153 後始末
オーガに襲われたウッドテールの街は後片付けに追われていた。街に侵入しかけたオーガによって至る所で被害が発生しており、あちこち破壊された箇所の修繕や亡くなった戦士たちの弔いなどが取り行われている。
「うーん、片付けが中々終わらないよ」
さくらはそこいら中に倒れているオーガの死体をマジックバッグに次々に放り込んでいた。この場に残されたオーガの亡骸は千体近くに及び、街の復興の邪魔だし放って置くとこのままゾンビに成り兼ねないためだ。
「王様、オーガたちを集めて一体どうするつもりですか?」
近くで片づけを手伝っている狼人族の男がさくらの目的を尋ねた。彼らにとってはオーガの死体などただ邪魔なだけの存在で価値など無いに等しいのだ。せいぜい地面に埋めて畑の肥料にするのが関の山だった。
「あれ? みんな知らないの! 人間の街ではこいつらは高く売れるんだよ! 武器や防具の材料になるからね」
さくらの話に驚きを隠せない獣人たち、彼らは人族の街など当然ながら見た事も無く、そこで邪魔者のオーガが素材として売り買いされているなど知る由も無かった。
「ほら、この角や牙なんかしっかりと研げばいかにも武器になりそうでしょう。特にオーガキングや皇帝オーガなんかはいい値段がつくよ」
獣人たちはさくらの話に聞き入って『さすが王様は何でもよく知っている』と感心している。さくらの知識に感心するというのはその知的レベルとしては一体どうなっているのか疑問の余地が残るが、これは獣人たちと人族の文化の違いだ。
もちろん獣人たちも粗末な技術ながら剣や槍、弓などを用いて猟を行っている。当然魔物の皮を素材にした防具も身に付けている。だが彼らの持っている加工技術がそれほど高くないので、鉄よりも硬いオーガの角や牙を研ぐ方法が無かったし、厚く頑丈なオーガの皮を縫製出来る職人が居なかった。
これは今まで獣人たちがそれほど大きな戦乱に巻き込まれた歴史が無い事が原因で、彼らは森で狩を行い狭い耕作地を耕すだけで十分に食べていけたのだ。その上獣人の殆どは人族よりも身体能力が高く粗末な武器でも十分に戦えたため、武器の製造技術が進歩していなかった。
「王様、我々は人族と殆ど関わって来ませんでした。彼らが欲しがるならここに転がっているオーガたちを全部集めて持っていきましょう」
彼らは手分けをして遠くに散ってオーガの死体を集めて回った。5人一組で大きなオーガの体を引き摺るようにしてさくらの所に次々に集めてくる。
「王様、これで全部集め終わりました。どうやってこいつらを人族の街まで運びますか」
千体ものオーガの死体が山と積まれた光景を前にして、獣人の指揮官だった男がさくらに報告をする。彼はこれだけの量になると獣人たちが総出で街まで運ばないとならないと考えていた。
「ふふん、それは私に任せなさい。こんなのは簡単だよ!」
さくらはマジックバッグの口を広げて一気にその死体の山を収納する。山と積まれたオーガが一瞬にして消え去ったことに獣人たちは『ヘッ?』という顔で口を空けたまま固まっていた。
「王様、一体今のは・・・・・・ もしかして魔法ですか?」
先ほどの男がおずおずと尋ねてくる。獣人には殆ど魔力が無く、魔法を眼にする機会などまったく無いに等しいのだ。
「うん、そうだね。これは魔法の道具だよ!」
「おおー! さすが王様だ! 魔法まで使えるとは」
獣人たちの間に感嘆の声が上がる。ただでさえ忠誠心マックスのところに持ってきて皇帝オーガを倒し、その上魔法まで使えるとなると彼らがさくらを見る目は凄い事になっている。
ちなみに椿の手によって魔改造されたさくらのリュックは、製作者の話によると東京都がすっぽりと入るくらいの容積を確保してあるそうだ。その上まとめて置いてある物は一括して出し入れできる便利機能つきだ。
「それじゃあ街の片付けに移るよ!」
一通りオーガを片付け終わったさくらが声をかけると彼らは『オオー!』と声をあげて街に戻っていく。多くの犠牲は出したものの突如現れた王のおかげで街だけではなく森全体が守られた。尊い犠牲に成った者たちの分まで彼らはこれからもこの森を守っていかなければならない。それがこの森に生まれた使命だ。
犠牲に成った者たちの遺品を集め、丁寧に弔って祈りを捧げていく。中にはまだ成年になったばかりで若い命を散らした者もおり、その母親や家族が涙に暮れる光景もあちこちに見られた。今日一日は街中で喪に服して散っていった命に別れを告げる。
祈りの詠唱が流れる街をそっとあとにしたさくらはバハムートが待つ場所に戻って空に飛び立つのだった。
元哉たちは千人に及ぶ獣人たちを率いて草原を南下して森に向かって進んでいる。本当ならば教国兵の追っ手がかかる懸念があるために出来るだけナバーロの街から離れておきたかったのだが、監禁生活で十分に体力が回復していない者やまだ子供が多いためにその行程は思うように進んでいなかった。
「仕方が無い、この辺りで野営にしよう」
元哉の言葉に全体が停止して野営の準備が始まる。彼はマジックバッグから30体のオークを取り出して獣人たちに渡していく。彼らは支給されたオークを心から感謝して受け取り、手際よく解体して集めた薪の火にかけていく。オークは彼らにとっては結構なご馳走で、祭りの時などに供される滅多に口に入らない肉だったので特に子供たちは目を輝かせていた。獣人の森には元からオークはそれほど数は居なく、見つけ次第狩られていたので手に入りにくい貴重品なのだ。
夜は焚き火を中心に子供たちを真ん中にしてその周囲を大人が囲み、交代で見張りを立てて睡眠をとっていく。教国からの追っ手だけでなく草原に潜む魔物にも注意を払わなければならないのだ。だが獣人の特に大人は夜目も効く上に嗅覚が敏感で近づいてくる魔物にすぐに気がついて対処したため、無事に一夜を過ごすことが出来た。
まだそれ程街から離れていない場所で野営をしたにも拘わらず、教国からの追っ手がやって来る気配は無い。約半数が壊滅した上に指揮を取る幹部たちは元哉の一撃で本部の建物と運命を共にしていたので、どうやら残った兵たちだけではどうしてよいのか判断だつかないようだ。実際この時ロージーの魔法で気絶してようやく意識を取り戻した兵たちは、本部が崩壊している光景を見て茫然自失の有様だった。幹部が根こそぎ居なくなって判断がつかなくて、なんとか隣の街と連絡を取り合ってから動き出そうとしていたのだった。
ナバーロの街が元哉とロージーの襲撃で大混乱に陥っているのを尻目に、獣人たちを引き連れた元哉たちは草原をひた進む。森まで辿り着けばこっちのものだ。獣人たちも思うように動かない体に鞭を打って我が家を目指して一歩一歩重たい足を進める。
おそらく草原を半ばまで進んだだろうという所で、森の方向から空に黒い点がポツンと映って、次第にその影はこちらに向かって大きくなってきた。
「どうやら迎えが来たようだな」
「そのようですね」
元哉とロージーはその光景を目にして少しだけ肩の荷を降ろしていた。
だがその姿を自分の目ではっきりと捉えた獣人たちは一様に驚いた表情をしている。こちらに向かってくるその姿は紛れも無くドラゴンだったのだ。
「おーい、兄ちゃん! 迎えに来たよ!」
上空からマジックアイテムで拡声したさくらの声が響く。彼女はバハムートを送り返してイフリートに乗り換えて元哉たちと獣人を出迎えるためにやって来たのだ。
「安心しろ、あれがお前たちの王だ」
元哉の言葉にドラゴンが現れて不安がっていた獣人たちの表情がパッと明るくなる。まさかこんなに早く王の姿を見られるとは思っても見なかったから彼らの喜びもひとしおだ。
ドラゴンはふわりと着地してその背中からさくらが飛び降りてくる。
「みんな! 私が王様だよ! 無事にみんなが助かってよかったよ」
王が獣人たちに取って一体どのような存在かよくわかっていないさくらが、ビシッとVサインを決めて彼らの前に立つ。ヘルメットの上には相変わらず彼女のトレードマークとも言うべきウサミミがピコピコと揺れている。
その姿を見るなり獣人たちは草の上に一斉に平伏した。ただでさえ予言の王が現れただけではなく、奴隷になる運命から救われて彼らはこの上ない恩義を感じていたのだ。馬車の中では王の姿を一目見ようとまだ動かせない体を無理に動かして扉を開き両手を組んで祈りを捧げる怪我人の姿もある。ロージーの回復魔法で怪我は大分癒えているのだが、まだ体力が戻り切っていない者たちだ。
「さくらちゃん、大人気ですね」
その様子を微笑ましげに見ているロージーが元哉にささやく。彼女はその光景になぜか神聖なものを感じ取っていた。
「そうだな、何しろ獣神だ。彼らに取っては王以上の存在に違いない」
元哉もさくらが予想以上に獣人たちからの忠誠を受けている事に関してやや驚きを隠せない。橘が大魔王として魔族の支持を集めている以上に獣人とさくらの絆は深いように感じている。
「さあみんな! いつまでも座っていないで森に帰るよ。私とフーちゃんがしっかり守るから安心していいよ」
さくらは横に聳え立っているイフリートの前足をポンポンと叩きながらドンと任せろといった表情だ。獣人たちは改めてさくらがドラゴンを使役している事で、さらにその偉大さに目を見張っている。
出発の準備を始めた獣人たち、その様子を見ながらさくらは元哉の所に駆け寄ってくる。
「さすが兄ちゃんだね、みんなを助けてくれてありがとう。ロジちゃんもありがとうね」
二人はさくらににこやかに頷く。
「さくら、皇帝オーガはもう始末したのか」
「ああ、あれね! 楽しかったよ、久しぶりに奥義まで使っちゃった」
さくらの返事でかなりの強敵だったと理解した元哉だがさくらが奥義まで使用したというのはどうも解せない。
「離れた所から敵弾砲で仕留めたんじゃないのか?」
「そんな勿体無い事するわけ無いじゃん。接近して体術で仕留めてこそ大物狩りの醍醐味があるんだよ」
危険は出来るだけ回避しようとする元哉と闘争自体を楽しむさくらのスタンスの違いが如実に現れている。まあそれがさくらだから仕方が無い。無理に型にはめ込むと彼女の良さを消してしまう。
「そうか、良くやったな」
元哉はそれだけ言うとさくらの頭にポンと手を置いて彼女の働きを誉めるのだった。
次回の投稿は木曜日の予定です。