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197 元哉とさくら

風邪を引いてしまい寝込みました。そのため投稿が全く出来ずに大幅に遅れてしまい申し訳ありませんでした。まだ本調子とはいかず次の投稿も少し時間を置いて今週末くらいになると思います。季節の変わり目で体調を崩しやすい時期です、皆さんもどうかお気をつけてください。

 ソフィアが披露した見事な魔法の興奮が冷めやらないのか、会場は大きなどよめきに包まれたままで一向にそれが止む気配がない。


「まだ若いのになんという素晴らしい魔法使いだ!」


「魔法師団を全く相手にしなかったぞ!」


「あのような大魔法を使用したのに全く消耗した様子がないぞ! 一体どうなっているんだ?」


 どこにでも居るような見掛けはごく普通の平凡な少女が用いた魔法は帝国の魔法技術をはるかに凌駕した高等魔法だった。最上級魔法といっても差し支えないその術式に、観衆は改めて大魔王橘が唯一認めた弟子のその技量を認めるとともに、その師匠の橘の素晴らしさも同時に感じている。


「ソフィアちゃん、格好良く決めましたね」


 観覧席のディーナは隣の席のロージーに笑顔で話しかけている。今日は自らの出番がないので気楽な様子だ。


「これだけの観衆を前にして大したものだわ。でもあのくらいの魔法だったらディーナも出来るんじゃないの?」


 拍手をしていたロージーは彼女の方を向いて逆に問いかける。ロージーは魔法も使えるが、どちらかというと短剣とナイフを武器に戦うタイプで、あそこまで高度な魔法を覚えていない。というよりも最近はさくらに連れ出されて鍛錬の相手を勤めることが多く、ほとんど魔法の練習に時間を費やせなかった。


「やろうと思えば出来るかもしれませんが、あんなに細かい着弾ポイントの設定は無理です。私がやったら帝国の魔法師団は全滅していたでしょうね」


 ディーナはその特性上剣からしか魔法を飛ばせないので、ソフィアのような精緻な技法には向いていなかった。彼女は魔法使いではなくてあくまでも剣士なのだ。


「それよりも次はいよいよ元哉さんとさくらちゃんの出番よ! 二人がどんな戦いぶりを見せるのか楽しみよね」


「そうですね、さくらちゃんが絡んでいる以上はどうせいつものように非常識な戦いになるとしか今は言えませんね」


 毎日のように鍛錬で元哉とさくらの組み手を見ているロージーでさえもこの舞台で二人がどのような技を披露するのか楽しみな様子だ。対するディーナはさくらの暴走を心配している。


「それにしても元哉さんはよく大勢の前でさくらちゃんの相手になることを了承しましたね。対抗戦の時は全く試合に出る気がなかったみたいなのに」


「本当にそうよね。でも元哉さんが出てくれなかったら下手をすると私がさくらちゃんに引っ張り出されていたかもしれないから助かったわ」


 この点についてロージーは心からホッとしていた。大観衆の前でさくらにドツキ回される未来など想像もしたくなかったのだ。誰が好き好んでベヒモスを一撃で倒す化け物に挑みたいと思うだろうか。そもそもロージーがハイヒューマンに進化したことでようやくさくらの相手が務まっているのであって、まだ普通の身体のままのディーナなどは鍛錬開始から5分持たずに白目を剥いてそこら辺に転がされているのだ。


「あっ、そろそろ始まるみたいですよ」


 二人は進行役の係が登場した闘技場に目をやる。その後ろではフィオとアリエーゼが彼女たちと同じような話をしていたが、皇女の方はその会話にもうひとつ乗り切れない様子でずいぶんと緊張した表情で会場を見守っていた。





「ご来場の皆様に知らせいたします。本来でしたら本日の閲兵式はすべて終了ですが、この式典に華を添えるべく特別にエキジビジョンマッチを急遽執り行う運びとなりました。対戦するのは騎士学校教官のさくら殿と元哉殿です!」


 この発表に会場は大きなどよめきの後大歓声に包まれた。再びあのさくらの戦い振りをこの目に出来るのだという期待に会場全体が沸き上がる。それも今度は教国の勇者を返り討ちにした元哉が相手だというのだから、ボルテージはさらに高まって収拾のつけようがないくらいだ。



 その頃控え室では準備を整えた元哉とさくらがソファーに腰を下ろして会場の大歓声を聞いていた。


「兄ちゃん、ずいぶん盛り上がってきたね」


「そうみたいだな。さくら、今回は試合というわけではないから普段の鍛錬の延長くらいの感覚でやるぞ。あまり俺たちの動きが早過ぎると見ている方は何がなんだかわからないだろうからな」


「兄ちゃん、任せてよ! ちゃんとやるから!」


 二人の簡単な打ち合わせが行われていたが、さくらの『任せろ!』ほど信用できないものはないと元哉もよくわかっている。うまくコントロールしないとどこまでも突き進むので元哉も気が抜けない。




 やがて開始を告げるファンファーレが場内に鳴り響いて二人は控え室を出ていく。


「ウオーーー!!」


「ついにきたぞ!!」


 大歓声に背中を押されて闘技場の真ん中に進む二人、両者とも日本国防軍支給の迷彩柄の戦闘服に身を包んでゆっくりと歩いている。元哉は普段と全く変わりない表情で、さくらはこれからの対戦に気合十分だ。


 会場を包む異様な空気の中で、そこかしこに潜む特殊旅団の隊員たちは恐怖にその顔が引き攣っている。彼らはその訓練の過程で何度も二人の鍛錬を眼にする機会があった。その別次元の両者の動きは今でも鮮明に記憶に焼きついている。それはあの地獄のような訓練を象徴するかのような人間の心に自然と恐怖を掻き立てる強烈なインパクトを周囲に放っていた。




 審判も居ない中で元哉とさくらは向き合っている。互いに一礼してから構えを取る。元哉はどっしりと地に足がついた不動の姿勢で待っているのに対して、さくらはピョンピョンと跳びながらリズムに合わせていつでも動ける体勢だ。


 どのような戦いが始まるのかと固唾を呑んで見守る観衆、先に動いたのはやはりさくらの方だった。


「兄ちゃん、いくよ!」


「いいぞ」


 簡単な受け答えの後でさくらが前進する。待ち構える元哉の方はやや半身の体勢でさくらの動きを見ている。ゆっくりと動き出したさくらの速度が急に上がってその右の拳が元哉の鳩尾目掛けて放たれるが、それを元哉は避けずに掌打で迎撃する。


「ドーン!」


 さくらの拳と元哉の掌打が激突してその瞬間空気が圧縮されたような爆裂音が会場全体に鳴り響いた。



「今何が起こったんだ?」


 会場全体がその動きについていけずに、突然響いた爆裂音に驚いている様子だ。元哉たちは普通にやっているつもりだったが、観衆から見ると突然さくらの姿が消えて気がついたら大きな音が鳴り響いていた。その最初の攻防だけで殆どの観衆は何が起きたのか理解不能に陥っていた。



 接近した両者は互いにその拳を素早く引っ込めて、さくらが先に左の拳を放つが元哉はすいと避けてカウンターで左の掌打を放つ。


「ドーン!」


「ドーーン!」


 空を切った2発の攻撃の余波で衝撃波が闘技場を覆う結界にぶつかり音を立てる。あらかじめ橘が観客に被害が及ばないように強化しておいたものだ。そしてここから両者の激しい攻防が始まった。


「ガガガガガガガガガガ!」


「ドドドドドドドドドドド!」


「ドドーーン!!」


 観客の目には全く見えない動きの中で、その手から放たれる衝撃波だけが次々と結界にぶつかっていく。


「どうなっているんだ?」


「全くわからない」


 観衆の目には殆ど動かない元哉の周囲を衛星のように動き回っている様子のさくらの影がかろうじてわかる程度だ。その間にも絶え間なく衝撃波が飛び交って結界にぶつかって大きな音を立てる。その音だけ聞いていたら自分は戦場の真っ只中に居るのではないかと勘違いしてしまう。それほど両者の力と力のぶつかり合いは途轍もない威力を秘めていることが観衆には辛うじて伝わった。


「皆さん驚いているみたいですね」


 ロージーの目には二人の動きが手に取るように見えていた。互いの攻撃を見切ってその動きに合わせて自分の攻撃を叩き込もうとするが、それも難なくかわされて相手の拳が飛んでくる。延々その応酬の繰り返しだが、普段の鍛錬と全く変わらないレベルで元哉とさくらにはまだ全然余裕がある様子を見て取っている。


「あのー、ロージーさん、今どうなっているんですか?」


 アリエーゼが現在の状況を尋ねてくる。彼女も訓練生として元哉とさくらに鍛えられた期間は二人の鍛錬を目撃したのだが、彼女の目には何がなんだかさっぱりわからなかった。それは今も同じで二人が何をしているのか理解出来ぬままにただ鳴り響く音だけが聞こえてくる。皇女は頼りになるロージー小隊長に意見を求めたのだ。


「殿下、私も目では追えていますが残念ながら口では説明出来ません。一つだけ言えるのはこの光景は私たちにとって日常のごくありふれた光景ですので是非早く慣れてください」


「殿下、ロージーさんの言う通りですよ。この程度の鍛錬はお二人が毎日やっている基礎訓練に過ぎません」


 ロージーに次いでフィオまでもが自らの見解を述べた。彼女は魔法使いなのでさくらの鍛錬に引き込まれることはないが、一緒に居る時には目にすることもある。初めの内は驚いていたが今はもうすっかり慣れたものだ。ただ基礎訓練だけで闘技場を覆う結界が悲鳴を上げているのは、フィオから見てももはや人智を越える出来事だ。橘が力を貸さなければ最初の一撃で元々の結界は簡単に壊れていただろう。


「やっぱりそういうものですか。私も元哉さんの婚約者としてこのような光景に早く慣れなければいけませんね」


 果たして自分に出来るのだろうかとため息をつくアリエーゼ、そんな自信なさげな皇女を励まそうとディーナがそっとささやく。


「アリエーゼさん、心配しなくても大丈夫ですよ。元哉さんと結ばれるとすごい力をもらえるんです。今から私もすごく楽しみなんですよ」


 ディーナのぶっちゃけに顔を真っ赤にする皇女、一応知識はあるが彼女にとってはそんなことは夢のまた夢、はるか彼方の出来事だ。


「結ばれる・・・・・・」


 真っ赤な顔のままそれ以上言葉が続かないアリエーゼ、そんな彼女にディーナはさらに畳み掛ける。


「そうです、橘様は大魔王になったし、ソフィアちゃんは大魔道師です。ロージーさんに至ってはもう人間をやめちゃっています」


「えーーーー!!」


 ロージーが宿屋の娘からハイヒューマンになったいきさつを説明するとアリエーゼは驚愕のあまりつい大声を出してしまった。その声が響く間も元哉とさくらの戦いはさらに白熱の度を増していくのだった。

次の投稿は土曜日か日曜日の予定です。

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