58 アラインの決戦4
お待たせしました。橘無双パート2です。
要塞の屋上から成り行きを見つめる元哉達、公爵の長男との戦いを終えて戻ってくるはずの橘が第2ラウンドを開始しようとしている様子が見て取れる。
「橘様に相対している者は一体誰でしょうか?」
メイド服姿のソフィアが心配そうにしている。カルザルとの一騎打ちはソフィアにもわかるくらいの実力差があったので安心して見ていられたが、新たな敵は誰でどれほどの実力なのか見当がつかない。
「橘が敢えて戦おうというのだから、それなりの理由があるんだろう。ここは任せよう」
元哉の一言でこのまま静観する事が決まった。隙あらば飛び入りで参加したかったさくら一人ががっかりしている。
その頃、教国軍陣地にようやく到着したリディアーネは近くに居た者から現在の戦況を聞きだして、馬車を急がせて戦場に向かっていた。
「もっとスピード出せないのかしら! 急がないと終わっちゃうじゃない!」
彼女にとっては帝国が勝とうが教国が勝とうがどうでもよい話だった。ただ、元哉達の戦い振りが見たかったという理由で、はるばるアラインまでやってきたのだった。
少し小高い場所に馬車を止めて中に積んであるテーブルと椅子を用意させて、メイドが魔石を使って用意したお茶を飲みながら寛いで観戦するつもりのようだ。
「あら、丁度良いところに来たみたいね。これは面白そうな対戦だわ」
スポーツ観戦でもするかのようなのんきな口調で離れて対峙する両者を見つめていた。
彼女の到着は屋上の元哉たちからも見て取れた。
「あそこに現れたのは一体誰だ?」
戦場には不似合いな白いロングドレスを優雅に着こなしているその姿は、完全に周囲の状況から浮いている。
余程の物好きか実際の戦争というものを知らない人間でなければ、あのような姿で現れないだろう。
「教国にも面白い方がいらっしゃいますね」
ディーナの素直な感想だ。彼らだけでなく、要塞の屋上から下を見ている者達全員が同様の意見だろう。
元哉達と同様に橘の眼にもその女性の姿が映った。
「ずいぶん怖いもの知らずの方がいるみたいだけど、あれはあなたの知り合いかしら?」
橘は対峙している事も忘れて呆れた顔でその女性の事をガルダスに尋ねる。
「ああ、あれは教国の召喚の巫女だよ。浮世離れした人だから、勇者の戦いに興味があるんじゃないの」
どうでもいいように、ダルダスことサンダルフォンは答える。
「そう、教国の関係者なのね。ならば巻き込んでも仕方ないわね、その時は運が悪かったと思って諦めてもらいましょう」
すでに橘はその女性に興味を失ったようだ。目の前の敵に意識を向けている。
「僕と本当に遣り合うつもりなのかい? 僕は織天使の階級第1位のサンダルフォンだよ! ミカエル、君に勝ち目がないことはわかっているだろう」
驚いて眼を見張るガルダス、まさか橘がここまで真っ向から反旗を翻すとは思っていなかった。
「愚かね、創造主の下では確かにあなたの方が高い地位にあるでしょうけれど、ここは創造主の力の及ばない場所。それに私はすでに創造主の下から離れているわ」
彼女の言う通り、この世界までは二人の天使を作った神の権限は及ばない。
その上、橘とミカエルは自らを進化させる神以上の存在をすでに見出している。
「ミカエル、君は堕天したと言うのかい? それはわれらの創造主に対する反逆に他ならないが、本当にそれでいいのかい??」
橘の口から飛び出た天使としては有るまじき発言に再び驚きを隠せないガルダス。
「どうでもいい事よ、もう私は過去の自分とは決別した、ルシファー以来の堕天使だろうと構わないわ。さあ、つまらないおしゃべりは終わりにしてはじめましょう」
もう話すことはないと宣言した橘の周囲に膨大な魔力が集まる。
挨拶代わりに最も得意な電撃弾を30発ほど立て続けに見舞った。
先程カルザルに止めを刺したときには、わずか3発だったことを踏まえると大盤振る舞いだ。
だが、ガルダスは事もなくその攻撃を跳ね返す。
屋上でその光景を見ていたさくらは自分も飛び入りしたくてうずうずしているが、元哉に首根っこを掴まれて身動きを封じられていた。
「兄ちゃん、あの黒いやつ中々やるね! はなちゃんの電撃を全部跳ね返したよ!!」
さくらが言う通り、今まで橘の電撃をあそこまで簡単に跳ね返した者は二人しかいない。元哉と彼の母親だけだ。
さくらですら避けるか魔力弾で相打ちにするしか手が無いかなり強力な攻撃なのだ。
「まあ、橘ちゃんはずいぶん魔法が上達したみたいね。あれだけ連発で放てるようになるなんて大したものね。でもあの子はどうやって魔女の使いを仕留める気なのかしら? これはよく見ておかなくちゃ!」
こちらはのんびりと観戦中のリディアーネが漏らした言葉だ。
「ふん、この程度の魔法など僕には通用しないよ! 今度は僕の番だね、いくよ! 『天罰の光』」
ガルダスの両手から銀色の光があふれて橘に向かって飛び出した。
神に刃向かう邪な者を滅する最強の天界術式が橘に向かう。
だが、その光は彼女が展開した要塞ごと覆う巨大なシールドにあっさりと弾かれて空の彼方に飛び去った。
「だから言ったでしょう。創造主の力の及ぶ範囲ならばあなたの力は最強かもしれないけど、ここは世界が違うのよ」
シールドの中から呆れた表情の橘がガルダスを見ている。
「馬鹿な・・・・・・天罰の光を弾き返すだと!」
ガルダスの表情に焦りが浮かぶ。実は情報意識体として転移したサンダルフォン自体に魔力はなく、体を乗っ取ったガルダスの魔力を使って彼は切り札を切った。
しかし、ガルダスの魔力はもうそれだけで底をつきかけていたのだ。
「違う世界にはその世界の法則があるのよ。それを無視してはまともに戦うことなど不可能なのに、自らの力を過信した愚かさを知りなさい」
橘にはガルダスの魔力量が正確にわかっていた。サンダルフォンが強力な魔法を何回も使えるほど彼の魔力が多くない事は戦う前からわかっていた事だ。
「もうお仕舞いにしましょう。地球でも天界でも好きな所に帰りなさい」
橘の周囲に先程とは比較にならない大量の魔力が集まる。
「ひっ!」
その様子を怯えた眼で見るガルダス。
「ヘルファイアー!」
橘の右手から飛び出した闇の炎がガルダスの体をらせん状に取り囲む。
「うわーーーーー!」
途端にその口から悲鳴が出るが、それは長くは続かなかった。
この世界の魔法は属性の相性がある。天使の属性はもちろん『聖』でその対極にある『闇』属性が最も弱点になる。
橘は大魔王の力を以って天使を滅した。
闇の炎は対象を焼き尽くすまで決して消えることはない。
ガルダスであった物は真っ白な灰となって風とともに消え去った。
「本体はギリギリで逃げ出したようね。まあいいわ、いつでも滅ぼしてあげるから好きな時にいらっしゃい」
そう言ってかすかに微笑む橘、その表情は大魔王の威厳に満ちていた。
「まあ、ずいぶんあっさりと決まってしまったようね。ここに居ても仕方ないし私も行くとしようかしら」
そう言って馬車に乗り込むリディアーネ、彼女は御者に告げる。
「あの大きな砦に向かってちょうだい」
御者や付き人は彼女の発言を正気なのかと疑った。
「巫女様、敵方に一体何の御用ですか?」
メイドがあわてて問いただすが、リディアーネはもう猫を被る事を辞めていた。
「敵方? 私は最初から教国の味方をするつもりはなかったし、それにガルダスを倒した子は私と少々縁のある子なの。だからあちらに行くのが当たり前でしょう。もし嫌ならここで降りて結構よ」
別人のような口調で話すリディアーネにメイドは目を白黒させている。
「あのー、砦に向かうのはいいんですが、攻撃されませんかね?」
御者が不安げに振り向く。確かにいきなり行って矢が飛んできたらどうしようと心配する気持ちはわかる。
「安心しなさい。私が障壁を張っておくから、そのまま進んで」
朴訥な御者は彼女に言われるままに馬車を進めた。
ガルダスを倒して戦いの余韻に浸っていた橘は、馬車がこちらに向かって動き出すのを見ていた。
『こっちにくるみたいだけど、一体何の用かしら?』
戦場という事も忘れて、馬車を見ている。
やがてその馬車が橘の目の前で止まると、中から白いドレスの女性が現れた。
「橘ちゃん、久しぶり」
にこやかに手を振って話しかけてくるがその顔に見覚えはない。
そう、見覚えはないのだが、その話し方に聞き覚えがあった。
「あっ、そうか! こんな格好をしていると誰だかわかんないよね!! 私よ、天橋 椿!」
その口から出た思いがけない名前に、橘は『一体何の冗談?』と思って首を捻った。
しかし、よく考えてみるとその女性は自分の名前を知っていた。
「まだわかっていないみたいね。3年A組で、あなたの家にしょっちゅうご飯を食べに行く椿よ!」
ここまで言われて橘もどうやら本物らしいと思えてきたが、まだ信じられないというのが本音だ。
「で、では・・・・・・椿さんしか知らない元くんとさくらちゃんの秘密を話してください」
もしこれで具体的な話が聞ければ確証が持てると思って切り出すと、彼女の口から橘すら知らない話があれやこれやと飛び出した。
「どうやら本物ですね、一体どうやってこの星まで来たんですか?」
「勇者召喚に便乗してね、それでこの世界にきたらこんな体になっていたの」
召喚の巫女の体を借りていることははぐらかして答える。
「そうですか、とりあえずみんなに紹介しますから一緒に来てください」
二人は誰に咎められる事もなく要塞の中に消えていった。
「ヤッホー! さくらだよ!! なんか怪しい人物が登場してみただけど、一体誰なんだ?! ひょっとして私も良く知っている人なのかな? 次回たぶん明らかになるよ。もし私が知っている人だったら、お風呂は期待できないかも・・・・・・感想、評価、ブックマークお待ちしています。次の投稿は土曜日の予定です」




