196 ソフィアと魔法師団
「会場の皆様にお知らせいたします。次の魔法師団の演習ですが、今回特別に大魔王橘様からご推挙された魔法使いとの魔法対決となります。準備が整うまで今しばらくお待ちください」
閲兵式の会場にアナウンスが流れると、その満員の観衆から『おおーー!!』というどよめきと『凄いぞ、どんなことになるのか楽しみだ!』という声が方々から上がるとともに大きな拍手に会場が包まれる。
「どんな魔法使いなんだろうな?」
「大魔王様の推薦ならば普通の魔法使いのはず無いだろう!」
会場のそこいら中で巻き起こる対戦者に対する期待の声と同時にすでに入場を終えて待機している魔法師団に対する声援も広がっている。
「お待たせいたしました、準備が整いましたので対戦者が入場いたします。大魔王橘様の弟子、その才能を橘様に認められた唯一の存在ソフィア殿です!」
そのアナウンスとともにソフィアは開け放たれた門から会場に入場する。先程まで着ていたドレス姿からいつもの魔法使いのローブ姿に衣装を改めて、その手には大魔道師になった記念に橘から送られたロッドを手にしている。これは魔力をさらに高める術式が組み込まれたソフィアの宝物だ。入場してきたソフィアを見て観衆は盛大な拍手で出迎えながらも、その若さで果たして魔法師団100人の相手が務まるのだろうかと懸念する声も上げている。
「凄い数の人ですね」
以前の彼女ならばロージー同様に観衆の醸し出す雰囲気に飲み込まれて自分を見失っていただろうが、大魔道師になって一番精神的に自信をつけて成長したのはソフィアだった。元々橘は彼女を弟子にしてから『何事にも動じないこと』を言い聞かせていた。魔法使いというのはどんな場面でも冷静に精神を集中して魔法を放たなければならない。それが出来なければどんなに優れた術式が扱えても宝の持ち腐れなのだ。橘の教えを忠実に守って修行した日々から随分経ったが、それから彼女は椿にも教えを乞うてさらに自らの術式に磨きをかけてきた。その自信が今彼女を支えているのは言うまでも無い。
ソフィアは冷静に周囲を観察してある事に気がついた。彼女は橘の方を見て空を指差す。
「あら、ソフィアはこの会場を覆う結界では心細いようね。冷静に周りが見えている証拠ね」
橘はその動作だけで彼女の意図を読み取った。対抗戦の時と同様に指をパチンと鳴らしただけで、結界の内側に対魔法シールドを張り巡らせる。これでソフィアは安心して魔法を放つ環境が整ったはずだ。
フィールド上のソフィアは両腕を頭の上で丸の形にして橘にゼスチャーで伝える。どうやらこれで準備はオーケイのようだ。
一体どのような対戦になるのかと固唾を呑む観衆、対戦前の静けさが場内を支配する。
「それでは開始!」
アナウンスの声とともに魔法師団の面々が一斉に詠唱を開始する。彼らは本気でソフィアの魔法を当ててよいと伝えられているので、実戦さながらに攻撃魔法を放つ準備をしている。
それに対してソフィアは最初の一撃は彼らに譲る方針で右手を自分の前にかざして右から左に動かした。それだけで彼女の前方には対魔法シールドが展開されていく。
「放て!」
魔法師団の団長の声が響いて団員の手からそれぞれの得意魔法が飛び出していく。『火』『氷』『風』などの中級魔法レベルの攻撃がソフィアが展開したシールドにぶつかって轟音と閃光を立てて飛び散っていく。
シールドにぶつかる魔法の威力はさすが一国の魔法使いの精鋭たちを集めた師団だけあって中々の物だがソフィアのシールドを超える威力は無かった。その様子は正面からでは全く分からないが、彼女の背後から見ていた観客にははっきりと伝わっていた。彼らの目にはシールドに激しくぶつかる数多の魔法に対して、何もしないでその場に突っ立っているソフィアの姿が映っているのだ。100人を相手にして涼しい顔で魔法を防いでいる、それが一体何を意味するのかが分かる者はソフィアに対して戦慄を覚えたに違いない。
「打ち方止め!」
師団長の声で攻撃魔法がピタリと止む。攻撃によって生じた光や煙が風に流されてようやく晴れると、そこには先程と全く変わらない姿で立っているソフィアが居る。
「凄いぞ、あれだけの攻撃を受けて全く無傷で立っている!」
「どんな魔法使いなんだ!」
固唾を呑んでその魔法攻撃の行方を見守っていた観衆はソフィアの無事な姿を見て驚きを隠せない様子で、一呼吸置いて一斉に大歓声が上がった。
だが、魔法師団としては100対1で攻撃を仕掛けて相手が全く無傷というのは面子が立たない。師団長は次の攻撃に踏み切る決心を固める。
「集団魔法の発動用意! 10人一組になれ!」
集団魔法・・・・・・ それは帝国の魔法師団の切り札とも呼ぶべき個人では出せない威力の魔法を放つ大技だ。日頃の訓練で各団員が魔力を一つに合わせていくために血の滲む様な努力を行っている。これは決して一人の人間に向けるべきものではないと当然団長も分かっているが、当のソフィアから『使用しても構わない』と言われているので敢えてこの場での使用に踏み切った。
「一応警戒だけはしておかなくちゃ」
ソフィアは先程のシールドの内側にもう一枚更に強度を上げた魔法シールドを構築する。大体さくらの擲弾筒レベル1の直撃に20発ぐらいは耐えられる強度だ。だがこの世界でここまで強力なシールドを築けるのは現時点では彼女の他には橘と椿しか居なかった。
「同じ箇所を狙って打ち方始め!」
先程のように各属性の魔法が威力を増してシールドに襲い掛かるが、中々その強固な守りを崩せない。だが最後の1発があたってようやくソフィアが最初に展開したシールドがパリンと音を立てて割れた。帝国の誇る魔法師団が100人掛かってようやくここまでが限界だった。それほどまでに大魔道師に進化したソフィアのレベルは突き抜けていた。
「お見事です。ではお礼に私の魔法もお見せしましょう」
ソフィアは素直に魔法師団の力を賞賛していた。あのシールドだってさくらの攻撃を10回くらいは跳ね返すはずだ。それを打ち破ったのだから魔法師団の練度はかなりのものと分かる。かつては宮廷魔法使いに憧れて魔法学校への入学を夢見た頃もあったが、今ではそれをはるかに凌駕している自分にソフィアはある種の感慨を感じているが、それとは別に彼女はその手に魔力を集め始める。だがそれはホンの一瞬のことだ、あまり多くの魔力を集めると相手に危険が及ぶ。
「それでは行きますよ! 障壁はきちんと張っておいてくださいね! ファイーエクスプロージョン!」
ソフィアの両手の平から上空に向けて50センチほどの火球が撃ちだされた。それは魔法師団の面々が立っている頭上でピタリと静止する。魔法師団の面々は慌てて頭上に魔法障壁を展開して身を守ろうとするが、それは全く無駄に終わった。
「ヒューーン!」
上空の火球から1発目の火弾が飛び出す。
「ヒューーン! ヒューーン! ヒューーン!」
それに続いて何発もの火弾が立て続けに飛び出していく。そしてそれらは魔法師団が立っている場所の外周15メートルの位置に正確に着弾した。
「ドカ--ン! ドドカーーン! ドーン!」
降り注ぐ火弾は地面に着弾するたびに爆発を起こす。ソフィアが威力を絞っているので爆風は大したことは無いが、次々に着弾するその火弾は魔法師団を恐怖に包んだ。自らの周囲が次々に爆発して火に包まれるのだからそれは当然だ。
「火を消せ! 水魔法用意!」
それでも師団長の指令に合わせて周囲の火を消化しようと魔法を放っていく。そしてようやく頭上の火球が消えた頃にはもうもうと立ち込める煙と水蒸気に包まれて辺りは視界が殆ど効かない状態に陥った。
「ソフィアはまた腕を上げたわね。私にはあんな面倒な計算は無理かもしれないわ」
これは橘の謙遜だが、その光景を見下ろしている彼女は満足そうだ。この大観衆の中で測ったように正確に着弾位置を調整したソフィアの鮮やかな魔法に感心していた。
「あらこのままでは魔法師団の皆さんが気の毒ね。凍火!」
橘はまだ燻ぶっている火を消してから、煙と水蒸気を集めて結界の外にまとめて捨てた。ようやく視界がはっきりとした演習場には膝を突く魔法師団と始まった時と同じように立っているソフィアの姿がある。勝ち負けを争うものではないとはいえ、誰の目にも勝者は明らかだった。
「なんという高度な魔法だ!」
「あの術式の素晴らしさは美しいまでに神々しい」
この日、会場に招待されてソフィアの魔法に一番圧倒されていたのは魔法学校の橘のクラスでその教えを受けた生徒たちだった。一時はソフィアも聴講生として席を並べていた彼らは、その彼女が同じ魔法使いとしてとんでもない高みに居ることを感じていた。元々魔法学校に居た時にもその才能を発揮していたソフィアだが、まさかここまでの存在になるとは誰も思っていなかった。だがそれこそが自分たちももしかしたら彼女のような優れた魔法使いになれるのではないかという希望に繋がった。そして橘の教えこそが最も正しいと彼らが確信してその道を突き詰めていく決心を固めた瞬間でもあった。
次回の投稿は金曜日の予定です。