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57 アラインの決戦3

57話の投稿です。今回と次回は橘さんのターンです。

 教国の本陣では思わしくない戦果に幕僚たちの表情が曇っている。


 当初は3日もあれば砦を攻略する目途が立つはずだったのに、彼らにしてみれば誤算だらけだ。


「一体なぜこうなった?」


 指揮を執るライコラス将軍の言葉は全員が思うところだ。


 そしてここにもう一人誤算にホゾを噛んでいる者がいる。


 カルザル=ファン=オフェンホース、亡き公爵の長男の彼は教国の侵攻に乗じて帝都に攻め入り、一族の悲願である皇帝の地位の簒奪を目的にここにいた。


 彼の公算ではもうその地位は手の届く所にあったはずなのに、一向にこの砦を落とせる気配がしない。


『おそらくはあの魔法学校に現れた臨時の教官が手を貸しているに違いない』


 彼の知っている範囲で、この大軍を相手にして優勢に戦いを進めることが出来るほどの力を持った者は橘しかいなかった。


 そして彼の考えは3分の1だけ当たっていた。橘の背後にはさくらと元哉ということ戦いに関しては彼女と互角以上の存在が控えていることまでは、カルザルの知るところではなかった。


 『何とかしてこの砦を攻略して帝都に向かう必要がある。帝都にさえ入ってしまえば全ては自分の思うがままになるはず』そう考えていた彼の心に焦りが生じる。


 もっともこの見通しが甚だ甘い事など彼の考慮の外だった。まず第1に教国側が彼の自由を認める保障がない。


 甘やかされて育った貴族のボンボンの発想そのものだった。


 彼は打開策が見当たらない幕僚達に自信たっぷりに提案する。


「皆さん、砦の攻略に苦労しているようですが、私にはあの砦を守護する者に心当たりがあります」


 ここで言葉を区切って周囲を見渡す。幕僚たちはカルザルが何を言い出すのか興味を示していた。


「おそらくあの砦にいる一人の魔法使いが様々な戦術を操って皆様を苦戦させているのでしょう。したがってその魔法使いを取り除けば戦況は好転します」


 確かに彼の発言には説得力がある。砦から放たれた矢に込められた飛翔と爆裂の術式は、並みの魔法使いではとても不可能な高度な術式だった。


「カルザル殿、そなたはその魔法使いをどうやって倒すつもりか?」


 参謀の一人が尋ねる。こちらが勝てるあてがなければ無駄に終わるだけなので、彼の立場からしたら何らかの保証がないとおいそれと彼の策を認めるわけにはいかない。


「その魔法使いとは、魔法学校で多少の行きがかりがございました。私が彼女に一騎打ちを申し込めばおそらく乗ってくるでしょう」


 なおも自信を見せるカルサルに将軍は許可を出した。別に彼が一人で出撃する分には教国の腹は痛まない、うまくいけば儲けものだ。


「閣下、私も同じ魔法使いとして興味がございます。どうかカルザル殿と同行することをお許しください」


 幕僚達が並ぶ席の最も端から突然声が上がった。一同がそちらを振り向くと、声を上げたのは勇者の教育係りとして従軍していたガルダスだった。


「ガルダス、勇者殿を放っておいて構わぬのか?」


 幕僚から疑問の声が上がるが、ガルダスはそれを一蹴した。


「勇者様の魔法の腕はすでに私めをはるかに超えておりますれば、私が横にいるのはお邪魔になるばかりでございます」


 勇者のシゲキは無言だ。彼はまだこの戦いに関わるべきか悩んでいた。


「そうか、ならば同行を許可しよう。必ずやその魔法使いを仕留めて参れ!」


 将軍はガルダスの申し出を許可した。その裏にはカルザルが一騎打ちと称してその実は敵に投降するのを防ぐための監視役の意味が込められていた。


「それでは明日の朝一番に両名で出撃を許可する。必ずや吉報を届けよ」


「ははっ」


 こうしてこの日は暮れていった。




 翌日、見張りからは何の報告もないのでいつものように朝食をとり終えた元哉達、さくらは腹ごなしの運動にしきりにディーナとロージーを誘っている。


「さくら、一度屋上に行って様子を確認するぞ」


 元哉の言葉にディーナとロージーは安堵の表情を見せた。実戦を控えてこのところさくらの気合が尋常でないので、訓練のたびに彼女達は気を失っている。元哉のおかげで一先ずは危険が遠のいたことに彼女達はホッとしている。


 山に展開する特殊旅団の兵士が語っていたように、実戦よりもさくらとの訓練の方が生命の危険が大きいのだ。


 屋上に着いた一行は見張りの兵やそこに詰めている幹部に気軽に挨拶を交わして彼方の草原を見渡す。


 大きな動きはないが、どうやら少人数の一団がこちらに向かってきている。人数は500人ばかりだろう。


 その一団は砦の手前500メートルでピタリと停止した。そこから数人が騎乗したままでこちらに向かってくる。


 その姿を見た橘は元哉に攻撃の必要がないことを伝えた。


 教国の兵士とは違う金色に輝く鎧に身を包んだ男が先頭を進む。


「誰だ、あれは?」


 攻撃する必要なしと言われた元哉はおおよその見当がついていたが、一応橘に確認する。


「公爵の馬鹿息子よ。この戦いが終わったら私に求婚するんですって。せっかくフラグを立ててくれたんですから、私が自らその願いをかなえてあげるわ」


 そこには大魔王の微笑を浮かべた橘が立っていた。さくらはその話を聞いて横で腹を抱えて笑っている。


「はなちゃんに結婚を申し込むなんて・・・・・・怖いもの知らずもいいとこ・・・・・・」


 さくらのその姿を見て橘は『何よ、失礼ね!』と怒っているが、別に心からそうしているわけではない。大魔王様に結婚を申し込むなど、身の程知らずもいいところと彼女自身も思っている。


「それじゃあ、下に降りて待機しているわ」


 そう言って彼女は姿を消した。


「久しぶりにはなちゃんの派手な魔法が見られるのかな?」


 ようやく立ち直ったさくらがワクワクしている。


「橘様の魔法、とても楽しみです!」


 橘が本気で魔法を使うところをまだ見たことがないソフィアもさくら同様に楽しみにしている様子だった。




 カルザルには彼なりの自負があった。橘が出現する前、魔法学校で『天才』の称号は彼の物だった。


 誰にも負けない豊富な魔力と高度な術式を操る彼は、帝国の次代を担う存在そのものだった。


 だがそれは同じ年の一人の少女の出現とともにもろくも崩れ去った。彼女は1日で落ちこぼれクラスの半数に無詠唱魔法を習得させた。


 誰も出来なかった事を彼女は当たり前のように成し遂げた。それが悔しくてどのような人間か見てみようと接近した。


 ひと目で彼女の虜になった。その美しさ、あふれる気品、公爵の長男が相手でも絶対に媚びない気高さ、すべてを兼ね備えた完璧な存在のように彼の目には映った。


 だからどうしても手に入れたい・・・・・・だがその彼女が今、目の前に立ちはだかっている。


 カルザルにとって橘を倒すことが、もうひとつの目的帝位に付く事と同じ意味になった。


 彼女の魔法はおそらく強大だろう・・・・・・だが勝算はある。


 オフェンホース家に伝わる秘術を使用すれば、誰もその威力の前に立っていることは不可能。彼はこの魔法に絶対の自信を持っていた。そしてこの魔法こそが公爵家の地位を支えていたといっても過言ではない。


 砦の手前200メートルで立ち止まり、馬から下りて名乗りを上げる。一緒に着いてきた教国の魔法使いはその後ろに控えた。


「我はカルザル=ファン=オフェンホース、この砦を守護する橘殿と一騎打ちを申し出る。同じ魔法を扱う者として尋常な勝負を願いたい」


 拡声の魔法で彼の声が砦全体に伝わる。砦の内部からは『この裏切り者が!』という声が上がるが、元哉の指示で攻撃は禁止されているので、その姿を憎々しげに眺めるしかない。


 やがて砦の正面の巨大な門がゆっくりと開いて、そこから戦場の雰囲気に場違いな白いローブに身を包んだ小柄な少女が姿を現す。


 屋上からその姿を見下ろす兵達は、まだ橘の真の実力を知らない。対してオフェンホース家の魔法は帝国中に知らぬ者がいないほど、知れ渡っている。


 果たして彼女が勝てるのかという不安が広がるが今は見守るしかない。


「元哉殿、まだ若いがカルザルは帝国一の天才とうたわれた者、橘殿は大丈夫ですかな?」


 いつの間にか元哉の隣に来ていた軍務大臣がわざと周囲に聞こえるような声で話しかける。


 彼は橘の実力を知る数少ない人間の一人だ、わざと元哉に話しかけて周囲を安心させようとしていた。


「安心しろ、橘はさくらと互角に戦える、弱いはずないだろう!」


 元哉の言葉で兵士達の緊張が一気に緩む。彼らの恐怖の対象『さくら』と互角に戦える存在ならば、もう勝ったも同然という空気が流れる。


 それだけさくらはこの砦に詰めている兵士に恐れられていた。もちろん彼女が戦うところを直接見た者は少ないが、うわさに尾ひれがついて今やとんでもない事になっていた。



「橘殿、私の申し出を受けてくださって感謝する」


 カルザルが一礼して橘に告げる。プライドが高い彼が頭を下げることなどめったにないが、それだけ今回の一騎打ちが彼にとって大きな意味を持っていることを表している。


「別に構わないわ、それよりもそこにいるのはいったい誰かしら?」


 カルザルの後ろに控えている黒いフードをかぶった人物、橘にはすでに薄々その正体はわかっているが、念のため聞いてみた。


「彼は教国の魔法使い、この一騎打ちの見届け役です」


 カルザルの言葉に興味がないように頷いた橘の目は、その男に釘付けになっている。


「まあいいわ、さっさと始めましょう。命の保障はしないからそのつもりで掛かっていらっしゃい」


 完全に上から目線になっている橘、まあこれはいつものことだ。


「こちらも命の保障は出来ませんよ、それでは始めましょう」


 カルザルは詠唱しながら前進を開始する。対する橘はその様子を観察してはいるものの、何も動く気配を見せない。


 魔法の射程内に接近したカルザルが先に仕掛けた。


「ファイアーランス!」


 彼は3本の火の槍を放った。十分な魔力が込められており、オーガ程度ならば一撃で粉砕出来るレベルの魔法だ。


 それに対して橘は避けるでもなく防御するでもなく、軽く右手を振った。


 そこから放たれた魔力によって霧散する火の槍。


 この光景を目撃した砦の兵達からは『ほうー!』という感嘆の声が上がる。彼らからすると強力に見えたカルザルの魔法を、いとも簡単に打ち消した橘は元哉の言う通り『さくらと互角の存在に他ならない』と確信した瞬間だった。


「呆れましたね、私の魔法を手の一振りで消してしまうとは・・・・・・それでこそ私が見込んだ人です」


 カルザルの言葉に橘は心底『キモイ』と思った。どれだけ自分を過大評価しているんだろうかと橘の方が呆れている。


「仕方ありませんね。出来れば無傷で捕らえたかったのですが、私も奥義を出さなくては勝てそうもありません。どうか恨まないでください」


 カルザルは新たな魔法の詠唱に入った。橘から見ればこの時隙だらけで狙い放題なのだが、敢えて彼の魔法を待つことにした。


「さあ受けてください。オフェンホース家に伝わる秘術『クリスタルバルカン!』」


 その言葉とともに無数の白い結晶が地面から飛び出してカルザルを覆った。


 そして彼の腕の一振りで、その結晶が橘に向かって高速で放たれる。


 橘はその光景を見て念のためシールドを展開した。あの程度の攻撃ならば命に別状はないが、彼女は痛い思いをするのが嫌いだ。


 高速で打ち出された結晶は全て橘の手前で弾き返された。


 その光景を見たカルザルは唖然としている。自分の家系に伝わってきた無敵の魔法があっけなく敗れたからだ。


「面白い魔法ね! 私のシールドに少し傷がついたから、威力もまあまあかな。原型は土魔法で土の中のガラス成分を集めて、それを鋭く尖らせた形状にしてから飛ばすといったところかしら」


 シールドを解除した橘が魔法の解析結果をカルザルに伝える。門外不出の魔法の正体が暴かれたことに対しても彼は驚いていた。


「こんな感じかな」


 今度は橘が無詠唱で同じ魔法を放つ。カルザルよりもはるかに威力があって飛び出す結晶の数が多い。


 カルザルは慌てて障壁を張ったおかげで直撃からは逃れたが、いくつかはその障壁を破って彼の体に当たった。


 金属の鎧を着ていなければ危なかった。カルザルの額に冷や汗は流れる。


 ようやくここに来て彼は橘の事を見誤っていたことに気がつく。彼女は自分が相手にするには強大過ぎる存在だったのだ。


『どうする? ここは逃げるか、許しを請うか・・・・・・』


 逡巡する心、だがこの一瞬の逡巡が彼にとって命取りになった。


「もういいわ、死になさい!」


 橘の右手から無慈悲に放たれた電撃弾が襲い掛かる。その速度はとても避けられるものではなかった。


「ぐわーーーー!」


 声を上げて苦しむカルザルを橘は冷たい眼で見ている。


 やがて全身から黒い煙を上げて彼は地面に倒れた。


 後方に待機していた彼の手兵達に動揺が走る。『主人の敵を討つべきか、ここから逃走するべきか』身動きが取れない彼らに橘の声が届けられた。


「武器を捨てて投降しなさい。あなた達は帝国の人間、ここで投降して陛下に忠誠を誓えば帝国兵として迎え入れます」


 彼らは全員武器を捨てた。橘の指示通りに開かれた城門に入っていく。


 その姿を見届けてから、橘はゆっくりとそこに立っている男に振り返った。


「さて、一体こんな所まで何をしにきたのかしら? うるさいハエを潰そうと出てきてみれば、気持ちの悪い毒蛇に出会った気分よ」


 さも嫌そうな表情で男に話しかける橘。


「事情はわかっているようだね、では僕と一緒にママの所に戻ってもらうよ!」


 黒いフードを被った壮年の男の口から出るには不似合いな子供の声が響く。


「きれいさっぱりお断りするわ、もし力ずくで連れて行くというなら受けて立つけど、どうするの! サンダルフォン?」


 橘の言葉で今まで隠れていた存在が男の表面に浮き上がってくる。


 神々しさと禍々しさを同時に漂わせるその不気味な存在に、橘は眉間にしわを寄せて一瞬たりとも目を離さずに睨み付けていた。



 

「ヤッホー! さくらだよ。相変わらず戦争中なのでこのコーナーはお休みです。感想、評価、ブックマークお待ちしています。次の投稿は木曜日の予定です」

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