86 対抗戦10
お待たせしました。ついに二人の戦いに決着が付く・・・・・・かな?
観衆が息を呑むさくらと橘の対決、ここまで両者はほぼ互角の展開だが、橘は2度のさくらの猛攻を凌ぐのにほぼその魔力の半分を消費している。つまりあと2回さくらに接近戦を挑まれるとその魔力が枯渇する。
対するさくらは、極限まで身体強化を高めた結果橘同様に魔力を半減させているが、攻撃自体は魔力に依存していないのでまだ余裕がある。
総合的に見るとこの時点ではさくらの方が有利に取れるが、試合の行方は一つの事が切っ掛けで大きく動くので予断は許さない。
フィールドの端の方で集中力が途切れて身体強化が解けたさくらが改めて魔力を体から噴出しながらその能力を高める。
さくらが遠くに離れたわずかな時間を酷使した脳の疲労回復と天使とのリンクの強化に当てていた橘はその様子を見て再び臨戦態勢をとる。
「さあ再開しましょう!」
「うほほー! 今度こそ決めちゃうよー!」
静の橘と動のさくら、全く対照的な二人がみたび激突する。橘はさくらに自由な動きをさせないように氷弾で牽制しながらその進行方向に地雷を仕掛ける。先程の物よりは威力の低い地雷だが、あくまで牽制用なのでこれで仕留めるつもりはない。逆に威力の大きな地雷を仕掛けるとまたさくらがそれを利用して一気に距離をつめてくる危険すらある。
対するさくらは次々に目の前に展開される地雷と飛んでくる氷弾をヒョイヒョイ避けながら、橘に向かって接近を試みる。まだその距離は40メートル近くあるので、わざと地雷を踏んでその勢いを利用しても橘までは届かないと見切っているためこの場は避ける事を選択している。
「全くこれだけ離れていると当たる気がしないわ」
両者の相対距離が離れると橘にとっては有利だが、逆にさくらにとっても橘の魔法を余裕を持って避けられるというメリットが出てくる。したがって橘としてももう少しさくらが接近しないと効果的な攻撃が出来ずに魔力を無駄に使う羽目に陥っている。
「はなちゃんも困っているみたいだから、もう少し近づけそうだね♪」
さくらはそれを見越してさらに距離をつめてる。ほぼ開始線までさくらが接近したところで今度は橘からの猛攻が始まる。
やや痺れを切らしていた橘は氷弾に雷光を混ぜてさらに視界を悪くするためにブリザードまで術式に織り込む。
「わわっ! これはさすがに分が悪い!」
いくらさくらでも限界はある。橘が放った攻撃を見るなり、一気に後退して体勢を立て直す。特に電撃弾の下位魔法『雷光』は直接当たっても命に別状はないが、体が痺れて動けなくなる。それが団体で襲ってきてしかもブリザードでその位置をわかりにくくするなど、鬼畜にも程があった。
「もう! 折角の切り札だったのに避けられちゃった」
軍隊の100人ぐらいまとめて無力化する規模の魔法を放ったのだが、わずかな所で逃して橘は残念そうだ。
「橘様がすごい魔法を繰り出しましたね。今ので決めるつもりだったのでしょうか?」
ディーナが元哉に向けて質問している。いつの間に彼女が感じた事に対して元哉が解説する図式が出来上がっていた。
「出来れば決めたかったんだろうが、恐らく先々の布石に過ぎないだろう」
元哉の読みはここまでことごとく的中している。その戦術眼の正確さに舌を巻くディーナ、彼の目にこの試合はどのように映っているのか知りたいという強者を志す彼女の魂に火が付く。
ディーナは元哉に頼らずに目を凝らして必死に二人の意図を感じ取ろうとしている。だがその魂に付いた火はあっという間に鎮火した。余りに二人の戦いが高度過ぎて彼女の考えなど足元にも及ばない現実を突き付けられている。
ディーナでさえこの有様でロージーやソフィアに至ってはさっきから目を白黒しっ放しだ。もしこの試合を正確に読み取ることが出来るとすれば、元哉を除くと今この世界には椿しかいない。
だが元々引き篭もり気味の彼女は人の多い所には出たくないと宿舎で留守番をしている。
「いやーびっくりした! はなちゃんいよいよ決める気で来ているね!!」
一旦後方に下がったさくらは先程の橘の攻撃に肝を冷やしてはいたが、この程度のことにビビッていては橘に勝つ事など覚束ないのは百も承知だ。
ここで橘に余裕が無くなって来たと見るべきか、まだ何かを隠していると見るべきか迷う所だが、細かい事をグダグダ考えないさくらは再び一気に突っ込む事を選択する。
身体強化のレベルを引き上げて直線的に橘に接近していく。
「さくらちゃんも懲りないわね。様子見もしないでまた突っ込んできたわ」
迎え撃つ橘はすでに準備を整えている。魔力は多少心許なくなっているが、そんな事を気にして勝てる相手ではない。
橘はさくらの接近に合わせて同じ魔法を放つ。
だがそれはさくらが読んでいた。彼女は真っ直ぐに橘に接近していたが、敢えてその速度を抑えていた。人間の目は真っ直ぐに向かってくる物体の速度を正確に判別することが不得意だ。橘は魔力レーダーでさくらの位置を正確に識別できるとはいえ、どうしても視覚情報を本能的に優先してしまう。
さくらは先程よりも離れた位置で余裕を持って魔法をかわすと、瞬時に速度を上げて横に動く。
「しまった、引っかかった!」
橘はさくらの意図に気がつく。魔法をかわしてから横に動いて自分の目を欺き後方に回り込む作戦だ。
さくらの動きを眼で追うことが出来ていたのでそちらに気を取られて、逆にさくらの姿を見失う羽目に陥った。すかさずレーダーでさくらの位置を探るが、すでにその時には彼女はもう目の前だ。
已む無くこの戦いで3回目の接近戦を開始しなければならない。慌てて最大速度でシールドを厚くしていく橘。
さくらはみたび橘の魔力を削ることが出来てほくそ笑んでいる。
「よーし、あと一回!」
シールドは他の魔法に比べて大量の魔力を消費するので、橘の魔力はかなり少なくなっている事が明白だ。だが、思いのほか橘のシールドを構築する速度が速く深追いせずに再び距離を取るさくら。
「全くバカなはずなのに戦いの時だけは頭を使うんだから!」
橘はかなりご立腹の様子だ。さくらを名指しで『バカ』と言っている。だがこれは周囲も知っている隠しようの無い事実だ。さくらの頭脳は戦闘専用と言っても差し支えない。
しかしこれで橘の魔力残量が4分の1を切ってしまった。この戦いで彼女の魔力の90パーセント以上をさくらとの接近戦で展開したシールドに消費している。そこまで防御を第一に考えないとさくらの相手などとても務まるものではない。
だがこれで橘はかなり追い詰められた。あと一回さくらの接近を許すともうそこで終わりになる。已む無く最後の切り札を切る決意を固める橘。
強い意志のこもった目でさくらを見る橘、さくらは再度接近を図る方策を探るようにこちらを見つめている。
「そんなに近づきたいのならそうしなさい」
小さな声でつぶやいて術式を構築する。あとはタイミングを見極めるまでだ。
「おや、はなちゃんは何か企んでいるね!」
さくらは敏感に彼女の様子に変化があることを見て取る。この時点でさくらの頭の中には百通りを超える対応策が浮かんでいる。だから普段の生活でなんでそれが出来ないのか不思議でならないが、さくらだから仕方ない。
「よーし! はなちゃんの企みに乗ってやるよ!!」
さくらは身体強化を最大にして橘の元に走り出す。
「来た!」
橘はそれを待っていた。自分とさくらの中間地点に特大の地雷を設置する。さくらは絶対にこの誘いに乗ってくると確信して。
「おう、はなちゃん、また仕掛けてきたね! じゃあ乗ってやるか!」
さくらは恐怖心のひとつも抱く事無く迷わずにその地雷に向かって足を踏み出す。
「ドカーーーン!!!」
この日何度目かの大爆発に観衆は騒然とする。
だが橘は必ずこの爆発の勢いを利用してさくらが突っ込んでくると待ち構えている。正面に分厚く展開したシールドでさくらを足止めして、その隙に切り札に残しておいた最後の術式を発動するつもりだ。
だが爆風と煙でさくらの位置を見失った。そして正面から来るはずのさくらの姿がない。
「しまった!」
橘がうろたえ気味にさくらの位置を割り出している頃、彼女は空に舞い上がっていた。地雷の爆風と最大まで高めた身体能力によるジャンプ力で地上30メートルまで上昇している。
そしてフィールドを覆うように展開している結界を踏み切り板替りにして、思いっきり橘に向かって結界を蹴り付ける。橘のように精緻な演算を元に位置計算するのではなく、さくらの場合は野生の勘でその方向を決定する。
弾性結界のその弾力性と踏み切る力にさらに重力まで味方につけて弾丸のような速度で橘に向かって突き進むさくら。
ようやく彼女の位置を割り出した橘はまさか上から襲ってくるとは思っていなかったことに動転しながらも、すぐに気を取り直して手薄だった頭上のシールドを全魔力をつぎ込む勢いで強化する。
「うほほー! これで止めだよ!」
さくらが橘のシールドにダイブする。
「バリバリバリ!!!!」
シールドが立て続けに割れる音が鳴り響くが、橘の対応が間一髪間に合ってさくらの急襲を受け止める。
ただし残りの魔力の殆んどを費やして展開したシールドはもう残りわずかだ。さくらはシールドに乗ってその拳を次々に叩き付ける。
だがここで橘は最後に残しておいたわずかな魔力で術式を発動する。彼女は自分の魔力が残りわずかになっても発動が可能で、それでいて大きな効果が期待できる術式を残していた。
「フラッシュ!!」
その瞬間、闘技場全体が目映い光に包まれる。至近距離からこの光を無防備に浴びたさくらは一瞬にしてその視力を一時奪われた。いくら鍛えているさくらでも網膜まで強化するのは不可能だ。
橘は後方のシールドを破棄して風魔法を発動してさくらから一気に距離をとる。もちろん彼女はフラッシュの瞬間目を閉じていたので、何とか視力は確保している。
その直度に視力を失ったさくらの拳は橘が残した最後のシールドを叩き割る。さくらは見えない目で近くにいたはずの橘の気配を探るが、その時彼女はすでに手の届かない所にいた。
残りわずかな魔力を振り絞るようにして橘の左手に魔力が集まる。限界まで魔力を使い果たした彼女の最後の攻撃だ。
すでに魔力レーダーを機能させるだけの魔力が無くなり、おぼろげに映るさくらのシルエットに目視で狙いをつける。もう体に力が入らず、立っているだけで精一杯の橘から10発の雷光が飛び出す。これを全てかわされたらこの試合は負ける。
当たってくれと念じた雷光は視力を奪われているさくらを目掛けて寸分違わずに飛んでいく。
いくらさくらでも目が見えない状態で稲妻を避けることは不可能だ。それでも気配を察知して2,3発はかわしたが、ついにその体を5発の雷光が捉えて地面に倒れ付す。
この時何十万もあった橘の魔力は残り50を切っていた。まさに紙一重の勝利だ。
だがその橘も魔力の枯渇にヘナヘナと崩れて意識を失う。
この時会場にいる全ての者が、橘のフラッシュによって視力を一時喪失していた。ただ一人元哉を除いて・・・・・・従って彼がこの試合を最後まで見届けた唯一の証人だ。
そのまま5分ほどすると皆の視力が戻る。そして闘技場にいる全員が目撃したのは意識を失って倒れている両者だった。
すぐに担架で救護室に運ばれる二人。元哉たちも席を立って彼女たちの所に駆けつける。と言っても全て見ていた元哉だけは全く心配していないが・・・・・・
審判と役員の協議の結果、今回の両者の戦いの公式な結果は引き分けとなった。元哉以外はその本当の結末を見ていないので、これは仕方が無い。
だが、救護室で意識を取り戻したさくらは少し悔しがっている。
今回橘に負けた事が誰よりもわかっているのは彼女だ。
「ああ悔しい! 今日は帰ったらヤケ食いだ!」
『お前いつも食ってばっかりだろう!』と元哉の突込みを受けて『デヘヘ』と笑うさくら。彼女自身この試合の結果が悔しいのは事実だが、全てを出し切ったという充実感もある。
それよりもこの結果を踏まえて前に進む事の方が重要だと彼女なりにわかっている。
橘も元哉から魔力の供給を受けてすぐに意識を取り戻す。そして試合後初めて顔を合わせた二人はどちらとも無く切り出す。
「はなちゃん、いい試合だったね!」
「そうね、お互いに頑張ったわね!」
そう言って頷き合う二人は、たとえ血は繋がっていなくてもやはり姉妹だった。
「こんにちはディーナです。ようやく長い試合が終わりを迎えました。私は最後目が見えなくてちゃんと見ていなかったんですけど、さくらちゃんが悔しがっていたのでどうやら橘様が勝ったみたいです。次の投稿は金曜日の予定ですが、お話は全く新しい展開を迎えます。今回の私たちの試合に満足いただいた方は感想、評価、ブックマークをお寄せください」




