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169 事のついでに

「それじゃあ出発するよー」


 早朝の青空の下さくらの元気いい声が草原に響く。新ネタニヤ砦の外に待機する2体のドラゴンにそれぞれが乗り込んで獣人の森を目指してこれから出発するところだ。いつものように朝ごはんをたっぷりと取った彼女はこれまたいつものように元気一杯だ。


 ふわりと飛び立つ2体のドラゴンと、やや遅れてロージーが騎乗するワイバーンが編隊を組んで飛び出していく。今回のフライトはエルモリヤ教国の偵察を兼ねているので300メートルくらいの低空を細かなことも見落としが無いように速度を落として飛行している。


 飛び始めて約1時間で教国の最初の街が視界に入ってくる。


「兄ちゃん、さすがにこの街は守りを固めているだけで、兵士を動かす気配は無いみたいだね」


「そうだな、この街の兵士が出陣する気配を見せるのは東に攻め込む時だけだろう」


 二人には街の名前まではわからないが、西ガザル地方が新ヘブル王国の手に渡った現在は期せずしてこの街が最前線になった。いくらなんでもここから兵士を引き抜いて獣人の森を攻めるわけにはいかないだろうというのが当然の見方だ。そのままドラゴンは街の上空を一回りして次の街に向かっていく。


 いくつかの街を通り過ぎて何の成果も無いままに一旦森の陰に着陸して昼食と休息を取る。ワイバーンは速度が上がっていないのでここまで問題なくついてきている。


 だが昼食を終えて再び飛行を開始してからすぐにさくらが異変を察知した。


「兄ちゃん、大勢が街道を進軍しているみたいだよ」


 ドラゴンは西に向かう街道に沿ってその通り道にある街を偵察するために飛んでいたのだが、偶然にもさくらの目に飛び込んできたのはその街道を移動する約2000人の軍勢と馬車を連ねた輜重部隊だった。


「確かにかなりの数になるな。方向からいって獣人の森に向かっていると判断していいだろう」


 過去の偵察でこの辺りから3つ先の街のそのまた向こうに獣人の森が広がっているとわかっている。付近一帯から広く兵士を動員するならば、十分この場所もその圏内に該当する。


「兄ちゃん、どうする?」


「さくらの好きにして構わないぞ」


 さくらの質問は当然ながらこのまま見過ごすかそれともこの場で何らかの対処をするかという意味だった。それに対して元哉はさくらの判断に事の成り行きを任せたのだ。それはついこの間のヒュドラの一件もあって、元哉としてはさくらの好きなように遣らせようという判断だった。


「うほほー! 兄ちゃん、今日は話がわかるね!」


 さくらの目が爛々と輝いている。偵察だけで終わるはずが、目の前に格好の獲物を発見したのだから無理も無い。彼女にとってせっかくの獲物を指を咥えて見逃すなどということは、食事を我慢するのと同じくらいに有り得ないことだった。


「フーちゃん、聞こえますか? このまま隊列の先頭まで飛んでその先に降りて敵を思いっきり脅かしてください」


 さくらの念話が伝わるとイフリートから『了解した』という返事が返ってきてさくらが乗っているジグムントを一気に追い越して隊列の前方にふわりとその巨体が地に降り立った。


「うわー! ドラゴンが現れたー!」


 その姿を目にした教国兵の狼狽振りは尋常ではない。我先に後方に逃げ出そうとするが、そこにはさくらの指示でジグムントが降り立ってくる。街道の前後を2体のドラゴンに挟まれた教国兵は両脇の森に逃げ込むしか残された道は無かった。


 街道に放置された輜重が満載の馬車はさくらが次々にマジックバッグにしまいこんでいく。取り残された馬たちはさくらの姿を見て集まってきたが、生き物は収納できないためにさくらが説得を試みる。


「みんなよく聞きなさい! 私はこれからあっちの方にある獣人の森に行くから、みんなもひとかたまりになって歩いてきなさい。待っているからね!」


 その言葉に馬たちは盛んに嘶いて西を目指して勢いよく走り出す。どうやら場所を知っているかのようだが、そこまではさくらにもわからなかった。


「兄ちゃん、これで十分侵攻を遅らせられるでしょう」


 さくらにしては珍しく一滴の血も流さないでこの場を収める方針のようだ。どの道森の中に逃げ込んだ兵士たちを探し出して捕まえても手間が掛かるだけで効率が悪すぎる。この場は食料と武器を奪っただけでも良しとすべきだと彼女も判断した。くどい様だがさくらの頭脳は日常ではからっきし役に立たないが、戦いが絡むとその働きが何十倍にも効率がよくなるのだ。


「さくら、中々いい判断だぞ」


「うほほー! 兄ちゃんに褒められたよ!」


 日頃から敬愛する兄に褒められるのはさくらにとって何よりも嬉しいことだ。得意満面でドラゴンの背に飛び乗って念話で出発を告げると、2体のドラゴンはその体を再び空に舞い上がらせていく。翼を休めていたロージーのワイバーンも追いついて再び偵察飛行に戻ってゆく。


 その後教国のいくつかの街を偵察した結果、元哉の予想通りに獣人の森への侵攻の準備はかなり進んでいた。すでに最も近くのナバーロの街には集結を終えた約8000人もの部隊が勢揃いしており、今か今かと出撃の命令を待っている様子だった。


「どう見ても早くて2週間、遅くとも一月以内には攻めてきそうだな」


「兄ちゃん、それじゃあこっちの準備の時間が足りないよ!」


 橘とディーナの合流は3週間後の予定だ。それまでの間に獣人たちの訓練と椿の力を借りて新たな武器の製作を終えておきたいというのが二人の本音だった。


「侵攻を遅らせる手段ならあるだろう」


「ああそうか!」


 ナバーロの上空を旋回しながらドラゴンの背中で急遽二人によって作戦会議が開かれる。


「フーちゃんはこの前獣人を連れ戻した場所で待っていて。グーちゃんはこのまま街に突入だー!」


 眼下には空を旋回するドラゴンを見上げて心配そうな表情を浮かべる人々の姿が映る。そこへさくらは容赦なくジグムントを強行着陸させる方針だ。もし兵士が抵抗するなら実力を以って鎮圧し、逃げ出すようならばその隙に方々の街から掻き集めた兵糧と武器やその他の物資を根こそぎ奪う作戦だ。


 大空をゆっくりと旋回するドラゴンが次第に高度を下げて街を狙っている様子に住民たちはパニックに陥っている。


「ドラゴンだー! 逃げろー!」


「助けてー!」


「こっちだ早くしろ!」


 人々は少しでも頑丈で大きな建物を目指して教会や市庁舎に慌てて駆け込んでいく。兵士の中には勇敢に弓を向ける部隊もあったが、さくらの擲弾筒から放たれた一発の迫撃弾が炸裂して爆音とともに彼らの姿は影も形も無くなった。その攻撃をドラゴンによるものと勘違いした多くの部隊は抵抗を諦めて大急ぎで建物に避難を開始する。あっという間にナバーロは道行く人は誰も見当たらない無人の街のようになった。


「さくら、突入するぞ」


「兄ちゃん、了解! グーちゃんはここで待っていて!」


 二人は行動を開始する。元哉は以前この街を襲撃した折、兵の駐屯地の倉庫を空にしたことがあり、記憶を頼りにその場所に向かう。途中彼らの姿を発見した兵士から矢が飛ぶが、すべて先行するさくらの擲弾筒の乱射で排除して無事に倉庫に到着した。


「うほほー! 兄ちゃん、食べ物が一杯あるよ!」


 ちょうど収穫時期を終えたばかりで、食料自給率が低い教国でも掻き集めれば何とか兵の胃袋を養うだけの穀物や野菜が大量に備蓄されていた。大喜びのさくらは率先して自分のマジックバッグにそれらを放り込んでいく。時間が惜しいので元哉も手伝って倉庫がすっかり空になるまで10分も掛からなかった。


「さくら、隣は武器の倉庫だ。ついでにもらっていくぞ」


 二人が中に押し入ると、ちょうどそこにはドラゴンから避難して身を隠していた兵士が50人ほど居た。彼らは侵入してきた元哉たちが一体何者か理解できないうちにあっさりとさくらの餌食になってその命を散らしていく。倉庫に避難しようとしたその考えが今回は彼らに大きな不運をもたらした結果となった。


 元哉とさくらによる襲撃は時間にして僅か20分の出来事だったが、ナバーロの駐屯地の倉庫がすべて空になるという大きな被害を教国は被った。同量の物資を再びこの場に集積するには早くて1ヶ月場合によっては一月半掛かる見込みという報告が侵攻軍の中枢部に伝えられると、幹部たちは揃って頭を抱えた。彼らはこの地方を治める枢機卿から『今月中に速やかに侵攻して、ミロニカルの女神に逆らう卑しき獣人たちを殲滅せよ』との厳命を受けていたためだ。


 このままでは命令違反で軍規によって処分は必定だ。かといって武器も兵糧も無いまま攻め込むわけにも行かず、彼等は予定を2週間遅らせて今月末に軍を動かすことを決定する。それまで可能な限り物資を掻き集める方針なので、事情を説明して他の枢機卿が治める地方からも援助を乞う外ない。彼らは悲壮な決意を秘めて再び侵攻の準備に戻るのだった。

次回の投稿は土曜日の予定です。

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