47 三者三様
エルモリヤ教国の首都ミロニカルパレスの鳳凰宮。
一人の枢機卿がその部下を呼びつけて話をしている。
「勇者殿の訓練状況はいかがか」
尊大な態度で部下に問う。
「ただいま基礎的な訓練を終えまして、デル・フランカのダンジョンに向かっているところでございます」
頭を床に擦り付けるような態度で答える部下。
「そうか、どの程度を目途としておる?」
彼は教皇直々に帝国への侵攻計画を命じられているので、その日程に遅れがないか気が気ではないのだ。
「日程は1月半、レベルは50まで到達する予定でございます」
予定では50階層のうち30階層までを一ヶ月で進んでいく事になっているが、これはあくまで机上で計算したもので実際計算通りにいく保証はない。
「そうか、そこまで到達できたならば、勇者殿も使える目途がつくな」
「左様にございます」
この後部下は下がり、枢機卿は書類の処理に戻った。
数日後のデル・フランカの街。
勇者シゲキにとっては、この世界に来てから初めて城を出て、5日間の道のりを旅してたどり着いた新たな街だ。
「さあ、いよいよダンジョンか!」
街の城門を見上げて彼の気持ちは高ぶっている。
彼と一緒にここまで来たのは、魔法教育係のガルダスと騎士が30人。
この人員で30階層までを攻略する予定だ。
シゲキとしてはせっかくなので最下層まで攻略したいのだが、30階層から下は急激に魔物レベルが上がる事や日程の兼ね合いも合って今回は途中までで引き返すことに納得した。
街についた翌日から早速アタックを開始する。
ミロニカルパレスの周辺にはほとんど魔物は出現しないので、彼が倒した魔物はこの街に来る旅の途中で遭遇した数匹のみだった。
まったくの初心者といってよいシゲキは、はじめは魔物が流す血に気分が悪くなっていたが、何回か繰り返すうちに次第に慣れて、今ではその手にしている聖剣『エクスカリバー』の虜になったいる。
何しろよく切れる。その上剣自体が魔力を帯びているので、自分の魔法が剣を通して面白いように炸裂する。
彼の中で眠っていた何かがこの剣を手にして魔物を倒すことで目を覚ましかけているようだ。
もっとも元哉やさくらに言わせると『どんなに切れる剣でも、当たらなければただの鉄!』という事になってしまうのだが。
「よーし、やってやるぜ!」
そういって彼はダンジョンの中に消えていった。
マハティール帝国、帝都。
今日も元哉達は新兵の訓練に当たっている。
幹部候補生達の方は準備が整うまでしばらく時間がかかるとの事で当面はこちらに専念だ。その分新兵達にとっては元哉とさくらの二人掛りの地獄は続く。
現在は起伏のある演習場で全力ダッシュ、そして係が太鼓を鳴らすと一斉に遮蔽物に身を隠すという訓練をしている。
一瞬でも身を隠すのが遅れると、容赦なくさくらと元哉の殺気が飛んでくる。この殺気に当たっただけで、失禁したり気を失うものが続出した。
「いいか! 5センチの窪地に身を沈める事が出来るかどうかで、戦場では生きるか死ぬかが分かれる!! 死にたくなかったら身を隠せ!!!」
元哉の檄と共に殺気が放たれる。新兵達にとっては戦場どころではない、今この場で下手したら心臓が止まりそうな恐怖が飛んでくる。気当たりというやつだ。
すでにここで訓練を受けている兵士の大半が、どちらかを経験している。彼らの間では『漏らして半人前、気を失って一人前!』という変な合言葉まで出来ていた。
たまたまこの中に女性だけで構成された一個小隊があった。もちろん彼女たちも何度も殺気の犠牲になっている。
この小隊にロージーが混ざっている。
彼女は元々俊敏で身軽に動き回って殺気を浴びることなどない。伊達に元哉達に鍛えられてはいないので、仮に殺気を浴びても平然としている。
ここに至るまでにはディーナ同様ロージーも何度も失禁と失神は経験している。誰もが通る道だ。
そんな彼女を小隊のメンバーは尊敬の眼差しで見ると同時に、何とか彼女の真似をしてその身のこなしを盗もうと努力していた。
でないと、女性としての尊厳が保たれないから必死だ。
泥だらけになりながら再び身を起こして突撃を繰り返す。それでも一日のうちで彼女たちの何人かは、ズボンを濡らす事になるのだが。
元哉達が訓練を開始してからすでに5日目、新兵達の顔付きが大分変わってきた。
「あと一息だな」
不敵に元哉が笑った。
こちらは魔法学校、現在昼休みで橘とロージーは食事を終えてサロンでお茶を飲んでいる。
メイドのソフィアは最初のうちは傍らに控えて立っていたのだが、橘が『居心地が悪い』と言って席に着かせて今は一緒にお茶を飲んでいる。
橘がふと入り口に目をやると、ちょうどサロンに入ってくる異形の存在があった。
「あら」
そう言って橘はディーナに耳打ちすると、ソフィアに聞いてみる。
「今入り口から入ってきた方はどなた?」
ソフィアはその人物を確認してから答える。
「あの方はシンベル先生です。魔法に関する知識が豊富で生徒からとても人気がある先生です」
その言葉を聴いて橘は安心した。この国では大臣が言っていたように魔族が人の中に溶け込んでいる事がわかったからだ。
「シンベル先生とお話がしたいのだけれど、ソフィア、ご都合を聞いてもらえるかしら?」
『はい』と答えて彼の元に向かう。彼女はすぐに戻ってきて『午後は空いているそうです』と答えた。
「では午後に研究室に伺うとお伝えしてもらえるかしら」
もう一度席を立った彼女は『歓迎する』と言う返事を持ち帰ってきた。
これで午後の予定が埋まったと気をよくしている橘の元に今度はあまり歓迎したくない人物が近づいてくる。例の公爵の長男だ。
「橘教官、ご機嫌いかがですか。こうしてまたお話できて光栄です」
『お前が勝手に押しかけてきただけだろう!』と思いながらも顔には一切出さずに挨拶をする。
「聞くところによると、教官が教えているクラスの者たちは無詠唱で魔法を使えるようになったとか。そのような優秀な教官はあのような落ちこぼれクラスではなくて、もっと優秀な生徒の指導をすべきではないでしょうか」
暗に自分たちにも『無詠唱魔法を教えろ』と言っている。
その言葉を聞いて橘は笑い出した。
「ふふふ、またずいぶん面白いことを言う方ですね。私から見ればきちんとした教育を受けたのに無詠唱魔法くらい出来ないあなた方の方が落ちこぼれです。そのあなたが彼らのことを落ちこぼれだなんて・・・」
まだ笑いをこらえている橘、もちろんこれは相手を挑発する演技だ。
「クッ・・・・・・またお目にかかります」
そう言って彼は席を離れた。
「わかりやすい性格だこと」
そうつぶやいて橘は彼を見送る。その目は研究者が実験動物を見る時のような目だった。
「こちらになります」
ソフィアに案内されてドアの前に立つ二人。
「ありがとうソフィア、部屋で待っていてちょうだい」
彼女には聞かれたくない話をするので、当然の処置だ。
橘がドアをノックすると中から返答があって、すぐにドアが開く。
「お待ちしておりました」
丁寧な物腰でシンベルが二人を迎え入れた。
ドアが閉じてから、彼は跪いていて挨拶をする。
「姫様、そのお姿を拝見してこのシンベル喜びの極みでございます。校内で何度かお姿を拝見したときは、信じられない気持ちでした。わざわざお越し願い恐縮でございます」
ディーナはその差し出された手にキスをして言葉を返す。
「シンベル、あなたの気持ちは受け取りました。ですがこのような態度は今回限りにしてください。私はこの学校ではディーナと名乗っています」
彼は『わかりました』と答えて二人をソファーに案内する。
「紹介が遅れました。シンベル先生、こちらは橘様です。大魔王の称号を持っておられます。私同様普通の態度で接してください」
『大魔王』と言う言葉にシンベル驚愕した。本来ならば平伏するところだが『普通に』と言われたので座ったまま頭を下げる。
「只者ではないとは思っておりましたが、大魔王様ですか。お目にかかれて光栄でございます」
「シンベル先生、橘です。堅苦しいのは好きではないし、周囲に知られたくないのでわかってください」
この言葉の意味をシンベルは理解した。
この後、教国の侵攻が迫っている事や新ヘブル王国のためにこの際教国の力を削いでおく必要がある事、これにこの学校にいるルトの民が協力する事などが話し合われた。
「わかりました、ここに滞在する同胞は偽王の迫害を逃れて来た者ばかりですが、国を思う気持ちは誰にも負けません。私が他の者に話をして協力を取り付けます」
シンベルは約束してくれた。彼は長い間祖国を離れていて、ようやくそのために働く事が出来るのが嬉しかった。
連絡はこの部屋で行うことにして、全員で定期的にここに集まることなどを確認してから二人は部屋を辞した。
「これで準備が大分進みそうね。ディーナあとひと頑張りよ!」
「はい!」
そのまま二人は廊下の角に消えていった。
いつも読んでいただいてありがとうございます。この小説もまもなく50話を迎える事が出来ます。皆さんの応援のおかげだと感謝しております。
ここでお知らせがあります。
50話を迎えるに当たって、この小説のリニューアルを行います。
主なポイントは、
・冒頭からテルモナの街に到着するまでの話の整理と順番の入れ替え。
・不必要な文章の削除
・タイトルの変更(未定)
などを考えています。
全体的に話が短くなりと思います。リニューアル期間は10月中として、その間は新規投稿を休まさせていただきます。
楽しみにしている方には申し訳ありません、出来るだけ早く終わらせて10月の終わり頃に投稿を再開したいと思っていますので、しばらくお待ちください。




