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194 大魔王の帝都訪問4

9月に入ってから仕事が忙しくて執筆になかなか時間が取れません。しばらくの間1週間に2話のペースになりそうです。仕事が落ち着いたらまた週3話に戻します。御話の方はこのところずっとマッタリした内容が続きましたが、何やら怪しい動きが始まりそうです。

 帝国で華やかな舞踏会が開かれている頃、エルモリヤ教国の首都ミロニカルパレスでは勇者シゲキの体を乗っ取った教皇が千人を超える魔法使いを鳳凰宮に集めていた。


「我が国の行く末を左右する重大な使命に命を捨てて赴く者たちよ、面を上げるが良い」


 その言葉に平伏していた全ての者たちが顔を上げる。その表情は自らの主に拝謁できた喜びで浮き立ったかのようであり、その眼はこのたび与えられた使命に自らの命を捨てて臨む狂気を宿している。千人を超えるこのような狂信者を作り上げるその教国の社会システムは空恐ろしいものがある。


「そなたたちには我自らが与えた術式で必ずやその使命を果たすが良い。我に刃を向ける神の敵を必ずや根絶やしにするのだ」


「はっ、しかと承りました」


 教皇の言葉に一斉に声を上げて自らの決意を新たにする魔法使いたち、ここに集められたその数はこの国が動員出来る魔法使いの約8割というとんでもない数に及んでいる。その大量の魔法使いを用いて一体何をするつもりなのかは、すでに事細かに説明が為されておりそのために彼らはこれからマハティール帝国や新ヘブル王国に決死の潜入を謀ることになっている。


「神の祝福はそなたらの頭上にある。我が願いの成就のために神にその身を捧げよ」


 教皇の言葉に再び彼らは一斉に平伏して退席する教皇を見送った。





 現在、エルモリヤ教国とマハティール帝国は互いにその国境となる箇所を封鎖しており人々の行き来は完全に閉ざされている。当然ながら新ヘブル王国も西ガザル地方のネタニヤ砦を厳重な警戒で人の往来を閉ざしていた。


 そんな中で彼らはこの2国に潜入する使命が課せられた。それは山道を進んで魔物と戦いながら砦を迂回するルートは想定していない。たとえ国境を閉鎖していてもどこにでも抜け道はあるのだ。教国と帝国から見てはるか西方には7つの小さな国が寄り集まった小国家連合がある。そこは教国や帝国との交流は続いており、大きく迂回してそこを通過すれば冒険者や商人に成り済まして安全な街道を通って潜入出来るのだ。もっとも旅の期間だけでも3ヶ月以上掛かるのは難点だが。


 千人に及ぶ教国の魔法使いたちは数人が一塊となって翌日からバラバラとミロニカルパレスを出発していく。その表情は自らの使命を必ず果たすといった決意に満ちていた。





 代わってこちらはマハティール帝国の帝都、昨夜の舞踏会が終わって元哉たちは朝を迎えていた。昨夜は皇女からの元哉への求婚があったり、『お相手願えますか?』とダンスの相手を求められたさくらが『さあどこからでも掛かって来い!』と貴族の若いお坊ちゃんを投げ飛ばそうとしたハプニングはあったが、それでも何とか無事に終えることが出来た。たぶんそう信じたい。


「えー、婚約者の皆さん、朝からいきなりで恐縮ですが、昨夜皇女殿下から『嫁にもらってくれ』と言われました」


 朝食の席で死んだ魚のような目で報告する元哉、橘には前夜この話は打ち明けていて『好きにすれば』と思いっきり突き放されている。当然ながら橘はアリエーゼの元哉に対する想いにはとっくに気が付いていたので、いまさら驚くことはなかった。身分がどうのといった話は大魔王にして新ヘブル王国の王と前王の娘をすでに婚約者としているので更にいまさらの話だ。


「はー・・・・・・ また増えちゃいましたか」


 ため息をつきながらロージーは返事をする。彼女もアリー訓練兵と同じ小隊で訓練を受けるうちに、皇女の心の変化に気が付いていた。いや、むしろ元哉がどれだけ強くて素晴らしい人物か声を大にして教えたのが他ならぬロージーだった。彼女の意識としては好きな人のことを話し合うガールズトークのつもりだったにせよ。


「アリエーゼ様は私も親しくさせていただいていますが素敵な方ですよ」


 フィオは軍務大臣の孫なので以前から皇女と面識がある。実はアリエーゼは魔法学校でフィオと同級生だだった。皇帝が病に倒れて一年生の半ばで彼女が政務全般に付かねばならなくなり、学校に通うゆとりが無くなってしまったのでこのところ話す機会が減っていたが、クラスメートの間柄で当時は非常に親しくしていた。


「まったく皇女殿下なんて元哉さんは一体どこまで行ってしまうのでしょうか?」


 ディーナは自分が前魔王の娘だということをすっかり棚に上げている。彼女だってもし父親が健在だったらその立場はアリエーゼとまったく一緒のはずだ。もっとも本人は『恋愛は自分の意思で決めるもの』とすっかり橘の考えに染まっているので、身分のことなどまったく気にしていない。


「皇女様なんて素敵ですね」


 ソフィアは魔法学校のメイドをしていた頃からアリエーゼと話したことがあった。一介のメイドの自分に優しく微笑んだその笑顔は記憶に焼きついている。少し前までならばソフィアはロージー同様に『皇女殿下』と聞いてガクブルしていただろうが、大魔道師になったり色々あったおかげですっかり橘側にその価値観がズレてきている。


「相変わらず元哉君はモテモテで私も先輩として鼻が高いわ。それで、元哉君はどうするつもりなの?」


 朝は苦手で相変わらず眠そうな目の椿が元哉にどうしたいのか確認を求める。その眼は『大きな反対意見が出なかったんだから嫁にしろ』と眠そうにも拘らず妙な威圧感を帯びて元哉を見ている。


「まさか断れないだろう。帝国を揺るがす大騒動に発展しそうだし、俺が下手をするとお尋ね者になりそうだ。それは冗談として、皇女とは将来結婚を前提とした付き合いをしていこうと思う。さすがにもうこれ以上は無理だから、最後の一人ということでどうか認めてほしい」


 すでに元哉の意向は昨晩のうちにアリエーゼに伝えてあって、彼女は今日にも元哉が滞在している宿舎に押しかけてきそうな勢いだったが、それは何とか彼女の立場を弁えさせて押し止めた。


「それでは元哉君のお嫁さんは全部で6人ということで決定ね!」


 この場は椿によってなんとなく話がまとまる。本当に元哉は彼女に対して今まで以上に頭が上がらなくなった瞬間だった。ひとつしか年は変わらないが、大人びていて大事な時に元哉に道を指し示したり、その立場を擁護してくれるその存在をまるで姉のように感じている。


「ごちそうさまでした! あー、食った食った! あれ? みんな何の話していたの?」


 この娘だけは本当に何が起きても絶対に生き残りそうだ。まったく周囲とは無関係に自分が満足するまで食事を堪能していたさくらがようやく会話に混ざってくる。


「さくらちゃんにはまだちょっと早い大人の話よ。それよりも食後のデザートはどうするの?」


 椿はさくらのあしらい方もよく承知している。デザートと聞いて絶対に断るさくらではない。生クリームがタップリと乗ったパンケーキを前にして大喜びをしている。





「元くんの話はこれでいいわね。あとは私の話でいいかしら」


 橘がこれから切り出すのは何の話題だろうと興味を示す一同。


「王国の直営店のことだけど、昨日許可がすぐ出るという話だったしすでにそれを見越して店の従業員たちもまもなく帝都に到着するから、すぐに準備に取り掛かりたいと思うのよ」


 その話しぶりからすると橘はすぐにでも行動を起こしたいようだ。だが帝国の賓客が軽々しく動くわけには行かない。彼女がどこかを訪問するとなるとまた護衛の騎士団がゾロゾロとその前後を連ねて警備を担当するためだ。


「橘様、私が代わりに商業ギルドに用件を伝えに行って参りましょうか。あそこならばこの前の貴金属の取引の件もあるし、多少の顔が利きます」


 フィオが代理で外出を申し出る。彼女一人ならば馬車1台で行けるので、身軽に動くことが出来るのだ。


「そうね、そうしようかしら。商業ギルドへの登録と店舗に相応しい良い立地の物件をいくつか紹介してもらえると助かるわ」


 橘は微笑んでフィオに全権を委任する。彼女は例の魔力で作動するエアコンの製作に大いに関わっているので、販売拠点作りの責任者としても適任だった。


「ディーナも今後の勉強のために一緒に行ってきなさい」


「はい橘様」


 彼女はこうして実務経験を積んでいくことで自らの後継者として育てていくというのが橘の意図だ。ディーナもそれに応えようと懸命に努力をしている姿はいじらしい。


「午後は城で閲兵式があるから、それまでには戻ってきてくれ」


 昨日の歓迎に続いて今日はアラインの決戦で大きな貢献をした橘に感謝を捧げる閲兵式が予定されているのだった。騎士たちはこのためにここ1週間猛訓練をしていたらしい。元哉もその閲兵式を見ればこの国の騎士たちの練度がわかるので、結構楽しみにしている。もし自分が手掛けた特殊旅団が進歩していなかったら、一度地獄を見せてやろうと手ぐすね引いて待っているのだ。


「さくらはどうするんだ?」


「うーん、午前中は暇だから鍛錬かな。ちょうどロジちゃんも居るし」


「私、商標ギルドまで二人の護衛をしていきます」


 さくらの声を聞いてロージーは慌てて二人の護衛を申し出るがすでに一歩遅かった。さくらの手がガッシリとロージーの右手を握っている。そのまま彼女は裏庭の空き地にさくらによって連行されていくのだった。


 

 





 エルモリヤ教国ミロニカルパレスの鳳凰宮で魔法使いたちを送り出した教皇は椅子に凭れ掛かって笑みを浮かべている。


「あの者たちが首尾よく計画通りに事を成し遂げればよし、もししくじったとしてもかのやつらの憎しみは大きく募るであろう。運命に導かれてここまで遣って来るが良い、我が大願の成就のための礎と為りてその身が滅ぶ外無い事を思い知るが良かろう」


 その深遠を湛える眼は将来の何を見越しているのか余人にはまったく知る由もなかった。

次回の投稿は土曜日の予定です。

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