73 二つの戦い
今回はロージーが中心のお話です。
あっという間に月日は流れて帝都は対抗戦の初日を迎えた。この日は朝から街中全てが祝賀ムード一色でこの日を楽しみにしていた住民や近隣からやって来た観光客で溢れ返っている。
朝一番で騎士学校の生徒が目抜き通りをパレードして、沿道には帝国の将来を担う若い騎士候補生の凛々しい姿を一目見ようという観衆が幾重にも人垣を作っていた。
パレードする姿に憧れて将来騎士を目指そうとする子供は目をキラキラと輝かせてそれを見ている。
中央広場を中心に至る所に屋台が並んで、そこにも人が群がっている。この日は地方からも名物を携えた多くの屋台が並ぶので、滅多にお目にかかれない料理が食べられるだけあって普段の何倍もの賑わいだ。
その中を屋台から屋台に人を掻き分けて進む小さな影がある。押すな押すなというくらいに人が集まっているにもかかわらず、その小さな影は全く人にぶつかることなく最短距離で次の屋台を求めて移動する。
その小さな影こそさくらだった。彼女はこのために朝食を抜いて屋台巡りに参加している。その身体能力を極限まで高めて普通の人が一軒の屋台でようやく買い物が出来る時間に、すでに10軒の店の味を堪能していた。
「うほほーー! おいしいものがいっぱい並んでいて、これはいくら時間があっても足りないよー!」
両手に串焼きや肉料理を抱えてうれしい悲鳴を上げている。彼女は今日中に全ての屋台を回るつもりでいるので、一切手を抜かない。その無駄に高い身体能力に物を言わせて、次から次に料理を購入しては口に放り込んでいく。
元哉からは今日1日は自由に過ごしてよいと許可を得ているので、その全てを食べ歩きに当てる所存だ。
「よーし! このエリアは全部食べたから次はあっちに行ってみよう!」
次の人だかりを目指して動き回るさくら、彼女の戦いは果てしなく続く。
そのころ騎士学校の一室で青い顔をして椅子に座っている少女がいた。剣をテーブルに置いたまま腰に差そうともせずに、心配そうな表情で傍らの男と話をしている。
「も、元哉さん・・・・・・大丈夫でしょうか?」
声の主はロージー、彼女はこれから対抗戦に出場する選手を選抜する学内予選に参加するため、控え室で試合の順番を待っている。
一般の生徒は大部屋で出番を待つのだが、彼女は臨時訓練生の肩書きの他に『第101特殊旅団第1小隊名誉小隊長』という肩書きを持っているので、特別扱いで控え室を与えられている。
この小隊は皇女が一時的に在籍した小隊ということで、彼女たちが本来の業務に復帰した今は欠番になっている。だが訓練の時にその小隊を引っ張った功績でロージーは名誉小隊長の肩書きを皇女から受けた。
当然気が小さなロージーのことだから恐縮していたものの、皇女から与えられた名誉を断るわけにもいかずに受け取った。
そして今その部屋で、彼女は学内予選が行われる第1闘技場に朝から詰め掛けている何千人もの観衆にガクブルしている。
戦うのが怖いわけではないのだが、会場を下見に行った時の期待に満ちた観衆が醸し出す雰囲気に完全に飲まれていた。
「俺もさすがにこれだけの観衆の前で戦ったことがないから何とも言えないな」
元哉もさすがにどうしたらいいか困っている。『平常心が大切だ』なんてアドバイスが効くようなレベルではない事を彼も承知していた。
「元哉さん、こういう時はショック療法ですよ! あの観衆に負けないくらいの強烈な殺気をロージーさんにぶつけてみましょう!」
ディーナは人事だと思って適当な事を言い放つ。だがそれにロージーが食いついた。
「元哉さん、この際何でも構いませんからやってみてください!」
頭を下げて頼み込むロージー、彼女は全く自分をコントロール出来なくなっている。
「仕方ない、やってみようか」
元哉は軽く目を閉じて精神を統一する。そして訓練の時よりもかなり強めの殺気を放った。
「ひいーーー!」
小さな声を上げてロージーは気を失った。その横には巻き込まれたディーナまで白目を剥いている。当然のように二人とも失禁していた。
「元くん、さすがにやりすぎでしょう!」
橘がクリーンの魔法を掛けながら元哉を睨み付ける。彼の殺気に慣れているはずの二人が同時に意識を失うほどの殺気を放ってしまった事を反省する元哉だった。
しばらくすると部屋のドアをノックする音が聞こえてくる。
「元哉教官失礼します。先ほど教官の殺気と思われるものを感じましたが、いかがいたしましたでしょうか」
少し離れた所にいた特殊旅団の隊員が慌てて駆けつけてきた。彼らは誰よりも元哉の殺気には敏感だ。何か不測の事態でも起こったのかと心配して駆けつけてきた。
「済まない、ロージーに気合を入れようとしたらやりすぎてしまった」
部屋に倒れている二人を見て納得する隊員、彼は大した事が無くてホッとしている。
「では教官、小官はこれで失礼いたします。ただしご注意ください、この部屋の周囲で気を失った者が続出しております」
彼はそれだけ言い残して去っていった。もちろんその後元哉は橘にかなりの時間説教をされた。
「うーん・・・・・・私一体どうしたんでしょう?」
ロージーが目を覚ます。続いてディーナも起き上がった。
「すまん、ちょっとやり過ぎた」
元哉は頭を下げたが、二人はすっかり記憶が飛んでいるので何のことかわからない。
「それよりロージーはもうすぐ試合が始まるけど大丈夫なの?」
橘は心配そうに様子を聞いてくる。だがロージーは記憶が飛んでいるため何のことかわかっていなかった。
「はい、大丈夫です。もうすぐ試合ですから頑張らなくっちゃ!」
そう言って体を動かし始める。その姿からは先程のような不安な様子は見受けられない。
やがて召集の合図があってロージーは控え室から出て行く。元哉たちも彼女の闘いが見えるバルコニーに移動した。
「それにしても試合前の選手を失神させるなんて前代未聞ね。危うく不戦敗になるところだったわ」
橘は相変わらずジトーっとした目で元哉を見ている。近くにいるディーナは力が抜けてホワンとした様子で闘技場を眺めていた。
騎士学校は1回生から3回生まで一学年400人在籍しており、そのうち元哉が各学年の平民出身者200人を特殊旅団に引き抜いたので、今回の選抜戦には約1000人が参加をしている。
100人ずつ10ブロックに分けて各ブロックごとに5人を選抜して、成績優秀なシード選手14人を加えてトーナメントを行う。その上位8人が魔法学校との対抗戦に出ることになっている。
初戦は人数が多いので20人でバトルロワイヤル方式がとられている。最後に残った一人だけがトーナメントに進めるかなり過酷なルールだ。
技量だけでなく狡猾な立ち回りも要求される上に、場合によっては1対19という状況すら生まれる。
そしてロージーはすでにその状況に追い込まれていた。彼女を目掛けて試合開始とともに全ての生徒が剣を向けてくる。
観衆からは一見か弱そうな少女が大勢を向こうに回して戦う姿に『卑怯だぞ!』と怒声が飛ぶが、闘技場ではそんな野次に関係なくロージーを中心に戦いが繰り広げられていた。
ロージーはいつもの二刀流ではなく、右手に一本ショートソードを持っているだけで、左手は小型のバックラーを付けている。
取り囲もうとする相手に対して素早い動きで1対多数の不利な状況を作らないようにしながら時には後ろに回りこんで後頭部に手刀を当てたり、足を引っ掛けて相手の動きを止めてからわき腹に一本入れたりして確実に生徒の数を減らしていく。
確かに生徒たちはよく訓練されており、その剣技も中々のものがある。だが所詮は日本で言えば高校生レベル、その中にすでにプロデビューをして実戦を繰り返している者が混ざったらどう転んでも勝ち目は無い。
生徒たちを撹乱しながら危なげなく仕留めていく少女の姿に観客は熱狂した。観衆の全てが彼女の応援をしている。
ロージーが一人倒すたびに『うおーーー!!!』という歓声が上がるが、彼女はそれを気にも留める様子もない。ただ目の前の敵を確実に倒していく、それだけに集中しているようだ。
そしてついに最後の一人を討ち取って勝ち名乗りを受ける。表情を変えずに淡々とした様子で控え室の戻るロージー。
椅子に腰を下ろして元哉たちから声を掛けられてもどうも反応が鈍い。おかしいなと思って元哉が彼女の肩を揺さぶると『ハッ』としたように周囲を見回す。
「あのー・・・・・・試合はまだですかね?」
彼女の言葉に元哉と橘は顔を見合わせた。さっきまで20人を相手に大立ち回りをしていたのに、全く記憶がないのか・・・・・・
「ロージー、あなた本当に覚えていないの? 試合はもう終わってあなたが勝ったのよ」
橘の言葉にポカンとするロージー、どうやら今まで完全に意識が回復しないままで戦っていたようだ。
「もう終わっちゃったんですか? 私何にも覚えていないんですけど・・・・・・」
こうしてロージーの何ともしまらない戦いの初日が終わった。
そしてここにもまだ戦いを繰り広げている者が一人いる。
「うほほー! 朝と夕方では屋台が変わっているよ! 全屋台制覇の道はまだ長いな!」
朝から延々食べっ放しのさくらだったが、その食欲は留まる所を知らない。新たな屋台を目掛けて突進を開始した。
「こんにちは、ディーナです」
「ウエップ! さくらだよ!」
(ディーナ)「さくらちゃん、いくらなんでも食べ過ぎじゃないですか?」
(さくら)「うーん・・・・・・さすがにちょっと食べ過ぎたかも」
(ディーナ)「一体どれだけ食べたっていうんですか?」
(さくら)「広場にある全部の屋台のメニューを制覇した」
(ディーナ)「えっ! あそこには50軒以上の屋台がありますよね!」
(さくら)「うん、その上朝と夕方で違う店が出るんだよ」
(ディーナ)「それを全部食べるなんていくらさくらちゃんがバカでもやり過ぎです!」
(さくら)「今なんか気になるフレーズがあったような気がするけどまあいいや」
(ディーナ)「私たちは大変だったんですよ。元哉さんのせいで気を失って漏らす・・・・・・いえ、何でもありません」
(さくら)「何だディナちゃんまたやちゃったの。私の国に大人用の紙おむつがあるから今度紹介するよ」
(ディーナ)「そんなもの必要ありません! そんなものを穿くくらいなら堂々と漏らします!」
(さくら)「開き直っちゃったよ、この子」
(ディーナ)「でも、オムツをして赤ちゃんぽく元哉さんに迫るのもちょっとアリかも・・・・・・」
(さくら)「あーあ、ディナちゃんここまで汚れてしまったか」
(ディーナ)「どっちにしてもこういう恥ずかしいことはロージーさんに押し付けて、私は爽やかなイメ-ジでやっていきますね」
(さくら)「ついには仲間を売ったよ、本当に恐ろしい子」
(ディーナ)「評価、感想、ブックマークお待ちしていますね」
(さくら)「次の投稿は木曜日の予定です」




