174 緊急出動
大魔王の襲撃はあったものの、何とか森の入り口に辿り着いた教国軍はその場に陣を張って拠点の作成に取り掛かる。荷車に積まれていた戦車が大地に降ろされて内部に人員が乗り込んで始動の具合が確認されていく。
「始動良し! 魔力値安定しております」
内部からの報告に一安心の幹部たちは本格的な侵攻に先駆けて彼らに出動を命じる。幹部たちは戦車を前面に押し立てて森に侵攻するつもりだった。
「全軍の先鋒となって森を焼き払い、愚かな獣人たちを殲滅せよ!」
その指示に従って7台の戦車が前進を開始して、森の30メートル手前で停止して前部に付いている砲口から火の魔法を撃ち出す。丁度季節は冬間近の乾燥した天候が続いていたために、一旦森に燃え移った火は一気に燃え広がって木々や下草をその炎が飲み込んでいく。
「ははは! この調子でヤツらが住む森をすべて灰に変えてくれるわ!」
その様子を遠くから眺めていた侵攻部隊の幹部たちは成す術無く炎に追い立てられて逃げ惑う獣人たちの姿を思い浮かべて悦に浸るのだった。
「報告いたします。教国軍は森に火を放ちました。現在数箇所で燃え広がる様子を見せており、このままですと森全体に大きな被害が予想されます!」
森の外の偵察部隊から緊急の報告を受けた元哉はしばし考え込んでから全軍に指示を出した。
「全軍に告ぐ、教国軍は森に火を放った。各部隊は火が治まるまで安全な場所に退避せよ。今から火を消し止めに向かう。決して自分たちで消火を行うな、火を見たら持ち場から退避せよ」
まさか教国がいきなり火を放つという強引な手段に打って出るとは思っていなかった元哉は、先手を奪われた悔しさに珍しく歯噛みする思いを味わっている。この世界には『環境保護』などという概念が無い事を失念していた自分のミスだった。
「橘、さくら、緊急出動だ! 森の入り口に火を放たれた、橘は全力で火を消し止めてくれ! さくらは敵の戦車をすべて破壊するんだ! ロージーは連絡役でこの場に残って、それ以外の者は全員引き連れて行け!」
この世界にやって来て元哉がこれだけ矢継ぎ早に指示を出したのは恐らく初めてのことだろう。それだけ今回の教国の手段は一歩対応を間違えると獣人たちの全軍に影響を及ぼす可能性がある危険な事態だった。
「いいか、火の回りとどちらが早いかの勝負だ! 最速で現場に駆けつけて消火を第1とせよ!」
元哉の命令を受けて待ってましたとばかりにさくらを先頭に全員が外に飛び出していく。
街の広場にダッシュしたさくらはドラゴンたちに念話を繋ぐ。
「あーもしもし、大急ぎでこっちに来られる人はいますか?」
さくらの呼びかけにヘルムートの答えが返ってくるが、他のドラゴンはどうやら手が離せないらしい。
「うーん、一人じゃちょっと足りないんだよね! 誰か他に居ないのかな」
さくらが困った声を出すとヘルムートから念話が返ってくる。
『ならば新しい者を連れて行くので、2体分の魔力で呼び出してほしい』
「わかったよ! すぐに呼び出すから用意して待っていてね!」
さくらは一旦念話を切ると、いつもの2倍以上の魔力を込めて広場に魔法陣を描く。するとその中から青龍に連れたれた水色のドラゴンが現れた。
「おおー! 今度は水色か!」
その姿はヘルムートよりもやや小さいが、30メートルはたっぷりとある立派なドラゴンだ。
『この者は獣神さくらと以前から契約を結びたがっていた。良い機会なので名を授けてほしい』
青龍からの念話にさくらは頭を抱えた。急に名前といわれてもそう簡単に思いつくはずがない。何しろさくらの頭は日常では全く役に立たないのだ。だがそこに救いの神が現れる。さくらの走る速度に遅れて橘達が到着したのだ。特に足が遅い橘は重力と風を操って宙を浮いて移動してきた。
さくらは早速橘に事情を話すと彼女は耳打ちでそっとアイデアを教える。
「よーし、君は今日からリバイアさんだ!」
ここでさくらは思いっきり勘違いをしていた。本来ならばリバイアサンなのに、最後の『サン』は鈴木さんの『さん』だと思い込んでいた。だがそれはお構いなしに水色のドラゴンは『リバイアさん』という名前を大変気に入ったようだ。さくらの勘違いの話には触れないようにした方がどうやら良さそうだ。
早速さくらはリバイアさんに乗り込んでその後ろにはディーナが座る。ヘルムートには橘、ソフィア、フィオの3人が乗り込んでいる。
「よーし森の入り口に出発だ! 大急ぎでお願いね!」
さくらは飛行しながら念話で森に火を放たれたことを説明すると速度に勝るヘルムートは橘の魔力の支援を受けて全力で空を翔る。僅か15分で炎に飲み込まれた森の惨状が眼に入る場所までやって来た。
「これは酷いわね。まずは火を消し止めましょう。凍火!」
橘が放つ魔法は火に対するカウンターの術式で、炎のみを直接凍らせる効果を持っている。森の全てを飲み込んで蹂躙し尽くしていた炎は一瞬で凍り付いて、燻ぶった煙が弱々しく立ち昇るだけの焼け焦げた跡を残して消え去った。
『ほう、さすがは大魔王だけあって見事な魔法だ』
橘の頭の中にヘルムートの念話が聞こえてくる。ドラゴン本人が望めば契約者でなくても念話が届くのだ。青龍はその鮮やかな大魔王の魔法に感心して敬意を込めた念話を送ったのだ。
「お褒めいただいて恐縮です。まだもう一仕事残っていますから、このままさくらちゃんの到着を待ちましょう」
橘の返事に『うむ』という応えが返ってくる。そのまま上空を旋回しながら待っているとさくらが乗るリバイアさんが追いついてきた。
「さくらちゃん、このまま空から攻撃するの?」
「一旦地上に降りたほうがいいでしょう」
魔力通信で姉妹の間で作戦が決定すると2体のドラゴンは大慌てで後退しようとする敵の戦車と本陣の中間地点に降り立った。
「こっちの3台は私たちがやるからはなちゃんたちは残りの4台を撃破して!」
さくらは左手の魔力擲弾筒を構えて続け様に2発撃ち出す。だがさくらの放った徹甲弾はダンボールを破るように敵の戦車の装甲を貫通してはるか後方で爆発した。
「ありゃ! ちょっと威力が高過ぎたよ!」
どうやら内部の乗員は無事らしくこちらに向かって前進してくる敵の戦車だが、対物ライフルレベルに威力を落としたさくらの砲撃にあって敢え無く大破した。
「私も行きますよー!」
さくらの隣に立つディーナは剣を抜いてすでに魔力の充填を終えている。剣には闇の炎が纏わり付いて彼女が放つのを待つばかりだ。
「ヘルフレーム!」
今まで一段階下のダークフレームまでしか放て無かったディーナだが、涙ぐましい努力の結果ついに闇属性最上級魔法を自分の物にしていた。襲い掛かる黒い炎は対象を焼き尽くすまで絶対に消えない。炎に覆われた戦車の魔法障壁が燃え尽きると鉄板が真っ赤に熱せられて最後には解けていった。
「私は遠慮しておくから二人で2台ずつ片付けなさい」
橘は両脇のソフィアとフィオに対処を任せるつもりだ。先に魔法を発動したのはフィオだった。
「アイスボール!」
彼女お得意の氷属性の魔法だが、初級魔法で一体どうするつもりだろうかと橘が見ていると、彼女は戦車の頭上50メートルの高さに2トンはある特大の氷を作り上げていた。それを見て橘だけではなくディーナやソフィアは感心する。初級魔法にこんな使い方があるということに改めて気づかされたのだ。
重さ2トンの質量兵器は重力に導かれて戦車に落下していく。十分な加速を得た氷の塊は戦車を直撃するとペシャンコに押し潰した。もちろん2台いっぺんに2つの氷を降らせたフィオの力と発想は並ではない。
一方のソフィアは発動に少し時間が掛かる魔法を準備していた。魔力を大量に使用する大掛かりな魔法で椿に直接教えを請うたものだ。
「シャイニングエクスプロージョン!」
上に向けた両方の手の平から無数の光弾が打ち上がり、2台の戦車目掛けて襲い掛かる。1発の威力はそれほどではないが、最初に当たった光弾が魔法障壁を弱めて次の弾が打ち破る。鉄板に弱くなった部分が出来ると次に当たった弾が穴を開けていくという連続攻撃だった。全ての光弾が消える頃には戦車は穴だらけの残骸になっていた。
「私が知らないうちに二人ともずいぶん腕を上げたわね。ディーナもついに最上級魔法が使えるようになったのね、よく頑張ったわ」
橘からお褒めの言葉をもらって3人とも嬉しそうな笑顔をしている。
「用事が終わったからさっさと撤収するよ!」
さくらの声で空に飛び立つと突然現れたドラゴンと秘密兵器だった戦車だけピンポイントに破壊されて右往左往している敵陣が眼に入ってくる。
「そうだ、森を焼かれたお返しをしておかなくっちゃ!」
さくらはドラゴンの背中から迫撃砲モードで3発敵の本陣付近に擲弾筒をお見舞いしてから意気揚々と引き返すのだった。
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