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54 開戦

いよいよ戦争の火蓋が切って落とされます。

「報告いたします。エルモリヤ教国軍7万弱、国境を通過してオフェンホース公爵領のアデキエス砦に無血入城しました」


「うむ、ご苦労」


 伝令の報告に頷いて軍務大臣は元哉に振り返る。


「どうやらこちらの予想通りに敵は動いているようだな」


 大臣は敵がそこまで迫っているにもかかわらず、余裕のある笑みを浮かべて元哉に意見を求める。


「問題は公爵領の兵が動くかどうかだ」


 北部貴族連合が瓦解したとは言っても、公爵の手兵は国境警備の役割を担った精鋭が1万4千。これが教国軍と一緒になってアライン要塞に攻めてくると、少々厄介なことになる。まして味方同士で戦うことは兵の士気を下げることにつながりかねない。


「公爵領で出兵の準備をしている兵は500程度で、それほど問題にはならんよ」


 大臣の手元に入っている情報では、公爵領の大半の兵は領内の警備に当たっており、教国軍に攻撃はしないものの領内で無用の血を流れることを警戒している。出兵の準備をしているのは公爵の長男の手勢のみで、全体的には大きな動きにはなっていない、といった話が寄せられていた。


「仮に公爵領の兵が全て押し寄せても押し返すだけの戦力は用意しているから問題ないが、一応念のためだ」


 今のところ全てが順調ではあっても、元哉は細かいところから全体の戦局に影響を与えるような齟齬が起こりうる事を警戒していた。


「君達が準備してくれた戦術があれば、そおらくはその程度の敵は蹴散らせるだろう?」


 ニヤリとして元哉を見る大臣。この時すでに実戦に用いる新たな兵器を使用した大規模演習が終わっており、その結果が彼の表情に表れていた。


 また当然ながらその演習に参加した兵達も、その威力に愕然として『これなら敵が3倍でも勝てる!』と自信を深めている。


「油断しないに越したことはないからな。それから橘からの伝言がある。もしその公爵の長男とやらが前線に出て来た時は、橘が自分の手で始末したいそうだ。フラグがどうのと言っていたが詳しい経緯はわからん。魔法学校で何かあったのだろう」


 元哉は原則戦いに直接手を出さない方針だったが、橘のたっての要望もあってこれを了承していた。


「ほう、橘殿の魔法が実戦で見られるのか! これは楽しみが増えた、その時は全ての兵や魔法使いに戦いの手を止めさせよう」


 二つ返事で承諾する大臣、彼はファウロンゲン伯爵領を突破する時に橘の魔法を目撃している。あの時にも素晴らしい魔法だと思ったが、後から聞くと兵士が死なないように加減したものだったという。


 今度は戦場で彼女の加減無しの魔法が見られるかと思うと、子供のように今からワクワクする気持ちを抑え切れなかった。


 



「元哉様お帰りなさいませ」


 自分達の居室に戻った元哉をソフィアが出迎える。


「ソフィア、その『様』というのはいい加減止めて欲しいんだが・・・・・・どうも背中がむず痒くなって仕方がない」


 苦笑いしながら彼女に要望を伝えるが、ソフィアの方はどうやら聞く耳を持っていないようだ。


「いけません、私は橘様のメイド兼弟子です。元哉様は橘様の大事な方ですので、私は橘様同様にお仕えいたします」


 彼女の決意は固い。


「仕方ないか・・・ソフィア、すまないが全員集めてもらえるか」


 今は夕食前で各自が思い思いに過ごしているので、居間にに集まってもらう。


「さっき大臣のところに情報が入って、早ければ3日後に敵が押し寄せてくる。準備は整っていると思うが、何か今のうちに聞いておく事はあるか?」


 元哉が一同を見渡す。


「あの、私達は何をすればいいんでしょうか?」


 ここまで何の指示も受けていないディーナが声をあげる。


「そうだな、特にやってもらう事はないが戦場とはどういうものかその目で見て欲しい。多くの血が流れるだろうが、それをどう感じるかは各自の自由だ。これから先、必ずこのような戦いが待っている、まずは戦場とはどういうものか知っておけ」


 元哉の言葉に『わかりました』と頷いて決意を胸に秘めるディーナ、もちろんロージーやソフィアも同様に頷いている。


「元くん、例の件はどうなったの?」


 橘が言っているのは公爵の長男の事だ。


「大臣は了承した、橘の魔法が楽しみだと言っていたぞ」


 元哉は先ほどの話を伝える。


「そう、できるだけ派手なやつを見せることにするわ」


 大魔王が冷たい笑みを浮かべる。それだけで、部屋の気温が急激に下がったような錯覚に陥った一同だった。





「早くしないと始まっちゃうわ!」


 馬車を走らせている御者を急かしているのは、天橋 椿が乗り移っている召喚の巫女リディアーネだ。


 彼女達は教国軍の出発の2日後にミロニカルパレスを出たのだが、途中で馬車が故障したことで行軍からかなりの遅れをとっていた。


「せっかくあの人達の雄姿が見られるんですもの、絶対に見逃せないわ!」


 馬車に同乗しているのはお目付け役のメイドと護衛の騎士が2人というきわめて少人数だ。


 彼女のつぶやきを聞いた同乗者達は『巫女様は勇者様の活躍を楽しみにしている』と思い込んでいるが、彼女は『あの人達』と言っている事に気がついた者はいなかった。





「一体あれは何だ!」


 公爵領を全く抵抗を受けずに通過した教国軍は、アライン渓谷の手前2キロの地点で行軍を停止した。


 彼らの前に立ちはだかっているのはアライン要塞、情報としては帝国が帝都防衛の最終ラインとして大規模な砦を築いている事は伝わっていたが、実際に目にするとその規模に圧倒されそうになる。


 わずか2~3ヶ月で構築したものなど、この大軍でかかれば一捻りに出来るという見通しが甘かった事が教国軍の幹部達にも理解できた。


 ここに至るまで表立った抵抗は無かったものの、彼らにしてみれば誤算の連続だった。


 内通していた公爵が突然死亡した事によって、北部貴族達の兵力による支援がなくなった事や、当てにしていた公爵領からの兵糧の調達が出来なかったことなど。


 これらの出来事の影で元哉が暗躍していた事など知る由も無い教国軍は、単独で敵地の内部に侵攻する形になっていた。


 そして目の前には高さ20メートル、幅300メートルに及ぶ巨大な城壁を備えた要塞が待ち構えている。



 兵達は休む暇もなく柵を造り天幕を張って陣地を構築する。


 その天幕の中で、幹部達による軍議が開かれている。


「あれを攻略するにはどうしたらよいか?」


 目の前にある大要塞をどう攻めるか意見を求める。


「敵は2万弱と聞いております。一当てして敵の戦力を正面に引き付けてから、両側の山を迂回して裏手からも攻めるのが得策かと思われます」


 参謀役が意見を述べる。確かに砦を攻めるには効率的でよい方法だと周囲は納得した。


「確かにその通りだな。明日の夜明け前から両側の山岳地帯にそれぞれ3000の兵を送って裏手に回ると同時に、砦を山の上から攻撃できる場所を確保せよ」


 兵数で上回っている自信から、かなりの兵力を迂回作戦にまわして優位に立ってから砦を攻める方針が決定された。


 帝国側も山岳地帯には砦を迂回する兵を警戒して守備兵を置いているだろうが、そんなに多くの数を割ける筈がない。


 3000人で取り囲んで殲滅しようというのが基本戦略となった。


 両翼の山を確保するまでは正面は囮にしたいところだが、兵糧が心許ないのでこちらも最初から全力で攻撃して早く落とす。


 明日の朝日を合図に攻撃を開始する事が決定して各部隊に伝えられた。



 翌朝、夜明け前の薄暗い朝靄の中を教国軍の本隊が本陣を出発する。すでに山を迂回する部隊は出発したあとだ。


 先頭には強固な鎧と大きな盾を構える重装歩兵、彼らは一様に片手剣を腰にさしている。頑丈な盾を前面に押し出して一列になって敵陣を押しつぶす役割を担う。


 その後に続くのは弓兵、軽装ながら重装歩兵の後ろで矢を放って彼らの前進の支援を行う。


 さらに騎兵が続く。兵だけでなくその騎乗馬にも体を覆う装甲を施して、重装歩兵が空けた穴からその突進力で敵を薙ぎ払う役割だ。


 その後ろに歩兵と魔法兵が続く。さらに攻城用の破壊鎚を車で引く工兵や巨大なバリスタを引く兵達が堂々と進軍する。


 彼らはみな勝利を確信するとともに、女神ミロニカルの忠実な僕として勝利を捧げる事を心に誓っていた。



 その様子を要塞の屋上から見渡す元哉と大臣は二人で顔を見合わせて頷き合う。


「それではこちらも始めるとするか」


 全く気負った様子のない元哉の声に付近にいた兵達が一斉に動き出す。


 こうして帝国軍史に残るアライン決戦が火蓋を切った。

(さくら)「今回は戦争が始まって色々と忙しいので、このコーナーはお休みです。決してネタが思いつかなかったわけではありません。ネタならあります。大事な事なので2回言いました。感想、評価、ブックマークお待ちしています。次の投稿は木曜日のかなり遅い時間になりそうです」

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