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185 商取引

 元哉とさくらは現在ドラゴンの背に乗って帝国に向かっている最中だ。ジグムントに二人が乗り込んで、後続のリバイアさんにはロージーとフィオが跨っている。ソフィアと椿は今回はウッドテールで留守番役だ。


「兄ちゃん、もうすぐ着くよ!」


 飛行時間にして5時間ほどでお馴染みの帝都の街並みが見えてくる。上から見たその様子はいつもと特に変わりはないようだ。


 2体のドラゴンは騎士学校の演習場にふわりと着陸をして、その背中から降りてきた元哉たちを慌てて駆けつけた役人が出迎える。


「皆様、ようこそおいでくださいました。皇女殿下がお待ちですのでご案内いたします」


 いつも元哉たちの訪問はこうして突然の場合が多い。受け入れる側の帝国もこのような形の訪問には慣れたようで、すぐに係の者が飛んで来るように手配していたのだろう。


「グーちゃんとリバイアさんはここで待っていてね」


 2体のドラゴンは『承知した』と念話で返事をしてくる。両者とも元哉が魔力を込めたオークを一飲みにして満足げだ。ジグムントはさくらと契約してからその体が二回りも大きくなっており、リバイアさんもついこの前古い鱗を全部落として新たな体に成長していた。


 それにしてもさくらは他のドラゴンはバハムートを含めて『~ちゃん』と呼んでいるのに、リバイアさんだけはそのままの呼び方だ。これは『~さん』が付いているのにわざわざ『~ちゃん』という敬称をを付けるのはおかしいだろうというさくらなりの理屈だった。すべては彼女の勘違いで生じた大きな間違いだが、今更覆すのは無理なのでもうこの儘にして置くしかない。リバイアさんには気の毒だが、本人は意外とこの名前が気に入っているので、元哉や橘もわざわざツッコム必要はないだろうと放置している。



 一行は案内に従って馬車に乗り込み帝城に向かうと、そこには皇女を筆頭に宰相と軍務大臣が顔を揃えていた。


「わざわざのご訪問ありがとうございます。今回はどのような御用向きでしょうか?」


 その場を代表して宰相が油断ならない表情で挨拶をするが、皇女は元哉に会えた事と軍務大臣は愛しい孫娘の顔が見られた事でその表情はだらしなく弛み切っている。


「今回の目的は塩の取引だ。この国は塩はどのくらいの量を必要としているんだ?」


 元哉の明確な答えにいつものような難題を突きつけられる訳ではないとホッとした表情の宰相、彼はこの中で最も気苦労が絶えないのは云うまでも無い。


「塩とはこれはまた意外な物ですな。我が国は内陸にあって塩の産出は極めて少ないのはご存知でしょうから、有れば有るだけ欲しいと言うのが偽らざる心境ですな」


 元哉たちはある程度の期間この国に滞在していたので、今更誤魔化しは効かないと判断した宰相は正直にその実情を明かした。


「そうか、ではそちらが必要なだけ用意する。買い取り価格は1トン当たり金貨5000枚でどうか?」


 この国では塩は1キロ当たり高い時には金貨10枚で取引している。元哉としては卸売価格でかなり妥当の金額を提示したつもりだ。


「まさかそのような安い金額で塩を提供してくれるのですか!」


 商取引の経験がない皇女が価格に驚いて思わず口走ってしまった。取引は駆け引きでもある。元哉はこれでもかなり吹っかけたつもりだったが、その価格は帝国の相場よりも随分安い金額だったらしい。


「では交渉成立だな。宰相殿は係の者を呼び出して倉庫に案内してほしい。そこに必要な量を置いておくから金貨を用意してくれ」


 宰相は倉庫の管理をする役人を呼び出して、自らもその目で確認をしたいと一緒についてくる。直接の担当ではない皇女と軍務大臣も興味があったので同行した。


「ここが一杯になればいいのか?」


 元哉たちが案内されたのはバスケットコートの2倍程度の広さの小規模な倉庫だった。役人は塩と聞いてこの程度の広さがあれば十分に間に合うだろうと考えていた。


 そこに元哉がアイテムボックスから取り出した塩を『ドスン』と置いていく。高さが4メートル以上あるその塊は重さにして5トンくらいはあるだろう。その光景を見て皇女をはじめとする帝国のお偉方たちは目を丸くして驚いている。彼らにすれば塩の塊というのは手で持てるサイズのことだ。このようなクレーンで持ち上げる大きさの巨大な塩の塊など見たことがない。さくらが塩の大地に向けて放った一撃で割れたそのままの形でアイテムボックスに収めて持ってきた品だ。


「念のため味を確認してくれ」


 元哉の声に促された宰相がその表面に指を付けて味を確認する。


「確かに塩ですがまさかこれ程の大きさとは・・・・・・」


 ミネラル分の豊富な真っ白いその結晶は市場に出せば最高級品として高値を呼ぶのは間違いなしだ。更に元哉が続け様に同じような物を10個出した所でその倉庫は満杯となった。


「これで50トンはあるだろう。〆て金貨25万枚だ」


 あっさりと言い切る元哉だが日本円にして約25億円のとんでもない大金が動く取引となった。その上彼のアイテムボックスにはまだこの量の10倍以上が収められている。獣人の国を整備するための予算としては十分な額だ。


「私は夢でも見ているのでしょうか?」


 倉庫内一面が真っ白に染まった景色を見た皇女が呟く。これだけの量があれば帝都だけでなく周辺の街まで含めて当面塩に困らないのだ。それだけではない、この塩を転売することで帝国の財政が大いに潤うのは間違いなしだ。 


 呆然といった表情で執務室に戻る皇女たち、その後を元哉一行がついていく。さくらも獣人たちの王様として一応一緒に居るのだが、話にはまったく加わらずに早く食事に招待されるのを心待ちにしている。すでにお腹の準備は完了しておりグーグー鳴っている状態だ。


「いやはや、元哉殿は遣る事成す事我々の想像をはるかに超えている」


 執務室に到着するなり軍務大臣が口を開いた。彼はこの中にあっては最も早く元哉たちと知り合って、人には真似の出来ない数々の活躍を目にしてきたが、その彼を以ってしても今回の件は常識を逸脱した行いだった。


 その言葉でようやく気を取り直した宰相が支払いの段取りなどの話し合いを開始して、今回の取引は無事に成立した。だがそこに元哉が爆弾をぶち込む。


「話はまったく別件になるが、近い内に橘がこの国を訪問する。予定を確認しておいてくれ。ああそれから先日獣人の森に教国軍が1万人ほど攻め込んできたが10日で全滅した」


 大魔王様が帝国を訪問するというのはそれはそれで一大事なのだが、獣人たちが教国軍を全滅に追いやった、そのことは当然ながら帝国にとっても放っておける問題ではない。


「まさかさくら殿が大暴れしたのですかな」


 例のエミリヤ砦の件があるので、軍務大臣は教国軍を気の毒に思いながら元哉に尋ねた。それが彼が知る限り最もお手軽で最も確実な方法だからだ。


「いや、即席で鍛えた獣人たちが戦いの中心だった。さくらは最後の締めを飾っただけだ」


 元哉の言葉に軍務大臣は戦慄した。彼は元哉とさくらによって鍛え上げられた帝国の特殊旅団の能力が良くわかっている。それが獣人たちの森にも同等の物が出現したとなると、地域の軍事バランスが崩れることを意味するのだ。今まで獣人の森は教国との間の緩衝地帯という認識から、強固な軍事力を持つ一大勢力に変貌したと認識しなければならない。以前元哉からあった獣人の森を王国として承認する問題にも関わってくるのだ。


「それでその後の教国の動きは?」


 様々な思案の後に宰相が元哉に尋ねた質問だ。獣人の森をどうこうする問題よりも、先に最も危険な国の動向を掴んでおく必要があると判断した。


「今のところは目立った動きは無い。ちょっかいを出そうとして思いっきりその手を噛み千切られたからな。当面はあちらも戦力の建て直しに専念するしかないだろう。もっとも狂信者の集まりだから何を仕出かすか不明な点はある」


 元哉が分析した情報に帝国側の3人は頷かざるを得ない。彼こそが最も教国と対峙する当事者に他ならないのだから。逆を云えば元哉たちが盾となっているからこそ、教国の脅威が帝国までやって来ないとも云えるのだ。


「その件についてはこちら側も後ほど詳しく分析したいと思います。さあ皆さんを歓迎するための晩餐の準備が整ったようです。お話は席を移して行いましょう」


 メイドからの知らせを受けてようやく立ち直った皇女が場を取り持つ。


「うほほー! 待ってました! アリーちゃん、大急ぎで行くよ!」


 さくらは皇女の手を引っ張るように勝手知ったるメインダイニングまで歩き出す。随分失礼な行為のようだが、一国の王であるさくらが皇女をエスコートしていると思えば然程失礼な話ではない。ただしさくらは一刻も早くご馳走にありつきたいだけではあるが・・・・・・


 対する皇女は本心を述べれば、さくらではなくて元哉にエスコートされたかったのは云うまでも無い事だった。

次回の投稿は金曜日の予定です。

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