165 土産話
魔力の吹き出し口をバハムートの協力で塞いだ元哉たちはそのまま谷を進んで鉱石の採取場に到着した。砥石用の鉱石を採取すると聞いていたのでてっきり洞窟の中にでも入るのかと思っていたら、そこは石切り場のような長い年月の間かかって石を切り出したことによって人工的に造られた崖になっていた。
「ここの石が砥石の原料になるんだ」
元哉がその崖の表面に触れると滑らかな手触りで、どうやら堆積岩で出来た崖のようだった。この場の石を切り出して工房で細かく砕いてから、ミスリルを含めた様々な金属を混ぜた上で再び焼き固めると、オーガの角さえも削ることが出来る硬くてきめの細かい砥石になるそうだ。そのあたりはドワーフたちの専売特許のようなものなので、細かいことは秘密だそうだ。
ドレバスは背負ってきた荷物から何本もの楔を取り出してハンマーで崖に打ち込んでいく。そうすることで次第に崖の表面から内部に亀裂が走り、比較的崩れやすい堆積岩は塊ごと剥離してゴロゴロと地面に落ちていく。この時点では石自体は脆くて簡単に崩れてしまうが、粒子が細かいので砥石にするには最も適した素材らしい。
「このくらいあれば足りるかな」
ドレバスの足元には剥離して崩れ落ちた堆積岩の塊がいくつもあって、一番大きいのは40センチ程度だ。彼にとってはそれでも結構な大仕事で額から汗を流している。
「この先当分ここに来ないでもいいようにもっと大量に持って帰ったほうがいいだろう。俺たちに任せろ」
元哉はフラガラッハ・レプリカを取り出してその剣先を崖に差し込む。まるで豆腐に刺すように簡単に堆積岩に刺さった剣で元哉は崖に2メートル四方の切込みを入れた。
「さくら、思いっきり殴っていいぞ」
元哉が指示した箇所をさくらがその拳で殴りつけると、ガラガラと音を立てて岩が崩れ去る。もうもうと立ち込める土煙にさくらは慌てて退避したが、口の中に細かい岩の粒子が入り込んだのか、離れた場所でしきりに『ペッ、ペッ』とやっていた。
「もう兄さんたちには何を言っても無駄なようだ」
ドレバスはその様子をあきれた表情で見ているだけだ。ここまで来る間に散々に驚きの光景を目撃したのだから、だいぶ彼には免疫がついてきたらしい。
砥石の原料は元哉がすべてアイテムボックスにしまいこんで持ち帰ることにする。何しろ中型トラックで運ぶ量の岩を崩したのだから、とても人力で持ち帰るなど不可能だ。
作業が終わる頃には谷間に漂っていた濃厚な魔素は風に飛ばされてだいぶ薄まっていた。吹き出し口を塞いだ効果が早くも出ているようで、このまま放っておけばそのうち元通りになるはずだ。帰り道も高濃度の魔素によって変質した魔物たちが度々襲い掛かってきたが、あっさりとさくらによって排除された。当然岩トカゲも混ざっていたが、それらは漏れなくさくらの胃袋に収められる運命が待っているだけだ。
1泊の野営を挟んでドワーフの集落に戻ってきた一行、そこではすでにさくらが彼らに手渡したオーガの角や牙の加工が始まっていた。金属と違ってオーガの角は熱に弱いという特性を持っている。鉄などよりも低い温度で軟らかくなり、更に熱を加えると融けてしまうのだ。だがこの特性を生かして適度な熱を加えながら加工することで、その形を思う通りに変えることが出来る。
工房では低めの温度に熱した角を鉄型に嵌め込んで剣に適した形に変えていく作業が行われている最中だった。
「おお、お前たち! 無事に帰ったか!」
作業の陣頭指揮を執っていた親方が元哉たちの姿に気がついて声をかけてくる。その奥にはすでに剣や槍の刃の形に姿を変えたオーガの角が山と積まれていた。
「砥石の原料を取ってきた。大量にあるから外に出したほうがいいだろう」
元哉は親方と二人で工房の裏に回って、素材置き場の片隅に3,4トンの堆積岩をドサッと出す。山になっているその量にさすがの親方も驚いてはいたが『これだけあれば向こう20年くらいは砥石に事欠かない』と大喜びをしていた。
どうやらこれで教国を迎え撃つだけの武器の準備は何とかなりそうだ。親方の話では他の工房もフル回転で製作に協力してくれているらしい。
「よろしく頼む、これは前金だ」
元哉はアイテムボックスから大金貨が詰まった袋を5つ取り出して親方に渡す。金貨にしたら5万枚という途方もない量だ。
「これだけあれば前金じゃなくてこっちがお釣りを出さないとならないぜ」
親方はその気前の良さにもはや呆れるしかない。この街の全工房の売り上げの3か月分に匹敵する金額をポンと出したのだから、元哉は彼らにとって恩人というだけでなく今や重要な顧客でもあった。
親方の話だと千本すべてが準備できるまでには約3週間かかる見通しだった。教国の侵攻とタイミング的にかなり微妙な時期になってしまうが、さすがにこれ以上の無理は効かないという事なので、出来た分だけ順次取りに来るようにスケジュールを調整した。
ようやく武器の作製の目処が立って、その日は夕方近い時間だったこともあってさくらと二人で宿に向かうと、そこには二日酔いで待機を命じられたロージーが彼らを出迎える。あれから3日もたっているのですっかり体調は元通りで元気いっぱいだ。
「元哉さん、さくらちゃん、お帰りなさい」
「ロジちゃん、ただいま。詳しい話は後でするからね!」
そう言い残してさくらは厨房に入っていく。狩の成果で一番の大物の岩トカゲを丸々1体マジックバッグから取り出して今晩の食事を作ってもらおうという魂胆だ。彼女の行動の優先順位は常に食事にあるのは言うまでもない。厨房の調理人は丸々と太った岩トカゲを見て大喜びで今晩のご馳走に腕によりをかけることを約束してくれた。
「ロージーは3日間何をしていたんだ?」
部屋に戻ってもすぐに夕食の時間になるので、酒場の隅の席に腰を下ろしてこの3日間の報告会が開催される。
「私はすることがないので、街の中の色々なお店や工房を見て回っていました。あとはハワイバーンが元気にしているか様子を見に行ったくらいですね」
ドワーフの街には武器以外にアクセサリーなどを作製する工房もたくさんあって、その職人たちが手掛けた一品物の品々を眺めるだけでもロージーにとっては一日暇が潰せるくらいに楽しい時間だった。どこかの食欲お化けと違って、ハイヒューマンになっても以前と変わらない年頃に相応しい女心を持ち合わせているのだ。
「なんだロジちゃんはつまらなさそうな過ごし方をしていたんだね」
アクセサリーなどまったく興味がないさくらは、その彼女ささやかな楽しみを一刀両断する。まったく女心と関係が無い世界で生きているさくらにとっては、食事と戦い以外はどうでもいいことに過ぎなかった。
「さくらちゃんもちょっとは身だしなみに気を配ったほうがいいですよ」
「ちゃんとしているよ! 毎日お風呂に入っているし、寝癖はちゃんと直しているし」
さくらの身だしなみに対する意識というのはこの程度のものなのだろう。それでも時たまやや癖のある髪の毛が寝癖全開であっちこっち飛び跳ねている時があるが、多少のことは気にしないさくらだった。ロージーのせっかくの忠告もさくらにとっては『マーちゃんの耳に念仏』程度の意味しかない。いや、聞き分けのよいさくらの愛馬のほうがもしかしたら念仏に何らかの反応を見せる可能性が高い。
「さくらちゃんたちはどうだったんですか?」
どうせ適当に魔物でも狩りながら楽しんできたのだろうと予想しながらロージーは尋ねた。まさかここまでその予想のはるか斜め上をいく答えが返ってくるとは思わずに。
「うん、楽しかったよ! 目的地の近くの谷でベヒモスとヒュドラが戦っていて、私が両方仕留めようと思ったんだけど兄ちゃんが時間制限なんかつけるからベヒモスの方しか倒せなかったよ」
「えっ! 今なんて言いました?」
自分の耳に聞こえた言葉が信じられないロージーは『何の冗談だろう』と思いながら聞き返す。それはハイヒューマンの彼女をしても俄かには信じられない言葉だった。
「だからベヒモスとヒュドラが出てきたんだって!」
さくらの言葉の意味をもう一度自分の中で繰り返して、ロージーは元哉の方を見る。すると彼は黙ってひとつ頷くだけだった。
「ほ、本当に出てきたんですね・・・・・・」
元哉の表情でどうやら現実の出来事だと理解したロージーはそのまま固まっている。ベヒモスやヒュドラなど子供の頃父親から聞いた伝説の冒険者が活躍する物語の中だけに登場する魔物だと思っていた。それを事も無げに討伐してきたさくらと元哉の両名の力というものを思い知らされた出来事だった。
その後しばらくして煮込んだ岩トカゲの肉をメインにした夕食が運ばれてきた。
「うほほー! いただきまーす」
さくらは美味しそうな匂いの料理に早速かぶりつく。岩トカゲは焼いてもいいのだが煮込むと更にその肉が柔らかくなってほろっと崩れるように口の中で溶けるのだ。さくらはその美味しさにすかさずお代わりを繰り出している。
一方のロージーはいまだに2体の超大物の魔物の話で食事に口をつけるのも忘れて放心状態でブツブツと『ベヒモスとヒュドラ・・・・・・』とつぶやくだけだった。
次回の投稿は木曜日の予定です。