60 アラインの決戦6
キリのよい60話です。さくらが活躍します。
今週は忙しいので投稿回数が減ります、ごめんなさい。
5万の敵が待ち構えているところに単騎で向かうさくら、彼女が騎乗しているのは例の盗賊の頭目が乗っていた馬だ。
時には馬車を引かせたりもしたが元々漆黒の美しい馬体で、彼女を背にすることで今や気品すら漂わせる名馬となっていた。
今日は戦場に出るために馬鎧を身に着けて、普段よりも猛々しい印象を振りまいている。
さくらとともにどこまでも走る馬は、大軍に怯む事無く敵陣を目指して疾走する。
「マーちゃん、止まれ!」
さくらによって『マーちゃん』と命名されたこの馬は彼女にどこまでも従順で、大軍の100メートル手前で停止した。
エルモリヤ教国軍は砦の大門が開いたために帝国の軍が押し寄せてくると身構えていたが、たった一人の少女が一騎で出てきた事に拍子抜けしている。
「この大軍を前に単騎で現れるとは、一体何のつもりだ?」
余程の手練なのかと疑うが、見るからに小さな少女を教国兵達はその外見で甘く考えてしまった。
「えーい、敵はたったの一騎だ! 戦いの餞に一息に押しつぶせー!」
指揮官の檄に従って騎馬兵達が一斉に馬の腹を蹴ろうとした時に、さくらの声が響いた。
「振り落とせ!」
さくらの首にかかる拡声の魔力が込められた魔石で彼女の声が戦場全体に広がる。
教国兵達が騎乗している馬達は実はさくらの姿を見てから落ち着きを無くしていた。目の前に現れたのが獣王だと認識していたのだ。
馬達は今までの主従関係も忘れて一斉に暴れだし、自らのかつての主人を振り落とした。
「うわーーー!!」 「暴れるなーー!!」
戦場に騎士達の叫び声が轟くが懸命に宥めようとする努力も虚しく、一人また一人と愛馬から振り落とされる。
地面に落とされて呻き声を上げる騎士達を尻目に、さくらは馬に指示を出す。
「よーし、こっちに集まれ!」
さくらの声に従って主には見向きもしないで、馬達がさくらの前に集まりだした。その数実に3000頭以上!
さくらは集めた馬を全て敵兵の方に向かせると、次の指示を出す。
「準備はいいかな? それじゃあみんな今から突っ込むよー! 全員続けーー!!」
さくらの声とともに3000頭の馬が密集した5万人の兵士に向かって突撃を開始した。
突っ込まれる方としてはたまったものではない。地面に落とされた衝撃でまだ起き上がっていない騎士を踏み潰しながら、さくらに続いて馬達が兵士に突進した。
頭のいい馬が何頭かさくらの前に出て彼女を守る盾になる。
「みんな、隊列を崩さないようにくっついて! それから足元に死体が転がっているから、躓かないように注意してね! ちょっと速いからスピードを落とせー!!」
3000頭の馬達が早足よりも少し速目の速度で兵士達に襲い掛かる。
今まで頼もしい味方と思っていた馬達が突然さくらに操られて、自分達に迫ってくる恐怖に教国兵は震え上がった。
逃げようとしても周囲が味方で囲まれる状況で逃げ場がない。かと言ってこのままでいれば馬の大群に確実に踏み潰される。
応戦は論外だった。一瞬で全ての馬を消し去る魔法でもあれば別だが、攻撃の準備をしている間に馬が自分を踏み潰すのが先に決まっている。
生き残る方法は周りの味方を犠牲にしてでも、自分が遠くに逃げる事しか残されていない。
算を乱して逃げ惑う教国兵達を思う存分蹂躙しながら本陣に迫るさくらだが、彼女はここで馬達に『左に旋回せよ』と命じた。
正面の兵力を思う存分崩したさくらは敵の左翼に馬達を向ける。時折矢が飛んでくるものの、全ての馬が首や体を鎧で覆っているのでこちらに被害はない。
左翼の兵を蹴散らしたさくらは、さらに馬の首を左に向けて右翼の兵に向かう。
散々に逃げ惑う兵達を蹂躙してから敵の本陣に向かって進むが、すでにそこは命からがら逃げ込んだ兵士達が寄り集まって本陣の体を成さなくなっていた。
だが、さくらの目に1箇所だけ秩序立った動きをしている一角が飛び込んでくる。
他の兵とは違った鎧を着込んで真紅のマントをなびかせながら懸命に味方を鼓舞して陣地を立て直そうとしている様子が伝わってくる。
「ははぁ、きっとあれが勇者だね。そこそこ立派な動きをしているみたいだけど、ひとつ脅かしてやろうか」
さくらは右腕の擲弾筒を構えて、僅かしかない射線を見つけて1発だけ魔弾を発射した。
教国軍の本陣は大混乱のさ中にある。
指揮官は声を枯らして隊列を再編しようとしているが、恐怖に駆られた兵士達はもはや使い物にならないほどの恐慌状態に陥っていた。
「みんな落ち着け、ここまでは馬は来ないから隊列を作り直せ」
勇者シゲキも懸命に兵士達を宥めていた。彼の言葉で安心したのか兵士達は少しずつ秩序を取り戻しつつある。
その時シゲキの目に100メートル先でこちらを見る馬に乗った少女の姿が映った。
『あんな小さな子供が一人でこれだけの軍を相手にしていたのか!』
彼の心の中に驚きが広がる。
次の瞬間、シゲキと少女の目が合った。かなりの距離があるが、少女が自分を認識した事がシゲキにはわかった。
離れた所にいる少女がかすかに笑う。
そして右手を上げて、銃のような物を向けて狙い済ましたように発砲した。
「危ない!」
思わず口から言葉が出たが体が動かない。
シゲキは死を覚悟した。
「勇者殿、ここは危険です! 一旦後方に下がり・・・・・・グワッ!!」
シゲキの目の前に急に現れた騎士が、進言をしようとする最中に突然彼に倒れ掛かってきた。
騎士の背中には金属の鎧を貫通する穴が空いて、そこから血が噴き出している。
その騎士はシゲキの訓練相手を努めた者でダンジョンにも一緒にもぐった、彼にとっては気ごごろの知れた相手だった。
「しっかりしろ!」
シゲキの言葉も虚しく騎士はさくらの魔弾によってほぼ即死した。彼は偶然にもシゲキの身代わりになって死んでいった。
あの少女はまるでイタズラをするような表情で何の躊躇いもなく人の命を奪った。
「くそー・・・・・・これが戦争なのか! どうやら俺はこの世界を甘く見ていたようだ。世話になった人達のために俺のやるべき事をやってやろうじゃないか!」
彼はこの戦いにどう関わるか今まで散々迷っていた。その結果が身近な者の死という形で巡って来た事に歯噛みする思いだ。
『俺はこの世界に召喚されてまだ何もしていない。世話になった恩も返していない!』
彼の中で何かが弾けた瞬間だった。
「みんなご苦労さん、今から要塞に戻るからちゃんと列に並んで!」
敵軍を蹂躙しつくしたさくらは馬達を率いて悠々と要塞に帰還する。要塞の近くではこちらに逃げてきた教国兵が数多く矢で射殺されたいた。
教国兵を蹴散らした猛々しさは影を潜めて、大人しく隊列を組んで要塞の正門をくぐる馬達。
3000頭の馬は要塞の後方に予め準備されていた放牧地に無事に収容された。
もちろんさくらの愛馬は専用の馬房に入って、ご褒美にニンジンをもらっている。
「マーちゃん、ご苦労さんだったね! また何かあったらお願いね!!」
さくらの言葉に『任せろ!』とばかりにブルルと鼻を鳴らして答える。
馬の管理を後方にいる馬丁達に任せてさくらは元哉のいる屋上に戻った。
「さくら殿は一体どのような魔法を使ったのですか?」
元哉の周囲にいる帝国軍幹部達は最早驚きを通り越して呆れている。
「さくらは動物と仲がいいんだ」
元哉も本当の事は言えないので適当に濁すしかなかった。
だが彼女の活躍で、教国兵7000人が命を落とし、同数が重症を負った。またそれに倍する兵が軽症もしくは深刻なトラウマを抱えることになりもはや戦場に立つ事が出来なくなっている。
この世界では『戦いで燃え尽きた』と言われているが、現代の精神医学で言う『戦闘ストレス反応』以前は『戦争神経症』とも呼ばれていたPTSDの一種だ。
だがこれで敵と味方の兵数はほぼ同じになった。ここまで帝国側は少数の兵が負傷しただけという、驚異的なキルレシオを記録している。
「兄ちゃん、ただいま」
さくらはその辺に散歩に行ってきたような気軽な様子で帰ってきた。
「さくら殿、感服いたしましたぞ!」
帝国軍の幹部達が口を揃えてさくらを誉める。
「えーと、感服と言われても・・・・・・兄ちゃん『感服』ってなに?」
きわめてさくららしい反応だった。周囲の幹部達は皆きれいにズッコケていたが・・・・・・
ともあれこのさくらの行動は帝国軍史の教科書に『単騎駆けの英雄』として載るとともに、吟遊詩人の手によって庶民の間にも伝説的な戦い振りが広まる事になる。
後世の親達は女の子が生まれると、子供の健やかな成長を願って『さくら』と名付けることが大ブームになるというおまけまで付いた。
ここまで追い込まれた教国軍は普通なら撤退を選択するはずだが、『教皇の意思』と言う言葉に縛られて玉砕覚悟で最終決戦を挑むしか道は残されていない。
マハティール帝国対エルモリヤ教国の戦いの最終章はもう目前に迫っていた。
「ヤッホー! さくらだよ!! 私の活躍はどうだったかな? これでもまだ全然本気を出していないからね! いよいよ次回はこの戦いも終わりを迎える予定です。戦いが終わったらあのコーナーも復活しますよ! 皆さん楽しみに待っていてください。ブックマークと評価ありがとうございました。次回の投稿は土曜日の予定です。」




