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201 日常の終焉

前回200話を迎えてひとつの区切りがつきました。今回の話から物語りは一気に展開を始めます。

 新ヘブル王国の直営店で販売を開始した魔道エアコンは瞬く間に大評判を得て本格的な冬に備えて購入する貴族から庶民までが毎日大勢押しかけてきた。朝から晩まで途切れる事無くやって来る客への対応で、従業員たちはヘトヘトになるまで働き続ける羽目に陥るが、そのおかげで第一弾として王国から運び込んだ品はすべて売り切れて、現在は商品の到着待ちをしており予約のみを扱っている。


 購入した人々の評判も上々で、早くも同じような商品を作ろうとする動きが帝都の業者の間に起きているらしいが、元々農業国で工業のノウハウがあまり積み上げられておらず、さらにその高度な魔法術式が一体どのようになっているのか解読すら出来なくて全く目途が立っていないらしい。中には自分の店でも販売できないかと申し入れてくる商会があるが、販売から魔石の交換、修理などのアフターサービスまでトータルで行っているので、直営店以外で扱うのは無理だと丁重に断っている。


 そのような経緯があってディーナとフィオは束の間忙しさから解放されてそのドサクサに元哉と相次いで結ばれていた。二人とも優しくベッドで抱きしめられて心から幸せそうな表情でその時を迎えた。


 橘やロージーが元哉に抱かれて大魔王やハイヒューマンに進化したと同様に、この二人にも大きな変化が現れた。


 ディーナは現在自分の部屋で一人でステータスを見ている。彼女の以前の称号は『元魔王の娘』だったのだが、それに加えて今は『使徒』という称号が加わっている。最初にこの称号を見た時、彼女はその意味が分からずに椿に尋ねた時のことを思い出していた。


「椿さん、使徒とはどのような意味ですか?」


「あらディーナちゃんは使徒になったのね。それは神に直接仕える者のことね。この世界で言えば神託を授かる巫女のようなものかしら」


 あの時の喜びは元哉とひとつになったその瞬間に匹敵するものだった。元々ルトの民は神によって追放された者たちの子孫だった。彼らは地球を追放された時に自らが縋るべき神を失っていたのだった。その神を失った民に新たな神が降臨する予兆が現れたのだ。もし自分が神託を授かればルトの民は新たな神を迎えられる。それは神を見失った民族の悲願でもあった。


「神様か・・・・・・ 私にどんな神託を下してくれるのかな? 早く神託が降りるといいな」


 独り言を呟きながらステータスを見つめる。ちなみに彼女の各種数値はロージー同様に10倍に跳ね上がっている。これでさくらとの鍛錬でもう気を失ってその辺に転がされることもないだろう。



 一方フィオも寝る前のひと時をステータス画面を見ながら過ごしていた。


 彼女は元々『転生者』という非常に特殊な隠れた称号を持っていた上さらに『大賢者』という称号が加わっていた。この効果によって各種数値が10倍になっただけではなくて『魔工技術MAX』という特殊スキルが加わって、様々な品に術式を付与する技術が格段に上昇した。


 フィオの夢はこの世界の近代化という話を以前橘と初めて出会った機会に話したことがあった。もちろん彼女はその夢をまったく変わらずに持ち続けている。それがこの称号を得たことで一気に現実味を帯びた話になった。日本で生活していた頃に日常生活の中で使用していた便利な各種技術を、魔法を活用することでこの世界でも実現できるかもしれないのだ。


 その無限の可能性を夢見ながら、現在彼女は魔物に対する武器を一人で作製している。一度じっくりと見せてもらったさくらの魔力擲弾筒を参考にして、銃のように魔法を撃ちだす強力な武器を作り上げようとしている。


 それにしてもさくらの魔力擲弾筒の構造を見た時の自分の驚きぶりを思い出すと、今でも我ながら笑ってしまう。さすが日本の工学技術と魔法が融合した傑作だけあって、その見事な術式の組み方は彼女の想像を絶するものがあった。フィオはそれを見た瞬間、驚きで頭が真っ白になって、さくらに言わせると能面のような顔をしていたそうだ。


 後から元哉に聞いた話だと擲弾筒一基を作るに当たって2年の歳月と300億円の予算が費やされたそうだ。なるほどだからこそあそこまで扱いやすくて高性能なのだと自分なりに納得出来た。スパコンを用いて様々な術式の組み合わせを数十億通り作り出した中から最適な組み合わせを選択して組み上げられたそうだ。


 いくらなんでもそんな逸品に匹敵するような物は無理だろうが、この世界で実現可能な範囲で限りなく高性能な武器の製作が当面の目標だ。


「さあ、明日も忙しいから寝ましょう」


 最近独り言が多いなと苦笑いしつつ、フィオはベッドに潜り込むのだった。




 新ヘブル王国では魔道エアコンの製作が急ピッチで行われている。国内や西ガザル地方だけでなくて帝都からも大量の受注を受けているので各工房がフル操業状態だ。それでもこの冬の内にはどうやらその受注には応えられそうになかった。ただしまた暑い季節がやってくれば冷房用に確実に需要が伸びるので、当分はこの忙しさを覚悟しなければならない。


 このような状況を見て橘は当初の計画通りに王都やヘブロンだけでなく王国中にその生産拠点を拡大していった。現在の生産規模では帝都の需要にも満足に応えられないのに加えて、帝国の各都市からも販売して欲しいという要望が相次いでいるのだ。そのおかげで国中が空前の好景気に沸き返っている。人々の表情はついこの間まで偽王の圧政と貧困に苦しんでいた面影がきれいさっぱりと消えうせて、繁栄を謳歌する明るいものに変わっていた。


 


 獣人の森では現在森を縦断する街道の整備が急ピッチで進められている。最も時間がかかる木の伐採や根っこの掘り出しをソフィアが魔法で簡単に終わらせてくれるおかげで、ウッドテールからパークレデンスまで繋がる街道がついこの前開通した。日干し煉瓦による舗装工事はまだ全然追いついていないが、ここから森の入り口に出来る街までの街道もこの調子で一気に造り上げる予定だ。この分でいけば春の種蒔きの時期よりもかなり前に新たな街への入植が開始出来そうだ。


「うほほー! ソフィアちゃん、今日もいい感じで仕事が進んだね!」 


 さくらは朝夕ソフィアをドラゴンで現場まで送迎している。何しろ今造成工事を行っている場所はウッドテールから80キロも離れているのだ。工事には一切手を出さずに相変わらず街に繰り出して遊び回っているさくらだが、こうして送迎だけは毎日行っているのだった。工事に携わる獣人たちは毎日家に帰るわけには行かないので、ソフィアが造りだした宿泊施設で寝泊りしている。この施設はいずれは街道沿いの宿屋として再利用する予定だ。


「さくらちゃん、あと3週間くらいあれば森の入り口まで行けそうですよ」


 一日中魔力を使いっぱなしのソフィアだが、まだまだ余裕がありそうで元気な様子だ。さすがは大魔道師だけのことはある。


「じゃあ今日はここまでにして街に戻るよ! みんなも頑張ってね!」


 敬愛する王様の激励が獣人たちには何よりも嬉しいようでみな声を揃えて『お任せください!』と張り切った声を上げる。彼らに見送られてさくらとソフィアを乗せたドラゴンは飛び立っていくのだった。





 こうして一冬を過ごして春がもうすぐそこまでやって来る。寒さに家の中に引きこもっていた人々が暖かさにつられて外に出る姿が目立つようになってきた。花の蕾が膨らみ始めて、農民たちは春の種蒔きの準備を開始する時期だ。


 ここ帝都の新ヘブル王国の直営店では、冬の終わりを迎えてやって来る人々が最近目に見えて減ってきている。我先に商品を求めて血走った目でやって来る客を次々に捌いていく忙しさが一段落して、今はアフターサービスが業務の中心に替わっている。


 店の前では警備と案内役を兼ねた特殊旅団の兵士が二人で立っている。出来るだけ強面の印象を与えずに丁寧な対応をするようにとディーナから言い付かっているので、にこやかな表情で来客を出迎えるように彼らは心掛けていた。その一方で、店の番をしていない隊員たちは半々に分かれて裏で血の滲む様な訓練と帝都の情報収集に当たっている。


 そんな彼らの前に冒険者風の客がやって来た。彼は番をしている内の一人に話しかけてくる。


「ここは新ヘブル王国製の評判の魔道具を売っている店か?」


 見たところはまったく普通の冒険者のような装いだが、見張りをしている兵士二人の脳裏に何か引っかかるものが感じられた。それは彼が近づいてくるとよりハッキリと伝わってくる。


「お客さん、ちょっと待ってください。あなたから弱い魔力が漏れているんだが、一体どういう訳だい?」


 人族に比べて魔力の流れに敏感なルトの民だからこそ気がついたほんの僅かな魔力だった。それがおかしいと感じたのは彼らの日頃の訓練の賜物だろう。だがその問い掛けで冒険者風の男の表情が変わった。


「我々に楯突く愚かな魔族は全て滅してやる! ミロニカルの女神に照覧あれ!」


 その言葉で男は白い光に包まれて、その光は螺旋を描くように高さ5メートルまで立ち上る。


「不味いぞ! 魔力が暴走している! 障壁で包め! 有りっ丈の魔力を込めろ!」


 二人の兵士から術式が放たれて男を障壁が包み込む。外の騒ぎを聞きつけて飛び出してきた店の従業員たちもその光景に慌てて障壁を作り出している。魔力が無い成人前の従業員は通りを歩く人々の避難誘導を開始していた。


「魔力の暴走だ! 危険だからこの場から離れて! 早く逃げろ!」


 その言葉を聞き付けて誘導に従った人々が遠くに避難しつつあるさ中に突然大音響とともに火柱が立ち上った。 


「ドーーーン!」


 ルトの民が重ね掛けした障壁を突き破って、火と爆風が周辺に大きく広がっていく。橘が強化魔法を掛けた店にはまったく被害が無かったが、障壁を張っていた特殊旅団の兵士と従業員合わせて5人が爆発に巻き込まれて殉職した。通りの反対側にある建物は全ての窓が破れて、壁が部分的に崩落している。逃げ遅れた通行人も数人がこの爆発に巻き込まれてその安否は不明だ。


『これは大変なことが起きた』


 その場に居合わせる者たちが皆そう思った時に、広場の方向から大きな爆発音が響く。


「ドーーーン!!」


「ドーーーン!!」


 その後帝都中のあちらこちらで立て続けに爆発が引き起こり、人々は逃げ惑いながら助けを求めて駆け回るのだった。


 

次回の投稿は火曜日の予定です。

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