表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
191/273

191 大魔王の帝都訪問1

 さくらが獣人たちに自らの施政を説明した翌日から、ソフィアと椿によって人選が進められていた各プロジェクトの責任者が仮の公邸に集まって打ち合わせの後に、すでに列を為している仕事の希望者の受付を開始していく。


 一口に道路の整備や学校を造るといってもそこに必要な技術は多岐に渡る。森で主要な建築資材である木材を切り出して製材する技術や日干しレンガを作製して積み上げたり敷き詰めたりするにはそれなりの技能が必要だった。獣人の中でそのような技術を持つ者を選抜して、彼らを現場監督にして未経験の者を指導していく形で工事を進めていく方針だ。だが学校作りは急ぎの課題なので橘の力を借りることとなっていた。


 街の中は殆ど空いている土地がないので、橘は木の柵を取り壊して一気に森の外を開墾する。風魔法と土魔法でまっ平らな土地を創り上げてそこに校舎と学生寮を建ててしまった。学校の周囲は土の壁で覆って、森からの魔物の進入を防ぐようにしてある。それを街の外周に沿って4箇所造って彼女の仕事はお終いだ。僅か1日で1箇所当たり何百人も通える校舎と立派な学生寮が出来上がった。内装に関しては獣人たちが整えていく手筈になっている。


「はなちゃん、さすがだね! これで子供たちも大喜びだよ!」


 さくらはその出来上がった校舎を見て大満足だ。ついでに倉庫にマジックバッグに入っている食材の大半を出していく。小麦や豆が詰まった袋が大量にそこに置かれている。この世界では学校に通う生徒の食事を賄うのはとても重要なのだ。


「そうね、私も自分の国にさくらちゃんのように学校を創らないといけないわね。忙しさでそこまで手が回らなかったけど今度戻ったら早速手掛けてみるわ」


 橘の言葉に横に立っていたディーナが『ああ、また仕事が増えていく』と呟いたのは言うまでもなかった。



 



 こうして5日が過ぎて様々な段取りを何とか終えて、あとは獣人たちに任せておけば突発的な事件でもない限りは事業が進んでいく所まで漕ぎ着けた。日々の労働に汗を流す獣人たちは仕事が終わるとそれぞれの詰め所に立ち寄って、その日の日当を受け取って家に戻っていく。屋台に立ち寄っては子供への土産を買い込んで笑顔で家路を急ぐ獣人たちの姿が日常の光景となっていた。


 学校の方はまず学生寮がすでに完成しており、身寄りのない子供たちの受け入れが開始されている。真新しい木製のベッドと勉強用の机にタンスしかない部屋だが、多くの子供たちは親戚を頼ったり仮設の粗末な住宅暮らしを余儀なくされていたので、個室が与えられたその贅沢な環境に喜んでいた。また3食お腹いっぱいになるまで食事が支給されるので、今までの彼らの身の上からは想像もつかないような安心した生活が送れるようになった。


 森の入り口の新しい街については移住希望者の申し込みが行われて、希望者が殺到しているとの報告がもたらされている。特に皇帝オーガの被害にあった西の集落から逃げてきた人々が挙って申し込んでいるらしい。新しい街での生活に彼らは心を躍らせているそうだ。こちらに関しては実際に移住が開始されるまでもうしばらく時間がかかるため、希望する住民たちは建設現場で働きながら日当をもらってしばらく生活していくことになっている。それでも毎日決まった収入があるのは彼らにとって大きな変化で、仮設の粗末な住宅であっても以前とは比べ物にならないほど満ち足りた生活を送れるようになっていた。




 

 各方面から順調な進捗との報告を受けた元哉はパーティー全員で帝都に向かうことに決めていた。何から何まで自分たちが関わるのではなくて、獣人たちが知恵を出し合ってよりいい物を形にしていこうという彼なりの配慮だ。しばらく留守にすると告げた元哉に係の獣人たちは『任せてください!』と胸を張って答えた。



 帝都訪問のためにさくらによって3体のドラゴンが呼ばれて広場にその姿を現す。王様の出発を見送りに大勢の住民が集まるが、その数は以前よりも明らかに減少していた。『見送りよりも仕事と学校を優先しなさい!』というさくらの命令を住民たちが忠実に守っているためだ。したがってこの場には幼児の手を引いた母親の姿が目立っている。


「じゃあみんなは頑張ってね! それでは出発だー!」


 さくらは手を振りながら大空の住人になっていく。獣人たちはその姿を見送りながらいつまでも手を振っていた。





 朝出発してその日の夕方には帝都の街並みが見えてくる。いつものように騎士学校の演習場にふわりと舞い降りたドラゴンを送り返して、一行は用意されていた馬車で慣れ親しんだ宿舎に向かう。今回は大魔王の公式な訪問なので城に行くのは明日だったためだ。


 夕暮れの帝都を騎馬隊を先導にして3台の馬車が通りを走る。他国の元首を迎える時の正式な儀礼だ。帝都の住民たちは大魔王=橘だと皆知っているので、まったく恐れることはなかった。それほどまでにあの対抗戦で演じられた彼女とさくらの伝説の戦いは住民たちの語り草になっており、吟遊詩人や果ては芝居の一番人気の演目となっていた。




「うほほー! いただきまーす」


 宿舎の使用人たちに暖かく迎えられた一行は旅の疲れを癒すために部屋に居るが、さくらだけは一人でダイニングにやって来て早めの夕食を開始していた。調理人たちもどうせそう来るだろうと予期しており、準備は万端整えている。さくらの食欲に対抗するために数々のご馳走がこれでもかと用意してあった。


「兄ちゃんたち、遅いよ!」


 さくらに遅れること1時間、全員がテーブルの前に姿を現すが、その間もずっと食べ続けているさくらの食欲はいまだ衰えを知らない。今更気にしていられないので、彼女の事は放置して食事をしながら明日の予定を話し合う一行。


「皇女との謁見は午後の一番という話が来た。朝はそれほど急がなくていいみたいだが、夜に歓迎の晩餐と舞踏会が催されるらしい」


 元哉と橘は日本に居る時に授業でダンスの練習をしていた。当然さくらも必修科目として同じように授業を受けていたが、興味のないことは一切受け付けない彼女がそれをマスターするわけがなかった。椿は明日は留守番でここに残るというのでいいとして、ディーナとフィオは王族と貴族の家柄ということで問題はない。ソフィアも魔法学校のメイドとして働いている間にいつの間にかダンスの基礎を覚えたそうでこれまた問題はない。だが一人だけこれまでの人生で華やかな舞踏会などというものにまったく無縁だったロージーは涙目になっていた。彼女は根っからの庶民でダンスなどしたことがないのだ。


「元哉さん、私も留守番していていいですか?」


 元々お城に行くだけでも気後れするロージーだ、舞踏会などに出て一体何をすればよいのやら皆目見当がつかない。


「ロージー、何事も経験です。せっかくの機会だから参加しなさい」


 橘の鶴の一声で彼女の参加は決定事項となった。ただしこのままでは可愛そうなので、食後元哉とダンスの練習が組まれた。だがこれにロージーは思いっきり食いつく。元哉と堂々と密着していられる時間が過ごせるならば舞踏会くらい出てやろうじゃないかと急に張り切るのだから現金なものだ。 



 


 翌日は朝食を終えてさくらを除く女性陣は大騒ぎだ。着ていくドレスを選ぶところから始まり、その着付けや髪のセットに多くの時間をとられている。彼女たちには専門のメイドが二人ずつ付いて、最も魅力を引き立たせる衣装や髪形を決めていく。


 大騒ぎの彼女たちを尻目に別室で元哉とさくらは時間を潰している。


「さくら、お前は着替えなくていいのか?」


 一応彼女用に何着かドレスが準備されているのだが、さくらはまったく見向きもしない。彼女の担当のメイドはさくらが聞く耳を持っていないので涙目になっていた。


「あんな動きにくい服は嫌だよ! はなちゃんがどうしても着なさいってうるさいからギリギリになったら着るよ」


 そう言いながら目の前に用意された朝食兼昼食を平らげていく。その量は2食分ということもあっていつもよりも遥かに多い。


 こうしてさくらの食事が終わる頃に準備が整った順に女性陣が元哉の前にやって来る。最初に姿を現したのはフィオだった。今日の彼女はお気に入りのグラデーションのドレスではなくて、柔らかなオレンジをベースにその上に何枚も薄手の生地を重ねて縫いつけたふんわりとした印象を与えるドレスだった。そのブロンドの髪をアップにして季節の花が髪留めにあしらわれている。


「どうですか、元哉さん?」


 笑顔で問いかけるフィオは元々気品のある顔立ちにその華やかな色合いのドレスが大変似合っていた。


「うん、いい感じだ。令嬢のお手本みたいだな」


 元哉は前夜橘から女性たちのドレス姿を思いっ切り褒めるようにと固く念押しされていた。左の頬を若干引き攣らせながらもそれを勘付かれる事無くフィオを無事に喜ばせることが出来たようだ。


 続いてはソフィアとロージーが二人一緒にやって来る。彼女たちはベーシックな薄いブルーのデザイン違いのドレス姿だった。フィオと違ってドレスなど着慣れていない彼女たちは、あまり凝った物を着ても服だけが浮いてしまうので、このような形に落ち着いたのだった。


「ソフィアは普段メイド服か魔法使いの衣装しか見たことが無いからドレス姿が新鮮でいいぞ。ロージーはよく似合っているからもっと自信を持て」


 元哉の言葉に二人とも強張っていた表情が急に明るくなった。これほど喜んでくれるならばとさらにサービスに努める元哉。


「二人とも魅力的だから男たちが寄ってくるかもしれないが、俺の婚約者だって事を忘れるなよ」


「はい! もちろんです!」


 二人の声が完全にハモっている。元哉の口から『婚約者だから』と改めて言われた嬉しさでいっぱいのようだ。ソフィアの方は感極まって涙ぐんでいる。それを見たメイドが慌てて化粧が崩れないようにハンカチで目元を抑えた。


 その次にやってきたのはディーナだった。彼女は藤色のドレス姿だった。他の女性陣に比べてその顔立ちがちょっと幼い印象を与えるので、少しだけ大人びた色合いを選んだようだった。


「ディーナ、きれいだな。マインセールにも見せてやりたかったぞ」


 元哉の一言でディーナの涙腺は一気に崩壊した。次々に流れ落ちる涙を本人もまったく止めることが出来ない。これでは再び化粧のやり直しだが、今の彼女の心の中はそれ所ではなかった。


「元哉さん!」


 零れ落ちる涙を拭うのも忘れて一直線に元哉の胸に飛び込んでいく。ひとしきり彼の胸に体を預けて落ち着いてから、泣き笑いのような表情で元哉の顔を見上げるディーナ。


「ありがとうございます。きっと空にいる父もこの姿を喜んでくれているでしょう」


 元哉はそっとディーナを抱きしめて、ゆっくりとその体を離していく。彼女はその後メイドと連れ立って化粧を直しに控え室に入っていった。


 そしてディーナと入れ違いに真打が登場する。白銀のドレスに身を包んだ橘だ。


「元くん、どう?」


 橘にそう問われたが元哉は言葉も無くただその姿を見つめるだけだった。しばらくしてようやく口を開く元哉。


「すまん、見とれてしまって何も言えなかった」


「最高の褒め言葉と受け取っておくわ」


 頭を掻く元哉に対して、何も言わなくてもわかっているといった表情の橘。もうこの時点で二人の間に言葉は要らない。完全に二人の世界が出来上がっている。



 だが、その神聖な雰囲気をぶち壊して邪魔をする存在があった。


「ジャーーン! さくらちゃんの登場だー! 兄ちゃんどうだー、参ったか!」


 ドアを開くなり突入してきたさくらが元哉の前に立ってビシッとブイサインを決める。その姿は淡いピンクのドレスで髪の毛は寝癖を直した程度だ。


「ま、まあいいんじゃないか。さくらにしては上出来だろう」


 さすがに元哉としてもこれ以上言葉は継げなかった。 


次回の投稿は金曜日の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ