51 元哉単独出撃
本日最後の投稿です。
アライン渓谷に新設された要塞に元哉が率いる旅団が入営した。
彼らは訓練を開始してから半年以内の者ばかりで構成されているが、その特殊な戦闘形態が認められて正式に第101,102特殊混成旅団として発足している。
臨時の旅団長に元哉が就任して、さくらが副旅団長に就いている。
見上げるばかりの巨大要塞に驚きの声を上げていた隊員達も、割り当てられた部屋で旅装を解くと早速演習場に集合して元哉の指示を待つ。
「各員よく聞くように、ここが我々が戦う場所『アライン要塞』だ。諸君らの任務はこの要塞の左右の山に展開して要塞正面を迂回してくる敵を発見、殲滅することにある」
「サー、イエッサー!」
「ここにいる500人ではまだ手薄なので、補充の人員が入ってくる予定だ。諸君らはそれまでに周辺の地形を把握して、敵を捕捉しやすい箇所を頭に叩き込んでおけ」
「サー、イエッサー!」
「では、全員訓練に入れ」
元哉の指示で隊員達は一斉に左右に分かれて山に入っていく。到着しだい訓練を開始するのは、すでに残された時間が1ヶ月を切っているための止む無い措置だ。
その様子を見届けてから元哉は傍らにいるさくらに話しかける。
「さくら、しばらく留守にするからあとを頼む」
このまま元哉は北にある公爵領を目指すつもりだ。
「ええー! 兄ちゃん、一人で行くの?!」
さくらは自分も付いていくつもりだったので不満そうにしている。
「お前まで行ったら、ここにいる連中を見る者がいなくなるだろう」
さくらもその事はわかってはいるが、敵の領地に一人で潜入しようとする元哉の事が心配でもあり、取り残されるのが嫌な気持ちと混ざり合って不平を述べているのだ。
「でも兄ちゃん、もし狙撃が必要になったらどうするの?」
潜入の目的はオフェンホース公爵の暗殺で、これは元哉が軍務大臣から請け負った仕事だ。
「銃を持ってきているから大丈夫だ」
元哉のアイテムボックスには今までこの世界で使うことがなかった国防軍の制式小銃がしまわれている。彼が銃を使用しなかったのは実弾が500発しかないという事情を考えて『ここぞ!』という時のために温存していたのだ。
まもなく橘達もこの地にやって来ることを考えて、さくらが留守を守ることがこの場合最もよい選択だった。
渋々納得するさくらに『なるべく早く戻ってくる』と声をかけて、元哉は要塞の北に向けて旅立っていった。
それを見送るさくら、納得したとはいえまだ心の中にモヤモヤしたものが残っている。
『うーん・・・この鬱憤をどうやって晴らそうか?! しょうがない、やつらを相手にして晴らすとしよう』
こうしてさくらの個人的な感情によって、隊員達の更なる地獄は続くのであった。
北に向かう街道を疾走する影がある。道行く者達には影にしか見えない勢いで走っている元哉だった。
元々帝都と公爵領を結ぶこの国のメインの街道で、その道沿いには行きかう人や物資の流通が多い。
そこにいる人馬を追い抜いて馬車で丸2日かかる道のりを、半日で踏破するのが元哉の組んだ予定だった。
教国の侵攻が迫っているこの時期にあまり時間をかけられない事情で、かなり無茶なことをしているという自覚はある。
予定通りに半日で公爵領の領都『アデルベル』の街に到着した。
この街は覇王の騒乱で崩壊した後に作られた帝都とは違って約千年の歴史を誇る古い街だ。
歴史を感じるたたずまいを見せる美しい街に一切の興味を示すことなく、元哉は街の主要な建物と地理を頭に入れながら通りを巡る。
冒険者の姿で歩き回っている彼を不審に思うものは誰もいない。
冒険者ギルドにも立ち寄って地図や情報の入手を行うが、具体的な情報は得られなかった。
ただし依頼の掲示板で、北に向かう商隊の護衛以来がたくさん掲示されている事は彼の目を引いた。
夕暮れが迫る中で元哉は気配を忍ばせて、中央広場の奥にある教会の裏手に来ている。
塀を一気に飛び越えて中に入るとすぐそこに街全体を見渡せる鐘のある塔が立っていた。
いつもの要領で鍵を開けて素早く中に入り込み、公爵の館を双眼鏡で偵察する。
公爵と思しき人物は、執務室で大きな机に向かって手紙を書いている様子が映ってきた。
風貌は軍務大臣から聞いているものと一致している。
しばらくその様子を見ていた元哉はそこにいるのが公爵本人と判断したが、さらに詳細な情報を集めるためにここで一旦偵察を切り上げて塔を降りた。
一晩宿を取って翌朝、再びギルドに向かう。
飲食コーナーにいる冒険者に一杯奢ってから傭兵募集についての情報を聞きだすと、彼が聞きたかった話を男はしてくれた。
その話によると、『近々戦争が起こる確率が高いので公爵が盛んに傭兵を募集している。特にランクが高い冒険者は公爵が直々に目通りして、高待遇で雇っている』という内容だった。
元哉はその男に重ねて聞いてみる。
「俺はAランクなんだが、いい仕事にありつけそうかい?」
元哉がAランクを名乗ったことに男は驚いていたが、羨ましそうに元哉に告げる。
「そうか兄さん、大したもんだな。Aランクなら立派な隊長クラスだ、金もゴッソリ頂けるだろうよ」
「いい話を聞かせてもらった、感謝する」
もう一杯男に奢ってから元哉は席を立った。
ギルドを出るとその足で公爵の館に向かう。男の話によると、募集は常時行われており公爵の館に行けばよいとのことだった。
正門に向かって歩いていくと門番が呼び止める。
「何だ、傭兵の希望者ならばこの先の通用門に向かえ」
その言葉に従って元哉がその先の小さな門に行くと、すでに傭兵希望者が列を成している。
その列に並んで順番が来ると、受付にいる騎士が名前を聞いてきた。
「元哉だ、Aランクの冒険者だ」
その言葉に口調を改めて問い直してくる騎士。
「その若さでAランクだと、すまないがギルドカードを見せてもらえるか」
元哉が『A』と大きく表示してあるカードを提示すると、受付の騎士だけでなく列に並んでいる者達からも『おおー!』と声が上がる。
「本物のAランクか、俺も初めて見た。ちょっとこっちに来てくれ」
列に並んでいる者達の事など放っておいて元哉を館内に案内する。
「この部屋で待っていてくれ、公爵様が直々に話をする」
ひとつ頷いてしばらく待っていると、ドアが開き壮年の男性が入ってきた。
いかにも貴族といった風体で鼻持ちならない雰囲気を全開にしているその男を見て、元哉の印象は一言『くだらない男』だった。
「お前がAランクの冒険者か?」
横柄な態度で問いかけるその様子に、すでに元哉はうんざりしている。
「そうだ」
自分を品定めするような視線を無視して元哉は話の続きを待つ。
「腕があれば報償は思いのままだぞ、このワシに仕えてみる気はあるか?」
金さえ払えば世の中思いのままになると信じている愚かな考え方に次第に腹が立ってきた。
「失礼だが公爵閣下か? 俺はこの街に来たばかりで何も知らなくて申し訳ないが」
元哉の中で最大級に遜った言い方をする。すでに切れる寸前だが、任務の重要性を考えるだけの理性は保っている。
「その通りだ、どうだお主の考えひとつで贅沢な暮らしが出来るのだ。ワシに力を貸せ」
公爵本人と確認が取れれば、もうこの場に用はない。心の中で彼の冥福を祈って退散するだけだ。
「閣下の力量では俺を御しきれないだろう。すまないが、この話は無かった事にしてくれ」
そういって腰を上げようとする元哉を、公爵は顔を真っ赤にして罵りだす。
「貴様平民の分際でその口のきき方はなんだ! 卑しい冒険者が貴族に向かって何たる無礼!!」
口を極めて元哉を罵倒する公爵に元哉は冷めた目を向けている。あと数時間後にはこの世からいなくなる存在を相手にしても無駄なことだと考えて部屋を出て行った。
廊下に出てもまだ公爵の怒鳴り声が聞こえてくる。いっそこの場で楽にしてやろうかとも考えたが、その後の面倒くささを考えて大人しく公爵邸を後にする。
夕暮れ時の教会の塔に元哉が立っている。すでにその手にはアイテムボックスから取り出した25式自動小銃がある。
手馴れた手つきでスコープを取り付けて覗くと、先程怒鳴り散らしていた公爵が昨日同様執務室で書類に目を通していた。
安全装置に手をかけて、小さなレバーを『タ』に合わせる。
スコープ越しに一言『よい旅を』と声をかけてから、引鉄に力をこめた。
『ズダーン』
夕暮れの街に銃声が響く。それを聞いた街行く人達は、耳慣れない音に驚きながらもその方向に眼をやる。
だがこの時すでに元哉は標的の死亡を確認して塔の中に姿を消していた。
小銃はアイテムボックスにしまいこんで街の雑踏に溶け込む元哉。
それ以後この街で彼を見かけた者はいなかった。
「こんに、ちはディーナです」
「ヤッホー、さくらだよ!」
(ディーナ)「さくらちゃん、私達のお話もリニューアルが終わって、ようやく再開ですね」
(さくら)「本当に長かったよね、私なんか暴れることが出来なくてストレスが溜まる一方だよ」
(ディーナ)「さくらちゃんはストレスから最も遠い存在のように思いますが・・・・・(ぼそっ)」
(さくら)「ん? 今なんか言った??」
(ディーナ)「何も言っていませんよ、ところでさくらちゃん、リニューアル記念のお風呂は一体どこにいってしまったのでしょう? 私すごく楽しみにしていたんですよ!」
(さくら)「さすがに戦争がすぐそこに迫っている時にのんびりお風呂に入っている訳いかないでしょう」
(ディーナ)「さくらちゃんから常識的な答え、一体どうしたことでしょう!」
(さくら)「ディナちゃん、失礼だな。私のようにエレガントな常識を身につけた人は中々いないよ!」
(ディーナ)「さくらちゃん、一回お医者さんに診てもらいましょう」
(さくら)「うん、そうする」
(ディーナ)「それよりさくらちゃん、まだ聞いていないと思いますが、新しい仲間が増えそうなんですよ。それで、その子をお風呂に誘って・・・・・・ああして、こうして・・・・・・」
(さくら)「ふむふむ、それは面白そう! ディナちゃん、冴えているね!!」
(ディーナ)「また近いうちに必ず新メンバーとお風呂に入りますから、感想、評価、ブックマークをよろしくお願いします」
(さくら)「次回の投稿は水曜日です」




