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198 元哉とさくら2

風邪が長引いてずいぶん投稿の間隔が開いて申し訳ありませんでした。具合が悪くても仕事に行かなければならず、帰ってきても執筆する余力が無いという日が続きましたが、ようやく体調も上向いてこれから週に2話のペースで投稿していきます。


 休んでいた最中に様子を見にこの小説にアクセスをしていただいた皆さん、心からにありがとうございました。毎日たくさんのアクセスをいただいて本当に嬉しかったです。


 まもなく節目の200話を迎えますので、これからも頑張って投稿していきます。

 観衆のざわめきや喧騒はさて置いて、闘技場の中心には元哉とさくらだけの空間が出来上がっている。周囲の雑音など一切気にしない二人だけの攻め合いと凌ぎ合いが依然続いている。


「うほほー! 兄ちゃん、楽しくなってきたからもう少しギアを上げていいかな?」


 さくらはギャラリーが多ければ多い程張り切るタイプだ。これ程多くの観衆に包まれているとアドレナリンも大量に分泌されてくる。ただでさえ観衆からはその動きが早過ぎてよくわからないのに、一体どこまで遣るつもりなのだろう。


「さくら、これ以上スピ-ドを上げても誰も目が追いつかないぞ」


 元哉の注意にさくらは『なるほどそうか!』と納得しながら右のストレートを元哉に叩き込もうとする。元哉はそれを左手で下から跳ね上げるようにその勢いを殺して右のミドルキックを放つ。動きの早いさくらを仕留めるには近付いた瞬間にカウンターを決めるしかない。中でもノーモーションで放たれるミドルキックは胴体の真ん中を薙ぐ様な軌道なので避け難い。


「おっと兄ちゃん、危ないなあ!」


 だがそんな手は食わないとばかりにさくらはスッと下がって事も無くこれをかわす。当然元哉としてもこのくらいの攻撃がさくらに当たるとは思っていないので、再び彼女が次に狙っている攻撃に集中している。


 そもそも衝撃波を撒き散らして放たれる拳や蹴りを二人はヒョイヒョイ避けているが、その一撃で岩を砕いてSランクの魔物さえも吹き飛ばす威力があるのだ。それを全く日常の会話でもしているかのように軽口を叩きながら人間離れした攻防を行うこの二人はやはりどうかしている。


 元哉はさくらの考えが手に取るようにわかっていた。あのようなセリフを口にするということは威力のある一撃を狙っているに違いない。対抗戦では橘もその程度のことは読んでいたのだが、元哉と違って彼女は魔法でさくらの攻撃を受け止めなければならなかったのであれほど苦戦したのだ。さくらの動きや体術は魔法使いの天敵かもしれない。とにかく当たるはずの魔法が外されるのだから、魔法使いは手の打ち様が無くなる。


 しかし元哉の戦い方はさくらと同じタイプで言ってみればさくらの上位互換だ。相手の考えがわかっていればその対処はし易い。彼はさくらの牽制の攻撃は無視して、決めに来る最後の一撃をひたすら待つ。


 元哉の予想通りにさくらの猛攻が開始された。絶え間なく連続で放たれる拳とその合間にタイミングを外すように放たれる蹴りを往なしながら彼はジリジリと後退をしていく。それを見たさくらは気を良くして益々攻勢を強めていく。元哉はさくらに自らの考えを読まれないように時々牽制の攻撃を返しながらも、ほぼ無抵抗で下がるに任せていく。


「よーし、これで決めちゃうよー!」


 さくらが案の定決めの攻撃を仕掛けてくる。連続して放った拳とは違ってしっかりと狙い済ました一撃だ。


「ダーーン!」


 元哉は敢えてこの攻撃を体の正面で受けた。もちろんまともに食らったらあまりに危険なので十字受けでブロックしながらその勢いで後方に大きく吹き飛ばされる。


「ガシーーン」


 吹き飛ばされた元哉の体は試合場を取り囲む結界にぶつかって大きな音を立てる。元哉の計算通りに結界に小さなヒビが入るのを彼は確認していた。


「とーりゃー!」


 元哉の予想通りにさくらが飛び込んできた。結界にぶつかった元哉に止めを刺そうと渾身の飛び蹴りを放つ。そのあまりに予想通りのさくらの行動に元哉は心の中で苦笑を禁じえない。ギリギリまで空中のさくらの体を引き付けてそのまま右側にひらりと避けた。


「わわーー! 兄ちゃんずるいーーーー!」


 急に元哉に避けられたさくらはそのまま結界を蹴破って場外の一段下がっている場所も飛び越えて、観客席の下の壁に突撃してスタンドをガラガラと崩してその一角を瓦礫に変えていた。そこはたまたま出入り口で人がいなかったので怪我人は出ていない模様だ。



 観衆は突然スタンドの一部が崩落したことに唖然としている。その瓦礫から頭を掻きながらさくらが出て来たので、どうやら彼女の場外負けで決着がついたらしいと理解した。


「終わったみたいだな」


「そのようだな、最初から最後まで丸っきりどうなっていたのかわからなかった」


「あのスタンドの壊れようで怪我人が出なかったのは奇跡だな」


 一様に信じられないものを見てしまったという表情で観衆は隣の者と顔を見合わせている。それ以外に彼らは全くリアクションの取りようが無かった。唯一人混みに紛れて警備をしている特殊旅団の兵士たちだけが『あれこそが自分たちを鍛え上げた二人の教官の真の姿なのだ』と、その魂に刻まれた畏怖をさらに深める結果となった。




 元哉は試合場の縁に歩み寄って下に落ちたさくらに手を伸ばして引き上げる。


「さくら、拡声のペンダントを貸してくれ」


 元哉の頼みに応えてさくらは首に掛けていたペンダントを手渡した。そのまま元哉は試合会場の中央に歩いていく。あれほどの熱戦をつい今しがた迄繰り広げていたにも拘らず息一つ乱していない上に、その姿は一分の隙も無いような堂々としたものだった。



 会場の中央に立つ元哉に闘技場全体の注目が一身に集まる。これから一体何が始まるのだろうという期待と好奇心に満ちた視線が彼に注がれる。


「この場に集まった諸卿に告げる。この度この国のアリエーゼ第一皇女は俺の婚約者になった。異論は一切認めない。以上だ!」


 元哉が会場に放ったのは報告でもなければお知らせでもない。それは言葉にするならば『宣告』とでも言うべきだろうか。あたかも神が人に言葉を告げるような絶対に有無を言わせないという決意に満ちた言葉だった。



 元哉の言葉の意味を理解出来ない様子で会場の観衆の目は次第に貴賓席のアリエーゼに注がれる。彼女は心ここに在らずといった陶然とした表情を浮かべて惚けているのが目に入る。その横では突然の元哉の宣告に宰相がアタフタしている姿が飛び込む。


「今殿下が婚約どうこうと言っていたようだが・・・・・・」


「確かにそう聞こえたがどうなっているんだ?」


 会場は相変わらず狐に摘まれた様な表情の観衆が互いに顔を見合わせている。その間に元哉はさくらを引き連れて控え室まで戻っていた。そこで待っているとお約束通りに宰相が大慌てで飛び込んでくる。


「元哉殿、ただいまの発言は一体何事か!」


 眉間にこれでもかと皺を寄せて険しい顔つきで元哉に詰問する宰相、そのあまりに唐突な彼の言葉にさぞかし胃が痛くなっていることだろう。


「何事も何も聞いての通りだ。異論は一切受け付けないと言っただろう」


 さらりと宰相の口撃をかわす元哉、その表情は至っていつも通りだ。その横ではこれまたさくらがいつも通りにジュースを飲みながらサンドイッチをパクついている。


「聞いての通りと言われましても」


 元哉の態度に口篭もる宰相、これまでも彼に散々やり込められた過去の苦い経験が頭を過ぎる。


「これだけの大勢の前で発表したんだぞ。いまさら無しにして皇女殿下に恥をかかせるつもりか?」


 不敵な笑みを浮かべる元哉、宰相としてもあれだけ大勢の前で公言されると皇女の立場も考慮しなければならない。その上で彼の頭の中には計算も働いた。もし本当に皇女と元哉が晴れて夫妻になったら、この国を元哉は必ず守る立場になるであろうということを・・・・・・ それは予てから軍務大臣を中心にして何とか元哉たちをこの国に取り込もうという動きにも合致する。


「わかりました、この式の閉会の際に改めて殿下とご一緒にご婚約の儀を公式に発表していただけますかな」


 元哉としては『ほら乗ってきた』と心の中でほくそ笑んでいる。こうなるだろうという見通しがあったからこそ今回の閲兵式に無理やり自分とさくらの対戦を捻じ込んだのだ。



 宰相に連れられて元哉とさくらは貴賓席に向かう。そこにはキャーキャーと姦しい女性陣と頬を真っ赤に染めている初々しい皇女が待っていた。


 宰相はその皇女の態度を見てもう何を言っても無駄だと悟っていた。ならばこの話を帝国にとって有利なように進めていく道しか残されていないと覚悟を決める。


「皇女殿下、改めましてご婚約の儀をこの場で発表してよろしゅうございますな」


 アリエーゼは嬉しそうに頷く。今の彼女の頭の中にはあの舞踏会の夜に思い切って元哉に気持ちを打ち明けて良かったという思いが過ぎっている。





 騒然とする会場を収集するべく宰相は階段を降りて闘技場の中央に進み、係りから拡声の魔法具を受け取って帝国としての公式な発表を開始する。どこの世界でもこうして苦労を一手に引き受けなければならない人物は存在するものだ。だからこそ世の中が円滑に回っていくのだろう。


「ご来臨の皆様、ただいま元哉殿から話がありましたように、第一皇女アリエーゼ殿下と元哉殿が正式にご婚約いたしましたことを突然ではありますがこの場でご発表いたします」


 今度こそ本当の公式な発表だと理解した観衆はうねりの様な歓声を上げる。その声に後押しされるように元哉と皇女は一番目立つ所に並んで立っていた。その中睦まじい様子を見ると誰の目にも皇女が幸せでいっぱいの様子が伝わって来た。


「皇女殿下万歳!」


「帝国万歳!」


 皇女の幸せと帝国の繁栄を願う声が会場中に響き渡る。中には密かに皇女を我が子の相手にと願っていた高位の貴族たちは横から元哉に掻っ攫われて苦虫を噛み潰したような表情を浮かべているが、相手は何しろ救国の英雄様だ。ましてや今目の前で人智を超えるその戦いぶりを見せ付けられて、表立って反対する勇気を持ち合わせている者は誰一人居なかった。


 こうして元哉の思惑通りにアリエーゼは晴れて彼の6人目の婚約者となったのだった。 


次回の投稿は土曜日の予定です。

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