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192 大魔王の帝都訪問2

 馬車に分乗した一行は騎馬隊の先導を受けて帝城に向かう。沿道の住民たちはその華やかなパレードにたちまち目を奪われた。儀仗用の礼服に身を包み先導する騎士の姿はそれだけでも人の目を引く。まして今回は大魔王の直々の訪問とあれば、人々の好奇心は帝国と新ヘブル王国の間でどのような話し合いが行われるのかという興味に尽きた。そもそも国家元首の訪問など王室同士の婚礼でもない限りは殆ど行われないのが通常なのだ。それが可能なのは両国が信頼しあっている現状と、今後ともより親密な交流を深めていこうというメッセージだと民衆は受け止めていた。



「こうして大魔王様が平和にわが国を訪れるようになるとは、時代も変わったものだ」


 そのパレードを見ていた一人の老人の呟きが聞こえる。彼は帝国が魔族を受け入れる方針を固めた古い時代の生き証人だ。彼が若い頃はまだ2つの国で交流が開始されてから100年ほどしか経っていなかったので、両国の人々は手探りで相手の出方を覗っていた時代だった。それがかつては人族の宿敵とまで呼ばれた大魔王を帝都に迎えて華やかなパレードが行われている光景は、彼らのような昔を知っている者にとっては隔世の感を抱くのも尤もな事だった。


 帝都のメインストリートを進むパレードは中央広場に向かう。広場に集まった住民からは紙吹雪や花などが盛んに投げ入れられて歓迎の雰囲気を盛り上げていた。教国の侵攻というこの国最大の危機にあたって、大魔王橘がいかに敵を打ち破るのに貢献したかという話は巷で人が集まればみなその話題というくらいに住民たちの知るところであった。彼らは自分たちの平和のために貢献してくれた大魔王に心からの感謝を捧げている。


「橘様、凄い歓迎振りですよ。少しお顔を出して挨拶した方が良いのではないでしょうか」


 この馬車には橘とディーナの外橘付の3人のメイドが同乗している。その沿道の歓迎の様子を感じ取って王族としてのあり方をよく分かっているディーナが助言したのだ。頷く橘を見てメイドの一人がそっと窓を開く。橘はそこから顔を出して軽く手を振った。


「あれが大魔王様か! 初めて実際に見たぞ!」


「なんて美しい方だ!」


「大魔王様、この国を救っていただきありがとうございました!」


 その姿を見かけた広場の観衆が一斉に沸き上がる。


 中には対抗戦でその勇姿を見た者がその素晴らしい戦い振りを話し出すと、周囲の者たちはその神話のような戦いに心を躍らせて聞き入るのだった。



 住民たちの大歓迎を受けた橘の馬車は広場を抜けてそのまま帝城に入っていく。そこには帝都中の騎士たちが勢揃いして儀仗用の礼剣を手にして整列していた。馬車が停止して扉が開くとそこには宰相が自ら迎え出ている。彼は馬車から元哉のエスコートで降りてきた橘に恭しい態度で挨拶をした。


「大魔王様に置かれましては益々のご健勝のご様子で、今回のご訪問を国を挙げて心から歓迎したします」


 深々と頭を下げる宰相の姿に橘の後ろに立っていたさくらは隣のロージーに話し掛ける。


「あの爺ちゃん、何を言っているのかわからないよ! もっとわかり易く言って欲しいな」


 この世界最大の帝国の宰相を前にしてもまったく変わらない態度に、話し掛けられたロージーの方がオロオロする。彼女はこの場に立つのがあまりにも場違いで逃げ出したかったのに、さらにさくらの失礼な発言の追い討ちだ。もうどうして良いのやら訳が分からなくなっている。


「さくらちゃん、少しの間おしゃべりは我慢してくださいね」


 その横からフィオが助け舟を出したことで、この一件は何とか無事に収束を向かえた。もっともさくらは宰相とも一応の面識があり、彼女の失礼な態度は十分に認識されているので元から大して問題には為らない小さな出来事だ。


 宰相の案内に従って城の入り口のホールに入っていく。そこでは文官が勢揃いして歓迎のセレモニーが始まった。軍楽隊の演奏で両国の国歌が流れて、文官の代表者からの歓迎の挨拶が行われた。ここでも当然さくらから『話が長いよ!』とクレームがついたのは云うまでもない。


 ここでの歓迎が終わるといよいよ謁見の間に向かう運びだ。文官の代表者が失礼のないように些細なことも見逃さないような態度で一行を案内していく。もちろん元哉は何度か謁見の間に足を運んだことがあり案内など不要であったが、大変な名誉を授かったと言わんばかりの文官の態度を思い遣って何も言わずにその後をついていく。橘は『良きに計らえ』といった様子で特に何も言わない。途中さくらがメインダイニングから立ち上る匂いを嗅ぎ付けてフラフラとそちらに向かおうとしたが、元哉に襟首を掴まれて渋々謁見の間に向かった。



 係の触れの声とともに大扉が左右に開いて一行は謁見の間に入っていく。普段国内の者や外交官の謁見の際、皇女は一段高い場所で見下ろした位置から謁見するのが常だが、今回は他国の国家元首が直々にやって来たので、同じ高さの部屋の奥に彼女は腰掛けて待っていた。触れの合図で橘が入室すると立ち上がって満面の笑みで出迎える。


「橘様、わざわざのお越し病床の父に変わって歓迎いたします。それからこの子はこのたび皇太子の地位に着いた私の弟のトレドールでございます。今後ともお見知りおきを」


 彼女の手招きで一歩下がった場所に控えていた10歳に満たない男の子が皇女の横に並んで挨拶を述べる。


「初めてお目に掛かります。皇太子のトレドールです。大魔王様をはじめ皆様どうぞよろしくお願いいたします」


 子供ながらに卒のない挨拶をする皇太子、これが彼の本格的な晴れ舞台でのデビューとは思えないしっかりとした話しぶりだ。彼は今回の大魔王の帝都訪問に合わせて表舞台に出られるように、急遽先日正式に皇太子の座に着いたばかりだった。


「まあ、立派な弟さんね。将来が楽しみだわ。ゆくゆくは国民思いのよき皇帝陛下になってくださいね」


 橘が微笑みながらそう告げると、見たこともないその美しさに頬を赤らめる皇太子、その姿は周囲から見て大変に初々しい。


「先日大魔王様とさくら様の対戦を拝見させていただきました。お二人ともその技量とともに負けないという強い気持ちを持って戦う姿に感銘を受けました。さくら様は獣人の王になられたとお聞きします。後ほどお食事をしながらその話も伺いたいと存じます」


 まだ幼いその口から出た言葉に元哉は内心で『ほー』と感心する。大抵の者はあの対戦で互いに死力を尽くしたその技量に注意が向きがちだが、この小さな皇太子は『負けない強い気持ち』と言った。彼の目にも将来がなかなか楽しみな有望株が現れたと映っている。


「うほほー! トレ君、君は中々いい目をしているね! 特に食事をしながらというところが気に入ったよ!」


 皇女を未だに『アリーちゃん』と呼ぶさくらならば、いきなり紹介されて皇太子をニックネームで呼ぶくらいは当たり前だ。それよりも早速食事に食いつく辺りはいかにも彼女らしい。


 その後皇女からの謁見の間に集う者たち全員に向けた歓迎と両国の親密な交流を呼びかける挨拶が行われて、橘からは歓迎に対する礼と貿易の拡大と教国に対する同盟の重要性をうたった今回の訪問の目的がその口から語られると、謁見の間は満場の拍手に沸いた。両国は最も親密な同盟国としての位置付けが確認された瞬間だ。


 その後皇女の執務室に場を移しての会談が始まる。皇女アリエーゼはこのたび弟が皇太子に着いたことで正式に摂政の地位に着いて病身の父に代わって弟の後見人として政治に当たることが決定されていた。相変わらず彼女の華奢な肩にこの帝国の全てが圧し掛かっているのだ。北部の貴族連合が力を失ったことで、皇帝を中心とした政府に実権が集中する形にはなったが、まだまだ国内の課題は山積しているのが実情だった。


 謁見と違ってこの場はもっと実務的な突っ込んだ話し合いが行われる。最初の議題は教国の動きとその対応だ。これは元哉と宰相や軍務大臣の間で武器の供給も含めてさらに細かく話を詰めていく事で一致した。


 次に橘が提案したのは農産物の輸入の件だ。新ヘブル王国は西ガザル地方を回復してある程度食糧の自給が出来るようになったが、それは穀物に限った話だった。生鮮野菜やその他の農産物の自給には程遠いのが現実なのだ。


「帝国からの農産物の輸入に関しては関税をゼロにするつもりです」


 橘の提案に帝国側はどよめく。それは帝国にとってあまりに有利過ぎる提案だったからだ。


「それはもちろんこちらとしてはありがたい話に相違ありませんが、本当にそれでよいのでしょうか」


 宰相は現実的にその話が実施されるかどうかまだ疑わしい様子で再度確認を求める。


「まだ私たちは食料の供給が十分ではありませんからいくらでも運んでください。西ガザル地方は自由貿易地域にしてありますから、そこで売り買いされる農産物には一切の税を課しません」


 きっぱりと言い切る橘に遣り手の宰相も頷くしかない。だがこれで余剰農産物の供給先が決定したのは彼にとっても非常に満足出来る話だった。


「それから私たちの国で開発した製品の販売許可をいただきたいのですが、どこに掛け合えばいいでしょうか?」


 いきなり橘の口から飛び出した言葉に帝国の首脳部は揃って頭に『???』を浮かべる。開発した製品とは一体何のことやら見当もつかないのだ。


「実際に目で見ていただいた方が分かりやすいでしょう。凍火!」


 橘は赤々と燃えている暖炉の火を一瞬で凍らせた。その光景に知っているとはいえ目を丸くする皇女たち。だがそんな事には目もくれずに橘は後ろに控えていたメイドたちに目で合図をする。


 彼女たちはマジックバッグから掃除用具を取り出して暖炉をきれいにしてから、帝国では全く見掛けない大きな箱を取り出して暖炉に据え付けた。一人がその箱のツマミを回すと心地よい温風が室内に流れ込んでくる。


「一体これは何ですか?!」


 その様子に皇女は目を丸くして驚きとも疑問ともつかないような声を上げた。彼女の常識では暖を取るためには薪を暖炉で燃やして部屋を暖める方法しか知らなかったのだから無理はない。


「これは魔石を利用した魔力による暖房器具です。小さな魔石で一冬快適に過ごせますよ。それだけでなくて魔石を取り替えれば風魔法と氷魔法で夏は涼しい風を送ることも出来ます」


 橘が設置したのは帝国では初お目見えの魔力を用いたエアコンだった。ここに置いたのは貴族や金持ちの商人用の木目を生かしてその表面には職人による彫刻などもあしらわれた最高級品だ。


「すでに我が国や西ガザル地方では普及が始まっていてとても好評なんですよ。暖かいし、薪を一々準備する手間も要らないですからね。これは皇女殿下へのささやかなプレゼントです」


 にっこりと橘が笑う。これ以上はない優秀なセールスマンだ。


「これは素晴らしい! ぜひ我が国にも欲しいものですな!」


 実は軍務大臣宅にはもう設置済みだった。彼は格好のサクラ役だが、実際に使用してみてその便利さに愛用者の一人となっていた。元哉がフィオの婚約の許しを得るために出向いた時に手土産として特別に何台か置いてきたのだ。代金はもちろん元哉のポケットマネーから支出されていた。


「これは早速商業ギルドに許可を出すように伝えましょう」


 宰相の一声で新ヘブル王国の直営店が帝都に開店することが決定した。


 こうして話は円満に続いていったが、ここに一人円満とは程遠い気分で座っている存在が居る。さっきから訳の分からない話ばかりですっかり退屈しているさくらだ。次第に暴れだすお腹の虫と戦いながら『早く終わらないかな』とひたすらそれだけを考えていた。

次回の投稿は日曜日の予定です。

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