49 実地訓練
タイトルを変更してお送りする第1弾です。
元哉とさくらは新兵500人を引き連れて帝都から北に2日ほど進んだ森の近くに来ている。
街道から少し外れた森の手前の開けた場所に野営地を設置して、これから森の中で実地訓練を行う予定だ。
3個小隊を一組にして15組の中隊が森の中に入っていく。冒険者の経験がある幹部候補生が13人いるので森の中では彼らに指揮を任せて、残りの2組はロージーとさくらが指揮を執る。
野営地に居残りが50人出るが、彼らは本部の警備と食事の準備や怪我人が出たときの収容などの任務が割り振られている。
彼らはまずはじめに森の木に位置を示す番号を塗料で描いていった。こうしないと誰がどこにいるのか本部で把握できないからだ。
ひとつのグループがおよそ1ヘクタールの範囲を受け持って警戒に当たる。
もちろん魔物に遭遇したらこれを討伐する。
各隊員の装備はこのような特殊な活動を前提にして、一般の騎士とはかなり違った装備となっている。
メインの武器はボウガンで、これは元哉の意見を参考にしてこの1ヶ月で帝都中の職人を掻き集めて作製した。
40センチの長さの黒い鉄の矢を高速で打ち出すことができて、試射をした時にはオークの体を貫通する威力を発揮した。
射程も従来の弓の2倍を誇り、これを更に強化した物が騎士団の弓兵達の制式装備になることが決定している。
教国の侵攻まで僅かな時間しか残されていないが、その中で少しでも戦いを有利に進めるために、軍務大臣を筆頭に帝国政府もあらゆる手を尽くしているのだ。
そのほか彼らの装備は、ショートソードよりも短めで無骨な作りの山刀とナイフに緊急を知らせる笛、暗視の術式を組み込んだゴーグルなど、元哉の経験上必要と思われる物をこの世界の技術で可能な限り再現したものばかりだ。
元哉の元に各中隊から『配置完了』との連絡が次々に入ってくる。
「よし、移動開始」
元哉の指令で各中隊は森の奥を目指して一斉に移動を開始した。
15組の中隊が森の浅い所に約100メートル間隔で展開して、それが一斉に森の奥を目指して動き出す。各中隊にはアルファベットA~Lが割り振られており、100メートル奥に進むとそこに手前から順に木に番号を振っていく。
こうすることで『A3ポイント』と通信があった時に彼らの所在地の見当がつく。
森の中を進む兵達はただ前進しているわけではない。足音を潜めた歩行法や木に登ったり下草に身を潜めて待ち伏せの訓練をしながら徐々に前進していった。
こうして全ての隊が森の中を1キロほど進んだ所でさくらから連絡が入る。
「兄ちゃん、500メートル先に小型の魔物。数は5で動きなし。どうする? 送れ」
さくらはどの隊が突然手強い魔物と遭遇してもすぐに駆けつけられるように、集団の真ん中をやや突出して進んでいる。
動きがない様子だと、気づかれないようにこちらから包囲して討伐したほうがよい。
「さくら、魔物を包囲して殲滅せよ、同士討ちは起こさないようにくれぐれも注意しろよ。送れ」
「兄ちゃん了解、通信終了」
元哉の指示を受けてさくらの中隊が動き出す。彼女の近くにいる中隊にはさくらからその場で待機の指示が出た。
ハンドサインで広がって前進を指示するさくら、その指示に従って足音を立てずに隊員達が前進する。
途中で木に登って魔物の様子を確認した隊員からさくらに報告が上がる。
「教官、魔物はゴブリンが6体。こちらに気づく様子はありません」
きびきびとした態度で彼はさくらに伝えた。
「了解、予定通り包囲するよ」
さくらが中隊の左翼と右翼に前進を指示する。そのとき各小隊長に指2本を指し示した。
その指示に頷く小隊長、彼らを中心にゴブリンの包囲網が出来上がる。
さくらはするすると木に登って全体が見渡せる位置を確保する。小隊長の手が上がったのを見てから『ピッ』と笛を吹くと正面と左右から2本ずつ矢が放たれた。
矢は狙い通りにゴブリンを貫く。
さくらはその結果に満足していた。本当は自分で飛び込んで暴れたかったが、ゴブリン程度ならば隊員達のちょうどよい標的だ。
さくらが指で示した2本は『各小隊が2本の矢を放って確実に仕留めろ』という意味で、もし外したら後でさくらから厳しいペナルティーが与えられる事を意味していた。
それだけに射撃を命じられた隊員は必死だ。訓練の時とは比較にならない程の強烈なプレッシャーの中でゴブリンを仕留めることに成功する。
射撃を終えた彼らの手の平は汗でビッショリになっていたのは言うまでも無い。
各中隊は2キロ森を進んだ所で元哉からの指示で元の場所に引き返していく。
昼前には全員が無事に野営地に到着した。中には小型のワイルドボアを木の棒に吊るして担いで帰ってきた隊もあって、その場にいた全員から拍手で出迎えられた。これで食事が一品増えるので皆大歓迎だ。
昼食時は各隊とも息が抜ける貴重な時間だ。野営地に残留していた隊が早めに昼食を済ませていたので周辺の警備に当たって、他の隊員達は和やかに食事を取っている。
「俺は魔物を見るのは初めてだったが、訓練通りにやっていけば恐れることも無いな」
パンをかじりながら隣の隊員と午前中の訓練を振り返る。
「当たり前だろう! 教官殿の殺気に比べれば、魔物の殺気なんて母親の子守唄みたいなもんだぜ」
スープを飲んでいた隊員が答える。
もちろん彼らは何度も失禁と気絶を経験した者達だ。約1ヶ月の地獄を経験して彼らは随分逞しくなっていた。
「そうだよなぁ・・・今までの訓練に比べれば魔物なんて屁みたいな物だな」
「ああ、俺はよく生きていられたと思う。あの地獄に比べればここは天国だ!」
自らがここまでたどり着いた道のりを思い返して、二人は遠い眼をするのだった。
午後も同じように、進む位置をローテーションして森に入っていく。
先ほどとは別の隊が野営地の警備に当たって夕食の準備も行っていく。
元哉は連絡が入ることが少なく暇だったので、警備担当の兵を捕まえて組み手を開始した。
これによって、野営地警備が今回の訓練では最も危険な任務となった事は言うまでも無い。
10人がかりで元哉に当たったが次々に地面に転がされていく隊員達、食事を準備しながら見ている者が気の毒に思えてくる程ボロボロにされていく。
その彼らも明日は我が身である事を考えると体にゾクリとしたものが走る。そして、ほとんどの隊員が思考を停止して目の前の事に専念するのだった。
夕暮れ前に無事に野営地に戻ってきた兵達は、泥だらけになって座り込んでいる警備担当者を見て『一体何の襲撃があったのか!』と驚いたが、事情を聞いて絶対警備担当にはなりたくないと全員が思った。
そして彼らは悟った。
『ここにも地獄は存在している!!』
1週間後、昼間の森に慣れてきたので今度は2個中隊ずつ夜の森に入っていく。
昼と違って夜の森は危険度が段違いだ。
警戒を厳にして慎重に進む。
安全を期して2個中隊で一団として、その中心に元哉が入っている。
全員が暗視ゴーグルを着用しているので視界は昼間ほどではないが十分確保されている。
初めのうちはわからなかったが、慣れると魔物や野生動物の存在が視覚に映ってくる。
なによりもその目が光っている事を見逃さなければ、そこに焦点を当てているうちにその輪郭が浮かび上がってくる。
この暗視ゴーグルも橘が設計して、魔法学校の生徒に作製させたものだ。
ガラスに透明な魔法陣を描いて『暗視』の術式を組み込み、小さな魔石を眼鏡の形にした木枠に装着する仕組みだ。
これで今まで困難だった夜間戦闘がかなり楽になった。近づく魔物にもすぐに気づくことが出来て隊員達は対応ができる。
何頭か魔物を倒して野営地に全員が無事に戻ってきた。
彼らは新しい装備の威力を絶賛している。これがあれば夜間の森でも自在に移動や戦闘が可能なのだ。
こうしてこの場で4週間を過ごした兵達は帝都に戻ることなく、そのままアライン渓谷の要塞に進軍していくのだった。
読んでいただきありがとうございました。この後引き続き第50話を投稿します。




