158 ドワーフの集落再び
翌日の早朝、さくらを先頭に飛び立つ一行、快晴の空は気流も安定しておりロージーは前日に比べて至極簡単にワイバーンを操縦している。草原と刈り取りの終わった畑が延々と続く単調な景色を眺めながらののんびりとしたフライトだ。
西ガザル地方の中程を南北に縦断するコースを飛行して、一回休憩を挟み昼過ぎにはもうドワ-フの集落が見えてくる。仮に馬車で旅をすれば3週間以上はたっぷり掛かる距離をわずか2日で到着出来たのだから空の旅はメリットが大き過ぎだ。おまけにさくらが乗っているドラゴンは全部お任せで目的地まで連れて行ってくれるので言うことなしだった。
「ここがドワーフの集落ですか」
青龍に僅かに遅れて集落からやや離れた場所に着陸をしたロージーは、遠くに映る屋根の上の高い煙突がモクモクと煙を上げてそれが何本も空にたなびく景色に見入っている。それらは鍛冶の工房というよりももはや小さな製鉄所と呼んだほうが相応しいようなこの世界では最も先端的な工業地帯の風景だった。
「ルーちゃんは山で待っていて、あ、それからワイバーンの面倒もお願いね」
さくらの頭の中に『承知した』と声が響き2体はそのまま近くに山に向かって飛び立っていく。迫力満点の青龍に比べるとワイバーンはどこかの親分についていく使いっ走りのようでその態度は思いっ切りヘコヘコしているように映る。
2体の姿が見えなくなってから、さくらを先頭に一行は山の麓から下っていく道を街に向かって歩き出した。それほど広い道ではないが歩き難いこともない。所々に大きな岩が転がっているが、落石の危険も特に無いようだった。
「そういえば兄ちゃん、ここは何ていう街なんだろうね?」
前回やって来た時に街の名前や詳しい情報など完全に聞きそびれていた。魔剣の復元を請け負ったドワーフたちが夢中になって取り組んでいたために、そんな話をする余裕がなかったのだ。
「そういえば聞いていなかったな。彼らも特に教えようとはしなかったし、誰かに改めて聞いてみよう」
元哉もうっかり見逃していたことに気がついて暇な時にこの街の話を忘れずに聞こうと頭の中にメモをとった。
そのような話をしながら歩いていると次第に街は近づいてくる。門を抜けて手始めに前回の訪問で最初に立ち寄った工房に顔を出すと相変わらず多くのドワーフたちが自分の持ち場で汗を流す光景が目に飛び込んでくる。ロージーは彼らと高炉が発する熱気に目を丸くして驚いていた。
「よう、兄さん方! 久しぶりじゃないか!」
入り口の訪問客に気がついた近くで作業する男が声をかけてきた。彼は直接元哉たちと話したことはなかったが、二人が以前持ってきた案件に興味を引かれてその顔を覚えていたのだ。
「この前は世話になったな。親方は手が空いているか?」
元哉が声をかけると男はすぐに奥から工房の親方を連れてきた。
「おお、ひさしぶりだな。坑道の魔物の件では世話になった。ちっちゃい嬢ちゃんは相変わらず元気そうだし、そっちの姉さんは初めて見る顔だな」
がっしりとした右手を元哉に差し出す親方、そのコブシはまるで岩の塊のようだ。
「忙しいところをすまない。今日は見てもらいたい物があってやって来た」
「おっちゃん、久しぶりだね!」
「はじめまして、ロージーです」
元哉は親方の手を握り、さくらは右手を上げて、ロージーは軽く頭を下げて、それぞれが挨拶をした。それにしてもさくらの馴れ馴れしさは一体どうなっているのだろうか。まるで生まれた時からこの街に住んでいるような態度だ。
親方の案内でテーブルについて元哉が話を切り出す。
「実は今回こんな物を持ってきた」
元哉は見本のオーガの角をテーブルの上に取り出す。右から普通のオーガ、オーガジェネラル、オーガキングの角だ。皇帝オーガの角はさくらの私物なので今回は披露しない。
「ほう、オーガの素材か! それにこれはオーガキングのものだろう! まあお前たちのことだから集落でも討伐したのか」
オーガキングは貴重な物だが、これらの素材自体はそれほど珍しいものではない。親方はここまでは普通の態度で話を聞いている。何しろ元哉が前回持ってきた魔剣のインパクトが強過ぎた。
「見たところは何の変哲もないオーガの素材だが、これらはレベルが高い特殊な個体だ。これを短剣と槍にしてもらいたい」
元哉から特殊な個体と聞いて親方は角を手にとって軽く叩いてその音を確かめる。
「確かに兄さんの言う通りでかなり特殊のもののようだな。だがこのくらいならばわざわざここに来るまでもないだろう。その辺の街でも職人は居るからな」
「その通り、今回の問題はその数と納期だ。最低500本、出来れば千本を2週間以内に作ってほしい」
「はぁ?」
元哉の要望を聞いて親方の目が点になった。ドワーフは元々目がやや窪んでいてそれほど大きくないが、その目が文字通りに点になっていた。
「驚かせてすまない、どうやら教国が獣人の森に大掛かりな侵攻を企てている気配があって、それに備えるためだ」
「なるほど、そういう事情があるのかい」
ドワーフは人族至上主義を教義とするエルモリヤ教国内でもその優れた鍛冶の技術と鉱山の開発や管理技術で重宝されており直接教国への反感は持っていないが、他の種族を迫害するその態度を見るにつけて親方はあまりよい感情を持っていなかった。それでも大事な顧客には違いないので取引はしていたが、自分たちが供給した武器が獣人の迫害に繋がるとわかった時点でその腹は決まった。
「わかったぜ! その依頼受けてやる! ただし量が量だけにうちの工房だけではとても無理だ。この街の全ての工房に声を掛けるから、兄さんはやつらの前でもう一度事情を説明してくれ」
親方はドンと胸を張った。彼はこの街で最も大きな工房を営んでおりそれなりに街全体に顔が利く、言わば街の顔役だった。今日の夕時に街の工房主を集めて酒場で話し合いを持つと言ってくれた。
「無理を言ってすまない。よろしく頼む」
元哉は彼に感謝して頭を下げる。これで話がうまくまとまりそうだと安心しかけた。
「だが兄さん、ひとつ問題がある」
元哉が安心しかけたのも束の間、また問題がおいでなさった。前回は坑道に潜む魔物を退治してくれという話だったが、今回は一体なんだろう?
「オーガの角は鉄よりも硬いから、これを研ぐ時に普通の砥石ではまったく歯が立たないんだ。ミスリルの剣を研ぐための特殊な砥石が必要になるのだが、どの工房にも一つか二つしか置いていない。これだけの量を現状ではとてもこなせないだろう」
「その砥石を取ってくればいいのか?」
親方の話を聞いて元哉の方から提案した。どうせそうなるのだろうと予想済だ。
「物分りがいいね兄さん、砥石が取れる場所はここから1日半行った所にある谷だが、何せ魔物が多くてよほどの手練でないと近づけない。それに兄さんはアイテムボックス持ちだろう、大量に運んでくれればそれだけ武器の増産が可能になる」
「うほほー! 魔物狩りか! いいね、行くよ!」
横でお菓子を食べていたさくらが急に勢いづく。ついこの間皇帝オーガ相手に大暴れしたのに、そんなことはすっかり忘れて『最近運動不足気味だ!』とボヤいていたのだ。そんな彼女はこの話に一も二もなく飛びついた。その横でロージーはげっそりとした表情をしている。
「そうか、行ってくれるか。案内はこちらでつけるから頼んだぞ」
元哉は困ったことになったと頭を抱えている。エミリヤ砦で橘に『一両日中に王都ベツレムに到着する』と連絡を入れてしまったのだ。教国の偵察をして王都に戻る予定が、ただでさえさくらが獣人の王のなった件で遅くなってしまった。その上砥石を採りに行くとなるとまたもや4,5日の遅れが生じる可能性がある。
橘は痺れを切らして待っているだろうなと思いつつも、獣人の王国の件も疎かには出来ない。
「仕方がない、俺たちが砥石を採りに行こう」
「さすが兄ちゃん! 話がわかるね!」
さくらはいつもの調子で大喜びしているが、頭から角を出して怒っている橘の顔を思い浮かべてとても心穏やかにしてはいられない元哉だった。
次回の投稿は火曜日の予定です。