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199 皇帝

早いもので9月もおしまいですね。思えば今年の夏は例年通りに全く何も無かった・・・・・・ そして例年通りに全く何も無い秋が深まっていきます。どなたか私の生活に潤いをもたらしてくれる奇特な方がその辺の道端にでも転がっていないでしょうか?


さて物語の方は200話にリーチがかかりました。ここまでようやく辿り着いたなという素直な感想です。読者の皆さんの応援のおかげと心から感謝します。

 帝都は皇女アリエーゼの婚約の一報を聞いて貴族から庶民までが祝賀ムードに沸き返っていた。何しろ軍を率いて教国を迎え撃った総責任者のアリエーゼと、戦いの最終局面で敵方の勇者を打ち破った救国の英雄の二人が婚約するという、帝国にとってはかつてない物語のようなそのラブストーリーに特に女性たちが熱狂していた。


 吟遊詩人たちは早速この婚約話をアラインの戦いの物語の最後に組み入れて広場のあちこちでリュートを奏でながら歌にする。その前に集まった民衆は音楽と共にその口から語られる奇跡のような物語に改めて心を奪われた。





 そんな喧騒が巻き起こっているとは知らずに元哉たちは本日も帝城にやって来ている。今日は元哉と橘にフィオの3人で登城しており、さくらをはじめとした残りのメンバーは特に用事がないので宿舎に待機をしている。おそらくロージーやディーナはさくらに引っ張り出されて日課の鍛錬でボロボロにされている頃だろう。


 彼らは二手に分かれて、橘とフィオは現在宰相と両国の経済協力関係についての詰めの交渉中だ。今頃宰相は元哉の恫喝紛いの交渉と違って、目の前にいかにも美味しそうな餌をぶら下げながら最終的にしっかりと実利をものにする橘独特の交渉術に遣り込められているだろう。


 元哉はアリエーゼと共に皇太子に婚約についての報告を行った後で、係りの者の案内で宮殿の奥まった場所に向かっている。


「こちらでございます」


 恭しい態度で二人を案内した係りの者は厳重な警戒態勢が敷かれた一室の前で大きな扉を指し示すと、警護をしている衛兵に視線で合図をする。衛兵がそっとその扉を開いて二人が中に入ると、そこには天蓋付の大きなベッドに眠っている壮年の男性の姿があった。


「元哉様、私の父上です」


 その場で昏々と眠るのはマハテイール帝国第13代皇帝マルエスト=ファン=マハティール7世その人だった。病と称して公の場に出なくなってから約2年間、この部屋から一歩も外に出ずにずっと眠り続けている。高名な魔法使いや治癒師が何人もその原因を究明しようとしたがまったくその原因がわからずに、手厚い介護を受けながらその生命を永らえていた。


「皇帝陛下、初めてお目にかかります。このたび陛下の御息女と婚約いたしました元哉と申します」


 彼は意識の無い皇帝に礼節を持った態度で話しかけた。それは先日、亡きディーナの父親の墓標に向けてあたかもそこにその人がいるかのように酒を酌み交わそうとしたあの時の態度とまったく同じだ。


「元哉様、ありがとうございます。父上もさぞかしご安心していることでしょう」


 アリエーゼはそっと目元を押さえながら、元哉が婚約の報告を自分の父親に敬意を持って行ったその態度に喜びを隠せない。こうしてずっと寝たきりではあっても生命のある限り彼女にとっては父親であり続けるだけでなく、その存在はアリエーゼにとっては例え目を覚まさないままではあっても、一国を背負うという重圧と戦うための心の拠り所でもあった。


「陛下が目を覚まさない原因はわかっていないのか?」


 皇帝の病状については帝国の中枢の一部にのみ知らされているだけで、これまで厳重に秘匿されていた。その容態ひとつで国家が揺れ動く原因になりかねないためだ。現に今回の教国の侵攻に合わせて北部の貴族たちが反旗を翻そうとしたのは、皇帝の長引く病というのがその一因にもなっていた。


「はい、様々な手を尽くしましたがまったくその原因は掴めずに、治療の目処すら立っていません」


 皇女は悲しげに目を伏せる。国家の大黒柱とも言うべき皇帝が病床に付して何の手立てもとることが出来ない、そのもどかしさに彼女は遣り場の無い気持ちを隠せなかった。その気持ちの奥には僅か16歳で皇帝の代理として国政の矢面に立たされたこの2年間の彼女の苦労はいかばかりのものだったのだろうかという事実が偲ばれる。政務などそっちのけで毎日一人で気ままに遊びまわっているどこかの獣人の王様に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいものだ。


「もしかしたら橘ならば原因ぐらいはわかるかもしれないな。彼女は色々な物を見通す特別な目を持っている。その目で陛下の状態を見れば何かしら掴めるかも知れない」


 元哉の申し出にアリエーゼの目が輝く。大魔王の力ならばもしかしたら何とかなるのではないかという淡い期待を抱くが、彼女はこの時点で大きな誤解をしていた。橘が持つ特別な目とは彼女の中に存在する天使が持つ固有能力のことだ。それは地球上においては全ての真実を見通すものに違いなかったが、残念ながらこの世界ではそこまでの力は発揮出来ない。それでも人に見えないものを見抜くだけの力は十分にある。ただし、おそらくは椿の方がより高い能力を発揮する目を保持しているだろう。彼女の能力はあまりに謎で計り知れないところがあるのだ。とはいってもこの場に来ていない椿を当てにする訳にもいかない。


「それでは橘様のお時間が空いた時にこちらにお出でいただけますだしょうか?」


 アリエーゼは藁にも縋る気持ちで元哉に尋ねる。それはこの部屋に詰めている者たち全員がまったく同じ気持ちだった。


「ああ、大丈夫だろう」


 元哉はあっさりと引き受ける。彼が頼めば橘は絶対に断らないとわかっているのだ。これは二人の間の絶対的な信頼関係の証ともいえる。当然元哉も橘からの要望を断ったことは無い。『魔物を狩に行きたい』とか『買い食いがしたい』などとどうでもいいことを言い出すさくらの意見はしょっちゅう却下しているが。




 病床の皇帝の元に長居するわけにはいかないので二人は皇女の執務室に戻って橘を待つことにした。ソファーに並んで座る二人だが、いつの間にかアリエーゼは元哉にピッタリと体を寄せて彼にもたれかかっている。部屋付きのメイドが数人居るのだが、彼女たちは空気を読んで控えの間に下がって二人の世界作りに協力している。


 甘えるとはいっても元哉に寄りかかって手を繋ぐのが精一杯のアリエーゼ、元哉は彼女がしたいように成すがままにさせている。それでもうれし恥ずかしさでいっぱいの彼女は頬を赤く染め上げて完全に乙女の表情だ。日頃は張り詰めた日常を送っている皇女としての立場を忘れて、この一瞬だけはその身を元哉に預けてこれでも彼女に今出来る精一杯の背伸びをしているのだ。



 しばらくアリエーゼにとっては夢のような時間が流れたが、部屋のドアをノックする音でそれは終わりを告げる。名残惜しそうに元哉から離れるアリエーゼ、立ち上がった時にはすでに皇女としての顔を取り戻している。


「橘様とフィオレーヌ様がお越しです」


 どうやら宰相との協議が終わったようで、二人は揃ってこちらにやって来た。橘の表情は満足そうで、その分宰相はまた胃が痛む思いをしているのだろう。


「ようこそお越しくださいました、橘様。フィオレーヌもご苦労様」


 ここまでは皇女としての務めだが、この先は元哉の婚約者同士のくだけた会話に自然に移行していく。


「いいのよアリー、こちらも色々と済ませないといけない交渉事があるから気にしないで」


 本妻としての余裕だろうか橘は二人っきりで居たであろう元哉とアリエーゼに何があったかなどといった詮索など一切せずに、フィオと二人でソファーに腰を下ろす。そもそもそんなことに一々神経を使っていたら元哉の第1婚約者など務まらないのだ。


「橘、早速ですまないが皇帝の容態を見てくれないか?」


 相変わらず元哉は前提を一切省略して本題から話を始める。その方が互いに意思が通じている橘とは最も話が捗るのだ。橘も当然このような元哉の遣り方は百も承知で何かあるのだとピンときている。


「いいわ、すぐに行けばいいのかしら?」


 橘が了承したので皇女付きのメイドが皇帝側の都合を伺いに部屋を出て行く。その間にざっくりと皇女から症状についての説明が行われ、一通りその話が終わった頃合にメイドが戻り訪問が可能だという返事を持ち帰る。というよりも皇帝の世話をする者たちは橘の身柄が空くのを今か今かと待ち構えていたのだ。何とか治癒の手掛かりだけでも得られないかと相当に期待がこめられた目で見られている様子らしい。


 皇帝の病室には係りの者に案内された橘が一人で向かった。元哉たちは邪魔になる恐れがあるので遠慮したのだった。


「こちらです」


 室内に入った橘の目にベッドに横たわる皇帝の姿が飛び込んでくる。見た目はごく普通に眠っているだけのように映るが、それを見た途端に橘の目が銀色の光を放つ。彼女はミカエルの目を通して真実に迫ろうとしているのだ。


「これね」


 橘の目が皇帝の体に隠された何らかの痕跡を発見する。それは魔法の痕跡のようだが、術式が一般に使用されるものとは全く違っている。それは魔法というよりも呪いと言った方がより的確にその真相に迫る代物だった。


 橘はすでに微かな痕跡しか残していないその呪いに注意深く意識を集中していく。そこにパスを繋いで術者の正体に迫ろうとしているのだ。彼女が繋いだパスは城の外に伸びて一瞬ではるか彼方にまで飛ばされていく。


『この方向はどうやら教国のようね』


 口には出さないが心の中で呟いたその言葉が終わるかどうかの瞬間にパチンと音を立てて彼女が繋いだパスが強制的に切断された。大魔王橘が最大限の隠密性に気を遣った探査用のパスの存在に気がついて、それを断ち切った者が存在するという証明に他ならない。当然その者こそが呪いをかけた張本人に違いないのは言うまでもないことだ。この結果を橘は正直に部屋に居る者たちに告げる。


「わかりました。これは病気ではなくて呪いです。術者はおそらく教国の関係者で私の探査術式を簡単に見破る程の力を持った者です。絶対に触れてはなりません、生半可な魔法使いでは返り討ちにあって命を落とすのが目に見えています。今はこのままで様子を見て機会を待つ外ありません。おそらく教国はこの国に侵攻するその下準備として皇帝陛下を亡き者にしようと企んだのでしょう。ですが、陛下が身につけている魔法具によってその命は何とか救われて今のように寝たきりの状態に陥っているのでしょう」


 橘がここまで一気に説明すると部屋中に驚きが広がった。病だと思っていたのがまさか教国の何者かが放った呪いだったとは・・・・・・


 だがそれと同時に失望も広がる。大魔王の術式を跳ね返す者が放った呪いを解除する方策が現段階では全く無いことが判明した結果だ。


 だが橘はこの結果に平然としている。そしてその口が再度開かれた。


「ご安心なさい。どうせ教国は再び何か仕掛けてきます。その時こそ私たちは完膚なきまでに教国を打ち滅ぼします。そのついでにその術者も亡き者にしてしまえばこの呪いは解けるでしょう」


 目を覚まさない皇帝の前で堂々と宣言する橘の目はまさに大魔王として相応しい恐ろしいまでの輝きをその瞳に湛えていた。



次回の投稿は水曜日の予定です。

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