152 救出劇
廃墟となった本部跡地を迂回して奥に進む二人、元哉がもたらした破壊の爪痕は遠目で見るよりも酷い有様でまるでロケット弾の直撃を食らったかのようだ。当然瓦礫の中には動く者の姿は無く、助けを呼ぶ声すら聞こえてこない。
「元哉さん、やっぱり少しは加減というものを覚えてください」
歩きながらその様子を目にしたロージーは無理だとわかっていても釘を刺した。さもないとこんな事が繰り返されたら元哉の方が批判を浴びる立場に成り兼ねないからだ。彼女としては一応人道的な配慮で兵士たちの命をとらない様にはしていたが、今心配しているのはここで被害にあった彼らではなく元哉のことだった。
「加減ができれば俺ももっと楽なんだが、なるべく手を出さないようにするしかないな」
何度も説明している通りで元哉は魔力に関する制御がまるっきり出来ない。今回も体にまとった魔力の一部が軽く放ったパンチに乗って飛び出してしまっただけで、本人もここまで強力な攻撃を繰り出す意図はまったく無かった。彼の言葉通りここ最近はさくらや橘に攻撃を任せて彼は裏で指揮や戦術の組み立てに回って前面に出ることは殆ど無かった。それがほんのちょっと力を出しただけでこの有様だ。その姿はまさに『破王』破壊の王に相応しい。
「そうですね、元哉さんにやってもらおうとした私の間違いでした。ここからは私に任せて元哉さんは後ろで見ていてください」
ロージーは当初の打ち合わせ通りに自分が前に立って今回の救出作戦を進めていく方針を自分にも言い聞かせていた。元哉が力を振るうのはあまりに危険なことが骨身に染みて理解出来た。知っていたつもりだったがその恐るべき力を少々甘く見ていた。
「そうだな、余程の事が無い限り俺は手出しをしないから、ロージーは最後までしっかり頑張ってくれ」
以前のロージーだったら元哉もここまで頼りにする筈は無かったが、ハイヒューマンになった彼女の卓越した能力ならば大抵の困難は打開出来る。それにこの駐屯地の兵力はもう粗方片付けているので残った戦力は彼女に任せておけば問題ない。
「はい」
ロージーは明るく返事して敷地を奥に進んでいく。元哉に頼られるというのは彼女にとって思いの外気分はいいようで、一人前になったようなちょっとだけ誇らしい気がしていた。
兵舎らしき建物が並ぶ一角があるが、その内部はすでに兵士が全員外に出て討ち取られておりすっかり無人のようだった。その建物の更に奥に急ごしらえで建てられた粗末な造りの木造の小屋に毛が生えたような建物が並んでいる。どうやら獣人たちが捕らえられている場所まで辿り着いたらしい。
建物の周辺は20人ほどの兵士が武器を手にして巡回しているが、これくらいの人数はならば制圧は容易だ。
「私が行きます!」
ロージーは最も手前に立っていた兵士に向かって一直線に向かっていく。
「敵襲!」
足音も立てずに死角から近寄ったロージーに気が付くのが遅れて、兵士は一言声をあげるのが精一杯だった。槍を突き出す暇も無く軽い一撃で意識を刈り取られていく。
その声に付近に居た兵士たちが集まってくるが、いずれもロージーの動きに翻弄されて満足な抵抗をしないうちに地面に横たわっていた。彼女にとってはこの程度の人数ならばわざわざ魔法を使うまでも無く、さくらによって日々鍛えられた体術で次々に倒していく。離れた所で元哉はその様子を見ているだけだ。
兵士の排除が終わり周辺の安全を確認したロージーは最も近くの建物に向かう。その建物は窓も無く入口には鍵がかかっていたが、ロージーは粗末な扉をちょっと力を込めただけで難無く外してしまった。
内部を覗き込むとそこには狭いスペースに押し込まれるように獣人たちが監禁されていた。そして彼らは突然扉を外して押し入ってきたロージーを不安そうな目で見つめている。
「皆さん、安心してください。私たちは獣人の王様に頼まれて皆さんを助けに来ました。さあ順番に外に出てください」
優しく語り掛ける彼女の言葉だが、まだ何の事か分からずに獣人たちはポカンとするだけだ。
「よく聞いてください。獣人の森に王様が現れました。今王様は皇帝オーガと戦っていて手が離せません。そこで私たちが皆さんを助けにやって来ました。指示に従ってもらえれば皆さんを森に連れて帰ります」
ロージーは再び噛んで含めるように分かりやすく説明をした。すると中に居た獣人の一人が反応する。
「王様が現れたっていうのはどういう事だ?」
森から引き離されて実際にその姿を見ていないから理解できないのも無理は無い。彼らが理解できるようにロージーはなおも根気強く説明する・
「かつて覇王の予言にあったあなたたちの本当の王様が現れて、オーガの脅威から森を救おうと戦っています。皆さんは今から森に帰るんですよ」
今度こそロージーの話は正確に獣人たちに伝わったようだ。見る見る彼らの表情は明るさを取り戻していく。隣の者と肩を抱き合いながら涙を流す者や我が子を抱きしめて優しく『森に帰れるのよ』と教える母親の姿があった。
「動ける人はそのまま外に出てください。怪我や具合が悪い人は回復魔法をかけます」
建物の内部には30人ほどが押し込められていたが、そのうち5人は自力で動けなくてロージーの手当てを受けた。大半は捕まる時に怪我を負ったもので、時間がかなり経過しているので治りが遅い。それでもハイヒューマンの力技で込める魔力を増やして強引に傷を治していく。
「助かった、これなら一人で歩ける。ありがとうございます」
狼人族の少年がロージーに頭を下げる。彼は足に怪我を負っていて久しぶりに一人で立ち上がって外に出て行った。
「こっちに集まってくれ、武器が使える者はそこに倒れている兵士の武器を身に付けろ。全員が揃うまではしばらくこの場で待っていてくれ」
外に出た獣人たちに元哉の指示が飛ぶ。彼らは最初は警戒していたがよく見ると言葉の通りに教国の兵士たちが倒れているのが目に飛び込んでくる。どうやら先程の人族の少女の仲間だと理解した獣人たちは素直に彼の指示に従った。
外に出てきた獣人たちは大半が子供で大人は女性か戦闘力の低い種族の者たちばかりで、戦士の成人男性は殆どがオーガとの戦いに駆り出された隙を狙われた様子が伝わってくる。それでもある程度の年齢に達した少年たちは果敢に兵士たちの装備を剥ぎ取って剣や槍、ナイフなどを身に付けていた。中には大きさの合わない兜を被って顔の半分が隠れている者まで出る始末だ。
ロージーは建物を回って獣人たちを次々に解放していった。途中から先に解放された獣人たちが助けに来てもらった説明に加わって彼らを連れ出す作業がよりスム-ズに進んでいく。
「これで全員集まったようですね。では皆さん付いてきてください」
動けなかった者の治癒を終えてロージーは移動を開始する。何しろ千人もの御一行だ、修学旅行よりも規模が大きく移動を開始するだけでも大変だ。それでもなんとか移動を開始した集団はゾロゾロと歩き始める。
ロージーはまず彼らをひとつの建物に案内した。そこは駐屯地の食堂で、兵士たちが日々の食事を取っていた場所だ。これから丸2日の帰還のための旅が始まるので、出来るだけ腹に詰め込んでおくという彼女の配慮だ。
厨房から兵士たちの夕食用に準備されていたパンやスープが運び込まれて、久しぶりのまともな食事を前に獣人たちの目が輝く。配膳等はすべて獣人たちに任せて、彼らは手分けしながら準備を終えた。
「喧嘩しないで仲良く分け合って食べてください。森に戻るまでの食事はちゃんと用意していますから、皆さん安心してください」
元哉のアイテムボックスには大量の食料とともに魔物が、特に食用として人気が高いオークなどが百頭単位でしまい込まれている。それを放出すれば千人の胃を何とか満たせるだけの食料になるだろう。小麦等もあるのだが旅の途中では満足に調理も出来ないので、今回それは諦めるしかない。
食事が終わったら元哉が馬車を操縦できる者を率いて厩舎に向かう。有りっ丈の馬車を接収して、子供や乳飲み子を抱えた母親、まだ体の回復が思わしくない者を乗せて残りの者は徒歩で森を目指す。
門の前で倒れている兵たちの武器や装備と倉庫にあった予備の武器や大量の矢も獣人たちに装備させて、残りは元哉がアイテムボックスにしまいこんで出発の準備は完了した。
「それじゃあ、森に帰りますよ!」
ロージーの声に『応』という声が響き渡る。彼女が先頭の馬車の御者の隣に乗り込むと、馬車はゆっくりと動き始める。囚われの身で不安だった獣人たちの表情は我が家に帰れる喜びで生き生きとしている。
だがその喜びは森に帰れることだけではなかった。まだ見ぬ予言に残された伝説の獣人の王、その姿を頭の中に思い浮かべながら彼らは森に向けての道のりを進み始めたのだった。
次回の投稿は火曜日の予定です。