75 トーナメント2
今回もロージーのお話です。果たして結果はどうなるか・・・・・・
翌朝、さくらのテンションがやけに高い。
「兄ちゃん、今日も一緒に行ってくれるんでしょう!」
世の中というものは一度認めてしまうとそれ以降なし崩しに前例が残ってしまうものだ。当然さくらは今朝も元哉が広場まで一緒に行ってくれるものと思い込んでいる。
「仕方ない、行くか」
元哉の声を聞くなり宿舎を飛び出すさくら。限られた時間を有効に活用するつもりだ。昨日同様、無駄に高い身体能力を全開にしてあっという間に通りに飛び出していく。
「昨日と同じように現地集合で頼む」
元哉は橘に一言断ってから、さくらの後を追いかけた。どうやらかなり先まで進んでいるらしく、もうその姿は見えない。どうせ広場に行けばすぐに見つかるので、元哉は周囲の迷惑にならないように通りを走った。
「昨日に続いて呆れる量ね!」
本日の戦利品を楽しそうにテーブルに広げるさくらを見て、昨日同様に橘は呆れている。いやむしろ昨日よりも品数が確実に増えていることは間違いない。
「さあこれで観戦のし甲斐があるよー!」
さくらにとってはビールを片手にドーム球場で野球観戦をするような気分らしい。ただしその量がバカバカしくなる位にテーブルに積み重ねられているだけだ。
「ロージーさんの応援なのか、さくらちゃんの大食い観戦なのかよくわかりません」
ディーナの言葉はもはやぼやきになっている。側にいるソフィアはもう諦め顔だ。
そして肝心のロージーは昨日よりも3割り増しの観客に再び青い顔をして座っている。
娯楽の少ないこの世界では庶民の楽しみはこの対抗戦を観戦することと、その結果を肴にして酒場で誰が勝つか予想することだ。
公には賭け事は禁止されているが、仲間内で一杯のエールを賭けたり闇で賭け屋に出入りする者が多数いる。
普段は取締りの目が厳しいがこの時だけは警備隊も大目に見ているので、街中には半ば公然と賭け屋が軒を並べている。
そして今年最も注目を浴びているのがロージーだった。ただでさえ女性は彼女一人しかいないことに加えて、その技量が騎士学校の生徒の中に入るとずば抜けている。
そして勝ち名乗りを受ける時の恥ずかしそうなロージーの仕草が男性ファンの心を掴んでいた。街のあらゆる酒場で彼女の話を聞かない事が無いくらいに帝都の話題をさらっている。
そんな事とは露知らず、その話題の中心は彼女見たさに集まった大勢の観客が放つ重圧に飲まれている。
「ちょっとトイレに行ってきます」
ロージーが席を外すのは控え室に入ってからもう4回目だった。
「ロージーさんは本当に気が小さいですね。元哉さんに迫るときはあんなに大胆なのに」
ディーナはその後姿を見送って一人つぶやく。その言葉に対して元哉は『それは一体どんな例えだ!』と心の中で突っ込んでいたが、聞こえない振りをしてスルーした。
それに対してディーナの隣にいるソフィアは顔を真っ赤にしている。この前のことを思い出して俯いたまま、とてもではないが元哉の顔を見る事が出来ない。
彼女はこの前調子に乗ったディーナとロージーによってかなり無理やり元哉からの魔力注入を体験した。その事自体は非常に恥ずかしいのだが、あの体を駆け巡った嵐のような感覚が忘れられないでいる。
実はソフィアはまたあの感覚を味わいたいと思う反面、元哉を相手にこんな事をしてはいけないという葛藤を抱えていた。彼は自分が尊敬する橘の婚約者で、あのような行為は橘を裏切る事になるのではないかと心配している。
彼女はすっと立ち上がりお茶の準備を始める。ただ座っているよりも何かしていた方が気が紛れると考えたからだ。宿舎にいる時は専属のメイドが全てやってくれるのだが、外では元メイドとしてこのような事は率先してやっている。
「おっ、フィアちゃんありがとう」
固焼きのパンに塩漬けの肉を挟みこんだ顔と同じくらいの大きさのサンドイッチを手にしているさくらがちょうどいいタイミングで差し出されたお茶を受け取る。
「フィアちゃん、難しく考える必要ないからね! はなちゃんのことなんか気にしないでもっと大らかにいこう!」
さくらはソフィアの気持ちを察したのか、ティーカップを片手にそっと耳打ちする。だが逆にソフィアは再び顔を真っ赤にした。
小さな声で『はい』と返事をしてそれぞれにお茶を配膳する。元哉も橘も余計なことは言わずに『ありがとう』と言ってカップを受け取った。
控え室内にさまざまな人間模様が展開されているところにロージーが戻ってくる。
「ロージー、せっかくソフィアがお茶を入れてくれたから飲んでいきなさい」
朝食をあまり取っていなかったロージーを心配して橘が水分を取るように促す。
招集の合図がかかり、ロージーはカップに一口だけ口をつけて無言で控え室を出て行った。その唇は緊張でカサカサに乾いていて、手の平にはじっとりと変な汗をかいている。
「今日もかなり緊張していますけど、たぶん何とかなりますよね」
ディーナはおとといと昨日なんだかんだいって勝ち抜いたロージーの姿を見送ってから、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「そうだな、何とかなればいいな」
元哉はディーナのつぶやきに合わせて返事をするが、その瞳は何かを考えている様子だ。
「まあとりあえずロージーの試合を見ましょう」
橘の提案で全員がバルコニーに出て闘技場を見つめる。違った、さくらだけは川魚の串焼きに噛り付いて全く見ていない。
結局この試合はロージーが勝って、明日の魔法学校との対抗戦に出る権利を手に入れた。戻ってきたロージーはまだ緊張から解き放たれていないようで、控え室に戻ると大きくため息をつく。
ベスト4をかけた試合は午後一番で行われるため、しばらくは休憩時間になる。ロージーの試合時間を考えて早目に食堂に移動した元哉たちは軽い昼食をとった。もちろん朝から食べっ放しのさくらも一緒にいる。
さくらが控え室にある残りの料理のことを考えて3人前でナイフとフォークを置いたとき、ロージーはほんの僅かのパンを口にしただけだった。
「ロジちゃん、食べないと力が出ないよ! 私みたいにいっぱい食べなさい!!」
さくらの前には食べ終わった食器が積み重なっている。それを呆れた表情で見ながらロージーはため息をついて答える。
「さくらちゃん、誰もさくらちゃんの真似は出来ませんから遠慮しておきます」
ロージーは力無くそう言ってまだ殆んど残っているトレーを片付けようとする。
「ロジちゃん、待った!」
それをさくらが引き止めてもったいないと言って全て食べてしまった。
ロージーは黙ってそれを見つめている。彼女は心の中では『人の気も知らないで!』と思っているが口には出さない。もちろんさくらにそんなことを言っても、自分が抱えている今の状況が改善するわけではないことを知っているからだ。
「ロージー、本当にもういいの?」
さすがに橘は心配している。普段は普通に食事を取っているロージーの様子が明らかにおかしい事に気がついている。
「はあ、多分大丈夫です」
もうひとつ力が入らない声が返ってくる。顔色こそ多少は戻ったものの、相変わらずロージーの調子は良くなさそうだった。
控え室に戻ってしばらくすると召集の合図がありロージーは部屋を出て行く。
「さーて、もう見たってしょうがないから屋台に行ってくるね。晩御飯までには戻るよ!」
さくらはそういい残して控え室を出て行った。ディーナは『まだ食べるんですか!』といった呆れた表情でその後姿を見送る。
「さくらちゃん、行かせていいの?」
橘が元哉に尋ねるが、元哉は無言で頷くだけだ。
「そう、それならいいわ」
橘もそれ以上は何も言わなかった。
部屋に残った全員が再びバルコニーに出る。闘技場には先に出てきたロージーの姿が遠目に見える。
この試合の相手は3回生の優勝候補筆頭に上げられている現在の皇帝騎士団長の長男。彼は1回生の時からこのトーナメントで優勝しており、史上初の3連覇をかけて臨んでいる。
幼い頃から父親に憧れてひたすら剣を極めようと努力を重ねてきた彼の剣は父親同様にまさに剛剣と呼ぶに相応しいロージーにとってはかなり相性の悪い相手だった。
「はじめ!」
審判の声が響き、闘技場が緊迫した雰囲気に包まれる。
「いやーーー!」
相手は裂帛の気合とともに剣を打ち下ろしてきた。ロージーはこれを片手で受けようとするが、簡単に跳ね飛ばされる。
「きゃー」
バランスを崩して尻餅をついたところに相手の剣が首元に突きつけられて勝敗は決した。
観客席からはため息が漏れる。
一礼してからとぼとぼと控え室に戻るロージー、その姿はバルコニーから見ている元哉たちにはとても小さく映る。
やがてドアが開き彼女が戻ってきた。
「負けました」
そう一言だけ口にしたロージーの目に大粒の涙が浮かぶ。
そしてそのまま床にへたり込んで声を上げて泣き始めた。
そんな彼女を見てディーナが駆け寄ろうとしたが元哉が止める。
ボロボロ泣いてようやく落ち着いてきたロージーに元哉が声をかける。
「ロージー、試合でよかったな。戦場だったらお前は今頃泣く事も出来ないぞ」
まだ嗚咽を漏らしならその言葉を噛み締めるロージー、彼女にはその意味が理解出来た。
「私、悔しいです。試合どころじゃなくて何にも出来ませんでした」
再び床に伏せて泣き声を上げる。彼女自身負けたショックで感情をコントロール出来なくなっている。
「お前は試合に負けたんじゃない。自分に負けたんだ」
元哉の言葉にはっとして顔を上げるロージー、その顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。
「自分に・・・・・・」
元哉の言葉でここ何日かの自分を振り返る。
緊張で真っ青になり、食事も喉を通らない。
結果ばかり気にして自分らしさを全く出せなかった。
負けたらどうしよう・・・・・・そんな気持ちだけが先走りした。
全ての歯車が狂っていた事に今更ながら気がつく。
何も口にしていなければ力なんか入るわけが無い。どうしてそんな事に気がつかなかったんだろう。
「ロージー、幸いにして明日もう一度挽回のチャンスがある。どうするかはお前次第だ」
元哉は厳しい。それは常に自分に最も厳しいからその姿を知っている他の者に対して説得力がある。
そしてロージーは彼と知り合ってから常に間近でその姿を見てきた。
元哉は言っている。ここで負け犬に成り下がるか、再び勝利のために立ち上がるか選べと。
「私、やります。絶対明日自分に勝ってみます!」
そう言い切ったロージーの目にはすでに涙はなく、明日に向かって進む決意の光があった。
「こんにちはディーナです」
「ヤッホー! さくらだよ!!」
(ディーナ)「さくらちゃん、手に持っているのは何ですか?」
(さくら)「ディナちゃん、よく聞いてくれました。これは私宛に来たファンレターだよ!」
(ディーナ)「ええー! すごいですね!! どこの物好きがそんな物を送って来たんですか?」
(さくら)「なんかトゲのある言い方のような気がするけどまあいいや。ちょっとだけ見せてあげよう」
(ディーナ)「どれどれ、うわっ! 汚い字・・・それにほとんどひらがなばっかりで・・・ってこれはどう見てもさくらちゃんの字でしょう!」
(さくら)「ドキッ! 何でわかったの?」
(ディーナ)「こんな簡単なこと誰でもわかります! それよりなんでこんな姑息な事をしているんですか?」
(さくら)「私だってファンレターのひとつも欲しいんだよ! さくらちゃんは可愛いとか、さくらちゃんと今度食事に行きたいとか・・・・・・」
(ディーナ)「まあその気持ちはわかりますけど、多分来る事は無いですよ!」
(さくら)「ゲッ! この女言い切った!」
(ディーナ)「だって私にもまだ来ていないものがさくらちゃんに来るわけ無いでしょう!」
(さくら)「喧嘩だよね! どう考えても喧嘩売っているよね!!」
(ディーナ)「こんな私たちにぜひファンレターをどうか、どうか、お情けでもいいですから送ってください。ああ、評価とかブックマ-クもお待ちしています」
(さくら)「なんか綺麗にまとめやがった! 次回の投稿は月曜日の予定です」




