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162 さくら対伝説の魔物

 岩がゴロゴロ転がっているガレ場をさくらは速度を上げて2体の魔物に向かっていく。足場が悪いにも拘らずすでに人間が出せる速度をはるかに超えているが、岩に躓いたり足を取られたりするような事は一切無い。その類稀な運動神経とバランス感覚で約200メートルの距離を驀進していく。


「兄ちゃんも人が悪いよね! たった20分じゃ十分に楽しめないよ」


 元哉から課せられた『20分以内に魔物を倒せ』という指令はさすがのさくらを以ってしてもかなり難易度の高いミッションだった。


 というよりも普通ならば、伝説級の魔物が現れた時点で姿を察知されないうちに逃げ出すのが当たり前だ。仮に討伐が目的で来ているのならば、2体の争いの決着がついてから残った一方を倒しにかかるはずだ。そんなセオリーなど完全に無視して自分の趣味のためにわざわざ2体を相手に戦ってやろうというさくらの考えが一般的にも戦術上からいっても常識から外れている。


 ただしその生き方全てが常識から外れているさくらに今更常識を説いても始まらないので、元哉は仕方なく時間制限を設けたのであった。ここに来た目的はあくまでも鉱石の採取であってベヒモスやヒュドラを討伐することではないのだ。


 さくらは走りながら魔力を集中して身体強化を掛けていく。魔力に包まれて赤い弾丸となった彼女は急速に2体に接近するが、魔物は互いを牽制し合ってその姿に気が付いてはいない。


 ベヒモスとヒュドラは谷間の小さな川を挟むように対峙しており、2体で完全に谷を塞いでいた。両者とも口から炎や毒を吐き出しながら互いに攻撃をしているが、決め手を欠いて中々決着がつきそうな気配が無い。


 ベヒモスが吐く炎はさながらドラゴンのブレスのような勢いでヒュドラに襲い掛かる。炎が当たった部分はダメージを受けるが、ヒュドラの肉体はあっという間に再生して元に姿に戻ってしまう。ヒュドラの方は9つの首をもたげて、それぞれの口から炎、氷、毒、稲妻などを吐き出しているが、ベヒモスの分厚い皮に全ての攻撃が跳ね返されて有効打を与えられないままだ。


 目の前の敵を滅ぼし去ろうとして互いが持つ攻撃を再三に渡って繰り返すが、この状況は千日手に近くそう簡単には決着が付きそうも無いと両者が理解したのか一瞬の睨み合いが生じた。


 激しい両者の攻撃が止んだその一瞬をさくらは見逃さない。チャンスとばかりに勢いをつけて2メートル以上はある岩に飛び乗って高さを稼ぎ、そのままベヒモスの側頭部に向かって思いっきり踏み切った。




 その光景を後方で見ていたドレバスはまさかさくらが本当に体ごと突っ込んでいくとは思ってもみなかったので『あっ!』という大きな声を出してしまう。


「ヤツらに感ずかれるぞ、黙って見ていろ」


 元哉に注意されて慌てて自分の口を手で塞ぐドレバスだったが、伝説の魔物に向かっていたさくらが心配でならない。だが彼にこの場で出来る事は何も無く、不安そうな表情で戦いの行方を見守るしかなかった。




 一方のさくらはベヒモスに狙いを定めてそのトレーラー程もある巨体に向かってすでにダイブしている。


「どーりゃーーーー!」


 気合の漲る掛け声とともにその拳がヒュドラに気をとられてまったく無警戒だったベヒモスの側頭部を捉えた。


「ドドーーーン!」


 唸りを上げて振るわれたさくらの一撃がその側頭部にめり込むと、何が起きたか気付かないままにベヒモスは景気よく横転して3回転半してからようやく仰向けで止まった。攻撃力30万を上回るさくらが身体強化を最高レベルまで引き上げてさらに助走と岩を踏み台にジャンプまでしたのだから、そんな一撃を喰らった方は溜まったものではない。


 今までヒュドラを相手にして一歩も引かなかったベヒモスは四肢を痙攣させて立ち上がる気配を見せない。さくらは自分が拳を叩き込んでダメージを与えた側頭部に左手の魔力擲弾筒を向ける。弾種は分厚い皮に対するために撤甲弾を選択して、至近距離から連続して射撃を開始した。


「バシュ、バシュ、バシュ、バシュ」


 1発目がダメージを受けて弱くなっていた皮を突き破り、2発目以降はその防壁が無くなった体内に確実にめり込んで血と肉を飛び散らせていく。


 合計10発を打ち込んだところでベヒモスは断末魔の『グオーー』という声を上げて息絶えた。





「何てこったい! 本当に倒しちまったのか!」


 その光景を見ていたドレバスはまだ信じられない表情だ。伝説の魔物ベヒモスを何の抵抗も受けずにこうも一方的に倒してしまうなど彼の常識からいって有り得ないことだった。倒れて動かなくなったその巨体を見てその一言を搾り出すのが彼にとっては精一杯だ。


「わかっただろう、あれがさくらだ」


 元哉の言葉に首をガクガクさせて頷くしかないドレバス、彼の心の中には神話の物語に出てくるような光景を目の当たりにしているという思いが芽生え始めた。





「1体は簡単に片付けたけど、あのクネクネしたヤツはどうしようかな?」


 さくらは残ったヒュドラを見てどうやって攻略していこうかと思案している。ヒュドラの方は突然現れた闖入者が今まで敵対していたベヒモスを倒して自分の方を見ているのに気が付いた様子で、警戒しながらさくらを見ている。9つの首は相変わらず不気味に動いてその一つ一つの首からは『炎』『氷』などの属性が混ざった息が吐き出されている。


「とりあえず1発お見舞いしてみるかな」


 さくらは敵の力を見るために擲弾筒を向けた。弾種は複数の首を一気に殲滅するために迫撃弾を選択する。


「バシュ」


 小さな音を立てて首の付け根の太い部分を狙った魔力弾は死の咆哮と破壊の衝撃を秘めて飛び出していった。


「ドーーーン!」


 着弾した瞬間に大きな爆発音が谷間に響いて、爆風と煙に包まれた魔物の姿は一瞬見えなくなる。


「仕留めたかな?」


 さくらの呟きが漏れたのも束の間、谷中にヒュドラの怒りの咆哮が響いた。


「グオー」「ガオーン」「ギュガー」「ギャギャーン」


 9つの首のうち5つが千切れて吹き飛んでいたが、残る首が怒りの表情でさくらを睨み付けてその口を開き始める。やがてヒュドラの口の中が紫や黒に染まって、そこから闇の波動や毒霧が噴出された。


「おおっと、危ないね!」


 さくらはヒュドラが攻撃を開始し始める前にすでに動き始めており、その魔法攻撃が着弾した時には50メートル離れた場所に立っていた。闇の波動と毒霧が到達した場所は、その影響でその場に転がっている岩が煙を上げながら『ジュー』という音を立てて溶けている。たった2つの首が放った攻撃なのにこの威力はかつてさくらも経験したことが無いほどの恐るべき破壊力だった。



 移動した先でさくらは冷静に敵の観察を開始していた。彼女の魔力弾の爆発を受けて傷ついた胴体と千切れ飛んだ首はすでに再生を開始しており、攻撃を受ける前の元の姿を取り戻しつつある。これがヒュドラの最も厄介なところで、いくら攻撃してダメージを与えても中々倒しきれない。


 一口にヒュドラといっても今さくらの目の前に対峙している相手は、3メートル以上の太い胴体から9つの首が扇のように伸びている個体で、その首の一本一本は自分の意志を持ったように別個に動いており、さながら八岐大蛇のようだ。どうやら首ごとに魔法属性があるようでその反対属性が弱点のようだが、9つも違う属性があると必ず同じ魔法属性の首がその魔法攻撃を防ぎに来るので魔法による攻撃はあまり効果がないとされる。


 もっともそれは一般の魔法使いに該当する常識で、橘がもしこの場に居たのならば9つのまったく違う属性の魔法を準備してから一気に発動して全ての首を仕留めにかかるだろう。


 だが残念ながらさくらにはそこまで器用な魔力の運用は出来なかった。首を全て一度に倒さなければならないというのはさくらも知っており、何とか良い方法が無いかと考えているのだが今のところは思いつかない。このような理由でさくらにとってはヒュドラは非常に相性の悪い相手とも言えるのだった。


「考えていてもしょうがないか。時間制限もあるから一気に行ける所までいこう!」


 さくらは覚悟を決めて自分からヒュドラに突っ込んでいく。相性が悪いとか、上手く仕留める方法が見つからないなどどうでもいい話だ。ひたすら力押しで攻め立てる自分の遣り方が通用するか否かしか答えは無い。


 再生しかかっている最中の首はまだ動いていないが残る4本の首はさくらを狙っている。その攻撃を掻い潜って一撃を当てることに集中するさくら、その目は『引かぬ、媚びぬ、省みぬ』という固い意志で煌いていた。







 

次回の投稿は木曜日です。

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