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178 ソフィアの出来事

 教国は5つの部隊を森の中に送っていたが、すでに南方軍と南西軍は罠に引き込まれて壊滅の憂き目を見ていた。そんな事とは知らずに中央軍と命名された約2000人近い将兵は全軍の真ん中を進み、森の中での拠点作りとその高い攻撃力を持って獣人たちを蹴散らす役割が与えられていた。


 彼らは長い隊列で森の中を警戒しながら進んで行く。時折獣人たちが仕掛けた落とし穴や各種トラップで少数の被害を出しながらも、丸1日歩き通して野営の時間を迎えた。重たい金属鎧を着込んでの行軍は連続で2時間が限界だ。休息や水分補給を充分に行わないと必ず落伍する者が現れるので、思ったほどの距離を進んではいなかった。


 森の入り口から約20キロの地点で樹木が疎らな場所を見つけた彼らは火を起こして背嚢から保存食と水を取り出して質素な食事を取り始める。水は小川や泉を発見した際に何度も補給しているのでなくなる心配はないが、食料は1週間分しか各自で携帯していないので大事に食べていかないとあっという間に無くなってしまう。何とかそれまでに拠点となる場所を見つけて本陣からの補給を受けないと、部隊全体が飢えに苦しむ羽目に陥る。


 そんな不安を抱えながら教国軍の兵士たちは僅かばかりの食料を口にして外套に包まって火の近くで疲れた体を横たえていくのだった。


 その夜も深けた頃、教国軍の部隊が野営している場所から少し離れた所に黒いローブをまとった少女と迷彩服を着込んだ青年が立っている。その二人はソフィアと元哉だった。二人の後ろには猟犬部隊の3個中隊が控えていた。


 ソフィアと元哉は夕方近くにさくらが操るドラゴンに乗ってここまで出向いて来ていたのだった。そのまま教国軍が寝静まるのを待って、今から行動を開始しようとしていた。


「ソフィア、始めてくれ」


 元哉の低い声に彼女が頷く。


「眠りの風よ、あの者たちに安らかな眠りを与えよ」


 ソフィアが魔力を放つと森に広がる眠りを誘う風は教国軍を包み込んで、顔に落書きされてもまったく目を覚まさないくらいの深い眠りに誘導した。篝火の周辺を見回っていた歩哨たちもその風から逃れる術は無く、バタバタと倒れこむように眠っていく。


「よし、手筈通りに遣ってくれ」


 元哉の命令で猟犬部隊が動き出す。彼らはすっかり寝込んでいる教国軍の兵士たちには一切手を触れずに、その背嚢だけをこっそりと奪って元哉の所に運んでくる。元哉はそれをアイテムボックスに次々と放り込んですぐにその場から撤収した。


 暗い森を歩いて猟犬部隊の終結地点の戻るとソフィアはホッとした表情で元哉とともに気の洞に潜り込む。不慣れな夜の森を歩くのは彼女にとってはかなりハードルの高い行為だったのでそれは無理もなかった。だが、そんな不安は彼女の手を引く元哉の左手の温かさが吹き飛ばしてくれて、何とか困難な道のりを歩き切ることが出来たのだ。


 猟犬部隊の面々は思い思いの場所で一晩明かすつもりらしい。森に慣れた彼らにとっては野営などは手馴れたものだ。今夜の作戦の成功を祝って特別に1杯だけ酒を口にすることも認められたので、彼らはその辺で取ってきた獣の肉を火で炙りながら陽気に笑い合っている。


 それに対してソフィアは野営など初めての経験で中々寝付けないでいた。彼女はこれまで旅をしたり訓練キャンプで野外で宿泊した経験はあっても、それは橘が作り出した宿泊施設に寝泊りしただけで、実質は立派な家の中に居るのと全く変わりがなかった。


 木の洞は魔力で遮蔽してあるので外部からの寒気は入り込んでこないが、毛布を1枚掛けただけでは何となく寒さを感じるし、それに夜の森というのは誰もが不安を覚えるものだ。その不安に溜まりかねて彼女は元哉にそっと耳打ちした。


「あの、元哉様、よろしければ一緒に寝ていただけますでしょうか?」


 彼女はまったく考えなしに隣に横たわっていた元哉に声を掛けただけだった。寒さと不安を紛らわしたいがために思わず口から出てしまったのだが、口に出してから彼女はその意味に気がついて顔が真っ赤になる。暗がりで顔色までわからなかったのが救いと言えば救いだ。


「ああいいぞ、今夜はさすがに冷えるからな」


 少し離れた場所に寝ていた元哉は下に敷いていた毛皮を彼女の近くに引き寄せて自分の毛布を彼女に重ねて二人で一つの寝床に包まっていく。ソフィアは真っ赤な表情で元哉のされるがままになってその身を預けるしか出来なかった。


「暖かい」


 だが傍らで横になる彼女から元哉の体温を感じた心地よい響きの言葉が漏れる。二人で一つの毛布に包まって体を寄せ合って寝ているこの状況は彼女にとっては途轍もなく恥ずかしかったが、同時に心から心地良いと感じて寒さや不安など消し飛んでしまっていた。



 しばらくそのまま元哉の横で体を預けていたソフィアだが、ついに決心したかのように小さな声でささやく。


「元哉様、お願いがあります。どうかこのまま私を抱いてくださいませ」


 ソフィアは今まで我慢に我慢を重ねてきた箍が外れて、その彼への想いが溢れ出てしまった。その涙声からも真剣な様子が嫌でも元哉に伝わってくる。



 彼は黙ってソフィアの頬をそっと撫でて優しく口付けをした。そしてそのままの勢いでこの晩二人は結ばれた。




 翌朝、さくらがイフリートに乗って迎えにやって来る。その後ろには部隊の見回りついでにやって来たロージー軍曹も付き従っていた。


「迎えに来てもらってすまないな」


 ポーカーフェイスの元哉に対してその後ろに控えるソフィアの態度はあからさまにおかしいのがロージーの目には明らかだった。何しろ自分にも経験があるだけにその目は誤魔化せない。


「ソフィアちゃん、もしかしてついに・・・・・・」


 彼女がそっと耳打ちするとソフィアは真っ赤な顔で俯くしか出来ない。その態度は昨夜二人に何があったのかを雄弁に物語っていた。


 ニヤニヤして元哉を見つめるロージーに対して、彼の視線はさっきから宙を泳ぎっ放しだ。


「まったく戦争の最中に一体何をしているんですか!」


 ロージーの指摘はもっともと認めるしかない元哉だった。だが彼女はまだいい、どちらかというと元哉の味方をしてくれる筈だ。問題は司令部に残っている大魔王だ。彼女がどのような反応をするのか元哉は気が気ではない。


「みんな戻るよ!」


 猟犬部隊から大歓迎を受けていたさくらが3人の所に戻ってきてイフリートの背に乗ってパークレデンスに戻っていく。


 



「まあ、元哉君本当に隅に置けないわね」


 ロージーからの報告を受けて椿が発した第一声だ。彼女はこの状況を丸っきり第3者的に楽しんでいる。それに対してまさか気が弱そうなソフィアに先を越されたディーナとフィオはずいぶんと焦り捲くっている。特にディーナは元哉たちがこの世界にやって来てすぐに一緒に行動をともにしていたのに、未だに大した進展がない現状に自分に魅力が無いのかとソファーで膝を抱えて殻に閉じこもっている有様だ。ちなみに元哉は現在別室で橘に正座させられた上で事情聴取の最中だった。


「ところでソフィアちゃんはステータスは確認したの?」


 ロージーの言葉に首を振るソフィア、色々とややこしい問題があったのでそんな事はすっかり忘れていた。


「ステータスオープン!」


 彼女が自分のステータスを開いてその場に居る一同が覗き込むと・・・・・・


「大魔道師ですか!」


 ロージーの驚いた声が上がる。彼女が言う通りソフィアは元哉と結ばれて、大魔道師の称号を得たのだった。その魔力と魔力量はさすがに橘には及ばないがその6割ほどに急激に上昇しておりほぼ無制限に魔法が使用出来るうえに、制限が掛けられていた禁呪すらも扱えるようになっていた。ただしそのクラスの魔法は扱いに細心の注意しなければ国をひとつ滅ぼしかねない大変に危険なものだ。


「凄いわね、これからもっと教え甲斐があるわ」


 これまで様々な魔法をソフィアに伝授してきた椿は愛弟子の急激なレベルアップに目を細めている。


「椿様、これからもどうぞご指導くださいませ」


 橘と椿という異世界から来た二人を除けば、この世界の魔法使いの第一人者にまでなったソフィアだが相変わらずその腰の低さは健在だった。





 朝から一部を除いてこのような和やかな遣り取りで賑わうパークレデンスの司令部とは打って変わって、背嚢に仕舞ってあった食料をきれいさっぱり奪われた教国中央軍は困惑の極みにあった。


「一体どうした事か!」


 部隊長をはじめとした幹部たちはこの状況に頭を抱えている。食料が無ければこれ以上の行軍は不可能と判断して撤退するしか残された道が無かった。


「敵襲!!」


 だがそこに木々の間から大量の矢が放たれまだ身支度を整えていない兵士たちがバタバタと倒れていく。それに続いて後方に回り込んでいた群狼部隊が一斉に切り込んだ。彼らは教国兵たちの退路を絶つように後方を完全に塞いで襲い掛かる。


 まだ鎧を身に付けていない教国軍は手近にある武器と盾で必死に防戦に努めるが、群狼部隊の狡猾なチームプレイによって次々に討ち取られて、多くの装備を残したまま森の入り口とは反対側に退却するしかなかった。


 襲撃が一旦止んで態勢を立て直す教国軍、だが彼らは食料を奪われた上に約半数が鎧を着ないままで最低限の武器しか持っていなかった。


「くそっ! 獣人の分際で小癪な真似を!」


 指揮官たちはまともな装備の者たちを先頭に配して獣人たちの包囲網を突破しようと出口の方向に兵を進める。だが、群狼部隊は無事な兵士たちは遣り過ごして貧弱な装備しか持たない後方の兵士たちを分断して殲滅していった。


 教国中央軍は度重なる襲撃に会って約半数しか無事な者が居ない有様だ。それでも何とか群狼部隊を振り切ってあと少しで草原に出られる所まで辿り着いた。すでに日は沈みかけて朝から何も食べていない彼らは疲労困憊の極致だ。だがこの森さえ抜ければ何とかなるという僅かな希望を頼りにあと一息までやって来たのだった。


 だがそこに立ちはだかる影がある。


「やっとここまで来たんだ。でも残念だけどここから先は通さないよ」


 ここまで元哉に散々出撃を待たされていい加減痺れが切れていたさくらが満を持して待ち伏せしていたのだった。


 



 

次回の投稿は木曜日の予定です。

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