172 新たな装備
翌日、さくらは朝からいつもよりも多めにお代わりをして絶好調だ。何しろ今日は昨日運び込んだ装備を獣人たちに渡して、彼らは実際の戦闘用の装備で初めて演習を行うためだ。ドワーフの街と新ヘブル王国で作製を依頼したオーガの素材で作り出された武器や革鎧は誠に申し分ない出来で、職人たちの意地と情熱と教国を打倒するための執念が込められていた。
「ところでさくらちゃん、このそれぞれの部隊名は何で(仮)がついているの?」
橘は元哉が作成した作戦書を見て気になる部分を発見した。そこには『ネコさんチーム(仮)』などと書き込まれているのだ。
「ああそれはね、いい名前を思いつかなかったからとりあえず(仮)にしておいたんだけど、面倒だからこのままでいいかなと思っているんだよ!」
さくらの頭では部隊に付けるよい名称が浮かばなかったらしい。だがいくらなんでもこれから戦争をしようというのに『ネコさんチーム』はないだろうと橘は率直に思った。
「この名前を発表した時の獣人たちのリアクションはどうだったの?」
「うーん・・・・・・ かなり微妙だった気がする」
それはそうだろうと橘は改めてさくらのアホさ加減を思い知った。どこの世界で『クマさんチーム』と呼ばれて士気が上がる軍隊があるのだろうか。
「さくらちゃんいいかしら、これから命懸けで戦おうという兵士にはもっと勇ましい名前を付けないとダメよ」
橘はさくらに対して噛んで含めるように話をするが、さくらにとってはそのような面倒ごとは他人に押し付けるのが最も良い解決策だという自負がある。
「じゃあはなちゃんが考えてよ!」
さすが丸投げの女王さくらだ、その計り知れない丸投げ力で今まで多くの修羅場を掻い潜ってきただけのことはある。かつて遊び呆けて夏休みの宿題を橘に丸投げしようとして母親からこっぴどく叱られた経験は伊達ではない。
「はー、仕方ないわね。私が考えるから隊員に装備を渡す時にちゃんと発表するのよ」
橘はわかっている。この場でさくらに遣らせるよりも自分で考えたほうがはるかに早いと。だが一応さくらに何か希望がないのか確認を取っておく。でないと後から勝手に決めたと文句を言ってくるからだ。
「さくらちゃんとしては本当に何か考えていなかったの?」
「うーん・・・・・・ ああそうだ! 熊人の部隊は『ク○もん』か『プ○さん』にしようかと思っていたんだ!」
さくらの意見に橘は即答した。
「はいどちらも却下よ! 他にはないの?」
「えーと・・・・・・ ネコちゃんにワンちゃんかな」
即座に却下されたのが響いたのかさくらは自信無さげに答える。いつもは傍若無人な彼女でも橘のお説教モードには敵わないのだ。
「よくわかりました、全部私が決めるからいいわね!」
「はい、お任せします」
おっかない顔で睨まれて借りてきたネコ状態のさくらは素直に頭を下げるしか残された道はなかった。
朝の訓練開始前に本日は王様から大事な発表があるという通達が全軍に出されており、各隊に所属する獣人たちは『一体何の発表だろう?』と心躍らせて街の門の前に集合していた。いつもは別の場で訓練している猫人、犬人、狐人たちも勢ぞろいして王様の登場を今か今かと待ち侘びている。
「国王陛下に敬礼!」
当番の熊人の部隊長の声が響く中、さくらが門から姿を見せるとその場の雰囲気が一瞬で引き締まる。彼女は勢揃いしている兵士たちを見回して満足そうに頷いてから、橘が土魔法で用意した段の上に飛び乗った。
「みんなオハヨー! 今日は各隊に制式装備を渡すよ! その前に正式な部隊名も発表するから呼ばれた部隊は兄ちゃんの所で装備を受け取るんだよ!」
いまひとつ締まりの無いさくらの言葉だが、待ち焦がれていた装備を受け取れるとあって獣人たちは歓喜の表情だ。訓練の成果で声こそ上げないが、心の中では飛び上がりたいほどの大喜びをしていた。
「まずはキツネさんチームは今日から『幻狐部隊』だよ! マジックアイテムをいっぱい用意したから受け取ってね!」
さくらの発表に予想以上の嬉しさで両手を突き上げて大声で歓声を挙げる狐人たち。彼らには新ヘブル王国の魔法使いたちが練習用に作成した魔力と魔力量が20パーセント上昇する指輪が支給された。市場に売りに出すと結構な値段になるが橘はさくらのために無償で提供したのだ。口喧しい事をいつも言ってはいるが姉思いの出来た妹だった。
「次にイヌさんチームは今日から『猟犬部隊』だよ! 魔法通信機の追加があるからちゃんと受け取ってね!」
先程同様の歓喜の声が上がる。約800人の部隊でその小隊全てに行き渡るだけの通信機が運び込まれていた。彼らは司令部や小隊同士の通信の重要性に気がついており、これで心置きなくその力を発揮できると敵の到来を心待ちにしている。犬人族は全部で1200人が今回の戦いに臨んでいるが、猟犬部隊でない約400人は小隊ごとに他の部隊に斥候役で所属しており、彼らにも通信機が支給された。全て橘の大盤振る舞いの結果だ。これだけの数を短期間で用意できたのは新ヘブル王国の技術力が上がってきた証明でもある。
「次にオオカミさんチームは『群狼部隊』だよ。チームワークで頑張ってね! みんなにはドワーフが作った剣を一振りずつ用意したからね!」
狼人たちは教国軍を包囲する重要な役割を担うので、さくらは先日ドワーフの街に立ち寄った時に片っ端から剣を買い集めていた。これで訓練で使用している教国から鹵獲した剣を予備に出来るため万が一戦いの途中で剣が折れたり刃こぼれしても心配は無い。狼人族は約2000人がこの戦いに参加しており、その武器を用意するだけでも大仕事だった。
「えーと次はネコさんチームだ! 今日から『闇猫部隊』だよ。スナイパーのみんなにはボウガンを用意したからね!」
元哉が帝国から借りたボウガンは訓練用に30丁だった。今までは交代で訓練で使用していたのだが、新ヘブル王国提供の150丁のボウガンが各自の手に渡って狙撃を敢行する手筈が整った。これには猫人同様に訓練に当たっているロージー軍曹もニンマリだ。
「お待たせしました! 最後はクマさんチームとトラさんチームだよ! 両方合わせて『戦鬼部隊』だ! みんなにはオーガの角と革で作った剣と鎧を準備したからね!」
隊員たちは見たことも無いオーガの素材で作った剣と鎧を受け取りに元哉の所に向かう。その場にうず高く詰まれた鉄よりはるかに固い剣と普通の剣では傷一つ付かない頑丈な革鎧に目を見張っている。早速鎧を身に着けて腰に剣を差してポーズを決めたりしている。中には剣を抜いてその刀身のあまりの見事さに見入って、恍惚とした表情を浮かべている者まで出る始末だ。
さくらはその光景を見て満足そうに頷いた。新たな武器を手にして獣人たちの士気は天にも昇る勢いだ。それだけでなく、新たに命名された部隊の名称も好評で『さすが王様は良くお考えになっている!』といった声が聞こえてくる。皆がさくらのことを手放しで絶賛しているが、実はその名称を考えたのは橘であるというのは内緒だ。
「それじゃあいつものように訓練を開始するから全員配置についてね」
さくらの号令に意気揚々と移動を開始する彼らだった。
同じ頃、教国のナバーロの街で首都から長い距離を運ばれてきたものが到着して馬5頭が引っ張る巨大な馬車から降ろされて幹部たちの前でデモンストレーションを行っていた。
「おお! これがあれば獣人どもを彼の地から根絶やしに出来るぞ!」
その重厚な雰囲気を漂わせる物体は、つい先日帝国との戦いで敗戦したことを受けて以前から開発を進めていた最新魔道兵器を急ピッチで作製した物だった。
「今回の戦いは教皇様の肝いりだ。是が非でも結果を残すのだ。だがこれさえあれば、我々の勝利はすでに決定的なものになった。武器と兵糧の不足を補って余りあるな」
「確かにその通りですな。話には聞いておりましたが、実際にこの目で見ますと想像をはるかに超える素晴らしい出来栄えです」
幹部たちはその最新兵器に夢中になっている。さくらを中心に森の獣人たちが新たな武器を準備しているように、教国も今回の侵攻に新兵器の投入に踏み切っていた。
「いよいよ明日は出発ですな。胸が高鳴りますぞ。このところ敗戦が続いて兵士たちにも鬱憤が溜まっております。久しぶりに彼らが大いに活躍する機会が遣って来ましたな」
口々に自信有り気な言葉を交わす幹部たち、それだけこの最新兵器の威力は彼らが満足するものだった。早ければ5日で教国軍は森に到着して、獣人たちを残らず滅ぼすつもりでいる。前回は奴隷として捕らえて人手不足の穴埋めにしようと企んで、それが元哉たちによってその身柄を奪回されると今度は種族ごと滅ぼすという何とも自分勝手な理屈だ。
新たな王を擁いた獣人たちは教国の横暴に屈するわけには行かない。総力を結集して血の滲む様な訓練を続けている。両者の激突まで刻一刻とその時間が近付いて来た。
果たして今回勝利がどちらに転ぶのかは現状ではまだ予断を許さない。
次回の投稿は金曜日の予定です。