3 マナディスタの大森林
布団代わりの狼の毛皮のおかげで、いつになくグッスリと眠れた三人。元哉とさくらは、日課であるランニングと組み手で汗を流し、橘は朝食の準備を行う。
朝食の前に橘がクリ-ンの魔法をかけて、組み手で泥だらけになっている衣服や体の汚れを落として、キレイさっぱりしてから朝食をとる。
実は橘は、このクリーンの魔法が大のお気に入りで、こんな便利な魔法があったのかと事あるごとに掛けまくっている。
朝食のメニューは、ご飯とその辺で摘んで来た菜の花のような葉っぱの味噌汁、昨日のイノシシの炙り焼きの残りだ。米も味噌も橘が万能の実から作り出したもので非常に重宝している。
元哉が飯盒を持っていたおかげで、異世界でも和食が食べられるのは、彼らにとって大助かりだった。食器類は橘が風魔法でカットした木を、土魔法でまるでグラインダーのように器用に削って作成した。
実は、さくらも何度か自分で万能の実に魔力を流して、自分の好きなものを食べようとしたのだが、いつも黒焦げや生煮えのものしか出てこないため、あきらめて橘に任せることにしている。おそらく魔力の流し方云々以前に料理センスの問題であろう。
野営の跡を片付けてから、出発する三人。
コンパスを頼りに深い森の中を慎重に歩く。バハムートの話によると、この森は『マナディスタの大森林』と呼ばれているとの事。なるほど大森林と言うだけあって、鬱蒼とした木々がどこまでも続いている。
歩き続けるうちに、昨日同様に何度か魔物が襲い掛かってきたが、左程苦労せずにすべて返り討ちにした。
魔物が単体もしくは少数のときは、元哉とさくらが体術で対応したが、どれも一発こちらの攻撃が入っただけで簡単に倒せた。
「さくら、橘、体の動きや魔法の威力はどうだ?」
元哉は気になっていたことを二人に聞いてみた。
「魔法の出力だけで言えば、日本にいた時よりも、上がっている気がするわ」
「兄ちゃん、私はいつも通りに全部ワンパンだよ!」
さくらはあまり気にしていないようだ。
突然だが、これが現在の彼らのステータスだ。
-神建 元哉- レベル5
【体力】 48300
【魔力】 無限
【攻撃力】 14780
【防御力】 24874
【魔法制御】 0
【敏捷性】 1390
【知力】 120
称号 破王
スキル 身体強化 魔力吸収 魔力放出 魔力暴走 状態異常完全無効化
-元橋 橘- レベル4
【体力】 1470
【攻撃力】 30
【魔力】 83600
【防御力】 50
【魔法制御】 22548
【敏捷性】 30
【知力】 2460
称号 天の御使い 魔王
スキル 全属性魔法 天界の秘術 状態異常完全無効化
-元橋 さくら- レベル5
【体力】 33200
【魔力】 4420
【攻撃力】 9660
【防御力】 4640
【魔法制御】 150
【敏捷性】 17770
【知力】 3
称号 獣王 ???????
スキル 身体強化 魔弾の射手 バハムート召喚 状態異常完全無効化
かなり馬鹿げた数字が並んでいるがこの数字は彼らが地球にいるときのおよそ10倍の値となっている。
これは『王』の称号の効果で彼らのステータスが大幅に上昇しているのだ。
同様に状態異常完全無効化のスキルも『王』の称号による効果だ。
話を元に戻そう。
三人で森の中を歩いていく。相変わらず澱んだ魔素が体に絡みつくようだ。視界の悪い森で、小さな藪の中に潜んでいる小動物でさえ、時には命に拘るような攻撃を仕掛けてくるとも限らない。
さくらのレーダーを頼りにするにしても、他の者も気を張って周囲を見張っていなければならない。そんな緊張が続く行軍は、さくらのハンドサインで停止した。
三人で額を寄せ合って作戦会議が始まる。
「敵は3体、距離400メートルで停止中、かなり大型の個体だよ、兄ちゃん」
さくらの報告を聞いて、距離150まで近づいて元哉が偵察に出ることにした。慎重に足音を立てずに歩く三人。予定地点まで、敵に気づかれる事なく接近する。
さくらと橘はその場に待機して、元哉が先行する。周囲の気配を窺いながら、一歩一歩敵が見える所まで接近していく。元哉にとって気配を消しての接近や潜入はお手の物だ。祖父から嫌というほど厳しく叩き込まれている。
木の陰から双眼鏡で様子を見ると、3匹のオーガが何かを夢中で食べている所だった。口の周りを血まみれにして何かを貪る様子は、レンズ越しに見ていても嫌悪感を抱く。
元哉は音を立てずにその場を離れ、待機していた二人をオーガ達から死角になる地点に呼び寄せた。
「敵は鬼型が3体だ。二人は左右一体ずつを仕留めてくれ。残った一体は俺が接近戦で片付ける。敵の戦闘データをとるから心配するな。魔力通信をオンにしておけ。さくらは撤甲弾でいけ」
「了解」
小声で返事をしてから、最も狙いやすい位置に散っていく三人。
「準備よし」
「いつでも発動可能」
ヘルメットから二人の音声が聞こえてくる。
「カウントダウン5で攻撃開始。 5 4 3 2 1 ゴー」
右のオーガはさくらの撤甲弾で上半身が爆砕し、左は橘の電撃弾で全身黒焦げになった。
何が起きたか分からない様子で左右を見渡す中央のオーガの前に元哉が姿を現す。
怒りの形相で咆哮を上げながら、手に持った一抱えもある棍棒を振り上げてオーガは元哉に迫る。
「随分貧相な武器だな、日本の鬼のほうがもっと立派な武器を持っているぞ」
2メートルを超える巨体が迫ってきても、元哉は余裕の表情を崩さない。彼はすでにオーガの実力を見切っていたのだ。
彼を発見してから武器を取るまでの反応速度、棍棒を振り上げた速さ、一歩の踏み込みの強さ、どれも大した事はない。
振り下ろされた棍棒を体を開いて右に避けるとそのままオーガの後ろに回り込み、右足で軽くケツを蹴飛ばす。
棍棒を振り下ろしてやや前に重心がかかっていたオーガの体が5メートルほど飛んで、顔から地面に着地した。
顔面スライディングを見事にやってのけたオーガは、さらに怒りが増したようで血だらけの顔を歪めて咆哮する。先ほどよりも速度を上げて棍棒を振り下ろすが、元哉は右に左にと軽々と避けて掠らせもしない。
近接格闘素人の橘が不安げにさくらに聞く。
「元くんやられっ放しだけど、大丈夫なの?」
「兄ちゃん完全に遊んじゃているから、そろそろ終わらせてもらおうか。 兄ちゃーん、もういいよー!」
そう、元哉はただオーガの攻撃を避けていたのではなく、さくらに敵の動きを観察させていたのである。
さくらからもういいとの声が掛かった以上、もうこの戦闘は終わらせるだけだ。彼はオーガが振るった棍棒を左手でガシッと受け止める。オーガが力を入れてもビクともしない。
自分の武器を封じられて焦ったオーガは、左手で元哉を殴ろうとしたが、その手首を簡単に捉まれて動きが止まった。
元哉はオーガの左側に体を開きながら、左手で掴んでいた棍棒から手を放す。
力を入れていた右手が急に支えを失い下に下がる。やや前のめりになったオーガの体は、元哉が右手を軽く捻っただけで前方へ一回転して地面に叩きつけられた。
そのまま右足で頚骨を踏みつけると、ゴキリという音が鳴ってオーガは痙攣したあとに動かなくなった。
「兄ちゃん、やったね♪」
決着がついて、かけ寄ってきたさくらと橘。
「ずい分警戒したんだが大した事はなかったな」
元哉の言葉に頷く二人。彼らには全く手ごたえが無かった。
これは魔物が弱いのではなく、彼らが馬鹿馬鹿しいほどに強すぎたのだ。気の毒なのは瞬殺された魔物の方だ。
自分達の力がどれ程強大か気が付かないまま3人は森を進むのだった。
【登場人物紹介】
元橋 さくら(もとはし) 16歳 145センチ 40キロ
国防軍特殊能力訓練学校の2回生で、国防軍予備役准尉。
お子様体型で、やや茶色がっかた少し癖のある髪を肩にかからない程度に切りそろえている。
キラキラした目が愛くるしく小動物ぽいその風貌から、同級生の女子から人気があり、可愛がられている。
古流元橋派の師範代で、古武術の腕は『真の天才』と謳われ、その上で元哉から供給される魔力を用いた身体強化により、一個中隊程度ならば簡単に制圧する。
装備 37式特殊戦闘服 (特殊能力軍標準仕様 サイズは特注)
37式特殊戦闘帽Ⅲ型 タイプうさみみ
(レーダー波投射装置と赤外線センサー、音響ソナーを取り付けて、うさみみ型アンテナで捕捉する趣味全開の一点もの。よく予算が通ったものだ。)
ナックル一体型アームガード(チタンとタングステン合金製)
36式魔力擲弾筒。
(魔弾もしくは魔法弾と呼ばれ、魔力を圧縮して人工的に暴走状態を作り出し、そこから得られる高エネルギーを打ち出す兵器で、小銃レベルから迫撃砲レベルまで、威力を5段階に切り替えられる。アームガードにアタッチメントで取り付けて、体内の魔力を擲弾筒に送り込むだけで、お手軽高威力殺傷兵器になる)
市販のソフトレザーブーツ(橘とお揃いだがさくらの方は子供サイズ)
さくらと橘の二人は、三月三日生まれで、その名前は、お雛様とお内裏様の左右に飾られている「左近の桜」と「右近の橘」に由来する。
兄と橘が大好きで、特に元哉は体術訓練の良きパートナーとして尊敬している。
性格はかなり気ままで、他の二人を振り回すことが多い。