181 戦う王様
予定よりも一日早いですが投稿します。
幻狐部隊に誘導された教国軍は森の中でそこだけ樹木が疎らで見通しのよい場所に進軍した。当然ながら長い時間の行軍の疲れを癒そうと大休止をとって腰を落ち着けようとする。だが、その行動は教国軍から付かず離れず監視をしていた猟犬部隊の一個小隊によってすべて元哉に筒抜けになっていた。
「予定通りだな。戦鬼部隊、いよいよ出番が来たぞ! 思いっきり暴れて来い」
これまでその機動力の低さから森の中でひたすら出番が来るのを待ち侘びていた獣人たちの最強部隊がそのベールを脱いだ。教国軍は今まで獣人たちから大規模な攻撃を受けずにここまで来ており、まさかこのような見通しの良い場所でいきなり襲撃をしてくるとは全くの予想外だった。
最早その姿を隠そうともせずに教国軍目掛けて怒涛の勢いで襲い掛かる戦鬼部隊、その口から彼ら独特の戦場での掛け声が一斉に響き渡る。
「ウラーーーー!!」
その勇壮な声とともに剣を振り上げて一気に教国陣へと突き進む獣人たち、彼らの出現は教国の将兵たちの度肝を抜いた。ましてや休息をとろうとして緊張が途切れたタイミングを見透かしたように襲い掛かられては防御が後手に回る。
「前方の兵は何とか持ち堪えろ! 用意が出来た者から隊列を組め!」
指揮官が声を枯らして味方を鼓舞しようとするが、応戦しようとした前方の兵たちは一瞬も持ち堪えられなかった。戦場に殺到する戦鬼部隊の速度があまりに速かったことと、その装備に教国軍の武装が全くの役に立たなかったためだ。
戦鬼部隊が手にする剣や槍は簡単に教国兵たちの金属鎧を貫くが、獣人たちはいくら切り付けられてもその体にまとう革鎧に傷ひとつ付かなかったのだ。さすがにオーガの特殊個体から作られた品々だけあって、その攻撃力と防御力は凄まじいものがあった。元哉とさくらをはじめとして、製作に力を貸したドワーフやベツレムの革職人たちの苦労の結晶だけのことはある。
縦横無尽に暴れまわる獣人たちを教国兵は全く止める事が出来ずに次々と切り伏せられたいった。後方の部隊は全く歯が立たない戦況を見て我先に逃げ出そうとするが、その行く手には訓練通りに布陣を終えている群狼部隊が控えており一人の兵も逃すものかと牙を剥いて待ち構えていた。
敢え無く教国軍は両者の挟み撃ちにあって、一人の例外もなく討ち取られて全滅の憂き目を見る酷い結果に終わり、無残に森の中にその骸を晒す事となった。
この時点で唯一森に入った教国軍の中で生き残っている東方軍は友軍がいつの間にか森の奥深くに進んで全滅したなど知る由もなく、彼らとの連絡が急に途絶えたことに不審を抱いて一旦行軍を止めて斥候を四方に放つ。
しばらくしてその最も南側を偵察した小隊が息を切らして本隊に戻ってきた。
「報告いたします。この場から南に3キロの地点に獣人たちの街を発見いたしました。規模はさほど大きくはなく、およそ3千から4千人が住んでいるものと思われます。街の周囲は粗末な木の柵で囲ってあり、この兵力ならば容易に踏み潰せると思われます」
斥候の報告にようやく討ち滅ぼすべき敵を発見したと歓喜に沸く東方軍の将兵たち、だが彼らは知らなかった。これまで彼らが殆ど攻撃らしい攻撃を受けてこなかったのは、パークレデンスの街への最短距離を彼らが通っていたためで、元哉の策によってわざとそのままスムーズに行軍できるように捨てて置かれていた為だった。さらに彼らが放った斥候たちは幻狐部隊によって作り出された薪や木の実を採りに来た獣人の幻の後を付けていって、あたかもその結果街を発見したように思い込まされていた。
気付かないのは教国の将兵たちだけで、実際は折角此処まで来てもらったのだから街を挙げて歓迎したいというさくらの意向を元哉が作戦に反映させただけのことだった。
そうとは知らずに死地に向かって意気揚々と足を進める教国軍、これまで本陣の夜襲などで苦汁を舐めさせられた仇が討てると士気も上々だ。
やがて彼らが進む森の木の陰から集落の影が見えてきた。ここから見る限りは柵の間に点々と設けられた物見櫓に見張りが居るだけで、それほど警戒をしている様子は見受けられない。部隊長の指示の下に街を半包囲するように森の中に兵士たちが散開していく。
「兄ちゃん、あいつらやっと来たよ! もう待ちくたびれてお腹が空いちゃたよ! それにしても上手く隠れているつもりみたいだけど、このさくらちゃんの目は誤魔化せないよ!」
見張りの振りをして物見櫓から双眼鏡で森に潜む教国軍を発見したと連絡するさくら、ようやくお楽しみの時間がやってくるのでマジックバッグから取り出した特大のお弁当に手を付け始める。『腹が減っては戦が出来ない』をまさに地でいっている。この分でいくと近い将来おにぎりを片手に戦い出すのではないだろうかと危惧される。
「了解、敵兵が姿を現すのをしっかり待っていろよ!」
そんな浮かれ気分のさくらに元哉は釘を刺すのを忘れない。
「大丈夫だよ! ちゃんとやるから!」
さくらのこの言葉ほど信頼性の低いものはないが、元哉は今回彼女に遣りたいように遣らせる約束をしたのでそれ以上はもう何も言わなかった。
パークレデンスと森の境は約50メートルほどの開けた土地があった。これは魔物の侵入に備えて見通しを良くしておく為だったが、教国軍は各部隊が所定の位置に付いたのを確認してわらわらとその場所に姿を見せる。
「うほほー! 結構いっぱい来たね! では早速歓迎を開始するよ!」
さくらの拡声された声が合図となって、物見櫓に3人ずつ登っていた闇猫部隊の隊員が爆裂の術式が組み込まれた矢を一斉に放つ。
「ドカーーン!」
柵の外側で火柱が立ち上って爆風によって教国の兵士たちが次々に吹き飛んでいった。
「もう1発いってみよう!」
その声でダメ押しとばかりに猫人族の弓兵が矢を番えて一斉に放った。当然ながら結果は先程と同様で大きな被害が出る。それでも懸命に柵に取り付いて何とか破ろうとする教国兵、だがその努力は全て虚しい結果に終わった。一見粗末な木の柵に見えたが、それは何を隠そう橘謹製の『ベヒモスが助走をつけて突進しても壊れない』柵だった。おまけに登ろうとしても途中で橘が構築したシールドに阻まれてどうやっても上に昇れない。そうこうする内に柵に取り付いた教国兵は出動はせずに街で待機していた戦鬼部隊の留守番隊の約500人に討ち取られていった。
「何をしている! 早く柵を破って街に侵入するのだ!」
そんな仕掛けになっているとは露知らずに教国の指揮官は声を枯らすがそれは全て徒労に終わった。そしてここから先は更なる悪夢が彼らを襲う運命にあった。
「それじゃあ頃合もいいし、残りは私が片付けるからみんなは柵から離れて見ていなさい!」
そう言い残すとさくらは物見櫓から飛び降りて敵陣の真っ只中へ一人で駆け込んで行った。最も危険な王様の戦闘が開始されるとあって、獣人たちは我先にと街中に逃げ出していく。それは訓練の時に染み付いた生存本能がなせる業だった。
いつものように擲弾筒をぶっ放しながら街の外周を半分走り切った所で、立っている教国兵の姿は消え去りこれまたいつものように呻き声だけがこだまする惨状が出来上がっている。
その光景を街中の高い木の枝に鈴なりで登って見ている子供たちは目を丸くして驚いていた。橘が安全地帯としてシールドで覆った場所に彼らは一応避難していたのだが、王様が戦う姿を一目見たいという子供たちは次々に木によじ登っていった。
「王様凄い!」
「走っているだけで敵を倒しちゃったぞ!」
「僕も王様みたいに強くなりたい!」
可愛らしい声による歓声がそこいら中の木の枝から沸き上がる。殆どの子供が実際にさくらが戦う光景を初めて目にしたのだが、それはあまりにも子供たちにとってインパクトが強すぎたようだ。悪い人間を倒す正義のスーパーヒーローが本当に目の前に登場したその衝撃は、デパートの屋上のヒーローショーどころではない。
全員が目をキラキラさせてこのリアルヒーローショーを一瞬たりとも見逃すものかと見つめて、さくらの活躍に大きな声を上げていた。
門が開いてさくらが戻ってくると、大人の制止も聞かずに一斉に子供たちがさくらに駆け寄る。
「王様はどうしてあんなに強いの?」
「僕も王様みたいに強くなれる?」
「大きくなったら王様と一緒に戦うんだ!」
子供たちに囲まれて質問攻めのさくらだが、彼女の答えは常にひとつだ。
「強くなりたい子はご飯をいっぱい食べるんだよ! 私が小さい頃はいつもご飯の時は3回以上お代わりをしていたからね」
腰に手を当てて大きくその小さな胸を張って答えるさくらに子供たちは大感激だ。口々に『ボクいっぱいご飯食べる!』と言っている。その姿を見てさくらは心から満足そうだ。
この日から街中の多くの家庭で母親が急にお代わりをしだす子供に頭を抱えたのは言うまでもない。このまま行くと森中で大量の肥満児童が生まれそうな勢いだ。
この日の3日後、さくらと橘による空からの奇襲作戦で教国の本陣はきれいさっぱり消え失せて、ここに侵略者の手から獣人の森の平和は守られることとなった。
今回の戦いで獣人たちは今までとは全く違う遣り方の戦闘に対する大きな経験を得るとともに、さくらを王とした森全体にかつて無い程の団結心が生まれて、その後獣人王国として発展していく礎となる大きな機会を得たのだった。
次回の投稿は水曜日の予定です。