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202 帝都の危機

 帝都のあちこちで引き起こる爆発は逃げ惑う人々を恐慌状態に陥らせた。我先に安全な場所を求めて大きな建物に避難する。だがそこも決して安全が保障されていた訳ではなかった。


 避難した人々が大勢集まる帝都の聖教会、身を寄せ合った人々は大聖堂の中で不安げな表情で声を潜めてどうなっているのかと話をしている。


「一体何の騒ぎだ? 次々に爆発騒ぎが起きているぞ」


「誰の仕業なんだ? 帝国に敵対する者たちか?」


「だとしたら教国以外には有り得ないだろう」


 そんな囁きが交わされる中で突然一人の男が立ち上がった。


「邪教を奉じる者たちよ! 裁きの時が来たのだ! ミロニカルの女神に照覧あれ!」


 その言葉とともに男から白い光が立ち上っていく。避難民に紛れてこの場に侵入していた教国の魔法使いだった。


「いかん、みんな逃げろ!」


 その魔力が暴走する様子を目撃した誰かが声を上げると、大聖堂の中に居た数百人を超える人々は阿鼻叫喚に包まれて我先に出口に向かって逃げようとする。だが、運良く外に出られたのはほんの僅かな人数だった。


「ドーーーン!」


 爆風と火柱は聖堂内を駆け巡って人々を飲み込んでいく。そしてその圧力に耐え切れずに、石造りの大聖堂は天井が大きく崩落して、人々の上に降りかかってきた。この場所だけで逃げ遅れた数百人が命を落とすという悲劇を引き起こした。





「閣下、西の警備兵の詰め所が襲われて殆ど壊滅です」


 報告をもたらした騎士の話を聞いて眉間に皺を寄せる軍務大臣、帝都の警備の担当者としてこの危機に満足な手を打てないでいる自分に怒りが沸いているのだ。


「これで3箇所目か、敵が誰だか分からないというのはこれほど対応を困難にするものとは思わなかった。良いか、街中の被害は見捨てるしかない。おそらくこれは陽動だ、敵は絶対にこの城を目指してやって来る。城内に絶対に誰も入り込ませるな!」


「はっ」


 軍務大臣は苦渋の決断をして非情な命令を出した。守るべき民を見捨てなければならないのは彼にとっても辛い事だったが、それ以上にこの城を守り抜かなければならない。


「騎士団と特殊旅団は全員召集しろ! 騎士団は門を中心に城の外部を、特殊旅団は建物の内部に配置しろ!」


「そのように手配いたします」


 大臣の命令を受けて迅速に兵士と騎士が配置されていく。だが帝都中の兵力を集結させても果たして姿を見せない敵からこの城を守りきれるかどうかという不安を隠せない軍務大臣だった。 




「一体何事が起こったのでしょう! 報告はまだ来ませんか?」


 執務室で鳴り響く轟音に眉を顰めた皇女が近くのメイドに訪ねている。彼女の心の中は『これは只事ではない』という予感があるのだが、それを為政者として表情には出せない。努めて冷静な声を出して尋ねるのだった。


「はい、まだここまで報告の者はやって来ておりません」


「報告が来たらすぐに通しなさい」


 皇女はそれだけをメイドに伝えて険しい表情で待つのだった。





「良いか、我々はこれから教敵の本陣に突入する。すでに我らは神に召された身だ。決して死を恐れるな! 行くぞ!」


 爆発騒ぎを恐れて人通りが完全に途絶えた通りに集結したのは、3ヶ月前にミロニカルパレスを旅立って冒険者や商人に扮して帝都に潜入を果たしていた教国の魔法使いたちだった。その内約30人が魔力暴走による自爆ですでに死んでいるが、まだその総数は千人近く残っている。彼らはこれから帝城に突入しようとしているのだった。すでに帝都の警備兵たちはその詰め所ごと破壊しており、彼らを止めるものは誰もいない。もしここに元哉、さくら、橘の誰か一人だも居れば彼らの企みなど粉砕していたであろうが、彼らのパーティー全員が帝都を去るのを見届けてから魔法使いたちは今回の凶行に及んでいる。



「来たぞ!」


 城の城門で待ち構えている騎士たちの前にその魔法使い部隊が姿を現した。騎士たちには緊張が走るが敵は矢の射程距離の外で停止した。


「屋上! バリスタ射出準備!」


 矢が届かない以上はそれよりも射程の長いバリスタが引き出されていく。


「射出急げ! 敵を一網打尽にするのだ!」


 守る側の指揮官が声を張り上げるが、重たいバリスタは引き出してから射出するまで少々時間がかかる。その間に教国の側でも動きが始まっていた。


「殲滅魔法発動準備にかかれ!」


 一番後ろにいた馬車の中から大きな荷物を運び出してくる魔法使い、それはどうやら巨大な羊用紙を折り畳んだもので、それを通りに広げていくと10メートル四方に及ぶ。


「配置につけ!」


 指揮官の言葉で羊用紙の上に立つ魔法使いが全部で6人、彼らはそこに描かれている六芒星の魔法陣のそれぞれの頂点に立つ。


「魔力を込めろ!」


「ミロニカルの女神に照覧あれ!」


 一斉に6人が声を上げると、彼らの体は魔力が暴走した光に包まれていく。しかし爆発は起こらずにその魔力は全て魔法陣に吸い込まれた。そして6人が揃って右手を上げると、そこから暴走した魔力が大きな塊となって城門に向かっていく。


 そのタイミングは城の屋上から爆裂の術式が込められたバリスタからの矢が放たれるのと全く同じタイミングだった。


「キーーーン!」


「ドーーーン!」


 魔法陣から放たれた白銀の暴走した魔力は真っ直ぐに騎士たちの元に光の尾を引きながら突き進み、その場に居た約4千人の騎士たちを悉く消滅させた。


 対して屋上から放たれた矢は光が通り過ぎた後で魔法使いたちが居並ぶ真ん中に着弾して半径30メートルを完全に破壊した。


 結果的には痛み分けのようだが、完全に消滅してしまった騎士たちに対して魔法使いたちは障壁を展開してその約3分の1がまだ無事だった。


「散開して突入しろ!」


 再び爆裂の矢が屋上から放たれるが、距離を開けて進む魔法使いたちのごく一部に被害が出るだけで全員を討ち取ることは出来ない。


「引き付けて弓を放て!」


 まだ無事な屋上に居る部隊の指揮官から指示が飛ぶが、その場に居るのは500人ほどなのでどうしても撃ち洩らしが出る。その上魔法使いたちは障壁を展開して矢を防いでいたので、約百人が無傷のままで帝城内に侵入を果たした。


「来たぞ! 迎撃しろ!」


 小隊規模で城内に展開する特殊旅団は魔法通信機で各隊相互に連絡を取り合って物陰に隠れて静かに狙撃のタイミングを計る。


「狙撃開始」


 小隊長の潜めた声に従って隊員の手にするボウガンから黒塗りの矢が放たれる。それは一本が一人の魔法使いを確実に屠る死の矢だった。城内に突入した魔法使いたちは、どこから飛んでくるのか分からない矢で次々に倒れていく。中には死の瞬間までに『ミロニカルの照覧あれ!』と叫んで魔力を暴走させた挙句に自爆する者も数人居たが、彼らは皆が障壁の展開で魔力のかなりの部分を使い切っており、それほどの威力がある爆発を生じなかったのは幸いなことだった。




 ここは帝城の3階、皇女の執務室がある階だ。その誰も居ない部屋の空間が揺らいで、大きく裂け目を生じる。そこから音もなく人影が現れた。白銀の鎧に身を包んだ勇者シゲキ、いや、かつてはシゲキであった者だ。魔法使いたちが城内に突入したタイミングを狙い済ましてこの場に転移してきたのだった。


 彼は躊躇う事無くドアを開いて通路に出るとすぐにその姿を見咎めて警備の騎士の声が上がる。


「何者だ!」


「下らん!」

 

 シゲキが軽く腕を振ると同時に騎士の首が床に落ちた。声を聞き付けてその場に駆けつけた同僚の騎士たちも悉く同じ運命を辿っていく。やがて無人になった通路をゆっくりと歩き出すシゲキ、彼はひとつの部屋の前で立ち止まる。


 無造作にそのドアを開いたシゲキに向かって黒塗りの矢が飛んでくるが、彼はその矢を事も無げに手で掴み取っていた。その一撃に続いて立て続けに矢が飛ぶが、その全てを簡単にシゲキによって掴み取られる。


「命に代えても皇女殿下をお守りするのです!」


 皇女付のメイドたちがスカートの下に隠していた短剣を両手に持ってシゲキに襲い掛かるが、その剣が届く前に彼が右手を振るうとその首が飛んで騎士たちと同様に床に落ちた。それを無表情で見下ろしているシゲキに対してメイドたちは剣を手にして次々に襲い掛かるが、あっという間に全員の首が切り落とされていった。


 その光景を目の当たりにした皇女は自分を守るために命を懸けた彼女たちが安らかに眠れるように祈りを捧げている。すでにその目は自らの運命に殉じる覚悟を決めていた。


「ふん、覚悟をしたいい目だ。だがお前はこの場で殺さない。我とともにあやつらを誘き出す餌として連れ帰る」


 シゲキはそれだけ言うと抵抗しようとする皇女の手を取って空間の歪みに消えていった。

 


 

次回の投稿は木曜日の予定です。

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