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89 さくらの異変2

眠ったままのさくらを起こすために何が始まるのか・・・・・・

 部屋に残った3人、さくらは依然スヤスヤと寝ているだけでまったく変化が見られない。


 元哉は椿の指示で中を繰り抜いた竹を1.5メートルに切りそろえて、ロープでベッドの四隅の足に括り付けていく。


 その間に橘は椿からこれから行う魔法のレクチャーを受ける。魔法に関しては並ぶ者がいないはずの橘でさえ目にした事がないその高度な魔法は、一体どうやって術式を構築すればよいのかと彼女はかなり長い時間考え込む。


 そんな橘を見て椿は自ら手本を見せる。彼女は手にしたガマの穂の中にある微細な空間を別次元に繋いでその容積を桁違いに拡大している。


 原理はアイテムボックスとまったく同じで空間魔法に属するものだが、ガマの穂の内部の小さな空間をひとつひとつ拡大していく、気が遠くなるような作業だ。


 椿は手馴れた様子で次々に空間魔法を発動して約15分で1本の空間拡張を終えた。このガマの穂1本でおよそ地球と同等の容積の空間を内包している。


 橘は椿のその手腕に目を見張っている。彼女はこれまで大っぴらにその力を発揮することが無くて、全ての能力が未知数と言われていたが、橘の目の前で見せた高い能力はその想像をはるかに超えている。


 自分と比較して椿の持つポテンシャルは軽く見積もっても数倍では効くまいと橘は悟っている。そしてその橘の見積もりは正解だった。いくら霊体とは言っても勇者召喚を利用して自らの力で次元を超えてこの世界にやってきた椿だ。生半可な能力ではそのような事は出来まい。


 橘は椿の手本通りに悪戦苦闘しながら何とか空間魔法を操ることに成功する。一度慣れればあとはしめたもので次々に空間の拡大を行っていく。


「さすが橘ちゃんね! もう魔法を自分のものにしているじゃない!」


 出来のよい生徒を褒めるような口調で椿は橘の成長を手放しで喜んでいる。それにしても元哉といい橘といい、椿にかかると皆このような扱いになってしまう。一体椿とは何者なのだろう・・・・・・?


「準備が整ったようね」


 元哉と橘がそれぞれの分担を終えて手を止めたことを確認して椿は次の指示を出す。


「橘ちゃん、ご苦労様でした。この先は危険だからあなたは外に出ていてね」


 さくらの傍で様子を見届けたかった橘はここに残りたいと言いかけるが、椿の表情に有無を言わせない覚悟を見て取って諦めてドアの外に出て行く。


「元哉君はこれに限界まで魔力をこめてね」


 元哉は手渡されたガマの穂に怪訝な表情で魔力をこめ始める。このような小さな物に自分が魔力をこめると一瞬で一杯になってしまう事を懸念しているのだ。


 だが彼のその予想は見事に覆された。何しろ惑星と同じ規模に拡大された空間に魔力を流し込むのだからいくらやってもキリが無い。その上ある程度まで魔力を流し込むと、その内圧が高まって魔力が逆流を引き起こす。それを防ぐため更に元哉の方が高い圧力で魔力を流し込むという循環が延々と繰り返される。


『さすがにこれはキツイな』


 元哉ですら心の中で愚痴を溢したくなるほどの過酷な作業だった。ようやく1本終えるのに1時間近く掛かり、元哉の額に脂汗が流れる。


「どうする、まだ続ける?」


 その様子を見ている椿から声がかかるが、元哉はさくらのために躊躇わずに続行する。


 椿は元哉が魔力を注入し終えたガマの穂を受け取って、慎重にベッドの足に括り付けられた竹に差し込んでいく。


 夕暮れ近くなってようやく全ての穂に魔力を流し終えた元哉から最後の1本を受け取った椿は、用意していた麻の紐で四隅に1本ずつ並んでいる穂を全て結び付けて、まるでベッドを取り囲む祭壇のような物を作り上げる。


 それを終えてから、座り込んだままでいる元哉に自分がこれから行う儀式の説明を開始する。


「元哉君、ご苦労産でした。これから元哉君が流し込んだ魔力を結界の中でさくらちゃんの体に取り入れてもらうわ。何しろ相手は神様だから、その神体が目を覚ますまで何度も同じことを繰り返すからそのつもりでいてね」


 わずかに頷く元哉に話を終えた椿は真剣な表情でさくらに向き直る。


 そしてその口から元哉にはまったく意味のわからない呪文のようなもしくは祝詞のような不思議な詠唱が流れる。


 その椿の詠唱によって麻紐で区切られたさくらが横たわるベッドは不思議な光に包まれて、その空間がこの部屋と完全に切り離される。


 目で見るとすぐそこに存在するのだが、さくらのいる位置はこの宇宙のどこか遠いところに空間魔法で運ばれていた。もちろん彼女の体が生存できるように結界の中は十分な気圧と酸素で満たされている。


 昏々と眠るさくらは今のところ眼で見て変化は感じられない。このままそっとしておけば、自然にさくらが空間内の魔力を取り込んでいずれは目を覚ます。


「さあ、あとは静かにしておきましょう」


 そう言う椿に手を引かれて部屋を出る元哉だった。





 夜になって椿が何度かさくらの様子を見に行ったが、特に変化は無くこの日は過ぎていった。さくらが眠る部屋は椿以外立ち入り禁止になっているため、彼女から様子を聞いた他の者は心配そうにしながらも、手出しできる事も無いのでそのままこの日は各自の部屋で眠りについた。






 翌朝には結界の魔力が全て無くなっていたので、昨日同様に元哉が新たな穂に魔力をこめる。午前中いっぱいこの仕事に掛かりっきりで昼食の時間前にようやく二人が1階に降りていく。



 元哉たちがリビングに戻るとそこには来客があった。 


 さくらの騒動ですっかり忘れていたが、今日はフィオレーヌが訪ねてくる約束をしていたのだ。


 元哉たちがさくらの手当をしている間に彼女は訪ねてきて、リビングで橘たちと話をしている。


 そして降りてきた元哉と椿を見かけるなりフィオレーヌは立ち上がり頭を下げる。


「はじめまして、フィオレーヌです。これから皆さんにお世話になりますのでよろしくお願いします」


 すでに橘から同行する事を認める話を聞いていた彼女はこれから世話になる元哉たちに挨拶とお礼を伝える。


 すっかり彼女の事を忘れていた元哉だったが、ロージーとの対戦で見覚えのあるその顔にようやく気がついた。


「こちらこそよろしく頼む」


 祖父の軍務大臣から様々な話を聞いていたフィオレーヌは初めて会う元哉に興味津々だった。どんな人柄なのか・・・・・・そのすごい力もぜひこの目で見たい・・・・・・などとその想像は膨らむ一方だった。


 だが目の前に現れた元哉は心なしかやつれて見える。本当にこの人が祖父が言っていた人物なのか不安になるフィオレーヌ。


 だが無理も無い。惑星に相当する空間に魔力を流し込むなどそもそも無茶な事だ。それをやり切った元哉が異常なだけで彼に疲労が残るのは当たり前だった。


「今色々取り込んでいて、元哉さんはかなりお疲れなんです」


 ディーナが事情を説明してなんとなくわかったような表情のフィオレーヌ。彼女は気を取り直して今後の事を口にする。


「このあと魔法学校には休学届けを出して、学生寮も引き払ってきます。明日から皆さんと合流できますのでよろしくお願いします」


 彼女としてはもう学校で遣り残したことは無いという思いだ。したがって一刻も早く元哉たちと一緒に行動する事を望んでいる。


「わかったわ、部屋も用意しておくからまた明日ね」


 橘の言葉に見送られて意気揚々と出て行くフィオレーヌだった。

「こんにちはフィオレーヌです。前にもちょこっと出ましたが、これから皆さんとご一緒することになりました。どうぞよろしくお願いします。評価とブックマークありがとうございました。引き続き感想などもお待ちしています。次回の投稿は木曜日の予定です」

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