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61 アラインの決戦 最終章

戦いの終結に向けて話が進みます。

 さくらの単騎駆けによって大きな被害を出した教国の幹部達は後方の陣地で、額を寄せ合って深刻な事態に陥った自軍をどう立て直すか検討を重ねていた。


「あの馬を操った者はおそらく魔王の配下に違いない」


 幹部の一人から見当違いの意見が出される。彼らは知らない事だが、さくらは獣王であって決して魔王の配下ではない。


 むしろ大魔王の橘すら、3000頭の馬を操ることなど出来ない事だった。


 彼女一人に騎馬隊が壊滅した。予備の騎馬隊があと2000は残っているが、同じ対応をされるのが目に見えているだけに彼らを投入することは出来ない。


 兵士の多くが戦場に出る事に怯えて、それがまるで伝染病のように広がりつつある。


 全く対応策が見つからないままイタズラに時間だけが流れて幕僚たちの焦燥が募る。


「お待たせしました」


 天幕に入ってきた人物に一同の注目が集まり、そこには白銀の鎧と真紅のマントに身を包んだ勇者が立っていた。


「方針は決まりましたか?」


 彼の問い掛けに幹部が首を振る。


「そうですか、では明日は俺が最前線に立ちます。もし俺の力が通用しない時は皆さん逃げてください」


 彼は決心していた。自らの力を振るって戦況を打開しようと、もしそれでもダメな時は味方が逃げる時間を稼ごうと。


「勇者殿が出てくだされば心強いですな!」


 幹部達は最後の心の拠り所にすがる思いだった。




 翌日、シゲキを先頭にして最後の決戦を挑もうとアライン要塞に向かって草原を進む教国軍、士気は低いものの勇者がついに参戦するという事で期待する者も多かった。




 その光景を要塞の屋上から見つめる元哉達、帝国の幹部達は勇者の力が未知数なのでやや不安な表情をしている者もいる。


 すでに両翼の山からは敵が侵入したとの報告が上がっているが、おそらく正面に残った全軍を向けてきているので、敵兵の数は少数とのことだ。


「勇者が出てきたようね、もしかして彼の相手をするのは私の役割かしら?」


 橘は自分が大魔王である事を伏せて最初に切り出す。


「私が行くよ! 昨日チョッカイを掛けておいたから、あいつも頭にきているんじゃないの」


 さくらが昨日の事を持ち出して出撃を主張する。


「いや、俺が行こう」


「どうぞどうぞ!」


 元哉の意見にさくらと橘の声がハモッた。


「一体どこのダチョウさんだ!」


 しっかり突っ込むのを忘れない元哉もツボを心得ている。


「兄ちゃんは今回まだ見せ場がないから、ここは譲ってあげるよ!」


 さくらはいつもならば『自分が行く!』と主張するはずなのに、今日に限って素直に引き下がる。


「元くん、気をつけて行ってらっしゃい」


 橘も元哉を快く送り出す。実は二人ともこの戦いの最後は元哉に任せるつもりでいた。


「元哉さん、ここから応援しています!」


 ディーナやロージーの声に見送られて『この場は頼む』と一言残して元哉は下に降りていった。



 早く元哉が出てこないかと屋上から心待ちにしている帝国側の兵士達とさくらや橘。


 そこに思わぬ事態が襲った。


 勇者が突然腰に差していた聖剣『エクスカリバー』を引き抜くとそこに魔力を込めて振り抜いた。


 彼の魔力が聖剣で増幅されて、要塞の屋上に襲い掛かる。


 だが、その魔法は要塞の壁に達する前に橘が張った障壁によって霧散した。


「まあまあの魔力みたいね、この戦い少しは楽しめそうよ」


 橘がうっすらと笑いながら皆に伝える。


 幹部や兵達は強力な魔法が襲って来た事に肝を冷やしたが、橘が何事もなく消し去った事に逆に感心している。


 その横でさくらは発射の直前だった擲弾筒を降ろして残念そうな顔をしていた。


「はなちゃんにいいところを取られたよ!」


 さくらが言う通り、彼女も勇者の攻撃を迎撃しようとしていたのだ。僅かの差で橘に軍配が上がった事が悔しかったようだ。


 勇者の魔法を見た瞬間の反応はさくらの方が早かったのだが、擲弾筒は発射まで僅かなタイムラグがあるり、そのぶん橘のシールド展開が早かった。


「まあいいじゃありませんか、それより元哉さんが出てきましたよ!」


 ディーナが指差す先に元哉の姿が映る。


 どこにも無駄な力が入った様子もなく、自然体で歩くその姿は見るからに頼もしい。


 屋上からはこれから繰り広げられる戦いを見届けようと、多くの眼がその背中に集中していた。





 砦の大門が開くとそこから一人の体格のいい男が出てきた事にシゲキは驚いた。


 彼はてっきり昨日の少女が出てくると思っていたのだ。


「まだ帝国には隠し玉がいたのか!」


 公爵の長男とガルダスを簡単に退けた少女、そして昨日馬達を操って教国に甚大な被害を与えた少女に続いてこれで3人目だ。


 そして彼は近づいてくる男の姿をはっきりと捉えられると、自分の目を疑った。


 見たことがある迷彩柄の野戦服に身を包み、ヘルメットを被ったその姿は絶対にこの世界の者ではない。


「まさか、日本人!」


 思わず口から出た言葉、この世界に来てまさか出会うとは思わなかった存在がそこに居た。


 50メートルの距離を開けて対峙する両者・・・・・・元哉から先に言葉を切り出した。


「はじめましてだな、勇者殿」


 あえて日本語で話しかける。元哉は椿から勇者に関する情報を得ていた。


「本当に日本人なのか?」


 あまりの衝撃にやっとそれだけの言葉を口から搾り出したシゲキ。


「見ての通りだ、偶然この世界に飛ばされてきた日本人だ」


 元哉の言葉でこの戦いを影で支援していたのか彼だという事がようやくシゲキには理解できた。


 教国の戦術とあまりにかけ離れた洗練されたその戦術、効率を突き詰めて敵の殲滅だけを考えて編み出されたその戦い方、それが全てこの男の力で実現されていたのだ。


『これでは教国は最初から勝ち目は無かったな』


 シゲキにはようやくこの戦いの無意味さが理解できた。


 短い期間でこれだけの装備を準備した目の前の存在を素直にすごいと思った。自分にここまでやれと言われてもとても出来るものではない。


 おそらく迷彩色の野戦服を着用しているのだから国防軍の関係者だろう。そこまで彼が考えた時に一つの閃きが彼の頭の中に生じた。


「まさか・・・・・・お前は能力者か?」


 シゲキが憧れてやまなかった存在の能力者、だがもし二人の少女も日本人だとしたらその可能性が高い。


「そうだ、国防軍の特殊旅団に所属している者だ。本来機密事項だが、こんな遠くの世界ならバラしても構わないだろう」


 元哉の言葉にやはりと頷くシゲキ、だがなぜ彼ら日本人が魔族の味方をするのか彼には見当が付かない。


「日本人がなぜ魔族の味方をするんだ? 考え直さないか!」


 シゲキの中では『魔族=悪』という考えが定着している。この世界の特殊な成り立ちも、魔族と呼ばれるルトの民が地球を追放された人間の末裔である事も知る由がない。


「話すと長いことになるが、この世界はお前が思っているほど単純ではない。現に魔族は帝国では他の種族と共存している」


 元哉の言葉はシゲキの理解を超えていた。彼が知っているゲームや小説の魔族は全て人類の敵だった。もちろん教国でもそう教えられた。その考えは割りとすんなりとシゲキは受け入れる事が出来た。


 だから彼はその考えを捨てることができなかった。


「どうやら話しても無駄なようだな」


 シゲキはあくまでも勇者として振舞うことを選んだ。それがたとえ同じ日本人と殺し合う事になっても自分で決めた道を変えなかった。


 それにこの世界で得た自分の力が、能力者相手に通用するのか試してみたかった。


 もちろんそれは命懸けの戦いになる事は承知の上だ。


「愚かだな、ここで引けば命が助かるものを」


 元哉はすでにシゲキを敵と定めている。


「話が通じなくて残念だよ」 


 元哉からすればこの勇者様の方が話が通じない相手なのだが、より多くの血が流れる所を見たシゲキは一歩も引かなかった。


『やれやれ、やせ我慢もここまでくれば立派なものだ』


 元哉はシゲキの変なところに感心しているように、これから始まる戦いはあまり彼にとっては気が進むものではなかった。


「相手をしてやる、いつでもかかって来い!」


 元哉のこの言葉で戦いの火蓋が切られた。


「行くぞ!」


 シゲキは聖剣に魔力を込め始めた。先程屋上に向けて放った魔法はかなり魔力を込めたつもりだったが、簡単に弾かれた。


 ならば限界まで魔力を込めて放つのみ。


 そしてシゲキは渾身の一振りを放つ。


 勇者の持つ巨大な魔力で放たれた魔力の波動が元哉に迫る。


 だが元哉はそれを全く避けようともせずに、腕を一振りして弾き飛ばした。


 それを見てシゲキは青くなった。自分の最高の魔法が簡単に弾き飛ばされたのだ。その直後強烈な魔力の波動が逆に彼を襲う。


 シゲキは歯を食いしばって何とか耐えた。


 元哉は腕を振ってシゲキの魔法を弾いたわけではない。彼は体内の魔力の一部を急激に放出してその勢いで彼の魔法を弾き飛ばしていた。腕を振ったのはカムフラージュだ。


 だが元哉にとってはごく一部であってもその魔力量は膨大なものだった。それは橘が顔色を変えてシールドを展開するほどに。


 全方向に放たれた元哉の魔力によって、シゲキの後ろに居た教国兵には大きな被害が出た。命に別状は無いが1000人単位で意識を失って倒れている。


「クッソー!!」


 シゲキは剣を振りかざして元哉に迫る、50メートルの距離を一気に詰めて元哉目掛けて剣を振り下ろした。


 元哉から見ても中々の身体能力だ、ディーナには及ばないがロージーよりは上といったところか。


 軽くその剣を避けて、カウンターで胸に掌打を打ち込む。シゲキはその勢いで10メートルほど吹き飛ばされるが、再び剣をとって元哉に切り掛かる。


「中々丈夫に出来ているな」


 再び元哉が避けてシゲキが飛ばされるの繰り返しだ。


「その根性だけは認めてやろうか」


「うるせー!!」


 シゲキから見れば、まるで相手にもされていない屈辱を何度も味合わされている。


『これが国防軍の能力者なのか!』


 口には出さないが心の中で底が見えないその強さに呆れている。


 並みの能力者だったら、今のシゲキでももっといい勝負が出来たかもしれない。しかし今回はあまりにも相手が悪かった。元哉は現役の国防軍特殊能力者の上位であり、その能力がさらに破王の称号で引き上げられている。


 この世界で人類最強のポテンシャルを持った勇者といえども、まるっきり歯が立たない相手だった。


 ただ、相手がさくらや橘だったらシゲキは文字通り瞬殺されていたので、それを考えればまだ相手が良かったと言うべきかも知れない。



 何度も地面に転がされて肩で息をしているシゲキ、ディーナが見れば『あれは誰もが通る道』の一言で片付けられるが、命懸けで戦いを挑んでいる者にとってはそんなのんきな事は言っている場合ではない。


 一方的な戦いはすでにその幕を降ろそうとしている。


「終わりにしよう!」


 元哉は自分の右手に魔力を集る。すでに勇者は立っているのが精一杯で、もう彼の攻撃を避ける術はなかった。


「剛掌!」


 初めて元哉から踏み込んで、シゲキの胸に掌打を打ち込む。


 だが今回は今までの一撃とは違って、暴走した魔力を込めた一打だった。


 吹き飛んだシゲキは体内を暴れ回るその魔力にのた打ち回っている。


「命が助かるかどうかはお前次第だ。これに懲りたら二度と俺の前に顔を出すな、次は殺す」


 その言葉を残して元哉は大門に消えていた。





「勇者様が敗れた・・・・・・」


 その衝撃は教国軍全体に波及した。


 もう誰も軍を支えられない、それどころか幹部が真っ先に逃げ出した。


 完全に教国軍は崩壊して、我先に逃走を図る。そこには全く秩序はなかった。


 馬に乗る者は鞭を当てて走り去り、馬車に乗ろうと奪い合いが始まっている。


 それが叶わない者は、走って出来るだけこの場から遠ざかろうとした。






 この時点を持って、後世に『アラインの大決戦』と呼ばれる戦いは終結した。


 戦いを終えて元哉が屋上に戻ると盛大な拍手が沸き起こる。


 元哉の戦いで今回の決戦が終結する事がわかっていただけに、すでに戦勝を祝う雰囲気が要塞全体に流れていた。


「兄ちゃん、さすがだね!」


 さくらの声が弾んでいる。他のパーティーメンバーも同様だ。


「元哉殿、お見事です。これで我が国は救われました」


 軍務大臣はこの戦いが始まってから初めて笑顔を見せた。


「追撃はどうしましょうか?」


 幹部の一人が軍務大臣に意見を問うてくる。大臣は事前に元哉と話し合って対応を決めていた。


「放っておいても構わないだろう。どうせ手柄欲しさに北部の貴族が動き出す」


 大臣の返事を聞きながら、元哉は『確かこんな話が三国志にあったな』などと考えている。



 教国軍は意識を失っている兵や勇者すら置き去りにして逃げ去った。戦意を失った敵をわざわざ手間をかけて追いかける必要は無い。


 何しろ彼らは帝国領の奥深くまで侵攻しているのだ。おそらく敗残兵狩りは苛烈を極めることだろう。


 ここで待って防御を固めていれば、勝手に結果が転がり込んでくる。


「あそこに転がっている者達と勇者は捕虜にいたしますか?」


 またもや幹部の一人が聞いてくる。大臣は勇者の取り扱いについて元哉に意見を求めた。


「捕虜といってもあんなにたくさん食費がもったいないだろう。勇者なんて面倒くさい者も必要か?」


 元哉が軍務大臣に聞くと彼も同感だったようで笑って首を振った。 


 下を見下ろすと、意識が戻った者から一人また一人と逃げていく。中には殊勝な者がいて攻城兵器を積んでいた荷車を持ち出して、それに積めるだけの味方を乗せて彼方に逃げ去る。


 その中には勇者の姿もあった。彼は真っ先に荷車に積まれていった。


「では一休みするか、あとは任せる」


 こうしてアラインの決戦は幕を下ろした。この戦いで帝国は一人の死者も出さずに教国を破ったことはこの世界でも驚くべき出来事だった。


 そしてこの戦い以降、各国は兵器の研究に多くの時間と予算を割く事になるが、橘が提供した爆裂の術式を再現できることは無かった。


「さあ久しぶりにゆっくりするか」


 居室のソファーに腰を下ろして、元哉は大きく伸びをする。


「元哉様、お風呂のご用意が出来ていますがいかがいたしましょうか?」


 メイド服姿のソフィアが元哉に伝える。


 その瞬間、ディーナとロージーの眼が怪しく光った事と元哉が寒気を感じたことは言う間でも無かった。


「ヤッホー、さくらだよ!! 長かった戦いはこれでおしまいで、次のお話からはまた舞台が帝都に戻ります。そして・・・・・・ ブックマークありがとうございました。次の投稿は火曜日の予定です」

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