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50 大魔王とメイド

記念すべき50話の節目を迎えました。皆さんの応援に感謝いたします。本日2話目の投稿、どうぞお楽しみください。

 ここは魔法学校。


 昼休みのひと時をサロンでお茶を飲みながら過ごしている橘とディーナ、そしてメイドのソフィアがいた。


 彼女達は昨日までクラスの生徒を率いて、元哉達とは別の森で3週間魔物を討伐してようやく帰ってきたばかりだ。


 クラスの生徒40人に騎士団から魔物討伐の経験豊富な騎士を100人借りて、帝都から西へ3日の所にある『ローデルヌの森』でレベルアップを図っていた。


 生徒を2人~3人をその特性に合わせて組み合わせて、そこに5~6人の騎士をつけて森に入らせる計画だ。


 生徒達の最近の魔法技術の向上振りは目覚しく、中には中級魔法さえ無詠唱で発動する者も出てきている。


 攻撃魔法が得意な生徒は橘に代わってディーナが実演した『雷撃』と『エアーブレイド』が大人気で皆がこぞって覚えた。


 この二つの魔法は、橘が特によく使用する魔法だけあって攻撃範囲が広く威力が大きいのだが、彼らの魔力量では3発放つと魔力が枯渇してしまうのでおいそれと使用が出来ない。


 そこでレベルを上げて魔力量を増やすために今回の遠征が計画された。


「全員がレベル30を超えないと戻れないからそのつもりでいてね」


 橘がサラッと言うが、彼らのほとんどがレベル10前後でかなりハードルは高い。


 それでも期待に胸を膨らませて、馬車を連ねて出発する一団。


 出発する前に生徒から『何を持っていけばよいか』という質問が飛んだ時に、橘は『身の回りの品と着替えだけあれば十分』と答えた。


 『かなりの期間野営するはずなのに変だな』と生徒達は考えたが、野営地に着いて橘が魔法で学生寮に匹敵する建物を造り上げるのを見た時に彼らは納得した。


 そして自分達はまだ目の前にいる大魔法使いの実力の一端しか知らないことも理解した。本当は大魔法使いではなくて大魔王だが・・・・・・


 随行した馬車で敷き物や毛布、クッションなどを渡されて、生徒達は与えられた部屋に運び込む。

 

 騎士達も橘が隣に建てた厩舎に馬と馬車を引入れてから、それぞれが割り当てられた部屋に入っていく。


 野営の経験が豊富な騎士達ではあったが、このような安全で快適な施設で寝泊りするとは思ってもみなかった。全員が驚きを通り越して飽きれている。


 すでに時間は夕暮れが近いので、今日は全員を集めて明日以降のレクチャーと夕食をとって終了となった。


 翌日から早速パーティーを組んで森に入っていく。


 騎士をリーダーにして彼らにも元哉達と同様に魔力通信機を持たせて、次々に森に姿を消して行く生徒達。


 ディーナもそこに混ざって一緒に森に入って行く。


 生徒達は政府から貸与された防御力や魔力が上昇するマジックアイテムを装備していた。


 何しろ彼らは従来の常識を破るとんでもない能力を秘めた金の卵だ。


 教国の侵攻が迫っている現状で、政府の彼らに対する期待の大きさが理解できようというものだ。


 各パーティーから入ってくる通信は騎士団の隊長に任せて、橘はソフィアが用意したお茶を優雅に飲んでいる。


 隊長は次々に入ってくる通信に忙しく指示を飛ばしながらも『これで隊の様子が手に取るようにわかる!』と手放しで絶賛していた。


 今までは伝令を送ってやり取りをするしか方法が無かったのが、リアルタイムで指示が飛ばせることは画期的なことだ。


 はじめのうちは一人で通信を処理していた隊長だが、あまりの数の多さに捌き切れなくなっていた。


 そこで橘のアドバイスで通信兵を5人用意して受信に当てて、その報告を聞いて隊長が指示を出すやり方に改める。


 隊長は戦場における情報の重要さを理解している優秀な指揮官だったが、このような形で刻一刻と変わる戦場の様子を把握することが出来れば、今までとは戦いのあり方が根本的に変わってくる事を予期していた。


「この方法ならば兵力を迅速に運用できるな」


 一人で未来の戦場を想像してそうつぶやく隊長、この認識を騎士団に広めることも実は元哉の狙いだった。


 彼は早速一人の騎士を呼んで、帝都に魔力通信機の有効性を伝える伝令として送り出す。


 ここから魔法学校の生徒による手作りでスタートした魔力通信機の本格的な量産がスタートした。



 相変わらずお茶を飲みながらソフィアとの会話で時間をつぶしている橘。ソフィアはメイドではあるが魔法学校に勤務しているだけあって魔法に対する知識が豊富で興味が強いようだ。


 物は試しで橘が提案する。


「ソフィア、よかったらあなたのステータスを見せてもらえる? もしかしたら魔法が使えるかもしれないわ」


 橘にそう言われて大喜びで自分のウィンドウを開くソフィア。


「あら、ずいぶん魔力が多いのね!」


 橘に言われて自分の数値を覗き込むソフィア。


「多いといわれても、私はどうしても魔法を発動することが出来なくて・・・・・・」


 彼女は16歳で、橘が受け持っているクラスの生徒とほぼ同年齢だ。だがその魔力量はレベル5にもかかわらず生徒達の10倍以上あった。


 この数値はレベル30を超えているロージーばかりか、レベル60に迫っているディーナの値も超えている。


 魔力量が多くても魔法が発動しなければ魔法使いではない。彼女のように才能がありながら機会を逃してきた者が帝国にはかなりの数がいたのだ。


「ソフィア、私の言う通りにしてみてね」


 橘は彼女の手をとって魔力を流し込む、その感覚にソフィアはぴくんと反応した。


「これが魔力ですか!」


 彼女の表情は驚きに満ちている。初めて感じた魔力が、自分の体に眠っていたものを呼び覚ますような感覚がした。


 ソフィアは過去に何度も魔法を使える者に魔力を流してもらい、魔法の基礎である体内での魔力循環を試みたのだが、それは何度やっても失敗した。


 ソフィアに才能がなかった訳ではなくて、彼女の持つ巨大な魔力をその術者が動かし切れなかったためだ。


 例えて言うならモーターボートでタンカーを引っ張ような試みを繰り返していただけの事だった。


 だが、原子力発電所に匹敵する橘の巨大な魔力に後押しされて、ついに彼女の体内に眠っていた巨大な魔力が動き出した。


 あとはもうトントン拍子に彼女は魔法を発動することが出来た。もちろん橘が教えたのだから無詠唱で。


「すごいです、橘様のおかげで私も魔法が使えるようになりました!」


 彼女の喜びようは大変なものだ。天にも昇る気持ちというのはまさにこの事のようだ。


 だがその笑顔はすぐに曇ってしまう。


「でもせっかく魔法が使えても私は魔法学校に入学出来ない・・・・・・」


 彼女が言う通り魔法学校の入学資格に15歳以下という年齢制限が設けられていた。


 これはこの国の成人年齢に達するまでに魔法が発動できないと、それ以降魔法が使えるようになる者がほとんどいないという統計に基づいて決められた規定だった。


 がっくりと肩を落とすソフィア、彼女もまた魔法に憧れてどうしても諦め切れずに魔法学校のメイドになったという経緯がある。


 魔法学校に入学できなければ、あとは優れた魔法使いに弟子入りするしかない。そして魔法学校で多くの魔法使いを見てきたソフィアの目には橘以上の魔法使いは存在しなかった。


 ソフィアは一縷の望みを託して橘に願い出る。


「橘様、お願いがあります。私を橘様のメイドとして雇ってください! そして橘様の素晴らしい魔法を教えてください!!」


 突然の申し出に橘は面食らう。


 彼女は『自分の権限を使ってソフィアの魔法学校入学を認めさせようか』と考えていた所にいきなり雇用兼弟子入りの申し出だ。


「うーん・・・・・・ソフィアはよく気がつくいい子だし、そばにいてもらって構わないんだけど・・・・・・」


 歯切れが悪い橘の言葉にソフィアがうなだれる。『やはりだめか』という思いが彼女を包み込んだ。


「ソフィア、そんなにガッカリしないで。私が迷っているのは、私達が進む道がこれから先あなたの想像を超えた危険に満ちているからなの。あなたにその覚悟がある?」


 橘の言葉に僅かな光明を見出したソフィア、もう今はそれにすがるしかない。


「お願いします、どうかお側に居させてください」


 涙を滲ませて橘にすがるソフィアの申し出を断れるほど橘は冷たい人間ではなかった。


 敵には容赦ない大魔王が一人の少女に負けた瞬間だ。


「わかったわ、他のみんなの意見を聞いてから返事をするって事でいいかしら」


 自分の腕にすがっているソフィアの頭に優しく手を置いて橘が答えると、彼女は表情を輝かせて顔を上げた。


「よろしくお願いします、橘様!」


 『はいはい』と返事を返した橘の中に一抹の不安が広がる。


 『まさかこの子もいずれ元くんの事を・・・・・・』


 彼女がディーナやロージーの二の舞になる事を恐れながら、大きく首を横に振ってその考えを打ち消す橘だった。


 

 再び魔法学校のサロンに話は戻る。


 ソフィアの事は元哉達が橘と入れ違いにアライン渓谷方面に出発したので、まだ話はついていない。


 だが魔法学校の生徒と職員には教国との戦争が近いことが知らされて、すでに動員がかかっていた。


 もちろんソフィアも橘付きのメイドとして戦場に赴くことになる。


 彼女は現在橘の権限で、聴講生としてクラスの生徒に混ざって魔法の訓練を受けていた。戦争が間近に迫っているこの状況で、優秀な魔法使いを一人でも確保したい魔法学校は簡単に許可を出した。


 彼女の魔法技能はクラスの生徒の中でも飛びぬけていて、すでに上級魔法にも手が掛かろうという所まできている。


 ただし、魔法が発動してから日が浅いので、ディーナのように応用を利かせることはまだ出来ない。


 同席しているディーナはソフィアがパーティーに加わることに大喜びで賛成した。ただし先輩として『必ず失禁か失神を経験する』という忠告は忘れなかった。


 和やかな話が弾んでいる所に、一人の男が近づいてくる。例の公爵の長男だ。


「お話中申し訳ありません。橘教官、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか」


 いつものように上辺は丁寧な物腰で挨拶をする。


「ええ、どうぞ」


 当たり障りのない返事を返す橘。


「戦争が近いとのお触れがありまして、私は父とともに領地の兵を率いて戦場に赴かねばなりません。そこで橘教官にぜひお伝えしたいことがあります。此度の戦争が終わったら、私はあなたに結婚の申し出をするつもりです」


 ここで一旦話を区切る男。


「もしよかったら私と公爵領にご同行していただけないでしょうか」


 この話を聞いてディーナは笑いをこらえるのに必死だ。


 ソフィアは公爵の長男からの突然の申し出を橘が一体どうするのか不安そうに見つめている。


「せっかくのお申し出ですが、私はまだこの地でやり残した事がありますので」


 清ました顔で、しかし口調はキッパリと言い切る橘。


「そうですか残念です、もう少し先を見据える目をお持ちの方とお見受けしたのですが」

 

 含みのある言葉を残して公爵の長男は去って行った。


 その後ろ姿を見てディーナが顔を両手で覆って小刻みに体を震わす。顔を覆っている手の間からは『ククク』という小さな声が漏れている。


 どうやら我慢の限界を超えて声を殺して笑っているようだ。


 ソフィアは橘が余りにあっさりと断ったことに驚いている。何しろ相手は公爵の長男、普通に考えれば玉の輿だ。


「橘様はずいぶん簡単にお断りしたようですが、よろしかったのでしょうか?」


 色々事情を知らないソフィアからすればもっともな質問がとぶ。


「いいのよ、それに私はもう婚約しているし」


「ええー! そうだったんですか!! それは知りませんでした。橘様のお相手でしたら素敵な方なのでしょうね」


 驚くソフィアをよそに橘は冷たい笑みを浮かべている。


『あのお坊ちゃんも相当な馬鹿ね、その言葉は死亡フラグよ。もし敵として私の前に現れたら、真っ先に私の手で殺してあげましょう』


 と心の中で大魔王らしい事を考えていた。 

今日中にもう一話投稿します。そして次話からあのコーナーも再開します。どうぞお楽しみに!


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