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195 大魔王の帝都訪問5

 午後になって騎士たちの先導を受けて橘を乗せた馬車は帝城内の練兵場に向かって進む。皇太子の正式な地位に着いたトレドール殿下への儀仗と橘の歓迎式典が騎士たちによって執り行われるためだ。


 練兵場近くの控え室で待っていると、そこに皇女アリエーゼが訪ねて来る。もちろんその目的は元哉に会いたいためだ。


「橘様、皆様、ご機嫌うるわしく存じます。このたび元哉様のご許可を得て晴れて婚約者の一員に加えて頂きましたこと、私の心からの喜びでございます」


 本当は元哉に飛び付きたいのをグッと堪えて、一国の皇女らしい挨拶をするアリエーゼ。その目はウルウルして元哉を一心に見つめている。


「皇女殿下、この場は誰も見ていませんから堅苦しい挨拶は抜きで構いませんよ。それよりも元くん、殿下をソファーまでご案内してください」


 橘は一行を代表して彼女を受け入れる姿勢を示す。その言葉に表情を崩すアリエーゼ、彼女は更に元哉に手をとられてソファーまでエスコートされて天にも昇るような気持ちだ。その頬をピンク色に染めて元哉の顔を見つめている。


 アリエーゼをソファーに座らせた元哉はその隣に腰を下ろす。その様子を見てフィオが二人に声をかけた。


「殿下、せっかく繋いだ手を離すのはもったいないですよ」


 その言葉の意味するところに皇女の頬は真っ赤に染まる。


「あ、あの・・・・・・」


 元哉に恥ずかしげに声を掛けるアリエーゼ、だがその気持ちとは裏腹になんと言って良いのやらまったく分からずに次の言葉が出せないでいる。その初々しい様子を温かい目で見る女性陣たち。だがいつまで経っても動かないアリエーゼに痺れを切らしたフィオが立ち上がって二人の元に歩み寄る。


「殿下、失礼します」


 彼女はアリエーゼの腕を取ると、そのまま元哉の腕に絡みつかせた。そして皇女の上体をゆっくりと元哉の方に傾けていく。


「殿下、元哉さんの婚約者ならば、このくらいは当たり前にしてもらわないとダメですよ!」


 悪戯っぽい笑みを浮かべたフィオの表情は、久しぶりに打ち解けて話が出来る皇女との時間を楽しんでいるかのようだ。対してアリエーゼは元哉と密着するような姿勢に追い込まれて『アワアワ』と声をあげるのが精一杯で何をどうしていいのか分からない。今の彼女の中にあるのは恥らう気持ちと供に、元哉と触れ合っている体から伝わる安心感と他に表現出来ないくらいな幸せな気持ちが心の奥底から伝わってくる感覚だった。


「少し落ち着いたか?」


 しばらくして元哉が投げかけた言葉に小さく頷く皇女、本当はとても落ち着いてなどいられない気分なのだが、それを何とか誤魔化して『はい』と小さく返事をした。


「反対側が空いているから私もご一緒させていただきます」


 皇女と反対の元哉の隣に居たのはディーナだった。彼女も元哉の腕に絡み付いてその体を彼に預けていく。その光景を横目で見たアリエーゼはどうやらこれがこの集団での当たり前の雰囲気なのだとようやく悟った。


 帝国をその身で一心に支える皇女としての殻を破って、アリー訓練生だった時のように自然な自分でいられる空間がここにあることに彼女は気が付いたのだった。皇女はあの舞踏会の夜に元哉が自分をダンスに誘った時のフレーズを思い出す。


『アリー訓練生、ご一緒にダンスはいかがですか』 


 それこそが元哉の本当の気持ちなのだと今初めて気が付いた。彼は皇女としてではなくてアリエーゼという一人の女性としてその存在を見ている。元哉の前では肩肘張った皇女ではなくてただの女性としてのアリエーゼで居られるのだ。


「元哉教官、ずっとお慕いしていました」


 不意に彼女の口から零れた一言、それが何よりも雄弁に彼女の想いを物語っていた。


 元哉は黙ってアリエーゼの膝をその手で軽くポンポンと叩く。本当は頭をポンポンしたかったのだが、両手が塞がって手を伸ばせなかった。だが千の言葉よりも元哉のその行為はアリエーゼ自身の心に『自分が認められている』という安心感を伝えた。そのままウットリとした気分で元哉に身を預けている心地よさで、もう自分の体が溶けて無くなりそうな気分すらしてくる。


「さて、大分場が暖まったから改めてアリエーゼにみんなを紹介するわね」


 頃合も良しと判断した橘がまずは自分を含めて婚約者5人を紹介する。宿屋の娘も居れば魔法学校のメイドもそこには居る。身分など関係なく元哉と気持ちが通じ合っている彼女たちを紹介されたアリエーゼは改めて元哉の素晴らしさを知る思いだった。


「それから知っているとは思うけども元くんの実の妹のさくらちゃんとお姉さん代わりの椿さん」


「アリエーゼさん、椿です。元哉君を好きになってくれてどうもありがとう。これからいろいろあるとは思うけどよろしくね」


 まったく気負ったところがないフランクな態度で椿は挨拶をする。その一言でアリエーゼはこの人には逆立ちしても敵わないだろうと思い知った。その奥行きがどこまであるのか計りかねる人物に畏敬の念すら抱いている自分に気が付いた。ちなみにさくらはいつものようにおやつに夢中で話などまったく意識の外だ。彼女は最初から『アリーちゃん』と呼んでいて皇女だろうがまったく気にしていないので、この際元哉の婚約者に誰がなろうと知ったことではないという態度を貫いている。 


「あと後ろに控えているのは私付きのメイドの子達、口は堅いから心配しなくていいわ」


 3人のメイドたちはきれいに揃って頭を下げる。大魔王に心酔し切っている彼女たちはワイバーンに乗ってどこまでも付いて行く忠実な存在だった。


 程なくして閲兵式の開催を告げる係が控え室を訪れて、一同はその案内にしたがって部屋を出て行く。心なしか元哉に接近して歩く皇女の姿があるが、誰も気には留めなかった。


 閲兵式の会場には先に元哉たちと皇女が入場して、皇太子にエスコートされた橘が最後に入ってくる。二人が今回の主賓なのでこれは当然だ。皇太子は初めての閲兵式にその表情は若干硬いが、それでも年齢以上に堂々とした態度で橘をエスコートしていた。


 貴族や騎士の家族たちで満員の会場に開催を告げるファンファーレが鳴り響く。軍楽隊は一糸乱れぬ演奏でそのあでやかな衣装も相まって会場に華を添えている。


 帝都には通常の騎士団が10個大隊あって、その大隊ごとに会場に整然と入場する。この他に元哉とさくらがその創設に大きく関わった特殊旅団が現在は3個大隊に増設されているらしいが、彼らは表には出ないので今回の閲兵式には私服姿で会場の警備に回っている。確かに一般の観客よりも目付きの鋭い者がそこいら中に気配を消して佇んでいる。


 入場した大隊は皇太子の正面で整列して、号令に合わせて一斉にその剣を捧げる。その一糸乱れぬ動きは中々のものだ。それに対して皇太子は立ち上がって手を振ってその礼に応える。橘はその横で同じように立ち上がって拍手をしていた。


 全ての大隊が剣を捧げ終ると、今度は各隊の代表がその剣や槍の技術を披露する。模擬試合ではないのでその型の披露だけだが、それでも気合漲るその剣捌きは一般の観客から多くの歓声と賞賛を受けていた。


「兄ちゃん、退屈してきたよ!」


 だがここにその程度の技量では全く物足りないと感じる存在が痺れを切らし始めている。このまま放って置くと会場に殴りこみかねない超危険人物だ。その言葉を聞いた近くに待機している特殊旅団の隊員の表情は恐怖で引き攣っている。


「元哉さん、せっかくなのでさくらちゃんにもこの式に参加してもらいたいのですが」


 そこに思いがけない救世主が現れた。皇女アリエーゼだ。


「急に参加といってもさくらが飛び込んだ時点で全てが台無しになるぞ」


 元哉の返事を聞いてさくらは『台無しとは失礼だな』とブツブツ文句を言っている。これほど自己評価の高い人間はおそらくはこの世界には存在しないであろう。


「実はこのあとで魔法師団の演習があるのですが、さくらちゃんに標的になってはもらえないでしょうか? もちろん動き回ったり魔法を破壊してもらって構いません」


 魔法の的になれとはずいぶんな無茶振りだが、さくらの眼はこの話を聞きつけてキラキラに輝いている。その瞳の中に星が10個は確実に煌いていた。


「うほほー! やるやる! アリーちゃん、私に任せなさい」


 小さな胸を踏ん反り返らせて『ガハハハ』と笑うさくら、実はこの話はもしさくら本人の了解が取れればサプライズで実施しようという軍務大臣の提案だった。閲兵式を盛り上げるにはこれ以上はない演出だ。だがそこに元哉が何故か待ったを掛ける。


「魔法師団との相手はソフィアに任せればいいだろう。ソフィア、出てもらえるか?」


 元哉の言葉に頷くソフィア、大魔道師の力はすでに教国の戦車部隊との一戦で証明済みだが、彼女にはまだ対人戦の経験がなかった。そこでこの機会に多数の魔法使いを相手に彼女がどのような戦い方を選択するのか見てみたい元哉だった。それに対して収まらないのはせっかく目の前にぶら下がったご馳走を取り上げられたさくらだ。


「ええ! 兄ちゃん! それじゃあ私の出番がなくなっちゃうじゃない!」


 ホッペを目いっぱい膨らませて兄に抗議する姿は愛らしい小動物のようだ。しかし見掛けと違ってその中身はベヒモスすら一撃で倒すこの世界最強の一角に数え上げても差し支えない。


「せっかくの祝典だ、華を添える意味でお前の相手は俺が務める。鍛錬と同じ程度で構わないな」


「うほ! そっちのほうが面白いね! 兄ちゃんとの模擬戦か、鍛錬と違って少しは本気を出してよ!」


 元哉の提案にさくらも大いに乗り気のようだ。すぐその場で係りの者が呼ばれて元哉たちの意向を軍務大臣に連絡すると、別の係がすっ飛んでやって来る。


「本当によろしいのでしょうか?」


 その場にやって来た係りの者はアライン要塞にも出征していた軍務大臣の幕僚で、元哉とさくらの実力は嫌と言うほど思い知らされている。それが飛び入りで今回の閲兵式に参加してもらえるなどまったく思いがけない話だった。


「ああ、さくらが祭りに参加したいようなので今回は特別だ」


 元哉の表情には何がしかの思惑も透けて見える。一体何をたくらんでいるのだろう?


「では参加される皆さんは一旦控え室で着替えていただいて、合図とともに入場していただきたいと存じます」


 まさかこんな出番を想定していなかったのでさくらもピンクのドレス姿だった。当然ソフィアや元哉自身もこのままの服装では動き難いので控え室に向かっていく。だが元哉は一旦立ち止まって皇女の元に戻ってそっと耳打ちをする。


「・・・・・・」


「えっ、そんな!」


 おそらくは元哉にいつもの無茶振りをされて戸惑った表情の皇女を残して、彼は控え室に向かって消えていった。  



 


次回の投稿は火曜日の予定です。

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