156 帝都観光?
夜を徹して100体以上のオーガの解体に追われた冒険者ギルドの職員は半数が疲労でダウンしているが、それでもオーガの亡骸はまだ半数以上が手付かずで残っている。何しろ今まで見たことも無いようなレベルが高いオーガだったので一体を解体するのに普段の3倍以上の時間が掛かった。皮は普通の刃物などでは傷が付かず、角や牙はヤスリで削っても一向に取り外すことが出来ないのだ。
「これはとんでもない素材だな」
オーガの死体と格闘しながらその素材としての価値の高さに目を光らせるベテラン職員たち、特に皇帝オーガはミスリルのナイフすら歯が立たない。
「帝都のギルド職員として、プライドを賭けて解体してやる!」
彼らにも意地がある。自らが持つ技術の粋を尽くして彼らは着実に解体を進めていった。その方法はギルドの秘中の秘で、職員たちの間だけで教え込まれる匠の技だ。要はどんなに硬い皮を持つ魔物でも必ず柔らかい部分が存在する。全身が硬い皮だけではまともに動くことが出来なくてゴーレムのような動きになるためだ。そして、そこを見極める目を養うのが解体のプロとして技量の向上につながる。
そんな彼らでも解体をしながらどうしても頭に疑問を浮かべてしまう。
『死体を解体するのにこれだけ苦労するオーガを一体どうやって仕留めたのだろう?』
実はこの疑問は死体を検分した時から誰もが感じていた。オーガには致命傷となりそうな外傷がそれほど無かったのだ。中には腕や足が折れていたり、千切れて無くなっていたものも多いが、それくらいで通常オーガは死なない。生命力の塊のようなしぶとさこそが、オーガの最も恐ろしい点なのだ。
戦いの中でオーガはさくらの突進をまともに受けて地表から高々と吹き飛ばされ、その結果首の骨を折ったり頭蓋骨が砕けたりして死んでいたものが約3分の1で、残りは他の箇所を損傷した結果その部分から生命力が流れ出して息絶えていた。皇帝オーガの『血の咆哮』を浴びて体内の魔力と生命力のほとんどを攻撃力に変換されたために、傷を受けるとあっという間に生命が尽きるという欠陥を晒していたのだった。
「お前たち、まだ残りはたんとあるからな! 気合を入れて解体しろよ!」
オーガの死因はさておいて、すっかり夜が明けて朝日が昇る中で彼らの解体という戦いは果てしなく続いていく。
「さくら、俺は今日も城に行くがお前はどうする?」
宿舎の食卓で朝からステーキをぺろりと5枚食べ終えた彼女に元哉は行動予定を尋ねる。食事中のさくらに何を言っても聞いていないので、食べ終わるのを待っていたのだ。
「うーん、今日は街をブラブラしようかな」
ギルドからはオーガの解体は3日間必要と言われていたので、その間は帝都に滞在する必要がある。昨夜獣人の王国の話はさくらを交えて帝国側に伝えていたので、元哉は橘から頼まれていた話と新ヘブル王国の特使としての交渉が残っていたのだ。
「さくらちゃん、私も付き合いますよ!」
横からロージーが話に割り込んでくる。テルモナ出身の彼女は帝都に対して強い憧れを以前から持っていてあちこち見て回りたかったのだが、中々その機会が訪れなかった。さくらに付き合って帝都の観光をしようという魂胆だ。
「わかった、二人はのんびりと過ごしてくれ。おれは夕方にはここに戻ってくる」
それでけ言い残して元哉は着替えのために自分の部屋に戻っていった。
「さくらちゃん、ブラブラするといっても帝都は広いですよ。どこら辺を見るつもりですか?」
「うーん、そうだね・・・・・・ ここはあんまり美味しい物が無いし、食べ歩きには向かないんだよね」
ロージーと違ってさくらは暇を見つけては帝都中を歩き回り口に合う物を探して彷徨っていたが、彼女のお眼鏡に適う店はごく少ないのが現状だった。しかし中には気に入った店もあるのでそこには顔を出そうとは考えている。
「それじゃあ服とか可愛らしい小物とかを見に行きましょう!」
「それはないね。まずは鍛冶屋に行ってそれから防具の店とあとは昼ごはんでしょう。それからおやつと甘いものと、ああクレープの店で一軒お勧めがあるんだ。それからねー・・・・・・」
さくらの口からは延々と食べ物の店の名前が並べ立てられた。美味しい物が無いと言いつつも良くぞこれだけのお気に入りを発見したものだ。その食欲を満たすためにつぎ込まれる努力には恐れ入るしかない。
「はー・・・・・・ 結局食べ歩きじゃないですか」
ロージーはがっくりと項垂れるのだった。
二人は徒歩で宿舎を出る。馬車を止めるスペースが無い店が多いため、歩いて行動した方が早いのだ。ギルドの一本裏の通りを進むとそれらしき店が建っている。
「ここで合っているのかな?」
二人は剣と槍がクロスした絵が描かれている看板のある一軒の店先に立っている。ギルドで聞いたドワーフの鍛冶屋の店だ。テルモナでも客として認められるまでに一悶着合ったが果たしてここではどうだろう?
さくらはそんな事はすっかり忘れてドアを開いて中に入っていく。
「いらっしゃい!」
二人を出迎えたのは明るい女性の声だった。カウンターで店番をしていたドワーフの女性だ。彼女の外見は殆ど人族と区別が付かないくらいにほっそりとしており背もそれほど高くない。
「おお! 親しみが持てる人だよ!」
さくらは自分とあまり変わらないその体格に深い親近感を感じている。この世界の人族は女性でも170センチ近い体格が当たり前なだけに、小柄なドワーフの女性には無い者同士の変な連帯感があるのだ。
「おやおや、可愛らしい女の子が二人でどうしたの? もしかして冒険者に成り立てなのかな?」
ロージーは腰に短剣とナイフを差しているがさくらは丸腰だ。二人の様子を見てドワーフの女性は大きな勘違いをしたようだ。初級冒険者どころか『獣神』と『ハイヒューマン』というこの世界では二組と無い組み合わせだという事をその女性は知る由も無い。
「剣を作ってもらいたんだけど、ちょっと変わった素材だから見てもらいたいんだよ」
さくらは普段から敬語というものを一切使わない。いや、むしろ知らない。だから初対面の人にもいつものように馴れ馴れしい口振りが変わる事など有り得ない。
そして話し終わるとリュックに手を突っ込んで、サンプルに彼女が手刀で切り落としたオーガの角を取り出す。どうやって彼女が角を切り離したか聞いたら、オーガを相手に格闘中のギルド職員は血の涙を流すだろう。
「ほー、これはオーガの角だね。この長さだったら短剣か槍にした方が良さそうだけど、うちは金属の剣が専門でね。うん?」
彼女はその角を手に取ってコツコツと叩いて音を確かめる。返ってきたその音の具合を聞いているうちにその表情は変わった。
「これはかなり特殊なもんだね。一体どうやって手に入れたんだい?」
金属製の剣が専門でも様々な素材に触れてきた彼女は職人としての興味から入手先を尋ねる。
「森で倒したんだよ、これは下っ端で簡単だったよ!」
まあさくらにかかれば大抵の魔物の討伐は『簡単!』の一言で済んでしまうのでいつものように答えたつもりだが、女性の方は『これは大変な話になってきた!』と興奮を隠せない。職人魂が震えているのだ。
「オーガの特殊個体なんて簡単に倒せるわけが無いだろう! それにしてもこいつは凄いな。鉄よりもはるかに硬そうだし、それでいて素材としての弾性が高い。一週間預けてくれるかい? お好みの武器に仕上げてやるよ」
「いいよ! まだギルドでいっぱい解体してもらっているからね。あと1000本くらいあるし」
さくらの言葉をまったく本気にしない店主、自分と同じような体格でオーガをそんなに簡単に倒せる訳が無いと思い込んでいる。
「ははは、そうかい! そんなにいっぱいあるんだったらドワーフの里にでも行かないと無理だね」
彼女はほんの冗談のつもりで口にした一言だったが、さくらはそれを聞いて真剣に考え込んだ。両腕を組んで首をやや右に傾けながら性能の悪い頭を働かせている。
「うーん、ドワーフの里か・・・・・・ ちょっと寄ってみるかな」
帝都で用事を済ませて新ヘブル王国に向かう予定だが、行程を変更しようかどうか宿舎に戻ってから元哉と相談する必要がある。ドラゴンを操縦するのはさくらだが行き先の決定権は元哉にあるのだ。
「よし! この件は兄ちゃんに相談してからにしよう。ああ、その角は短剣にしておいてね」
どうやらさくらの胸の内はドワーフの里に行く方向で決定した。後は元哉の許可が出るかどうかだ。さくらは前金で金貨70枚を気前よく支払って、出来上がり次第宿舎に届けるように依頼してから店を出た。
「それにしてもさくらちゃんは普段バカなくせに武器の事になると急に頭が働くんですね!」
ロージーはさくらがあの女性店主とまともに遣り取りしている光景を見て驚きを隠せない。
「ロジちゃん、今のセリフは聞き捨てなりませんぞ! 私は常に賢い買い物しかした事が無いんだからね。これからたっぷりとその姿を見せてあげようじゃないか!」
このあと防具の店で話を聞いてから『これが賢い買い物の真の姿だー!』と言いながら、延々と食べ物の店を渡り歩いてロージーを引っ張りまわすさくらだった。
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