れそうね」
ここまで沈黙を守っていた椿が口を開く。彼女の話でかなりギリギリのタイミングだった事に気が付く元哉たちだった。
「こんにちは、ディーナです。いよいよ私の国に入りました。豊かな国ではありませんがどうぞよろしくお願いします。次のお話は勇者がやってくる話になりそうですが、さくらちゃんが張り切っているのできっと大丈夫ですよね。次の投稿は火曜日の予定です。感想、評価、ブックマークお待ちしています」




