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179 結論

 たった一人で教国軍の前に立ちはだかるさくら、だが彼女がまとう迫力に満ちた雰囲気に一瞬全ての将兵が立ち竦んだ。


「えーい、相手は変な獣人ただ一人だ! 討ち取って早く本陣に戻るぞ!」


 先鋒の部隊の指揮官が声を上げると兵たちは一斉に剣や槍を構えてさくら目掛けて押し寄せようとする。


「変な獣人とは失礼だな! 私はプリティーな獣神のさくらちゃんだよ! これから死んでいくにしてもちゃんと覚えていてね! それじゃあ始めますか」


 戦場とは不釣合いなヘンテコな自己紹介を始めるさくらだが、その左手の魔力擲弾筒はすでに死の咆哮をあげる準備が整っていた。マシンガンモードで先鋒の部隊に魔弾が襲い掛かると金属の鎧を貫通して兵士たちに確実な死を漏れなくお届けする。


「うわー! 助けてくれーー!」


「怯むな! 相手はたった一人だ、密集隊形で突っ込めーー!」


 阿鼻叫喚が巻き起こる中で兵士たちが頑丈な盾を並べて身を隠しながら突っ込んでこようとするが、その程度の防御で防げる魔弾ではなかった。まずは手に持つ盾が吹き飛ばされてその体に次々に穴が空いていく。先鋒の兵士たちはさくらの立っている場所に辿り着くはるか手前で折り重なって倒れていった。


「まだまだこんなもんじゃないよーー!」


 さくらは擲弾筒を派手にぶっ放しながら自分から教国軍に突っ込んでいく。かつてオーガたちを軽々と吹き飛ばし、ベヒモスでさえも一撃で再起不能に陥れたあの勢いで突っ込まれた教国軍は溜まったものではない。ダンプカーに衝突したような勢いで鎧を着た重たい人間が軽々と宙を飛ぶ。さらに飛ばされた者は後続の兵士に向かって衝突して教国軍はたちまち大混乱に陥った。


 さくらが通り過ぎた跡には呻き声を上げている兵士ともう声を上げることが出来なくなった死体が大量に転がっているだけだ。まだ息がある者は木々の間に身を潜めていた群狼部隊が止めを刺して回っている。


「相変わらず王様の動きはとてもではないが目で追えるレベルではないな」


 次々と敵兵を跳ね飛ばして回るさくらの姿を遠目で見る彼らは自らが体験したあの地獄の訓練を思い出して身震いするのだった。




「うほほー! 今日も絶好調だよー!」


 次々に敵を跳ね飛ばしながらさくらは上機嫌だ。いい運動をすればそれだけ美味しい晩ご飯が待っていると思うとその動きにますます磨きがかかる。さくらが攻撃を開始してから5分で敵部隊の半数が10分でほぼ全てが壊滅した。


 実はこの作戦は当初の予定には無かったものだった。ソフィアが敵を眠らせた段階で猟犬部隊が寝首を掻いて終わりにする手筈だったのだが、さくらがヒュドラの件を盾にして自分の活躍の場を寄越せと利かないので、仕方なく元哉は退却する敵軍に止めを刺す役割を彼女に与えたのだった。


 元哉から作戦の変更を聞いてさくらは昼過ぎにロージーのワイバーンに乗って群狼部隊と合流してこの場で手ぐすね引いて待っていたのだった。待っている間はあまりに暇なのでつい事前演習に熱が入って狼人の数人が怪我をするという出来事があったが、さくらにとっては訓練で怪我をするなど日常茶飯事でまったく気にしていない。


「じゃあみんな、後片付けよろしくね!」


 集結した群狼部隊にそう言い残して颯爽とワイバーンに乗り込んでさくらは司令部に戻っていった。大分森の浅い所までやって来たので、ついでに敵陣の様子に変化が無いか偵察していくのを忘れないあたりは多少は王様としての自覚があるのだろうか。





「兄ちゃん、帰ったよ! お腹空いた、ご飯まだ?」


 近所の公園にでも遊びに出掛けたかのようなさくらの様子に無事に襲撃は成功したと判断した元哉だが一応結果の報告だけは求める。


「兄ちゃん、私が出て行って失敗はないよ! 敵はきれいに全滅したからね。あっ、それから帰りに敵の本陣を見てきたけど特に変わった様子はなかったよ」


 それだけ言うと彼女はダイニングに駆け込んで行った。これ以上はお腹の限界でもう待てないといった様子だ。


「うほほー! いっぱい運動したから今日は思いっきり食べるよ!」


 すでにテーブルについている橘をはじめとする一同は『いつも思いっきり食べているくせに』と突っ込みの一つも入れたそうだが、さくらはすでに食事を開始しておりどうせ聞く耳を持っていないので言うだけ無駄だと諦めた。





「遅い! 丸2日も経っているのに森に入り込んだ各部隊から何の連絡も無いのか!」


 教国の本陣では天幕の中で指揮官が苛立った声を上げていた。その思いは彼の幕僚もまったく同じだ。


「閣下、明日まで様子を見てもし何の連絡も無いようでしたら新たに軍を編成して様子を探らせましょう」


 参謀が意見を述べるとその場で了承されて、本陣を守る兵士から500人を引き抜いて各方面に偵察に送ることとなった。すでにこの時点で3方面の部隊は全滅しており、残る2方面の部隊は度々伝令を送るものの全て森に潜んでいる猟犬部隊や群狼部隊に討ち取られて、まったく連絡が通じない状態に置かれているのを教国軍は知る由も無かった。






「さて、これまでの状況の説明と今後の見通しだが」


 夕食を終えた元哉たちはリビングのソファーに腰を降ろして中央の地図を見ながら話に聞き入っている。橘お付きのメイドが入れたお茶を飲みながらの打ち合わせだが、昨夜の出来事か尾を引いておりそれぞれの表情が様々だ。一番の当事者のソフィアは幸せと申し訳なさが入り混じった複雑な表情で、対する橘は出来るだけ感情を表面に表さないようにしている。ロージーは仲間ができて嬉しさを隠せない様子だが、ディーナとフィオは不満を滲ませている。その人間模様を見て椿は面白がっており、さくらに至っては口を空けてすでに寝ていた。


「現在3方面に侵攻した敵軍は壊滅した。残る2方面は現在こちらに向かいつつあるが、幻狐部隊によって予定の場所に誘導されつつある」


 元哉は心の中で非常に遣り難さを感じてはいるが、全ては自分で蒔いた種だけに何も言えなかった。だが遣るべきことは遣って置かないと獣人たちの運命が懸っているだけに、私事と公務の区別は付けなければならない。一通り話が終わったところで橘がようやく口を開いた。


「みんなに聞いてもらいたいんだけど」


 元哉とソフィアは『ついに来た!』という表情だ。特にソフィアは大魔王の怒りに触れるのが恐ろしくて顔色が青ざめている。


「ソフィアのことはいいとして、元くんは残ったディーナとフィオをどうするつもりなの? 二人とも元くんに対してどのような感情を抱いているのかわかっているでしょう」


 橘の口から発せられたとんでもない変化球に元哉は動揺を隠せない。まさかこの場でディーナとフィオに対する気持ちを問われるとは予想のはるか斜め上を行く質問だった。


「そうですよ! 元哉さんはいい加減私の気持ちにちゃんと応えてください!」


 橘の発言に嵩にかかってディーナまでが元哉を攻め立てる。今まで何となく誤魔化していたツケを払う時がついにやって来たのだ。


「そ、その・・・・・・ なんだ、俺としては自然の成り行きに任せようと・・・・・・」


 いつもに比べて全く歯切れが悪い元哉の言葉を遮るようにロージーが口を挟む。


「元哉さん、何を言っているんですか! ここは男らしくドーンと決めてください!」


 嫁2号の強気な言葉に唆された元哉はついに心を決めて宣言した。


「えーい、この際だからハッキリと言うぞ! 何人でも俺がまとめて面倒をみてやる! ディーナもフィオも俺のものだ! これで文句があるか!」


 半分キレ掛かったような元哉の宣言にディーナとフィオの表情が一気に明るくなる。


「俺の女だなんて・・・・・・ 嬉し過ぎます!」


「全く文句はないです」


 身悶えして元哉の言葉に喜びを表すディーナと本当は嬉しくて天にも昇りそうな気持ちを押し殺して冷静に振舞おうとするフィオだった。


「まあね、元くんがそう決心したのなら私は喜んで受け入れるわ。その代わり私を含めて全員をしっかりと大切にするのよ。それを怠ったら大魔王の怒りに触れるわよ」


 『私を含めて』の部分を殊更に強調した橘の一言でどうしてよいのかわからなかったソフィアの表情も明るくなる。


「橘様、私を認めてくださってありがとうございます」


「いいのよ、ソフィアは私にとって大切な仲間なんだから、そんなに気を使わないでね」


 二人で頷き合って笑みを交わす。元哉にとっては本当によく出来た本妻だ。


「まあまあ、この先がますます面白そうね。元哉君、しっかり頑張ってね」


 椿は全くこの中に参加する意向はないようだ。元哉を取り巻く女性たちの人間模様を純粋に楽しんでいる。


「美味しいけどもうこれ以上食べられないよ!」


 うまく話がまとまったタイミングで放たれたなんという幸せな夢を見ているのだろうと一同が呆れる程はっきりとしたさくらの寝言でこの場はお開きとなった。元哉はさくらを抱きかかえてベッドに運んで行こうとする。だがふと橘の横で立ち止まってその耳元でそっと『感謝する』とささやくのだった。



 


次回の投稿は土曜日の予定です。

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