93 故国に向けて
大変お待たせいたしました。今週は何かと忙しくて投稿が遅れてしまい申し訳ありません。いよいよ元哉たちがディーナの国に向けて出発します。
森で魔物を狩る訓練などを行っているうちにあっという間に2日が経って、再びさくらがバハムートを呼び出そうとしている。
「もしもし、ムーちゃん! お約束の時間なのでこちらに来てください!」
携帯で話しているようなまったく呪文とは思えない呼び出しの声で、地面に巨大な魔法陣が浮かび上がり、その中から巨大な黄金龍が姿を現す。
「待たせてすまなかった、獣神さくらよ。こちらも色々と準備が必要だったのでな」
バハムートの声が一帯に鳴り響く。その姿と途轍もない威圧感にロージーとソフィアはまだ慣れる事が出来なくてガタガタと震えている。だが、失禁していないだけ進歩が見られるのも事実だ。
「ムーちゃん! 私たちを乗せてくれるんでしょう!」
さくらは再び空を飛べることを楽しみにしていた。その瞳はキラキラと輝いている。
「この前も言ったように我はこの件に直接関わる事のはまずい。そこで我の眷属を遣わすので、そやつらを使役するがよい。今から呼ぶからしばらく待て」
バハムートの体内から巨大な魔力が渦を巻きながら次々に飛び出して、地面に3つの魔法陣を形作る。その魔力の波動があまりに強力で、何とかそこまで耐えていたロージーとソフィアは限界を超えて漏らしながら気を失った。
橘が慌てて駆け寄りすぐに気付けの魔法を掛けると彼女たちは目を開く。二人の姿を見てフィオレーヌは『パンツを見られるくらい大した事ない』というディーナの言葉の意味がなんとなく理解できた。
まだ地面にへたり込んで動けない二人に構う事無く、魔法陣からは次々に3体のドラゴンが姿を現す。赤龍、青龍、黄龍の順に元哉たちの前にバハム-トよりも二回り小さな、とは言っても体長は30メートル以上あるドラゴンが姿を現した。
「獣神さくらよ、こやつ等はこれから神龍になる若き者たちだ。まだ名が無い故に、こやつらに名を付けてやって欲しい」
比較の対象になるバハムートが巨大過ぎるだけで、若い龍とは言っても元哉たちから見れば立派なドラゴンだ。それでも何千年も生きる身からすれば、まだ若いドラゴンなのだろう。
「名前って言われても、私が付けちゃっていいの?」
後から文句を言われても困るので、さくらは念のため聞いておく事にした。
「獣神さくらよ、そなたは何もわかっておらぬな。我らにとって『神』から名を貰うのはこの上ない名誉な事。こやつらも我の話を聞いて楽しみにしている」
どうやらこの場はさくらが命名するしかなさそうで彼女は頭をひねる。
『えーと、赤、青、黄色だから信号機じゃまずいし、どうしよう・・・・・・何にも浮かばない!』
とっさの事にさくらはどうしていいのかわからない。元々頭を使うのが苦手な上に、ネーミングのセンスが絶望的だった。むしろゲームからパクって『バハムート』と命名した事の方が奇跡だった。
「さくらちゃん、耳を貸しなさい」
困り果てているさくらに橘が助け舟を出す。さくらにとって困った時の橘頼りというのはいつもの事だ。
「ふむふむ、わかった! 赤いのが『イフリート』、青いのが『ヘルムート』、黄色いのが『ジグムント』でどうだ!」
さくらの言葉にドラゴンたちから『おおー!』という歓声が上がる。どうやら満足いく名前だったようで、彼らは口々にさくらに対して礼を述べている。
「さすがは獣神さくらだ。こやつらも素晴らしい名前に感謝している。我同様こやつ等はそなたの契約者となった故、これからいつでも呼び出すことが出来よう」
ついにさくらはドラゴンを4体も使役できるとんでもない存在になってしまった。他の者はまったく理解できないが、さくらだけは契約したドラゴンと話が出来るのだ。
「おおー! 仲間が増えたね! これからみんなよろしくね」
そんな事にはまったく構わずに、さくらは『お友達が増えた!』程度の感覚しか持ち合わせてはいない。ここにいる4体のドラゴンだけで、この世界の国など簡単に滅ぼせる戦力なんて事はまったく眼中に無い。
「それでは我は戻るとしよう。こやつらのことはそなたに任せたぞ」
今後の事は全てさくらに丸投げして、バハムートは魔法陣に消えていった。
残った3体のドラゴンに対してさくらは全員を乗せて新へブル王国まで飛んで行きたいと話を始める。その話にドラゴンたちは『任せろ!』と胸を張った。
「兄ちゃん、大丈夫だって」
話の経過を元哉に報告したさくら、だがそれを聞いて一番ホッとしたのはディーナだった。彼女はさくらに礼を言ってから3体のドラゴンに向き直る。
「皆様、このたびは私たちの要請に答えていただいてありがとうございました。皆様のおかげで私の国の危機を救うことが出来ます」
丁寧に頭を下げるディーナに対するドラゴンたちの好感度は急上昇する。彼らは人の言葉を話すことは出来ないが、人が話している事はきちんと理解している。何かを伝えたい時はさくらを介せばもちろん話が通じる。
「ディナちゃん、みんな喜んでいるよ。役に立ててうれしいって」
さくらの言葉でディーナはもう一度ドラゴンたちに向かって深く頭を下げた。
バハムートがいなくなって大幅に威圧感がなくなったので、ようやくロージーとソフィアは立ち直っている。当然恥ずかしい染みは自分で魔法を掛けて消し去っている。ただし心の汚点までは拭い去れてはいないが・・・・・・
「それでは出発しよう」
元哉の言葉でドラゴンに乗り込む一行、先頭のイフリートにはさくらと道案内役のディーナ、ヘルムートにはソフィアとロージーと椿、ジグムントには元哉と橘とフィオレーヌが乗り込んだ。
だがいざ出発をしようとした時、ジグムントが飛び立てないというトラブルが発生する。
「兄ちゃん! 兄ちゃんの体から溢れてくる魔力が邪魔でうまく飛べないんだって」
さくらがその原因を報告するが、元哉は苦笑いしか出来ない。自然に溢れ出す魔力を止める事が出来たら本人もここまで苦労はしないのだ。
「私に任せて」
橘がイフリートの背中に乗っている3人を包み込むように結界を張る。こうしておけば魔力は結界の中に溜まって外には出ないので、飛行に影響は無いはずだ。
「これで大丈夫だって! じゃあ出発するよ!」
さくらの声に合わせて3体のドラゴンがふわりと浮かび上がる。大きな翼を広げてそのまま空高く上昇すると、東を目指して突き進む。
遠くに王都の街並みが見えていたがあっという間に遠ざかり、眼下に広がる森や草原の景色が次々に移り変わる。
「うほほー! 空の旅は気持ちいいね!」
ドラゴンの背中で大はしゃぎのさくら。
「そうですね、思ったよりもずっと安定して楽チンです」
気流の影響で多少の揺れはあるものの、ドラゴンの背中はかなり快適な様子の二人。
人に目撃されるのはまずいので遠回りにはなるが一先ず東に進んで、魔境の上空を北上するルートを辿る事を選択した一行。王都から魔境までは丸1日で到着する。
暗くなるとさすがにどこを飛んでいるかわからなくなるので、魔境の手前の草原で一晩野営して次の日にいよいよ新へブル王国の近くまでやってくる。
2時間ほど歩けば街の城門に到着できる所に降り立ち、一向はここでドラゴンたちに別れを告げる。
「みんなありがとうね。また何かあった時はよろしくね」
さくらは1体ずつねぎらいの言葉を掛けて回る。ついでにお礼に元哉の魔力を流し込んだワイバーンを1頭ずつ与えることも忘れない。
ドラゴンたちはそれを丸呑みすると、急激にその体に力が漲る事に驚いている。そのうちの青龍はすぐにその場で光に包まれてその体が一回り成長した。その姿を羨ましそうに見ている他のドラゴンたち。
「ほかのみんなもそのうち大きくなるよ」
ドラゴンたちはさくらの言葉にうれしそうに首を振って応える。まだ若い彼らにとっては大きくなるのは大変重要なことだ。
その横では元哉たちが手分けをして、地面に落ちた青龍の古い鱗を拾い集めている。せっかくなので不用品はきちんとリサイクルするためだ。もったいないの精神は大切と妙な所で日本人らしさを出している。
やがてドラゴンたちは魔境の方向に向かって飛び去っていく。その姿を見送って元哉たちはディーナの故国に向かって踏み出していく。
「ディーナ、これを付けていけ」
元哉はアイテムボックスから取り出した物を彼女に手渡す。
それを手にしたディーナの目には涙が滲む。元哉から手渡された物、それは彼女の父親が常に身に着けていたマントだった。
「ありがとうございます」
ディーナは一言言うのが精一杯だ。自分が故国に凱旋するその時『父親と一緒に祖国の土を踏め』という元哉の気持ちが彼女には何よりもうれしかった。
『父上、長いことお待たせいたしました。さあ一緒に私たちの国に戻りましょう』
肩に掛けた彼女にはかなり大きなマントのその暖かさに、父の温かみを感じてわずかな時間その思い出に浸るディーナ。
だが次に顔を上げた時には彼女は大きな決意を胸に秘めている表情に変わっていた。
「こんにちは、ディーナです。今回は移動で大変なのでこのコーナーはお休みです。次回はいよいよ私の国に入る予定です。投稿は日曜日頃かな? 感想、評価、ブックマークお待ちしています」




