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66 勇者の変質

今回は主にエルモリヤ教国の話が中心です。

 エルモリヤ教国ミロニカルパレスの鳳凰宮の地下に勇者シゲキは捕らえられていた。


 帝国との国境付近で教国の謎の部隊に身柄を拘束されたままこの場所に運び込まれ、現在は厳重な監視下におかれている。


 彼は元哉の暴走した魔力をこめた一撃を受けて敗れただけでなく、その影響で自らの体内の魔力に暴走を誘発されてこの何日か地獄の苦しみを味わっていた。


 普通の人間なら魔力の暴走で5分も持たずに体が潰えるところだが、勇者であるが故の頑丈さで何とか持ちこたえた。


 今は別人のようになった幽鬼のような顔で寝台の上に体を横たえて、ぼんやりと上を見ることしか出来ない。


 さらに首に巻かれた魔法封じの首輪と両手を拘束する手枷が彼の動きを奪っていた。


 ここはどうやら地下牢のようでその壁には無数の魔法陣が描かれており魔力を奪っていく。横たえた体は魔力暴走の後遺症で全く力が入らず、少し動かしただけでも筋や関節が軋むような感覚を覚えていた。


 もうすでにこの場所に閉じ込められて何日が経過したのかもわからなくなっている。ほとんど明かりのない地下で目を閉じたまま果たして自分が眠っているのか起きているのかさえわからない。


 だが、彼を閉じ込めている鉄格子の向こう側で、牢獄の番人が交代のために何かを話している気配が伝わってきた。


 シゲキはほかにする事もないので耳をそばだてる。


「勇者は大人しくしているか」


「ずっと寝ているようだ、処刑の日までこのまま大人しくしてくれればいいな」


「その通りだな。今回の戦いで敗れた事、誰かが責任を取らないと国民が納得しないからな」


 シゲキはその話のを聞いて心の底から怒りを覚えた。


 勝手に召喚しておいて戦争に駆り出し、敗れたら責任を取るために処刑・・・・・・ふざけるな! 俺はお前たちの道具じゃないぞ!! 


 声を上げて抗議したいが、残念ながら声も出せない。あまりにひどい仕打ちを受けている彼の心の中で次第にドス黒い感情が湧き上がってきた。


『こいつら勝手な事を・・・・・・いったい俺が何をしたっていうんだ!』


 あまりの不条理に衰えた体に思わず力が入る。


『絶対にここから出てやる! そして俺をこんな目に追い込んだ連中に復讐してやる!』


『・・・す! ・・・ろす! ・・・殺す! 全員殺してやる!』


 彼の心の中は復讐の真っ黒な炎に染まっていた。




 敗走した教国の兵達は命からがら国境を目指した。何とか手柄を上げたい帝国の北部貴族達の追撃を逃れて、ようやく国境を越え『助かった!』と安堵したその時、彼らはシゲキを守っていた兵士たちと同様に味方に裏切られた。


 突然現れた教国の部隊が彼らを次々に殺害する。戦いに敗れて身も心もボロボロの敗残兵達は簡単に皆殺しにされていった。


 これこそが教国の本質、女神ミロニカルの名の下に隠蔽と情報操作で国民を操り、常に国家の上層部に都合のよい宣伝を行う。


 そのために都合の悪い者達は口封じのために葬られるという、胸糞悪い支配体制が当たり前のように行われていた。


 この結果今回の戦いで生き残った教国軍は、捕虜としてアライン要塞に収容された僅か数百人と北部貴族に投降した2千人だけだった。




 再び鳳凰宮の地下牢、シゲキはドス黒い復讐心と『何でこうなったんだ!』という自らの運命を呪う感情に心を染めていた。


 彼の復習の対象はこの国の全てと、そして何よりも自分をここまで追い込む原因を作ったあの男・・・・・・アライン要塞で勇者の力をもってしても全く敵わなかった能力者、自分と同じように日本から転移してきたと言っていた・・・・・・


 



 そしてシゲキのほかにも復讐の感情を秘めて鳳凰宮を彷徨う存在がいた。橘に敗れてガルダスの体から逃げ出した情報意識体『天使サンダルフォン』だ。


 天使の第1位として君臨していたプライドをズタズタにされた復讐のために新たなその身を宿す器を求めて彷徨っていた。


 そしてついに自分が宿るべき器を発見した復讐の天使は地下に向かって進む。


『あの体を得れば必ず勝てる!』・・・・・・そう、天使が求めていたのはシゲキだった。


 誰にも気付かれる事なく彼が幽閉されている地下牢に入り込んで、身動ぎせずに上を向いて体を横たえる勇者を見下ろす。




 シゲキはその僅かな変化に気がついた。何者かはわからないが怪しげな気配が牢の中に侵入してきた事を。


 だが彼はそれを知った上でまだ何の反応も見せなかった。すでに彼は復讐のためならば相手が悪魔だろうと自らの魂を売り渡す決意を固めている。


 お互いの存在を確かめるように両者の間に沈黙が流れる。


「おい、何か言ったらどうだ」


 先に声をかけたのはシゲキの方だった。その声に彼の頭上にある見えない存在はゆらぐ。


「我を受け入れよ、そなたの願いを叶えてやる」


 見えない存在の言葉が頭の中に響く。それが天使だろうが悪魔だろうがシゲキにとってはもはやどうでもいい事だった。


「ああ、受け入れてやるよ。その代わり俺に力をよこせ!」


 その短い言葉のやり取りで契約は成立した。天使はシゲキの体を乗っ取ろうとして入り込む。


 シゲキは身動きひとつすることなくそれを受け入れた。


 彼の脳内に天使が持つ膨大な情報が流れ込む。


『一体これは何だ? とんでもない量の情報が・・・・・・これは魔法の知識か! そうかこんな体系になっていたのか・・・・・・それだけじゃない! これは宇宙の法則か!! こんなこと俺には理解不能だ』


 おびただしい情報の中から今の状況を抜け出すために必要な事を取捨選択して、余分な物は無意識下にしまっておく。


 ガルダスはこの大量の情報に飲み込まれて、自分を見失い体を乗っ取られた。だがシゲキの復讐の意志はその程度の事で失われるほど、うすっぺらい物ではない。


 主導権をめぐる激烈な戦いがシゲキの体の中で行われる。


『馬鹿な! お前は我を支配するつもりか!!』


 サンダルフォンの悲痛な叫びが湧き上がった。勇者の体を支配するつもりが、逆に彼の一部として取り込まれてしまったのだ。


 ここに至ってサンダルフォンはようやく橘の言葉を理解した。


『この世界にはこの世界の理がある』


 たとえ天使であっても、勇者の持つその強固な復讐心を支配することは出来なかった。


 そしてついに自らの復讐の決意をサンダルフォンが持っていた負の感情で増幅した怪物が誕生した。


「まずは体力を回復することが先決だな」


 シゲキは枷を嵌められたままの手を首に当てて魔力を流し込む。すると今まで彼の魔法を封じていた首輪は大量の魔力に抗し切れずに焼き切れた。


 さらに牢内に巡らされている魔法陣を次々に消していく。今までは全くその意味がわからなかった魔法陣だが、一目見ただけでその役割と解除法が理解できる。


 自らの魔力を奪っていた魔法陣が消えた事で、ようやく体力の回復が可能になった。とりあえず回復魔法をかけてから、あとは魔力が回復するのを待てばいい。


 ニヤリと笑って再び寝台に横になるシゲキだった。





 こちらは帝都のアリエーゼ皇女の執務室、現在宰相のアドストラ公爵がやって来て戦後処理の方向を話し合っている。


 マハティール帝国の皇帝エリュシオン3世は長く病床に臥しているため、皇帝の直系で最年長の皇女が摂政となって代理を務めている。


 とはいっても彼女も経験が少ないために、政治のほとんどは信頼する宰相の任せっ切りだった。 


「ではこのような方向でよろしいでしょうか」


 皇女は宰相の提案を承諾した。


 その案とは、オフェンホース公爵領、ファウロンゲン伯爵領、ブルーイン辺境伯領を皇帝の直轄地にするとともに、手柄のあった貴族の褒賞と北部貴族への恩赦などが中心だった。


 本来は北部貴族にも処罰を与えるべきところだが、敗走した教国軍の討伐を持って罪を帳消しにすることになった。


 皇女としては全て取り潰しにしたかったが、それでは再び彼らの反抗を招くという宰相の意見に従わざるを得ない。


 だがこれで帝都から北の重要な領地が皇帝の直轄となったばかりか、東部も国境まで皇帝派の領地が続くことで、北部の貴族達を完全に包囲する事になった。


 今まで教国との貿易を独占することで莫大な利益を上げていた彼らも、今回いの戦いでその貿易が途絶してしまいかなり追い込まれている。


 しばらくは貿易が再開することはないだろうから、今後は元公爵領が窓口となって貿易を独占すれば彼らの勢いはますます衰える事になるだろう。


 戦場となって荒れ果てた公爵領の再建には莫大な資金がかかるが、公爵が溜め込んでいた資産を当てることでこの問題も解決しそうだ。


 本来なら教国に賠償金を請求したいところであるが、教国が応じるはずもなく、新たな火種を抱えるよりは国内の基盤を整えることを優先したほうがよいという宰相の判断だった。


 それでも今回の戦いに勝った事で皇帝の権威は大いに高まった。門閥貴族連合は一気に力を失い、中央政府の意向に逆らうことが出来なくなった。


 新王国の建国から約200年、ようやく悲願だった皇帝の親政が実現する。全ては元哉達のおかげと深く感謝する皇女であった。


「こんにちはディーナです。今回はこれを書いている人が体調不良のためこのコーナーはお休みです。前回ブックマークしていただいた方ありがとうございました。引き続き感想、評価、ブックマークお待ちしています。次の投稿は金曜日の予定ですが、作者の回復次第になります」

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