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159 魔剣と宴

 一旦親方に別れを告げて、元哉たちは酒場の2階に部屋を取ってから近くの空き地で鍛錬を始める。さくらは元哉とロージーを交互に相手にしながらご機嫌だ。何しろ魔物狩りが目の前に迫っている。一体彼女のどこが『運動不足』に当たるのだろうか?


 だがさくらが言うには『鍛錬は相手を怪我させないように力を制限しているが、魔物相手の実戦は思いっ切り暴れられるので充実度が違う!』という理由があるらしい。もっともさくらが思いっきり暴れたらランクの低い魔物は跡形も無くバラバラになって素材が取れなくなるので、さくらは一応力の加減をしている。


 夕刻に近い時間になって宿に戻りシャワーを浴びてさっぱりとして待っていると、かなり早くから親方が姿を現す。話し合いを理由に早い時間から酒が飲める機会を逃すなどドワーフとしてはあるまじき行為なのだ。


「よう、もう待っていたのか! とりあえずエールを頼む!」


 挨拶もそこそこに席につく前から酒を注文する親方、その姿勢はドワーフの正しい生き方を忠実に実行している。とにかく彼らは酒がないと話が始まらないのだ。


 エールを口にして上機嫌の親方と話をしながら待っていると、三々五々工房の主人がやって来る。その中にはもちろんあの魔剣を打ったベルゲルスの姿もあった。


「おお、この前の兄さんじゃないか! あの剣の出来栄えはどうだった?」


 彼は元哉を見かけて『エールを頼む!』と言いながら近くの空いている席に腰を下ろす。自分が打った剣が最終的にどのような姿になったのか気になっていたのだ。


「この前は良い剣を打ってくれて感謝する。実はあの剣は帝国の皇室に売ろうとしたのだが、出来が良過ぎて引取りを断られた」


 元哉が事情を話し始める。魔剣フラガラッハのレプリカは一旦帝国に引き渡されたが、その剣はあまりに高性能過ぎて一般の騎士が手にしただけで魔力を根こそぎ吸い取ってしまい昏倒する者が相次いだ。魔力が多い騎士でも一振りの魔法剣を放つだけで魔力が枯渇してしまい、結局のところ帝国にはあの剣の使い手が居なかったのだ。


 そのため先日帝都に元哉が赴いた時に返品されており、現在は元哉のアイテムボックスに納められている。


「出来が良過ぎたのに返品されたとはどういう訳だ?」


 剣を打った本人のベルゲルスはその辺りの事情がわからないので返品という現実にちょっと不本意な表情だ。


「これが術式を組み込んだ完成品だ。触れただけで普通の人間は魔力を全て奪われてしまい、誰も手にすることが出来なかった」


 元哉は慎重に鞘の部分に手を掛けてその剣を取り出す。彼が迂闊に剣本体に手を掛けると、その有り余る魔力を吸い取った剣がどのような作用を引き起こすかわからないため慎重にならざるを得ない。下手をすると酒場ごと消えて無くなる可能性もあるのだ。


「ロージー、すまないがこの剣をゆっくりと引き抜いてくれ」


 元哉の声でロージーは席から立ち上がり、念のため集まりだしたドワーフたちに一定距離離れてもらってから魔剣に手を掛ける。


「これは凄いですね。体中の魔力が一気に吸い込まれていきます」


 ロージーもその手応えに驚きを隠せない様子だ。だがハイヒューマンの彼女が保有する膨大な魔力は、このくらいではまだ枯渇する訳が無い。


 彼女は柄に手を掛けてゆっくりと引き抜いていく。その美しい刀身と濃い青に光る魔石が見事なバランスを保ちながら1振りの魔剣として成り立っていた。刀身自体が薄い青色の光を放っているその姿を見て、周囲のドワーフたちの間からは『ほおー』というため息が漏れる。それほどの美しさと力強さを両立した出来栄えだった。


「ロージーこれをゆっくりと斬ってみろ」


 元哉が取り出したのは先日教国兵から鹵獲した鉄製の剣だ。ごく普通の良く出来た剣を元哉が腰の高さに留め置くと、その上からロージーがゆっくりと魔剣を降ろしていく。彼女はまったく力を入れていない。むしろ重力に任せて振るうと何か恐ろしい結果を生みそうだったので、降ろす速度が速くならないように逆に腕に力を入れてわざとゆっくりと下に下げていった。


「ゴトン」


 魔剣が通り過ぎた鉄剣の剣先は鋭い切断面を残して床に落ちる。ロージーには全く斬ったという手応えを与えないまま魔剣はバターでも斬ったかのように鉄製の剣を断っていた。


「こりゃー凄いな!」


 誰ということも無くその切れ味の鋭さに感心するドワーフたち、むしろ剣の専門家である彼らはその切れ味に呆気にとられている。彼らだからこそわかるレベルの恐ろしい魔剣が誕生していたのだ。


「ロージーしまってくれ」


 元哉に促されて彼女は剣を鞘に納めて元哉に手渡す。この鞘は椿によって魔力遮断の強力な術式が組み込まれている、魔剣の安全装置だ。さもないと常に周囲に危険を振りまくので当然の措置だった。


「ご覧の通りに下手をするとオリジナルを超えるかもしれない魔剣が完成した。ベルゲルスのおかげだ」


 元哉がベルゲルスの方を見ると彼はその場で男泣きしている。自分が打った剣のその出来栄えに満足を通り越して感動していたのだ。わなわなと体を震わせながら元哉の手を握って心の有りっ丈を彼は口にする。


「俺は鍛冶師になって本当に良かった! この剣の出来を見てもう思い残すことは無い! もういつ死んでも構わない! 俺の本当に作りたかった物が形を成してここにある、俺は本当に幸せ者だ!」


 彼はそれだけ言うと再びテーブルに突っ伏して大声で泣き始めた。その姿を見て笑う者など一人も居ない。全員が同じ鍛冶の道を歩む者だ、その誰もがいつかは到達してみたいと思う姿を見て姿勢を正している。


「ベルゲルスが渾身の剣を打った記念だ! 大いに飲むぞ!」


 そのうち誰かが声を上げると、酒場中の雰囲気が一気に和む。店員が大量のジョッキをホールに運び込んでいつの間にかベルゲルスも手にジョッキを握っていた。


「ベルゲルス、お前は凄いヤツだぜ! 伝説の魔剣を作り上げちまったんだ。全員ベルゲルスの偉業を讃えて乾杯!」


「「「「「「乾杯!」」」」」」


 そこかしこでジョッキを合わせる音が響き、一息にその中身を煽る男たちの姿があった。誰もがベルゲルスの肩を勢いよく叩いて祝福の言葉を投げかけている。荒っぽいやり方だがこれがドワーフの流儀だ。中には『俺もいつかはお前に負けないような剣を打って見せるぜ!』と宣言する者も居る。もちろんその偉業を認めた上でライバルを超えられるように自らも精進する覚悟を示していた。一人の職人として彼を目標にしたいと認めているのだ。


 普段から酒が入ると陽気に盛り上がる酒場が今日は一層の盛り上がりを見せていた。その盛り上がりが一先ず落ち着いた頃合を見計らって親方が立ち上がって今回の元哉の依頼を説明し始める。元哉も一通り事情を説明すると酒場の誰もが声を上げた。


「兄さんの依頼なら最優先で引き受けるぜ! 剣の1000本でも2000本でも持っていきやがれ!」


 元哉の前にも次々にジョッキが運び込まれてくる。こうなるとすっかりドワーフたちのペースだ、否応無く元哉は次々にジョッキを空けていかざるを得ない。酒には酔わないがさすがに腹がタポンタポンになってしまう。だがドワーフたちの勢いは容赦を知らない。


 親方衆に遅れて仕事場の片づけを終えた職人たちも次々に酒場に集まりだしてもはや収拾がつかなくなってきた。


 その中でひっそりとした一角が残されている。さくらは酔っ払いたちに目もくれずに食事を開始していたのだ。彼女の前にはすでに皿が7段ほど積み重なっているが、一向に食事を終える気配が無い。


「ドワーフの料理は肉がいっぱいで美味しいね!」


 どうやら彼女の口には肉体労働に励む男たち向けの味付けが濃い目の料理は殊の外合うらしい。夢中になって頬張っている。このような状態のさくらに声を掛けても無駄なのだが、さっきから彼女の前に座ってしきりに話しかけている人物が居た。


「いいれすか、さくらしゃん! わらしはね、いつもさくらしゃんの鍛錬の犠牲になっへいるんれすよ! その辺をしゃんとわかっているんれすか? ヒック」


 いつの間にか何杯もエールを飲んですっかり出来上がったロージーが無言のさくらに向かってクダを撒いている光景だった。今までほとんど酒を口にした経験が無いロージーだったが、彼女にはどうやら酒乱の気があるようだとわかった一夜だった。



 



 翌朝、砥石の採取に向かうために宿屋の入り口で待っている元哉たち、魔物狩りが出来るという話なのでさくらは気合十分だ。


「兄ちゃん、どんな相手が出てきても私が倒すよ!」


 元哉に向かってしきりに『強そうな獲物を全部寄越せ』とアピールしている。面倒な雑魚はロージーに回してやろうかなどと企んでいるさくらの表情は悪徳商人も真っ青な悪い顔だ。自分が魔物相手に楽しむことが彼女にとっての優先課題なので、元哉はその態度に半ば諦め顔だ。


 二人が話をしていると、ロージーは元哉たちに遅れてようやく宿の入り口に姿を見せた。その表情は真っ青でまだ足元がふらついている。彼女は昨日ドワーフたちの勢いに釣られて、殆ど口にしたことがないエールをがぶ飲みしてしまい、完全な二日酔いに苦しんでいた。


「ロージー、大丈夫か?」


 その様子があまりに辛そうなので心配した元哉が声を掛ける。


「大丈夫ではないです、気持ち悪くて今にも吐きそうです」


 力のない返事が返ってきた。ハイヒューマンとはいえ元哉たちのように『状態異常無効化』のスキルを持たないロージーは当然ながら酒に酔う。アルコールへの耐性が普通の人間よりも強いのだがそれでも限度があった。


「ロジちゃん、二日酔いは体を動かして汗を流せば良くなるよ! 今から組み手でもする?」


「さくらちゃん、そんなことをしたら私はさくらちゃんの顔目掛けて思いっ切りリバースしますからね!」


 さすがのさくらもロージーの恫喝に屈した。リバース自体は避けられてもその視覚に飛び込んでくる光景は想像しただけで食欲を無くしそうだと彼女の頭脳が弾き出した結果だ。決してロージーのためではなく、自分の都合を優先しただけである。


「ロージー、その姿では無理だろうから、お前は宿に残っていろ」


「すみません、そうさせてもらいます」


 ただでさえ二日酔いで充血気味の目をウルウルさせてロージーは自分の部屋に戻っていく。立っているだけでも辛かったらしい。


「兄ちゃん、ロジちゃんは鍛え方が足りないね! 私みたいにご飯をいっぱい食べればあんな風にはならないはずだよ! 今度からは必ずお代わりさせよう!」


 さくらお得意の精神論が展開される、彼女にとって食事はすべての活動の源に当たるから、大量に取ることこそ肝心だと思い込んでいるのだ。それを他人に押し付けようとするまったくの余計なお世話だ。


「さくら、食事の量は人によってそれぞれだからお前の基準で考えるな」


 残念ながら彼女の提案は元哉によって当然のように一蹴された。



 しばらく二人が下らない会話に興じていると二人のドワーフが姿を現す。片方は昨日の親方で、もう一人のほうが案内役のようだ。


「待たせたな、こいつはドレバスだ。元冒険者だから魔物にも詳しい。こいつの案内で鉱石を取ってきてほしい」


「ドレバスです、よろしくお願いします」


 互いに挨拶を交わしてさあ出発しようという時になって、親方が心配そうな口を開く。


「ところでお前たちはたった二人で行くのか?」


 彼の記憶では昨日は3人居たはずだ。一人減っているのに合点がいかないらしい。


「一人は昨日の馬鹿騒ぎで酔い潰されて部屋で休んでいる」


「なんだ! あの程度で潰れるようじゃ大したことないヤツだな! どうせ行っても足手まといだろう」


 親方の判断はあくまでもドワーフ基準である。酔い潰されて翌日動けない者などドワーフから見たら軟弱この上ない。だがそれでも人数が減ったことに対する不安は感じている。


「おっちゃん、心配しなくていいよ! 私が全部片付けるからね!」


「本当に大丈夫なのか?」


 小柄なさくらが胸を張っている様子に彼は大きな不安を覚えた。どこから見ても彼女が強そうには見えないのだ。


「心配するな、坑道の魔物も二人で倒した。鉱石は持ち帰るから待っていてくれ」


「よーし! 出発だよー!」


 張り切るさくらの後姿を見送りながら、一抹の不安を隠せない親方だった。

次の投稿は木曜日の予定です。

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