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180 罠

 教国軍の部隊で森の西部に侵入した2つの部隊は敢えて深い部分には進まずに、互いに近い距離を保ちながら連絡を取り合って草原との境目を常に意識しながら前進していた。


 時折獣人たちの散発的な抵抗を受けるが、何とかこれを排除して若干の被害を出しながらも森の浅い部分の探索を継続している。


 2つの部隊合計2000名のうち森のやや内側を侵攻している側の殿を進む中隊の隊長コランドはすでに3日間歩き続けて大した手掛かりも得られぬまま一体この部隊の作戦計画はどうなっているのかと大きな疑問を抱いていた。そもそも何処まで侵攻して何を目的にしているのか一切決まっていない行き当たりばったりの作戦とは呼べない代物だ。


 実は彼は生粋の教国軍人ではない。元々ははるか西の小国家連合で生まれて15歳の時に冒険者となった。その後、教国を中心に活躍していたのだがある時偶々教国部隊の傭兵として雇われて、そのまま部隊の中隊長まで昇進して現在に至っている。


 彼は冒険者時代に散々森を歩いた経験があってその危険を熟知していた。その上長年磨かれた彼の気配察知能力が自分たちを常に監視する視線を感じている。


『行動を監視するだけで大して攻めて来ないのは一体なぜだろう? これだけの大軍を恐れているのか、それとも何らかの策を用意しているのか?』


 彼は自分の経験を元に様々な思考を繰り返していた。だが長年冒険者として彼を支えてきた勘がその思考以上に大きな危険を警告しているように感じている。教国軍の将兵たちは獣人を『愚かで下等な蛮族』と認識しているが、彼は元々ミロニカル教徒ではないので敵をそのように過小評価するつもりはなかった。


『おそらく獣人たちはこの先で何か仕掛けてくるはずだ。だがそのタイミングと方法が全く見当も付かない』


 彼は敵がどのような手を打ってくるか分からない以上警戒するに越したことはないと気を引き締めていた時、全軍の長い隊列が突然停止した。


『オーガの集落だ』


 前方から小声で伝言が伝わってくると、彼の頭の中に『こんな身動きが取り辛い森の中で最悪の敵にかち合った』という考えが浮かぶ。


 オーガの集落を討伐するには百人千人単位の騎士やランクの高い冒険者が必要だ。それが行軍の最中に目の前に現れるとはなんと言う不運だろう。この場は見つからない事を祈って迂回するしかない。無駄にオーガを相手にして兵力を減らしている場合ではないのだ。


 これが一般的なこの世界の人間の当たり前の思考だ。5000体のオーガが待ち構えている所に大喜びで突撃を敢行するウサミミヘルメットを被ったどこかの王様の方が甚だしく間違っているのだ。しかも相棒のドラゴンと協力して全てのオーガを討ち取ってくるなど誰が信じるだろうか。まあそんな常識破りな王様はこの際横に置いておく。


 コランドの中隊を含む部隊はその集落を大きく迂回して、森の内部に踏み込むような形で進路を変更した。ただ只管オーガに気付かれない事を祈って極力物音を立てずに慎重に遠ざかっていく。大きくコースを逸れて森の奥に入っていく彼の目に木々の間からその集落の様子が遠目に捉えられた。20体ほどのオーガが座り込んだり歩き回ったりしている様子がその目に飛び込んでくる。


『どうやら出来たばかりの小さな集落のようだ』


 このくらいの規模ならば仮に見つかったとしても部隊全員で取り囲めば何とかなるだろうという見通しが立つ。それよりも警戒すべきは集落から離れて森の中に散っているオーガだ。何処に居るか分からないのでいきなり遭遇戦に巻き込まれる危険がある。警戒を強めて一歩ずつ森を進む。


 だが、コランドたちの前に一向にオーガが現れる気配がなかった。


『おかしい、集落があればその周辺に必ず1体や2体オーガがうろついている筈だ。それが全く姿を見せないのはどう考えても有り得ない』


 コランドの疑問をよそに部隊は無事にオーガの集落から十分な距離を取ったことに安堵して小休止をとる。その機会にコランドは動いた。


「部隊長、殿を守る我々の部隊は引き続きオーガの警戒に当たりたいと思います。ついては中隊の半数を監視としてこの場に残したいと思いますがいかがでしょうか」


 コランドはオーガの危険と自らの胸の内に沸き起こる懸念を天秤にかけて、監視役としてこの場に残る提案を行い、それはすんなりと了承された。


 部隊が出発してその姿が見えなくなると、彼はその場に残った隊員たちに反対方向に戻る指示を出す。オーガの集落に戻るのかと反対する隊員も居たが、その意見を却下して強引に部隊を連れて来た道を引き返した。


『やはりそうか!』


 先程までオーガの姿があった集落は、現在誰の姿もなくひっそりと静まり返っている。そこは元々獣人たちの集落で、幻狐部隊が幻影魔法によってその場にオーガの姿を映し出していただけだった。ただの幻に教国部隊はまんまと騙されて進路を森の奥に変えて進んでいる。この状況から考えて当然その先に罠が仕掛けられているというのが妥当な判断だ。


「大急ぎで本隊と合流するぞ! これは罠だ、このまま進むと不味い!」


 慌てて本隊を追いかけようとするコランドたちだったが、その周囲を見えない影がすでに取り囲んでいた。すでに幻狐部隊はこの場から撤収を完了して、次の罠の準備に向けて出発した後だったが、集落に残っていた群狼部隊が戻ってきたコランドたちに感づいて包囲をしていたのだ。もしこのまま彼らを部隊と合流させると、せっかく準備した罠が台無しになる。狼人たちは一人も逃がさないように包囲を狭めていくが、そこはコランドの経験が一枚上手だった。


 音もなく忍び寄る気配を察知した彼は即座に隊員を一塊にしてその最も包囲の薄い森の浅い側に突進しようとする。それを阻止しようと頑丈な盾を構えて突破を図ろうとする教国軍に群狼部隊が切り掛かる。数と身体能力に上回る獣人たちは一人また一人と兵士たちを討ち取るが、必死の抵抗を受けてその被害も馬鹿にならないので程々の所で半数程度に減らした敵を逃がしてやった。


 何とか森の外に出た兵士たちをまとめたコランドだが、この先どう行動してよいか慎重に判断する必要に迫られた。何とか獣人たちの追撃を振り切って命は助かったものの、距離が開きすぎて本隊に合流するのはもう不可能だ。それを考慮に入れた上でこの場で彼は決断を下した。


「お前たちは伝令を装って本陣に戻って敵の罠があると報告しろ。中隊長が居るのは不審を招くから、俺はこのまま教国軍を去る。なに元の冒険者に戻るだけだから気にするな。お前たちはせっかく助かった命を粗末にするなよ。一番恐ろしいのは敵では無くて、味方から不審の目で向けられる事だ。いいな、肝に銘じてくれぐれも悟られないようにしろ」


 それだけ言い残すと彼は隊員を本陣に向けて送り出して姿を晦ますのだった。








「教国軍は予定通りに例の場所に向かいました。ただし少数の敵に罠の存在を気づかれた模様です。約20人が部隊と反対方向に逃亡いたしました」


 司令部の元哉に前線からの報告が入る。その報告を聞いて元哉は表情を崩さずに答えた。


「教国にも多少知恵が回るヤツが居るものだな。反対方向に逃げた者たちに構う必要は無い。諸君たちはその場で新たな敵の姿がないか引き続き監視に当たれ」


 元哉は通信を終えてソファーに控えている一同に向き直った。


「教国軍は戦鬼部隊が待ち構えている地点に向かった。これでおそらくこの戦いの大勢が決するだろう」


 その場に居合わせる者が頷いている。だが珍しくこの場にさくらと橘は居なかった。彼女たちはそれぞれの用事で現在出払っているのだ。


 その内のさくらはパークレデンスの街を歩いている最中だ。彼女が姿を見せると獣人たちは挙って駆け寄る。


「王様!」


「王様が姿を見せられたぞ!」


 あっという間に大勢の獣人たちに囲まれて、彼女はそのまま広場までやって来る。そしてその中心に据え付けられた台に登って拡声の術式のペンダントで皆に届くような声で演説を始めた。


「ども! 毎度お馴染み王様のさくらちゃんだよ!」


 どこかのお笑い芸人のような挨拶だがその声に獣人たちは沸き返る。王様の声を聞きつけた獣人たちは家から飛び出して続々と広場に集まって来て押すな押すなの大騒ぎだ。 


「みんな危ないから押しちゃダメだよ! それから小さい子供はよく見えるように前に来て! 大きな大人は後ろに下がって!」


 さくらの一言で秩序を取り戻した民衆が子供をその姿がよく見える場所に連れて行き、大人たちは後ろに控える。さくらの耳には子供たちの可愛らしい声が届いている。


「みんなが心配している教国との戦争だけど、昨日私が直々にワイバーンに乗って敵の部隊を全滅させてきたよ!」


 ドヤ顔で報告するさくらの言葉に民衆は喜びを爆発させた。


「さすが王様だ!」


「王様すごい!」


 大人から子供まで声を上げてさくらを褒め称えている。彼らは皇帝オーガを倒してこの森を守った王様が大好きで絶大な信頼を寄せているのだ。特に子供たちは目をキラキラさせて両手を高く掲げて万歳をしている。


「でもまだまだ戦いは続くからね。明日大きな戦いが控えているけど、次もちゃんと勝つからね! それから3日か4日したらすぐそこまで教国軍がやって来るけど、私がガンガン倒すから楽しみに待っていてね!」


 王様の勇ましい言葉に沸き返る住民たちだが、一番楽しみにしているのは他ならない王様自身だった。さくらは昨日ようやく出撃の許可を得てひと暴れしてきたのだがまだ物足りなさを感じていた。次の出番は思いっきり遣ってよいと元哉から許可を得ているのが今何よりも楽しみなのだった。


「そういうわけで心配しなくていいから、みんなはご飯をいっぱい食べて元気に仕事をしていればいいよ! 特に子供たちは必ずお代わりをすること!」


 これはもうさくらの信念である。『子供のうちからご飯をたくさん食べれば強くなれる!』と彼女は純粋に信じている。こうしてさくらによる演説は大盛況のうちに終了して、彼女は子供たちの頭を撫でながら司令部に戻っていった。さくらに触れてもらった子供は大感激の面持ちで、その母親とともに周囲から羨ましがられたのは言うまでも無い。



「兄ちゃん、戻ったよ! そろそろお昼ごはんだね!」


 さくらの一日は食事とともにあるので、この発言は彼女にとって重要事項だ。何を差し置いても必ず最優先にしなければならない。


「さくらちゃん、またバカな事を言って獣人の皆さんに呆れられていないでしょうね」


 ソファーに腰を下ろすディーナが心配顔で問いかける。彼女は何もさくらを馬鹿にしてこのような発言を繰り返しているのではない。彼女は生まれた時から王族として育ってきたので、その心の中に『王とはこうあるべきだ』という信念があるのだ。その信念とさくらの姿があまりに懸け離れているので、民衆から愛想を付かされるのではないかという心配でつい小言が口から出てしまうのだった。


「ディナちゃん、心配しなくていいよ! 獣人のみんなから愛されるさくらちゃんだからね! 今日もみんなすごく喜んでいたよ!」


 ディーナの心配など何処吹く風で、さくらはまったく気にしていないようだ。むしろ彼女のように全く気取らない態度の方が獣人たちに話がストレートに伝わるので、その高感度はいまや天井知らずの勢いだ。


「ディーナが心配するのはわかるけど、さくらちゃんは立派に王様を務めているからいいのよ。私にはとても真似は出来ないけど」


 横から橘が口を挟む。彼女は教国軍から鹵獲した戦車の仕組みを解析して戻ってきたばかりだ。彼女の想像以上に複雑な仕組みで作動しているので、完全に解析するにはもう少し時間がかかるそうだ。


「今のところ作戦は順調だ。明日の戦鬼部隊の活躍でこの戦いは峠を越えるだろう」


 元哉の自身ありげな力強い発言に頷く一同だった。 

 




 



次回の投稿は火曜日の予定です。

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