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168 職人の意地

 翌日、魔王城の広間に王都中の革職人が集まっている。彼らは昨日急遽大魔王の命令で出された触れで詳しい事情を説明されぬままに集まっていた。


「急な呼び出しとは一体どのような御用なのだろう?」


「この場で詳しい事情の説明があるらしいが、大魔王様のことだから何かお考えがあるのだろう」


 職人たちはどのような用件が告げられてもいいように心の準備をして詳しい話を待っていた。そこに係の者がドアを開いてディーナを引き連れた元哉が入室してくる。


「おお、姫様だ!」


「お姿を拝見できて光栄の至りでございます」


 ディーナの登場でオッサンばかりが集まって中年臭い雰囲気を放っていた広間に花が咲いたような華やかさが生じる。彼女は元々国民から慕われていたが、このたびの西ガザル地方平定の功績が国中に伝えられるとその人気たるや天井知らずでとんでもなく高い所まで上り詰めていた。その大人気の姫様の尊顔を間近で見られて職人たちは天にも昇らんばかりの喜びの表情だ。中には口をポカンと開いて惚けている者まで出る始末だった。


「皆さん、お忙しいところ急に呼び立てて申し訳ありません。実は皆さんのお力を借りたくて今日集まってもらいました。詳しいお話はここに居る元哉さんからありますので、皆さんはぜひお力をお貸しください」


 ディーナの丁寧で優しい物腰の発言ですでにこの場に居る職人たちは命懸けで彼女の役に立とうと決心している。いまや大魔王に並ぶほどの支持を国民全体から得ているディーナであった。


「今紹介に会った元哉だ。ここだけの話だが現在獣人の森が教国の侵攻を目の前にしている。そこでこの国の職人たちが作った防具が必要になった。材料はこちらで提供するから革鎧の作製に是非ともあたってほしい」


 元哉の話で職人たちは今回この場に集められた理由に納得の表情をしている。彼らにとっては今でも教国は憎き敵国なのでそれを打ち破るための鎧の作製ならば喜んで引き受ける所存だ。


「これが材料で素材はオーガの革だ。かなり特殊な個体なので作製には高い技術が要求されるが自信のある者だけこの場に残ってほしい」


 元哉はアイテムボックスから取り出したオーガの革を何枚か彼らに手渡していく。職人たちは実際にその革に触れて感触を確かめたり端の方を引っ張って伸縮性を確認したりしている。この辺りはさすが専門の職人たちでその目付きは真剣だ。


 何故新ヘブル王国の革職人たちの技術が優れているかというと、革の縫製には細く切った革紐を使用するのだが、彼らはその縫い目に魔力を込めて継ぎ目を強固に仕上げることが出来るのだ。これは人族に比べて魔力量が豊富なルトの民だから出来る独特の技術で人間の職人たちには真似の出来ないものだった。


 材料の見本として手渡された革の材質を確かめて全員が自信有り気に頷いている。彼らの持つ高い技術ならば可能と判断したようだ。中には今まで手にした事がないような特殊な革に職人魂を揺さぶられて腕が鳴るといった表情の者が大勢居る。元哉から見ればなかなか頼もしい限りだ。


「それでは諸君らに鎧の作製は任せるとしよう。千体分のオーガの革が隣の部屋に用意されているから、受取証と引き換えに作れる分を持ち帰ってくれ。なお報酬は一着について2週間以内に仕上がったものは帝国金貨100枚、3週間以内に仕上がったものは80枚だ。1月以内のものは60枚まで値が下がるから、なるべく早い内に仕上げた方が諸君にとってはお得になる」


 職人たちはその金額に口をポカンと開いたままだ。元哉が提示した金額は彼らの普段の手間賃の2倍以上の金額だった。仮にⅠ月掛かって納品しても十分過ぎるほどの利益が出る。ただし出来ることなら2週間以内にぜひ納品したいものだとその場に居る全員が考えていた。姫様直々の話なので品質に一切の妥協をせずに寝る間も惜しんで作製に当たる意向を全員が固めている。


「では隣の部屋で革を受け取って早速仕事に掛かってくれ」


「皆さん、よろしくお願いします」


 元哉とディーナの言葉を受けて彼らは大張り切りで自らの工房で仕上げられる限界のギリギリまで革を受け取って戻っていく。大半の職人は重くて持ちきれないので、王宮の馬車による配達を希望していた。仕事の準備に取り掛かろうと家路を急ぐ彼らの表情は思いっきり腕を奮える機会を得たことと高額な報酬で喜びに溢れていた。


「ディーナのおかげで依頼がスムーズに運べた。感謝する」


「私は大したことはしていません。かえって職人の皆さんの嬉しそうな表情を見ることが出来て、このお話を持ってきてくれた元哉さんに感謝しているくらいです」 


 その返事を聞いて元哉はディーナは今まで苦労した分本当に心の優しい姫様に育ったことを実感した。彼女は優しいだけでなくいざとなると勇敢に敵に立ち向かう強さも秘めている。橘が頼りにするのもなるほどと頷けるわけだ。


「ともあれこれで一応の準備が整いそうだ。明日には俺たちは飛び立つが、ディーナと橘には後から合流してくれ」


 元哉たちは先発として明日ネタニヤの街まで飛んで行き、そこを拠点にしばらく教国の偵察と情報収集を行ってから獣人の森に行く予定だ。森では短い期間ながら獣人たちを鍛えて戦いに備えるつもりだ。


 ディーナと橘は3週間後に魔王城を発って、出来上がった鎧を運んでネタニヤで迎えのさくらと合流してから獣人の森まで飛んで行く予定だ。彼女たちはあまり長い間国を空けるわけにいかないので、ギリギリのタイミングになるがこのような予定を組むしかなかった。



 翌日、さくらに呼び出された赤龍と黄龍が魔法陣から姿を現すと、早速その背に乗り込んで元哉たちは王都を出発する。先頭を飛ぶジグムントにさくらと元哉が乗って、イフリートには椿とソフィアにフィオの3人が乗り込んでいる。ロージーは一人でワイバーンに騎乗するいつもの姿だ。橘とディーナの見送りを受けて颯爽と大空に羽ばたいていく。


 この前かなり長い期間青龍と行動をともにしたさくらだが、他の二体のドラゴンが『不公平だ!』と鼻息荒く異議を申し立てたので今回はヘルムートの出番はなかった。


 よい天候に恵まれた冬晴れの空を軽快に飛行する2体のドラゴンとそれに必死についていくワイバーンの隊列が西ガザル地方の延々と畑が続くのどかな風景を見下ろしながらまっしぐらに飛んでいく。


 ガザル砦で一度休息を取った以外は飛びっ放しで夕方にはネタニヤの街に到着した。ドラゴンたちは余裕綽々だがロージーとワイバーンはへとへとだった。だが魔力を使い切ったロージーはこの後でお楽しみが待っているので、疲れ切っているのにその表情だけが嬉しそうという変なテンションになっていた。


 新ネタニヤ砦に到着すると西ガザル地方の総督に任命されたメルドスが彼らを出迎える。


「ようこそお出でくださいました。皆さんどうぞゆっくりとくつろいでください」


 メルドス自らが案内して立派な造りの応接室に通された。別室で魔力の供給を受けて満足し切って寝ているロージーを除いた全員がこの部屋に集まっている。


「大魔王様の寛大な御心でこの地方も平和に統治が進んでおります。住民たちは税の負担が減ったのを殊の外喜んでおりまして、我々の支配を喜んで受け入れておりますぞ」


 メルドスの表情には自信が伺える。それだけこの地方全体がうまく治まっている証だろう。その上余剰の可処分所得を得た住民たちの経済活動が活発になり、地方全体が好景気に沸いているそうだ。


「それから試験販売を開始した魔道具の売れ行きも大変好調で、現在品切れが続いて住民たちは次の入荷を心待ちにしております」


 メルドスの話に出てきた魔道具とは椿を中心に開発してきた魔石を用いた暖房器具のことだ。魔石の魔力を利用して常に小さな火の魔法を発動して部屋を暖める仕組みの魔道具だった。何しろ室内で使用するものなのでその安全性と魔法に変換する時の効率を極限まで重視した設計は見事としか言葉が無いほどの完成度を誇っている。小さな魔石ひとつで一冬を過ごせるだけの実に経済的な暖房器具なのだ。


 椿とフィオは機械に魔力を流すという発想をすぐに思いついたのだが、ソフィアにとってはその仕組みを理解するのが大変だった。何しろ機械という概念から理解する必要があって、そこに一体どうやって魔力を循環させていけばよいのやら始めのうちは彼女が途方にくれる場面がしばしば見られたが、今となってはそれも良い思い出だ。


 本格的な帝国への輸出を前にこの地方で先行販売を行って、その評価をリサーチするつもりだったが、すでに好評を得ているとのメルドスの言葉にフィオとソフィアの表情は綻ぶ。特にフィオは自分の目的が『この世界の近代化』なので、ほんの小さな一歩でも前に進めたことが嬉しいようだ。


「メルドス、実は今回ここにやって来たのはさくらが獣人の王になって、今後予想される教国の獣人の森への侵攻に備えようというのが目的だ」


 元哉の話に肝が据わったメルドスもさすがに驚いた表情をするが、そこは百戦錬磨の新ヘブル王国の重鎮だ。すぐに考えを巡らし始める。


「それにしても大魔王様についでさくら殿が王位に就かれるとはなんともスケールの大きな話ですな。して、獣人の動きに合わせてこちらからも何らかの行動を起こしますかな?」


 さすがは最前線の守りを任せるだけの男だけあって、メルドスは瞬時にここまで考えるに至った。元哉としても頼もしいことこの上ない。


「いや、まだ動かない方が良いだろう。何かあればすぐにドラゴンを飛ばして連絡するから、いつでも出動できる体制だけは整えてくれ」


「承知しました」


 その後もいくつか確認事項を話し合って教国を巡る意見交換は続いたが、腹ペコなさくらだけは当事者にも拘らず『晩ごはんまだかなー?』と一人で腹の虫をグーグーと鳴らしていた。



次回の投稿は木曜日の予定です。

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