160 岩山
「兄さんたち、本当にこの人数で行くのかい?」
道案内役のドレバスは不安そうに元哉に話しかける。もしドワーフたちで鉱石を採りに行くならば、20人以上の腕の立つ者を集めて魔物たちとの戦闘を出来るだけ避けながら進んでいくのだから、彼の心配は当たり前だった。
「安心しろ、さくらは見掛けこそ小さいがこの前オーガ5000体の群れを相棒のドラゴンと一緒に片付けたばかりだ」
「兄さん、いくらなんでもそれは話を盛りすぎだろう! オーガなんて10体出て来ただけで大騒ぎになるぜ」
元哉の話を真に受けないドレバスだが、彼の反応が当たり前だった。一口にオーガと言っているがその性格は凶暴で力が強く、皮膚は丈夫で剣や槍でも傷が付き難い。
普通のこの世界の住民にとってはかなりの難敵なのだ。それを5000体まとめてドン! と倒す方が間違っている。
「まあ何れわかるから安心していればいい」
元哉もそれ以上は敢えて言葉を続けなかった。聞くよりもその目で見た方がはるかにわかりやすいからだ。
集落を抜けて砥石にするための鉱石がある谷に向かう一行、東に向かって進むうちにアップダウンの多いゴツゴツとした山道に入っていく。周囲は樹木がまばらでむき出しの岩が転がっている道を登ったり下ったりを繰り返していく。
「この辺りから魔物が出てくる、注意してくれ!」
ドレバスが言葉を発する前に、すでにさくらのレーダーは200メートル先の小型の魔物の気配を察知していた。
「兄ちゃん、前方に反応あり。距離200、地面を這いずっているみたいだからトカゲのようなヤツだね」
「了解、さくらに任せる」
二人のやり取りは一瞬で終了する。先頭を歩くさくらが手始めに対処する方針が決まった。
「こんなに離れていてわかるものなのかい? その話だとたぶん岩トカゲだと思うが」
話を聞いていたドレバスは驚きを隠せない。岩トカゲは一般的にはCランクの冒険者が4人掛りで討伐する魔物だ。彼の経験上パーティーで分担を決めて協力しないと反撃を食らって痛い目にあう。それをたった一人に任せるというのは一体どういうことなのだろうかと考え込んでいる。
だがわからないことは横に置いて、ドレバスも戦闘に参加しようと背中の戦鎚に手を伸ばしかける。
「危ないから余計なことはしなくていいぞ。戦が始まったらさくらから距離をとれ」
その動きを見て不用意にさくらの戦に巻き込まれて怪我をしないように、元哉は彼の手を止めた。声を掛けられたドレバスの方は一体どういうことだとまだその理由がわかっていない。
「兄ちゃん、目視で発見! 一時の方向の岩の上だよ!」
さくらが指摘する方向にドレバスが目を遣ると、確かに岩トカゲがこちらを見ている。体長は1.5メートル近くでこの魔物としては小型な方だ。
岩トカゲは獲物を発見して舌をチロチロと出しながらゴツゴツとした体格に似合わない素早い動きでこちらに近づいてくる。それに対してさくらは迎撃のために小走りで前に進み始めた。
「兄さん、加勢しなくていいのかい? いくらなんでも一人で突っ込んでいくのは無茶だろう!」
「心配ない、邪魔をすると後で文句を言われるぞ」
ドレバスの心配をよそに元哉は周囲を警戒しながらさくらを見ているだけだ。
岩トカゲは獲物を発見した距離の約50メートルを素早い動きで半分に詰めていた。しかも相手のほうからこちらに近づいてくる様子を見て舌なめずりしている。だが次の瞬間、距離感を錯覚する程さくらが急激にスピードを上げたことによってその前進に乱れが生じた。しかもさくらは目標の直前で急激に横に動いてその視界から姿を消し去った。
「よっこいしょー!」
眼前から忽然と姿を消した獲物の姿を追うことは岩トカゲには不可能だった。なぜならさくらは全くガラ空きのそのわき腹に一蹴り見舞っていたからだ。一撃で致命傷を受けて吹き飛ばされ腹を見せてひっくり返っている岩トカゲに対して、さくらは心臓の辺りを踏みつけて止めを刺した。
「今のは一体何だ?!」
ドレバスの口からは疑問とも賞賛とも取れる言葉が漏れる。それほどさくらの魔物に対する攻撃は彼の常識を覆すものだった。
「全くぬるい相手だね! これじゃあ運動にならないよ! ロジちゃんがいれば任せられたのに」
さくらはボヤキながらもマジックバッグに魔物を回収していく。
「見てわかっただろう、あれがさくらだ」
元哉の言葉に首を縦に何度も振るしか出来ないドレバスだった。
その彼に戻ってきたさくらが声を掛ける。
「おっちゃん、今の魔物は食べられるの?」
「えっ! ああ、焼くと鶏肉に味が似ていて美味い。昨日の酒場の料理にも出ていたはずだ」
急に声を掛けられた彼は驚きながらも返事をした。それを聞いたさくらの表情はパッと明るくなる。
「そうか! 昨日美味しく頂いたのはこれの肉だったんだ! 兄ちゃん、これは是非多めに狩っていこうよ!」
手応えの無さにガックリしていたさくらは肉の美味さに気を取り直して狩る気満々だ。美味しい食事が彼女の元気の源なのだから仕方が無い。
「ああ、出て来たら任せるぞ」
元哉はさくらがやる気を出してくれたので言うこと無しだ。本当に目の前に肉をぶら下げられた状態だが、今のさくらは手が付けられなくなっている。
「肉寄越せー!」
岩トカゲを見つける度に彼女は食欲に任せて次々に狩っていった。災難なのは岩トカゲの方かもしれない。
さくらはせっせと肉を集めてはいたが、この岩場にはトカゲの他にも岩サソリや山ムカデなどの魔物が居る。どれも岩にへばりついてゴツゴツした体で擬態しているので肉眼では発見するのが困難だが、さくらのウサミミヘルメット内臓の赤外線センサーは周囲との温度差で魔物を感知していく。
トカゲやサソリは素材は取れるものの食用にはならないので、さくらは手早く擲弾筒から放つ魔法弾で処分していった。離れている所から何も出来ないまま一方的に蹂躙される魔物のほうがドレバスの目から見ると哀れに映るほどの出来事だったのは言うまでも無い。
「俺たちがあれだけ苦労して進む道なのに、一体兄さんたちは何者なんだ?」
ここまで後ろから襲い掛かろうとしたい岩トカゲを最後尾に居て警戒していた元哉がサクッと頭を踏み潰して倒した他はすべてさくらが一人で片付けている。桁外れの戦闘力を見せ付けられたドレバスの悲鳴に近い疑問だ。
「そうだな、色々と肩書きはあるがAランクの冒険者だ」
元哉は最も信用出来る自らの肩書きを打ち明けてその証明にギルドのカードも見せた。
「はー! 本物のAランクのカードなんて初めて見たよ!」
元冒険者のドレバスもカードに見入っている。それほどギルドが証明する冒険者の実力は信頼されているのだ。
「俺も何とかCランクまでは成れたけどそれがもう限界だって自分でわかって、それからいい武器を作ろうと思って親方に弟子入りしたんだ。兄さんたちはすげえな!」
さすが元冒険者だけあって、Aランクがどのようなものかわかっている。
岩山を抜けると今度は森と草原が交互に続く平らな場所に出る。そこは比較的安全で遅めの昼食を取るには最適な場所だった。
「兄ちゃん、肉だよ! 肉食べようよ!」
さくらは先ほど大量に討伐した岩トカゲを食べたいと訴えている。その手は小振りな個体の尻尾を握り締めて逆さにぶら下げていた。
「それじゃあ俺が解体してやるよ」
ドレバスが気軽に請け負ってくれてさくらは大喜びでトカゲを彼に手渡す。
「俺が解体している間に火を起こしてくれ」
彼は腰からナイフを取り出して慣れた手付きで皮を剥ぎ部位ごとに肉を分けていく。鍛冶職人らしく手入れの行き届いた切れ味の良いナイフだ。
さくらが手早く薪を集めて、元哉はアイテムボックスに保管してある調理器具や皿を取り出す。フライパンを火に掛けて肉を焼いたら、橘が作った秘伝のタレを絡めて完成だ。
パンや酒場で用意してもらったスープの入った鍋を出して即席にしては豪華な昼食が完成した。
「おっちゃん、この肉やっぱり美味しいよ!」
さくらは大きな塊にかぶり付いてご満悦だ。口の周りがタレでベトベトになっているにも拘らずその口が動きを止める様子が無い。
「これは初めて食べた味だが美味いもんだな」
ドレバスは秘伝のタレの味に感心している。橘が苦心して作り上げた肉料理にぴったりな万能調味料だ。
お腹がいっぱいになったさくらの昼寝も終わり、再び鉱石が採れる谷に向かって歩き始めた一行。歩きながら元哉はふと感じた。
『この世界にやって来て最初の頃は毎日こんな風に旅をしていたな』
あれからずいぶん月日が経ったように思うが、よく考えればまだ1年に満たない。その間に起こった様々なことに思いを巡らせながら彼は草原を歩き続けるのだった。
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