91 勇者の動向
すっかり元気になったさくらはいいのですが、まったく違う問題が持ち上がることに・・・・・・
宣言通り湯船につかっている元哉の膝にいつものようにさくらが座って、二人っきりのお風呂タイムを彼女は楽しんでいる。
元哉もいつも押しかけてくるディーナたちがいなくて慣れたさくらが一人ということで、かなりくつろいだ様子だ。
「兄ちゃん、私ってどのくらい寝ていたの?」
さくらは自分ではそれほど長く寝ていたという自覚はなかったが、周りが『目を覚まさないから心配した』と言っていたのが気になったいた。
「3日ぐらいかな」
もちろん元哉も心配をした一人だが目が覚めてしまえば背は伸びたものの、いつも通りのさくらに安心している。
「そんなに寝ていたの! よく飢え死にしなかったね」
人事のように言い放つさくら。元哉から『そっちを心配するのか!』という突っ込みが入るのは仕方ない。
だが彼女にとって3日も何も口にしなかったというのは、本当に信じられない出来事らしい。
「寝ている間は夢とか見なかったのか?」
端から見るとスヤスヤと寝ているだけでまるで変化がなかったように見えたが、当の本人は何か感じていなかったのか気になった元哉が尋ねる。
「うーん・・・・・・暗い所でじっとしていて、そのうちに体の中に光がいっぱい入ってきたような気がしたかな」
さくらは大量の魔力を取り込んだ事を夢の中でおぼろげに感じていたのだろう。ただし惑星と同じ空間10個分以上に詰め込んだ元哉の魔力をエネルギーに換算すると、恒星を生み出すくらいの膨大な熱量になる。
「でも寝ているうちに背が伸びてラッキーだね!」
どうやらさくら自身は何が起きたのかまったくわかっていない。彼女にとって今回の出来事は体が成長した画期的な出来事としての受け止め方しかないようだ。
「ところで兄ちゃん、どう私の体は?」
さくらは最も気になっている事を元哉に確かめる。対する元哉だが、彼女の期待と裏腹に反応が薄い。
「そうだな、小学生がギリギリ中学校に入学できるかどうかの段階ではまだ評価できないな」
歯に絹を着せない元哉の率直な意見にさくらは反発する。
「ええー! セクシーだとか色っぽいとかいう感想はないわけ!」
彼女は自分で口にした言葉がどれだけ不似合いな事かわかっていない。胸が大きくなれば魅力が出るくらいの単純な発想しか持ち合わせていなかった。
「それはお前がもっと精神的に大人になってからだな」
元哉の言葉に止めを刺されて反論できないさくら、だがめげない彼女は心の中で『よーし! これからはもっといっぱい寝て早く大人になってやる!』と見当違いな方向に決心を固めていた。
翌朝、さくらは元哉を引っ張り出して朝のトレーニングを始める。いつものように軽く体を温めてから組み手を開始する。
さくらは急に身長が伸びたせいで、はじめのうちは重心やバランスがうまく掴めない様子だったが、5分もするとその動きを成長した体に適応させていく。
「ほう、もう慣れたのか」
元哉から感心したような声が掛かるが、さくらはこのくらい当然といった表情だ。
「よーし兄ちゃん! ちょっと本気を出すよ!」
さくらは一瞬力を貯めて元哉の鳩尾を目掛けて正拳を放つ。今までだったら簡単に片手で受け止められていた。元哉もそのつもりで左手を出したが、その手が吹き飛ばされてさくらの拳が元哉の腹にめり込む。
「グッ」
さすがの元哉も油断していたところに強烈な一撃を食らってその口から呻き声が漏れた。
「ヤッター! 兄ちゃんに初めてまともな一撃が入った!」
さくらは大喜びで飛び跳ねる。これまでたとえ組手ではあっても元哉の堅い守りを崩せなかった。彼女の体が小さい分、その拳は元哉にとっては軽かった。だが、一回り大きくなった体から放たれた拳は元哉のガードを正面から突破した。
「これはウカウカしていられないな」
元哉はさくらに撥ね飛ばされて少し痺れる左手をブルブル振りながらも、彼女の成長がうれしい様子だ。
「もっと早くこの体になっていたら、はなちゃんに負けなかったね!」
彼女の言う通り、敏捷性はそのままで攻撃力が元哉の感覚からしたら3倍以上になっている。これでは橘も一溜まりも無いのではないかと元哉が感じるくらい、ニューさくらは恐ろしい程の成長を遂げている。
「さくら、一つだけ注意しておくと、ディーナやロージーの相手をする時は今まで以上に加減しろ。さもないと彼女たちは5分持たないぞ」
おそらく彼女たちでは今のさくらを受け止めきれないであろう事を危惧した元哉の忠告だった。
「よーし、兄ちゃんに攻撃が当たって気分がいいから、今日はいっぱい食べるぞー!」
だがそんな話などまるで聞いていないさくらはそう言ってそそくさと朝食に向かうのだった。
朝食の席で元哉からさくらがより強くなったことが発表されると、案の定ディーナとロージーはがっくりと肩を落とす。
彼女たちはただでさえさくらとのトレーニングに駆り出される事が多いのに、そのさくらがパワーアップしては最早自分たちの訓練どころではない。そして何もできないまま地面に転がされていく自分たちを想像したのだ。
「ディナちゃんもロジちゃんもそんなに暗い顔をしなくて大丈夫だよ! 今日からはよりハイレベルな動きでバッチリ鍛えて上げるからね!」
元哉の注意をさくらの耳は華麗にスルーしていた。二人は縋るような目で元哉を見るが、元哉は諦めろと言わんばかりに首を横に振るだけだ。
橘はさくらのパワーアップの件を聞いて燃えている。ついこの間ギリギリで勝ちはしたが、それはあくまでも以前のさくらで、今は恐らくあの時よりもはるかに強い力を持っているに違いない。
自分の方が一足先に魔王から大魔王に進化したが、これでさくらに追いつかれたどころか完全に追い抜かれたと思っている。
もちろん彼女はこの状況を放っておく訳が無い。必ずさくらに追いつくために更なる努力を心に誓うのだった。
皆が食事を始めてからしばらくして、いつものように椿が眠そうな表情で起きてくる。彼女はここ何日かさくらのために夜も付きっ切りでその様子を見も守っており、睡眠不足が深刻な状態と本人は感じている。昨日は久しぶりにぐっすりと眠れたが、まだ寝足りないらしい。
皆に『おはよう』と挨拶をして席につく椿、眠い目を擦りながら彼女はさくらに話しかける。
「さくらちゃん、調子はどう?」
「椿お姉ちゃん、絶好調だよ!」
口いっぱいほうばったおかずを飲み込んでからさくらはサムアップする。
「そう良かったわ・・・・・・元哉君、まるっきり話が変わるんだけど」
依然眠そうな表情で元哉を見る椿。元哉の方は何事かという顔をしている。
「勇者が動き出したわ」
椿の話によると勇者は教国の首都ミロニカルパレスから東を目指して進んでいるらしい。いくら魔力のパスを繋いでるといっても、レーダーのようにその位置情報まではっきりとわかるわけではない。
大きく移動した時にその痕跡を追って、どこに向かっているか予想するくらいがせいぜいだ。もっと早くこの事を伝えようと思っていたのだが、さくらの件ですっかり後回しにされていた。
「彼がどこを目指しているかは不明だけど、教国で見た地図を参考にすると間もなく国境に到達しそうね」
椿が言った途端にディーナが真っ青になる。一体どうしたのかと全員が彼女を見つめる。
「教国の東の国境は私の国と接しています」
深刻な表情で大事な話を打ち明けるディーナ。
他の者に危機感が無かったのは、そのあたりの地理がどうなっているのか良く知らなかったためだ。
「確かにそれはまずいな」
元哉が何か思案している。
「食後にどうするか話し合おう」
それだけ言うと彼は残りの朝食を急いで掻きこむ。
ディーナだけは不安でそこから先食事に手をつけなかった。
リビングに集まった一同、元哉が話を切り出す。
「もし勇者がディーナの国に侵入した場合、どんな影響があるか意見を聞かせてほしい。まずは当事者のディーナはどうだ?」
真っ先に元哉は彼女に話を振る。彼女の国『新へブル王国』の事情を一番よく知っているのはディーナなのだ。
「今私の国は力が衰えています。もし勇者が魔族を倒す目的で侵入するのであれば、大きな被害が・・・・・・下手をすると国が滅びるかもしれません」
彼女の言う事は至極もっともだった。かつて人間にとって魔王が恐ろしい災厄だったように、魔族と呼ばれるルトの民にとっては勇者は恐ろしい災厄なのだ。
「俺たちが今ここを出発するとして、やつがディーナの国に入るまでに間に合いそうか?」
ディーナは首を振る。ここから新ヘブル王国に行くまでには、北に向かって進み教国領内を通るか、東に向かって進み魔境を通るしかない。どちらにしても大きな困難が伴う。
無言のまま考え込む元哉、誰も発言しないまま時間だけが流れていった。
「やっほー! さくらだよ! 今私は絶好調すぎてネタを考えるのをすっかり忘れていました。次こそはがんばります。感想、評価、ブックマークお待ちしています。次の投稿は月曜日の予定です」




