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182 王様のわりとヒマな一日

いつもは昼の投稿ですが忙しくてこの時間になりました。

 教国軍を打ち破って森の平和を守った獣人たちはパークレデンスの最前線の基地に少数の各部隊と連絡員を残してそれぞれの家族の元に戻っていった。現状では5000人にも上る兵士たちを養っていくだけの財政基盤がないため止むを得ない措置だ。


 元哉の計画ではいずれ森の入り口に要塞都市を建設して、そこを対教国の最前線にして兵力を整える方針だが、今のところそれが一体いつになるかははっきりとした見通しは立っていない。


 家族の元に戻った兵士たちは元々戦士をしていた者が多いので、それぞれの街や集落ごとに改めて部隊を編成し直してその部隊ごとに訓練を行うようにした。彼らは森の魔物を相手にこれから獣人王国の兵士としてその技能を磨くように通達されている。また、訓練で討伐した魔物や動物は彼らの収入源であり、食糧供給の面からも討伐が推奨された。


 パークレデンスに避難していた森の入り口近くに住む獣人たちも、それぞれの家に戻って元の生活に戻っている。彼らが住んでいた仮設の住宅は現在兵舎として利用されて、そこに約300人の兵士たちが駐屯する事となった。



 一通り獣人たちの元通りの生活に必要な手配を済ませてから橘たちは魔王城に戻り、さくらたちはウッドテールに居を移した。この街が獣人の森で最も大きな街で人口が多いので、まずここから政治体制を改めて整備するのがいいだろうという橘の助言があってのことだ。


 住民たちの大歓迎を受けてウッドテールに降り立ったさくらをはじめとする面々は、ソフィアが土魔法で作り出した臨時の建物に引越しをしてすでに3週間が経過している。


 その間、元哉とフィオは新たな政治や経済の枠組みを様々な方向から検討しているが、そんな難しいことにはまったく参加しないで毎日を過ごしている人物がいる。その人物こそ獣人の王様のさくらだ。


 彼女は戦争が終わってから小難しい政治の話に一切関わろうとせずに、毎日街を気ままに出歩いて過ごしていた。そして今日も当然のような顔で打ち合わせを開始する前に元哉の部屋にやってきている。


「兄ちゃん、街に行ってくるからお小遣いちょうだい!」


 一国の王がお小遣いをせびっている。果たしてこれでいいのだろうかという疑問は当然だが、持っているだけ気前よく使ってしまうさくらにはまとまった金額を渡すわけにはいかないのだ。


「これが今日の分だ、無駄遣いするなよ」


 元哉から金貨2枚を受け取って愛用の猫キャラクターのお財布にしまうさくら、その表情は今日はこれで何をしようかとホクホクしている。獣人の森の中は物価が安くてこれだけあれば彼女も満足できるだけの買い物が可能だ。そもそも森全体でまだ貨幣経済が十分に浸透しておらず物々交換が未だに行われているくらいで、お金の価値が非常に高いのだ。


「じゃあ兄ちゃん、いってくるよ!」


 王様の住まいにしてはこじんまりとした建物を出て街を目指すさくら、彼女の姿を見かけた子供たちがすぐにゾロゾロと後をついてくる。王様がこうして毎日街に姿を現すのが子供たちにとっては何よりの楽しみなのだ。


「みんな、今日も色々な所を見て回るよ!」


 さくらの掛け声に子供たちは大はしゃぎで後をついてくる。それを街往く大人たちは微笑ましく眺めているのだった。遠慮が無い子供と違って、大人は何か用事があるとき以外はさくらには声を掛けないというのがいつの間にか街のルールになっていた。


「王様、兵隊さんが訓練しているところを見たい!」


「僕は王様の狩が見たいよ!」


 子供たちから思い思いのリクエストが告げられる。子供たちだけでは中々見られない結構危険な場所も含まれているが、最強の王様がついていれば怖いものは無いと子供たちは知っていた。


「うーん・・・・・・ 今日はどうしようか?」


 ひとしきりさくらは考え込んでから子供たちに尋ねる。


「この街の近くで景色のいい所はあるかな?」


 どうやらさくらの今日の気分はピクニックのようだ。


「それだったら湖があるよ!」


 一人の子供が提案するとその他の子供たちも口々に『行ってみたい!』と賛同する。さくらはドラゴンの背中から地上を見てこの街の近くに湖があるのは知っていたが、まだ自分の足で行ったことが無いので早速本日の目的地に決定した。


「それじゃあ今から広場に行って食べ物を買ってから出発するよ!」


 さくらを先頭に20人近くの子供たちがゾロゾロと広場を目指して練り歩く。子供たちはこれから楽しい遠足に出掛ける様なウキウキとした表情だ。


 広場で自分の分と子供たちの分の食料を買い込んで街の門に向かって歩き出す。門を出る手前で兵士の詰め所に立ち寄ったさくらを当番兵が出迎えた。


「おや王様、今からお出掛けですか?」


 こうしてさくらがあちこちをふらついているのはすでに街の者たちには見慣れた光景のため、彼はいつもと変わらない笑顔でさくらを出迎える。


「うん、これから湖に行くから念のため子供たちの護衛に5人くらい付いて来てほしいんだよ」


 さくら一人いれば魔物程度は恐れるに足りないが迷子や途中で転んだりする心配があるので、付き添いの兵士を借りようというわけだ。


「はい、すぐに準備いたします」


 彼が奥に待機している兵士に声を掛けると虎人2人と狼人3人が出てきた。いずれも軽装でこれから森を歩くのにちょうどよい姿をしている。


「それじゃあ出発するよ! 大人は適当に子供たちの間に入って、後ろを二人で固めてね」


 さくらの指示通りの隊列で門をくぐって森の中に分け入る。湖の場所を知っている子供がさくらの隣で道案内役を勤めている。


「王様、こっちの方がちょっと遠回りだけど道がきれいだから歩きやすいよ」


 さくらにとってはどんな道だろうと構う事無いが、子供たちの安全を考慮して素直に案内に従って森を進んでいく。30分くらい歩くと泉が湧く場所があったので、そこで一旦喉を潤してまた森を歩き始める。子供たちも小さいながら森を歩き慣れており、誰ひとり『疲れた』などと弱音を吐く者は居なかった。


 しばらく道を進んでいくとさくらが口に人差し指を当てて『シー』という仕草をする。彼女のレーダーに何かが触れたようだ。


「兵士たちは子供の安全を確保するように! どうやらイノシシの魔物みたいだから私が軽く仕留めちゃうよ!」


 そう言い残してさくらは集団から20メートル程前に飛び出していく。もう獲物は木々を掻き分けながら見える位置までやって来ている。


 両者の距離が50メートルを切った時、さくらが突然ダッシュを開始した。サービスで子供たちの目にも捉えられる速度しか出していないが、それでもあっという間に突進するイノシシの姿が目の前に迫ってくる。


「とりゃー!」


 そしてタイミングを計って顎の下を一蹴りすると、イノシシは後方に回転しながら吹き飛んでいった。


「やったー!」


「王様格好いい!」


「王様すごい!」


 子供たちの口々に歓声が沸く。さくらにとってはいつものように軽く仕留めただけだが、その方法は狩に慣れた獣人の兵士でも唖然とするとんでもない一撃だった。


 獲物をしっかりとマジックバッグにしまいこんださくらは当然のような顔をして戻ってきた。


「いやはや、王様には敵いません」


 兵士たちは脱帽して彼女を出迎える。剣や槍といった武器を何も使用しないでたったの一蹴りで片をつけたそのあまりの規格外の力に驚きを通り越して呆れるばかりだ。


「みんなもこのくらい訓練すれば出来るようになるよ! このイノシシはお昼に丸焼きにするからね!」


 さくらの声に子供たちから歓声が沸く。今日のお昼は大変なご馳走だからこれでもうひとつ楽しみが増えた。


 こうして賑やかに森を進んで1時間で目的の湖が見えてきた。子供たちは我先にとその水に手をつけて『冷たい!』と大はしゃぎしている。兵士たちは慣れた手付きでさくらから渡されたイノシシを解体して焚火に掛けていく。さすがに大物のため丸焼きは無理だったので、部位ごとに切り分けて木の枝を削った串に刺して火にかけていた。


 肉が焼ける美味しそうな匂いが漂ってくると子供たちが集まってくる。その先頭に居るのはもちろんさくらだ。彼女はマジックバッグから塩とタレを取り出して準備万端整えて肉が焼けるのを待ち侘びていた。


「みんなお肉が焼けたらこれにつけて食べると美味しいよ!」


 森では貴重な塩と見たことが無いタレに目を丸くする兵士と子供たち。


「王様、塩をこんなにたくさん使っていいのでしょうか?」


 一人の兵士が恐る恐る尋ねてくる。それに対してさくらはまったく当たり前のように答えた。


「だってちゃんと味が付いていないと美味しくないでしょう!」


 兵士は恐縮しながら焼いている最中の肉に塩を振りかけていく。これほど大量に塩を使ったのは彼にとっては久しぶりの出来事だった。


「いただきまーす!」


 元気のよい声が響いてさくらを筆頭に子供たちが肉にかぶりつく。しっかりと味が付いたその肉の美味しさに目を丸くする子供たち。


「美味しい、こんなに美味しいお肉を食べたの初めて!」


 いつも以上に食欲旺盛な子供たち、もちろん大人の兵士たちもその味に感動している。


「そんなに塩が貴重品なの?」


 さくらが尋ねると兵士の一人が答えた。


「以前は西にある塩湖からたくさん運ばれてきたのですが、オーガによって西の集落が全滅したため塩を取りに行けないのです」


 その話によるとこの森の西の果てに地表のエクボのように大きく沈みこんだ土地があって、流れ込む川はみなそこに溜まって流れ出ない湖があるということだった。長い年月でその湖に土壌の塩分が溜まってその畔に塊になっているらしい。だがせっかくの塩が西部の集落がなくなったために、誰も取りにいけずに困っているのだ。


「ふーん、そうなんだ」


 一応の事情を聞いたさくらはドラゴンに乗っていけば塩を取りに行けるかなと考えているが、それは元哉たちと相談してから決めることにした。


 すっかりお腹いっぱいになった一行は一休みしてから街に戻って行く。太っ腹のさくらは残った肉をみんなで分けるようにと湖に群生しているハスの葉っぱに包んで持ち帰りお土産に持たせた。大喜びで家路に着く子供たちを見送ってさくらも帰宅する。


「兄ちゃんただいま!」


 夕方近くになって一日子供たちと過ごしたさくらは仮の公邸に戻ってきた。今日も楽しい一日が過ごせて満足な表情でみなが待っている部屋に入ってくる。


「ああ、お帰り」


 元哉たちは丁度その時この国の財政をどうやって賄っていくかを真剣に検討しているところだった。これといったいいアイデアが浮かばずにみなの議論が煮詰まっている最中にさくらが恐る恐る口を挟む。彼女は話は聞いていないが一応空気が読める子だ。


「兄ちゃん、街の人たちが困っているから塩を取りに行きたいんだけど・・・・・・」


「それだ!」


 いきなり元哉がさくらの方を見て大きな声を上げるものだから、発言した当事者のさくらが逆に戸惑っている。彼女にとっては高々塩でなぜ大騒ぎになるのか見当がつかなかった。


 お金に無頓着なさくらはまったく気にしていないことだがこの世界で塩は大変な貴重品だ。大体日本と比較して100倍から場所によっては1000倍の金額で取引されている。その塩が取れる所があれば、この国の財政基盤に大いに役立つのは間違いなしだ。


「さくら、詳しい話を聞かせてくれ。もしその話が本当ならば問題が解決するかもしれない」


 どうやら自分の話が役に立ちそうだとわかったさくらは急に態度を変えて、思いっきりドヤ顔をしながら説明を開始するのだった。 




 







 



次回の投稿は土曜日の予定です。

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