71 鳳凰宮に潜むもの
再び話は勇者に戻ります。時系列的には元哉たちの話と同時に進行していると考えてください。
シゲキは向かって来る鳳凰宮の警備兵や騎士達を魔剣の一閃で倒しながら、その最も大きな建物の入り口にやってきた。
ここは教国の中枢部、地球で言えばバチカンの聖ピエトロ大聖堂が最も似ている。
宗教国家なので多くの信徒を集めて集会を開くための大ホールや、巨大な祭壇が入り口の真正面に広がる。祭壇には女神ミロニカルの像が周囲を見下ろすように建てられており、その威厳を持って人々を精神的に支配することがこの鳳凰宮の役割だ。
シゲキは入り口に入るなりその目に飛び込んできた女神像を一瞥した。
彼が勇者だった頃はその表情は慈愛に満ちたもののように映っていたが、今は薄笑いを浮かべた胡散臭い姿にしか見えない。
『どうやら俺は何らかの洗脳を受けていたようだな』
彼の脳裏に教国の手口が次々に浮かぶ。
『勇者様』とおだてて深く考えることを止めさせる。その上で次から次に訓練だと言ってはやることを与えて考える暇を奪う。
そして言葉の端々に女神ミロニカルに対する感謝の気持ちを織り交ぜていく事で、シゲキが自然に女神を受け入れるように誘導する。
その巧妙な手口にまんまとそれに引っかかっていた自分の愚かさに、胃の底から苦いものがこみ上げて来るような感覚を味わっているシゲキ。
彼はそのせいで処刑される手前まで追い詰められた。
「俺を道具として取り扱った報いを受けてもらわないとな」
淡々とした表情に戻って女神像を見据える、聖堂内には外の混乱が伝わっていないせいか静かに祈りを捧げている信徒や修道士の姿しかない。
彼は何も言わずに魔剣を引き抜いて魔力をこめる。暗黒の波動が剣に伝わって、黒いもやのようにその姿を包み込んだ。
「滅亡の始まりだ!」
その一言とともに思いっきり剣を振りぬくと、その波動は真っ直ぐに女神像に向かった。
『ガキーン!』
轟音とともに10メートル近い像は粉々に砕ける。
「キャー! 女神様が!!」「一体何事だ?!」
像の前で祈りを捧げていた信徒たちに混乱が広がる。中には砕け散った破片の直撃で床に倒れている者もいる。
大混乱に陥った何百人という群集は我先に外へ出ようとするが、その向かう先にはシゲキが立ちはだかっていた。
何の躊躇いもなく彼は魔剣をもう一振りする。暗黒の波動が逃げ出そうとする群衆に牙を向く。
「キャーーーー!」
女性のかん高い悲鳴を残して彼らは一瞬でその命を奪い去られた。聖堂内にもはや動く者は見当たらない。
この建物は教国を運営する中枢部だけあって、5階からなりその部屋数は300を超える。
一々各部屋を回って中にいる者を殺していくのは面倒なので、シゲキはその左手に小さな炎を灯した。
「燃え尽きるがいい! 天罰の業火!!」
彼はその炎を無造作に床に投げつける。はじめは小さな炎だったがあっという間に燃え広がって、フロアーを舐めるように飲み込んでいった。
外に出たシゲキは離れた所で火が燃え広がる様子を眺めている。天界の術式はこの世界の魔法では決して消すことが出来ない。対象を燃やし尽くすまで消えることはない。
やがて煙に耐えかねて上の階にいた者たちがバルコニーに出てくる。シゲキは彼らに向かって容赦なく暗黒の波動を浴びせた。
悲鳴や火を消そうとする慌てた声が聞こえてくるが、シゲキにとってはもはやどうでもよい事だ。『絶望の中で死んでいけ』と心の中でつぶやいてその場を後にしようとした。
だがそこに魔法使いの一団が駆けつける。彼らはシゲキの行動があまりにも早くてその姿を見失い、ようやく捕捉出来たのだ。
彼らはその半数を聖堂の消火に当てるとともに、残りの30人でシゲキを包囲した。
「貴様、これ以上の無法は許さん! 神罰が下るものと覚悟しろ!」
魔法使いのリーダーらしき者がシゲキを指差して罵倒する。彼はシゲキの魔力をガルダスから聞いて把握していた。この人数ならば間違いなく勝てると自信を持っていた。
だがそれはシゲキがまだ勇者だった頃の話だ。勇者を捨てて魔人に成り果てた彼の力がわかっていない。
「無法とは一体何のことだ? 勝手に人を召喚して戦いに負けたら処刑することだって、俺からしたら無法だけどな」
薄笑いをその顔に貼り付けたシゲキがリーダーに答える。別に答える必要はなかったのだが、文句の一つも言ってやりたい気分に駆られた。
「女神様の名の下に我々の行いは全て正しく導かれているのだ。貴様ごときが無闇に口を出すことではない!」
『また女神様かよ!』シゲキは心の中で呆れた。こいつらは『女神』というフレーズの前では思考が停止するのだ。呆れたついでにからかってやろうという考えが浮かぶ。
「その女神さんなんだが、さっきあそこの中にあったでかい像をぶち壊してやったぞ!」
あからさまに馬鹿にした態度でリーダーに教えてやるシゲキ、どうせなら絶望してから死んでほしいものだと考える彼もかなり歪んでいる。
「貴様、なんという事を・・・・・・絶対にこの手で殺してやるぞ!」
『そんな事を言っている暇があるんだったら詠唱の一つでも始めておけよ!』魔法使いたちが挙って歯噛みする様子を眺めながら、シゲキは心の中で突っ込む。どこの世界でも弱いやつほどよく吼えるという事だ。
「さっさと終わりにするぞ!」
シゲキは魔剣に多目の魔力を込めた。周囲にある建物ごとまとめて破壊するつもりだ。
『確かボロボロの俺を前にしたあの能力者も同じようなことを言っていたな。あいつから見れば俺もきっと取るに足りない存在だったんだな』
シゲキは先のアラインでの戦いを思い出していた。
『自分を歯牙にもかけなかったあの能力者は必ず地べたに這い蹲らせて負けを認めさせてやる』その思いがシゲキを駆り立てる。
無造作に横薙ぎに振られた魔剣から漆黒の魔力が飛び出し、周囲の命を刈り取りながら3つの建物を破壊した。
シゲキは反転して今度は自分の後ろに居た者たちも同じように命を刈り取っていく。その波動は聖堂にぶつかって、その一部を破壊していた。
「さてあとは残りの建物を更地にすれば終わりかな」
剣を手にして周囲を見渡すシゲキ、あれほど華麗な姿を誇っていた鳳凰宮は破壊と炎でいまや見る影もない。
彼が残りの建物へ足を進めようとした時、その後方で気配がした。彼の後ろには天罰の業火で燃え盛っている聖堂があるだけで、その手前に居た魔法使いたちは全て倒したはず。
いぶかしんで振り向くと、そこには炎の中を平然と歩いてこちらに向かってくる者が居た。
「誰だ? 天罰の業火の中を平気で歩いてきやがる!」
シゲキはその姿を警戒した。並の人間では絶対に出来ないことだ。
炎の中から現れたのは老人の姿をして煌びやかな衣装を身にまとっている。
「堕ちた勇者よ! 大人しく死んでゆけばよいものを、我が築いた全てを破壊するとはその罪万死に値する」
その口から響く重々しい言葉は周囲に対する威圧感で満ちている。手にした杓を振り上げてシゲキを非難する老人、だがその顔はシゲキの記憶になかった。
「何者だ?」
老人が発する威圧に真っ向から対峙したシゲキ、大した威圧感だとは思うが元哉の放つものとは雲泥の差がある。
「我は教国の全てを支配する者なり、われに逆らう者には死あるのみ!」
その言葉の通り、老人は教国に君臨すること48年エルモリヤ教国の元首にしてエルモリヤ教皇パウロヌス7世その人だった。
教国が成立してから7代目の教皇に当たる彼はその長い在位期間と強権的な政治手法で『教皇の中の教皇』と呼ばれている。
彼が即位するまでの教国は信仰こそ排他的なものの全体的には平和な社会だった。だが彼はそれに満足することなくあらゆる手法を用いて教義を他国にまで広めて、その信仰を元に支配を強めていった。
その一端が今回の帝国への出兵であったことは言うまでもない。それが元哉たちに阻まれたばかりか、勇者の反抗を招いて鳳凰宮が灰燼に帰した。
怒りに震える教皇の姿をシゲキは冷めた目で見つめる。
「その口振りからするとお前がこの国の責任者ってことでいいんだな。それなら話は早い、俺をこんな腐った国に呼び出した責任を取ってもらうぜ」
シゲキは剣を構える。油断していい相手ではないが恐れるほどでもない。
「ふん、神の怒りに触れた者の末路は哀れなものと決まっておる」
対する教皇も杓を構えて一歩も引かない構え。
そしてついに両者が激突した。わずかにシゲキの剣の勢いが上回り、教皇を後ろに跳ね飛ばす。
だが下がった教皇はいきなり魔法を放ってきた。見たこともない白い光、元哉が放った光に似ているがそれよりは威力はない。
シゲキは躊躇う事無くその光を魔剣で叩き斬った。その剣が纏う漆黒の波動と白い光が一瞬のせめぎ合いの後に霧散する。
「今度は俺の番だぜ!」
シゲキは天罰の光を放った。暗黒の波動が教皇に向かって飛んでいくが、彼はそれを真っ向から受け止めて握りつぶした。
元哉のように片手で薙ぎ払ったわけではないが、それでも天界の術式に勇者の魔力を加えた魔法を握りつぶされたことにシゲキはわずかなショックを受ける。
『こんなジジイに握りつぶされるんじゃあ、俺の魔法もまだまだって事だな』
シゲキの目標はあくまでも元哉だ。この程度の敵に負けているようでは、かの怪物に敵うわけがない。
彼は魔剣を振るって再び教皇に切りかかった。シゲキの魔法をやっとのことで消した教皇の対応がわずかに遅れる。
そこにさらに追撃を放つシゲキ、彼は一気に攻勢に出た。
何とか手にした杓でシゲキの剣を跳ね除けようとした教皇だが、その杓が魔剣の威力に逆に跳ね飛ばされる。
「でりゃーーー!」
渾身の気合で返す剣で教皇の体を横に薙ぐ、その一撃は腹部を両断した。
無言で倒れふす教皇、シゲキも無言でその姿を見ている。
やがて何事もなかったようにその場を離れるシゲキ、もうここで遣り残したことはない。
彼はこのまま教国を離れて旅をしながら、力を蓄えるつもりだ。
人っ子一人姿のない鳳凰宮を後にするシゲキ、だがその最も奥にある小さな建物からその姿を魔眼で見ている者が居た。
「我の傀儡を簡単に倒すとはあの者なかなか遣りおる。どうやら帝国にもかなりの剛の者がおるようなれば、両者が潰し合ってこそ我の覇業が近づくというもの」
そこには先程シゲキに倒された教皇と全く同じ姿の者が不気味な笑いを浮かべていた。
「こんにちはディーナです。現在私たちはさくらちゃんの訓練に付き合わされた疲れで、ぐっすりと眠っています。次回はこのコーナーも復活しますのでお楽しみに! 評価とブックマークをいただきましてありがとうございました。次回の投稿は日曜日の予定です」




